「お待たせ、しました」

「……あー、なんだ。その格好は?」

ガーランドたち一行は、息も絶え絶えに集合場所にやってきたライルたちの風体に、思わず尋ねてしまった。

この稼業、負傷は絶えないし、満足な準備をして冒険に迎えることなど早々無い。かといって、今回はそんなに時間的に余裕が無いわけでもないし、自分達はともかくとしてライルたちは充分な資金を持っていたはずだ。

しかし、どうだ。集合場所に現れたライルたちの格好は、火事から逃げ出したかのような有様だった。

そこかしこが煤け、服もいたるところが破れている。辛うじて持ってきたらしい荷物も、こんがりと焼き上げられ、中身が無事かどうか怪しい。

なにより、その目が死んでる。いや、ルナはなにやらイキイキしているが、ライルの方はこれはもう末期患者も真っ青な感じ。

「……なにが、あった?」

聞かないでおいてやるのが友情だとも思ったが、仕事仲間の立場としては仲間のコンディションの把握は最重要項目の一つだ。隣のルナの様子からして、彼女がまたろくでもないことをしでかしたというのが最有力だが、一応尋ねておく。

「その質問については、俺が答えよう」

そのガーランドの問いに、アンタなんでここにいるんだよ、と尋ねたくなるような巨漢の皇太子がずいっと前に出た。

というか、依頼主である。次期国王である。ついでに去年のマン・オブ・ザ・イヤーに平民出身のなんちゃって逆玉男として選ばれた、恐らく世界屈指の変な人である。

「……なんか、変なこと考えてなかったか?」

「まさか。誤解ですよ、殿下」

我ながらうそ臭い演技だな、と思いながらも、ガーランドは答える。

しかし、見事なまでに殿下という呼称の似合わない人物だ、とガーランドは思った。

戦士として一流を自負する自分と、勝るとも劣らない体躯。背負った剣も、ガーランドと同じ大剣。仮にも王族なら、もっといい剣をしつらえるだろうに、その剣は特に名剣というわけでもない完全実用本位の大量生産品だ。……ただし、実に頑丈な代物で、ベテラン達の信頼も厚い一品だったりするが。

それこそ、ギルドの隅で酒でも飲んでるのが似合っているタイプだ。

「とりあえず、俺とクリスも、冒険に出たくなった。で、リティねえ……リティ第一王女が城中に仕掛けたトラップから逃げるため、こんなんになった」

「待った」

突っ込みどころが多すぎる。

なんで王族が冒険に、とか、なんでお城にトラップ、とか。

「ガーちゃん。この王子様変だよ」

「こら、リーザ。一応、偉い人なんだから、あんまり変とか言うな」

後ろでは、リーザが迂闊な発言をして、スルトがそれを諌めている。……だけど、それフォローになってない。

「あ、あの。でも、危ないと思います……」

そこで、ネルがいいことを言った。

我が意を得たり、とガーランドは頷く。

「そうです。アレン様はまだしも、クリス様に冒険は危ないかと……。正直、アレン様も付いてきて欲しくはないのですが」

「な〜んかあったら、俺らの責任問題になるしな〜」

口の悪いスルトがそう混ぜっ返すが、それはあながち間違いではない。

本人達が勝手に付いて来たとは言っても、冒険者が付き添っての冒険中に万が一の事があれば、責任は免れない。それも、別に最悪の事態とまでいかなくても、骨折、もしくは打撲程度でも、難癖をつけられる可能性がある。

「ああ、それなら大丈夫」

そんなガーランドの杞憂を、ルナが笑い飛ばした。

「こいつらは、殺しても死なないから」

お前が言うな、お前が、とライルたちは思ったが、正面切って言う勇気のある者はいなかった。ライル、アレン、クリスの三人は、そういう余計な事を言わないで済むスキルを身に着けているのだ(ときどき忘れるが)。

「そ、そうなのか」

「そうよ。特にそっちのバカは、片腕斬り飛ばされても生えてきたからね。ヤモリの尻尾みたいに」

「マジかっ!?」

「生えたんじゃねぇっ! くっつけたんだ!」

どっちもどっちである。普通、腕が切れたりしたら、例え繋いだとしても、リハビリだけで相当な時間がかかる……はずなのだが。

「い、いや。いくらタフでも、やっぱり駄目だ」

「えー、でも。こいつら、今お城に帰ったら、それこそ殺されるわよ? 姉と嫁に」

「そうだねー。そりゃもう怒り狂ってると思うよ。きっと、玄関開けた途端、扉が吹っ飛ぶね。あと、アレンは殴り飛ばされるね。三十メートルくらい」

クリスの予想に、どんな家族関係だ、とガーランドが思ったのは言うまでもない。

なお渋るガーランドに、ライルは自分でもあまり納得いっていない風にフォローを入れた。

「ま、まあ、ガーランドさんたちが心配するのも分かりますが、アレンは見たとおり戦士としてはスゴ腕ですし、クリスもルナほどの魔力はないですけど優秀な魔導士です。足手纏いになることはありませんから、安心してください」

「……ライルがそう言うなら、俺は構わないが」

冒険者歴一年とは言え、ライルの実力は確かだし、判断に関しても臆病といえるほど慎重な判断を下す。そこら辺を鑑みて、ガーランドは不承不承頷く、が、

「が、ガーちゃん? なんで散々渋ってたのに、ライルくんが言うとオーケー出すの?」

「は? いや、俺はそういう判断については、ライルを信用して……」

「ま、前からやたら仲が良いから、もしかしたらって思ってたけど」

なぜか、不安なような、なにか期待しているような、そんな妙な目になったリーザが、わなわなと震える。

「もしかしたら……なんだ? 俺とライルが、もしかしてなんだって?」

ガーランドの脳裏に、先の宿での一件がまざまざと思い起こされる。

あの時も、なにやらリーザは妙な事を口走って、それを勘違いしたスルトとネルが本気でガーランドから距離を取ろうとしていたが、

「待て、リーザ。お前、前から思ってたが、俺のことを妙に勘違いして……」

「だ、駄目だよガーちゃんっ! それは空想の中だからこそ美しいんであって、リアルでやっちゃあ、普通の性癖の人には惹かれるだけだよ……! ああ、惹かれるの字がすでに間違ってるよぅーーー!!!?」

「落ち着け」

「う、うーん。でも、ガーちゃんとライルくんだと……普通ならガーちゃんが攻め? いやいや、むしろ逆の方がわたし的には萌えるんだけどでも」

手がつけられないほどウキウキし始めたリーザを言葉で止めることは不可能だと思ったのか、ガーランドはため息をついて右斜め四十五度から手刀を構える。

「戻って来い、リーザ、このバカ」

そして、軽くリーザの頭を小突く。

軽くとは言いつつも、あくまでガーランド基準だ。普通人の何倍もの筋力を誇るその腕力から繰り出される手刀の一撃は、侮れない威力を持つ。

普段なら、そこをうまく加減した一撃を出すのだが、今回はまあ色々とヤバイ発言が多かったのと、それに自分が関わっていたりしたので、手加減がうまく出来なかった。

ゴスッ! と妙に重い音がして、リーザが崩れ落ちる。

それを淡々とガーランドは担ぎ上げ、全員に向けて言った。

「まあ、色々と聞きたいことは道すがら聞くとして、そろそろ出発しようか」

なぜか、ライルたちのパーティの男性陣が尊敬の眼差しで見てきているのは、軽く視線から外しておいた。

よほど彼らは普段女性陣に頭が上がらないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん、はっ!? なんか幸せな夢を見ていた気がするっ!」

そんな呆けた事を叫びながら、リーザが飛び起きる。

はて、自分はなぜこんなところで寝ているのだろう、と背もたれになっている木から身を起こす。

「みんなー?」

野外で泊まる時はすぐ近くにいつも誰かがいるはずなのに、今は誰もいない。

「り、リーザさん? 起きたんですか」

いや、いた。

リーザのパーティの仲間、ネルが心配そうにこちらを見ていた。

「あ、ネルくん。ガーちゃんは?」

「が、ガーランドさんたちなら、今モンスターと戦闘中です。リーザさんは寝ていたので、僕が見張りに立って、ここで……」

ネルが全部言い切る前にリーザは駆け出した。

……ガーランドたちは、強い。長年一緒にやってきたのだ。そこらのモンスター如きに遅れを取ることなど、まずないと信頼している。

しかし、それでも一瞬の油断が生死を分けるのが戦いというものだ。

戦闘に参加する人数は多い方が良い。

と、リーザは考えつつ、戦場に辿り着く。剣戟の音が聞こえたので、すぐに辿り着けた。

そこには、オーガと相対しているガーランドの姿が(他のメンバーもちゃんといたのだが、リーザの目には入っていなかった)。

「よしっ、こいつで最後……!」

「ガーちゃん、あぶなーーーーーい!!」

そして、自分でもわけのわからない術式を紡いで、感情のままにぶつけた。

どぐしゃあ、とまるで馬車が交通事故ったときのような音が響く。

恐る恐るリーザが目を開けると、そこにはオーガとまるで絡み合うように倒れ伏しているガーランドの姿。

「!!!? ま、まさか、そんなマニアックな――ー」

「阿呆かっ!」

すぱーんっ! とルナがどこからともなく取り出したハリセンで持ってリーザの頭を一閃する。

あうっ! と声を上げながら、リーザはくるくると目を回す。

「る、ルナっ! なにするのー!」

「ボケ娘。アンタ、いきなり現れて、なに自分ンとこのリーダーKOしてんのよ」

あちゃあ、やっちゃったよオイ、と事情を知らないアレンとクリスを除いた全員が呆れた顔になっている。

「リーザよぉ。そろそろ、その味方巻き込む癖直せよ。ガーランドならいいが、そのうち俺まで被害に遭いそうで怖いぞ実際」

「……俺でもよくありません」

むくり、とガーランドが起きる。起き抜け、気絶しているオーガにトドメを刺すのも忘れない。無抵抗の相手にこうするのは心が痛まなくも無いが、放っておけば街道を通る旅人や商人などが被害に遭うとか真面目な話はさて置いて、

「リーザ、お前コレで何度目だ」

「ご、ごめん。ガーちゃんがピンチだとつい……」

「つい、何度目だ? いい加減、俺だってなぁ」

くどくどと説教を垂れるガーランドを見て、クリスが口を開いた。

「……さすが、ライルたちの知り合いだね」

「待った。それはどういう意味かな、クリス?」

「さあ? 今ライルが自分で思ったとおりの意味だと思うけど?」

ククク、と意地悪く笑う旧友に、ライルは引き攣った笑みを返した。

「こ、今度は説教までっ! く、くそっ! あのやり方、是非覚えて帰らねばっ」

「アンタ、やっぱり尻に敷かれてんのね……いや、尻に敷かれてるっていうか、首輪つけて飼われてるって感じ?」

そして、アレンは女性に説教できるガーランドへの尊敬をますます深くする。そして、その程度のことで感動する友人に、やっぱりかとルナは呆れるのだった。

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