さあ、夏休みだ。

ミッションも終わった。今までのように、はちゃめちゃなトラブルなどもなく、穏便に。

いや〜、平和ってのはいいことだ。……あとでその反動がきそうだけどな。

さて、そんなこんなで夏休みに突入したのだが、いきなり、リアが旅行に行くとか言った。サイファール王国っていう所に行くらしいが……なんか、おかしいな。

 

第34話「暴走の勇者。救世主はハリセン」

 

「絶対おかしいと思うんだ、俺は」

今日は、サレナに誘われてお茶会。……メンバーは、俺とサレナ、ソフィアとなぜかリリスちゃんも来ている。いや、まあ、最近は少しは落ち着いたのか、おとなしいし、別にいいんだけどね。

「はあ、おかしい、ですか?」

ソフィアが不思議そうに首をかしげる。

「リア先輩はいつもおかしいと思いますが」

「そうですよね」

……いやな、違うとは言わないが、二人とも、もう少し言い方ってもんがあるだろ。

そんな中、どこか気まずそうにサレナは顔をそらしていた。

「だって、こういう場合って『ルーファスさんも一緒に行きませんか?』とか、絶対誘ってくるはずなんだよ。……俺の都合を完璧に無視して」

うむ。その様子がリアルに想像できる。

んで、俺を馬車の代わりかなんかにしてこき使うんだ、絶対。

「それはいかにもリア先輩っぽいですね」

出された最高級のお茶を啜りながら、リリスちゃんが同意する。

「さすが、ルーファスさんですね」

なにがさすがなのか、是非聞かせてもらいたいところだが……。

「……まあとにかく、おかしいんだ。そもそも、一人旅だぞ? あの子煩悩な父親が許すはずないだろ?」

「なるほど……」

そこまで話すと、それまで沈黙していたサレナがおずおずと口を開いた。

「えーと、ね。……とっても言い難いんだけど、実は」

その口から語られる真実。なんと、そのサイファール王国の騎士とリアが結婚することになった、ということだ。両国の結びつきを強める、ってお題目から見ても、完璧な政略結婚だ。サレナも止めようとしたらしいが、さすがにまだ王位を継承しているわけでもないので、無理だったらしい。

なるほどなるほど。そんなわけだったのか。確かに、リアが黙っていたのもわかる。

うんうん。納得だ。

「る、ルーファス? ちょっと落ち着いて」

サレナがおかしなことを言う。

「何を言っている。俺は十分落ち着いてるれ」

「「「…………………………………」」」

三人の女たちが沈黙する。

「……こほん」

舌が回らない。自分で思っている以上に動揺しているようだ。

そうだ、深呼吸しよう。

すーーーーーーーーはぁーーーーーーー。すーーーーーーーーはぁーーーーーーー

………………………………………………………………よし、落ち着いたぜ、ざまーみろ。

「……うん。俺は冷静になった」

「ほ、ホント?」

「当然だ。その証拠に、リアの婚約を合法的に解消する方法も思いついたぞ」

一同驚く。

「要するにだ。政略結婚なんて、国そのものがなくなれば立ち消えになるに決まってるだろ」

とたんに全員が胡散臭げな視線になった。

「とりあえず、ローラント王国の首都……つまり、ここがなくなれば大丈夫だろ。『遥か宇宙(そら)に点在せし、数多の地の精霊らよ。古の聖なる契約のもと……』」

呪文を唱え始めた俺に、ソフィアが慌てて飛び掛ってきた。

「ちょ……マスター!? 人間界でそれ使うなんて、なに考えているんですか!!?」

「邪魔するなって。詠唱ミスるだろ。『星を砕く大地の欠片。天より降りし浄化の炎。古代にて栄華を誇りし竜を滅した未曾有の災いよ……』」

詠唱を続けていたら、ソフィアが『あるもの』を構えていた。

「いい加減……正気に戻ってくださぁぁぁーーーーーーい!!!」

すぱこーーーーーーーーん!!

ソフィアの持った『ハリセン』が俺の頭を一閃。おかげで精神が乱れて、地精霊の制御をミスった俺は、魔力の逆流により意識が飛んでしまった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

ハリセンを持ったまま、ソフィアが荒い息をつく。ルーファスは、白目をむいて倒れてしまった。

それを見て、やっと力を抜いたソフィアは、どっと倒れる。

「えーと……一体、なにしようとしてたの? ルーファスは?」

「なんか、そこはかとなく理性を放り出してましたけど」

二人の言葉に、ソフィアは説明を始めた。

「マスターが言っていたとおりですよ。このセントルイスを全部吹っ飛ばそうとしてました」

「「はい?」」

「さっき使おうとしていた魔法、マスターの開発した、対魔王用の地精霊魔法なんですけど……『物理的』な破壊力と破壊規模なら他の五つの魔法とは比べられないほどの威力があるんです」

二人は、黙って聞いている。

「これは星の欠片……つまり隕石を落とす魔法なんですけど、隕石落下時の爆発は言うまでもなく、巻き上げられた土砂で日光が遮断されて……下手したら人類が絶滅寸前までいくかもしれません」

唖然とする二人。スケールが違いすぎる。

……もともと、魔族は高位の者になればなるほど、その存在は霊的なものに依る割合が増える。よって、物理的な攻撃では十分なダメージを与えられない。

だから、魔族相手に使う魔法は、霊体にもダメージが与えられるものなのだが……このルーファスの対魔王戦用六大精霊魔法の一つ、『メテオ』は、それとは正反対の方向をとって、とことん物理的破壊力にこだわりまくった。

おかげで、使い勝手は非常に悪いものになって、『欠陥品』とまで言われている。

まあ、それはそれとして、

「しかし……見事なまでに取り乱していましたね、ルーファス先輩」

「まあね。まさか、ここまで我を忘れるなんて、あたしも予想外だったわ。いっつも、自分の不幸を嘆きながらも、どこか余裕があるげだったのに」

「私も、こんなマスターを見たのは初めてです」

三人の視線がルーファスに集まる。

そもそも、気絶するルーファスと言うのを、彼女らは見たことがなかった。

「よっぽどショックだったのね……」

サレナの呟きに、ピクリと反応する二人。

この二人は、揃ってルーファスに好意を寄せている。はっきり言って、なんだか敗北した気分だった。

 

 

 

「……ん?」

俺は目が覚めた。だが、頭に霧がかかっているようで、どうも記憶が曖昧だ。

「あ、起きたわね」

「んあ? サレナか。ところで俺はどうしてベッドで寝てるんだ? つーか、ここはどこだ」

「ここは、お城の客室。なんで寝てるのかって言うと……覚えてないの?」

「はあ?」

さてさて、一体何を言ってるんだろう。

「ほら、リアが……」

それで、すべて思い出した。

「……そうだった。今すぐ、サイファール国へ行くぞ」

「え?」

「リアを連れ戻す。あいつはその婚約に納得したわけじゃないだろ? 本人が嫌がっているなら、そんなのは無効だ」

うんうん。結婚なんざ、当人同士の合意が得られなくてはいけない。政略結婚だかなんだか知らないが、リアの意思が無視されている以上、そんなもん俺がぶっつぶす!

……物理的にな。

「ちょっと。今、また妙なこと考えなかった?」

「まさか」

……俺の思考は、テレパシーなんぞ使わなくても、読まれてしまうのか?

「あれ? そういえば、ソフィアとリリスちゃんは?」

「あの二人を交えて話すと、色々面倒なことになりそうだから、ちょっと席をはずしておいてもらったわ」

サレナ、ナイス判断。

「じゃ、早速行ってくる。こっから、サイファールまで、普通の手段じゃどうがんばっても一週間はかかるだろ? リアが到着する前にけりをつけてくる」

「ちょい待ち」

窓から飛び去ろうとした俺を、サレナが呼び止める。

「なんだよ」

「言い忘れたけど、一応、国の用事で言ってもらうんだから、転移門を使ったわよ、リア」

……転移門。古代王国の遺産のひとつで、特定の場所と場所を繋ぐ亜空間魔法を応用した施設。転移門のある場所にしか移動できないけれど、一般人でも使用ができる。……のだが、悪用されるととても危険なもののため、大抵は国の管理下にある。

「……つまり、リアはもう先方と接触した、と」

リアが出発したのは昨日。その婚約者とやらと、もう会ったことは明白だ。

「ちっ、面倒な」

「……やっぱ、あんた、いつになく慌ててるわね」

「そ、そうか?」

「うん」

むう……意識してなかったが、確かに暴走気味かもしれない。今までの人生で、ここまで動揺したことってなかったような気もする。

なんでって聞かれても困るが。

「少しはリアの努力は報われてたってことかな?」

「ん? なんか言ったか?」

俺が聞くと、サレナはどこか面白そうな目をして、

「さあね」

とのたもうた。

 

「あ、行くなら私たちも行きますよ」

「当然、連れて行ってくれますよね、ルーファス先輩」

「まあ、政治関係のごたごたなら、あたしも少しは役立てると思うし」

……やれやれだ。

 

 

 

 

 

 

 

さて、少し、時間は遡って。

「はじめまして。リア・セイクリッドさんですね」

ちょうど、ルーファスたちが、サレナにお茶会に招待され、ルーファスがリアのことをおかしい、とか話しているとき、お城の客間に通されたリアは、早速自身の婚約者だとか言う人と会わされていた。

「はあ、はじめまして」

「いやあ。あの誉れ高きゼノ大神官さまのご息女とこうやって会えることができて、とても光栄ですよ」

きらん、と歯を光らせる。一体、どういう構造になってるのか、リアは非常に気になった。

「おっと、申し遅れました。私はサイファール騎士団、智天使級近衛騎士のエリクス・シェファーと申します」

「あ、もうご存知のようですが、リア・セイクリッドです。よろしく、シェファーさん」

「いやいや。エリクスと呼んでください。将来は、あなたもシェファー姓になるんですから」

また、きらりーん、と歯が光る。それは嫌です、という言葉をリアはなんとか飲み込んだ。

(か、勘弁してください〜)

リアが泣きそうな顔になる。

彼に会うまでは、向こうも無理矢理決められた結婚話に、納得いってないだろうと思っていた。それなら、なんとかなかったことにできるかも、と期待していたのだが……なんか知らないけれど、ノリノリだ。

大体、彼は28歳と聞いている。10も年の離れた娘と結婚なんて、ちょっと変な趣味でもあるんじゃないだろうか、とか邪推してみる。

その間にも、エリクスは自分の自己紹介(合間に、歯を光らせることも忘れない)を続けている。それを右から左へと聞き流していると、やっと話が終わったのか、エリクスが席を立った。

「では、公務があるので、そろそろ失礼します。……そうそう。近々、この国では剣術大会が開催されましてね。私も、シード選手として出場するんです。是非見に来てください。きっと、貴方に応援してもらえると、いつも以上の力が出せると思いますから」

と、極上の笑顔を向ける。

……だが、あいにくと、この手の絵に描いたようなハンサムは、リアの趣味じゃなかった。

「やっぱり、ルーファスさんに相談しておいたほうがよかったかも……」

さすがに、恥ずかしさが先行して、なかなか言い出せなかったのだが、勇気を出して言っておいたらよかった。

ルーファスなら……その、なんというか、なんだかよくわからない力と手段で、こんな妙な婚約話はなかったことにしてくれるはずだ。

そんなことを考えている、まさにその同じ時、ルーファスが話を聞いてローラント王国を滅ぼそうとしているとは……さすがに、思いつかなかった。

城の客間に帰っても、まだ思い悩むリア。

どうしたものか、とごろごろ転がる。

それにしても、いいベッドだ。ふかふかで、お日様のにおいがする。

なんだか、だんだん……眠たく…………なっ…て…………………………

 

ちょうどその頃、ルーファスがサイファール王国に向かって、サレナたち三人を連れて、マッハ3くらいのスピードで飛び始めたことは……まあ、もちろんのこと思いつかなかった。

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