さあ、着いたぞ。サイファール王国だ。その首都、サイファールの公園らしき場所に着陸する。

ここまで、ちょっと本気気味でとばしてきたから、あっという間に着いた。とりあえず、リアを探さなくては。

「よし、さっさと行くぞ……って、どうした? 二人ともぐったりして」

なぜか、サレナとリリスちゃんは、膝を着いて息を切らしていた。

「……のね……」

「聞き取りにくいぞ。はっきりしゃべれ、サレナ」

「あのね……あんなスピード、人間に耐えられるわけないでしょ……」

そのまま、パタッと倒れてしまった。

……それじゃあ、俺が人間じゃないみたいじゃないか。

 

第35話「宣戦布告」

 

とりあえず、適当な宿をとった。

リアは、城にいるだろうということなので、さっさと乗り込みたかったのだが、サレナとリリスちゃんを放っておくわけにもいかない。

「マスターも、もう少し冷静になってください」

「……俺は冷静だぞ、ソフィア」

「じゃあ、さっきセントルイスを消滅させようとしたことについての弁明をお願いします」

い、痛いところをついてきやがった。

まあ、あれはやりすぎだと自分でも思っている。半分我を忘れての行動だから、見逃せ。なんで、我を忘れたのかは知らんがな。

「見逃せって言われても。大勢の人が一緒に亡くなるところだったんですよ?」

「……だから、どうして俺の考えていることが読める?」

「思考がだだ漏れです。やっぱり、すこし落ち着いたほうがいいです」

ぬう……そんなことないと思うんだが。確かに、いつもより冷静さがないような気がする。

「どうして俺は動揺しているんだろう。さっぱりわからん」

「この期に及んで、まだしらを切るつもりですか? いい加減、私も諦めようかな〜とか思ってたのに」

「? なんの話だよ」

ソフィアは「もういいです」とため息をつき、いすに腰掛け、ベッドに寝ている二人の様子を伺う。二人は、あまりのスピードにちょっと気絶しているだけ(?)だ。そろそろ目を覚ますだろう。まあ、もう少し気を使うべきだったと反省はしている。

「ん……」

ほら、目を覚ました。

 

 

 

 

「う……まだ気持ち悪いです……」

リリスちゃんが青い顔をして机に突っ伏す。対G訓練は受けたことがないのだろうか?

「で、リアは城にいるって話からだったわよね……」

サレナはというと、少しふらついているものの、もうけっこう元気だ。まあ、けっこう長いあいだ、俺の特別訓練(召喚魔法のね)を受けてきたんだ。あのくらいでまいってもらっては困る。

「結論から言うけど……穏便にリアの婚約を解消するのは不可能と言って良いわ。大臣連中と、両国の国王……片方はあたしの父だけど……が決めたことだから、そう簡単には」

「安心しろ。最初から、穏便に、なんて考えてないから」

俺の笑みに、なにか不吉なものを感じたのか、ソフィアが口を尖らせて、

「人殺しは勘弁してくださいね」

「……まさか」

実際、こっちの国王を暗殺しようかな〜なんて作戦が、ちらっと頭を掠めたのは秘密だ。……いかん。前回から、思考が物騒な方向に走りっぱなしだ。俺の、今まで作り上げてきたイメージが……

「そもそもさ。その婚約の相手ってのはどんなやつなんだ?」

サレナに聞いてみる。ソフィアが「話をそらしましたね」と呟いたのは黙殺した。

「えーと……確か、この国の騎士団で実力ならナンバー3って言われている智天使級近衛騎士だったと思う。名前は……エリクスなんとか、だったっけ?」

微妙にあやふやな情報だな。

「智天使級?」

? と言う顔をするリリスちゃん。

「この国の騎士は、その階級を天使の位で表すの。智天使は上から二番目。別名、天使騎士団とか呼ばれているわ」

俺は知っている。昔、魔族の軍勢に対して、最も功績を上げた騎士団だ。あのころは、まさに神の使いと呼ぶにふさわしい実力者ぞろいだったが……。

「今の天使騎士団の強さってどんくらいなんだ?」

正直、魔族という敵がほとんどいなくなったおかげで、各国の軍隊やら騎士やらは弱体化している。まあ、それはそれで、平和だと喜ぶべきだろうが。

「うちの騎士団より少し上、ってところかしら? ただ、団長のカールっていう人はドラゴン20匹を一人で仕留めたって言う逸話もある、歴代の天使騎士団長でも五指に入る実力者だとか。いつもは城の中で王族の警護をしてるらしいけど」

そりゃすごい。

「さて……そんなやつがいるなら、城に忍び込んでリアを掻っ攫うってのは却下だな……」

俺は、忍び込んだりといった類のことが苦手だ。それだけの実力者をごまかしきる自信はない。

「そもそも、掻っ攫ったって、また連れ戻されますよ。駆け落ちでもしない限り」

ぬう、リリスちゃんの言うことももっともだな。やっぱり、話自体をなかったことにしなくてはいけない。……厄介な。

「まあ、とりあえず、リア本人に会いに行こう」

考えてても始まらない。

「どうやって? さっき、忍び込めないって言ってたじゃない」

サレナが呆れた声で聞く。

「そりゃ、お前が訪ねてきたって言えば、会うくらい大丈夫だろう?」

「あたしがどうしてここにいるのか突っ込まれるわよ。転移門は王族でも簡単には使わせてもらえないんだから」

ローラントからサイファールまで、30分足らずで移動できるような変人は、世界中を探しても両手で数える程度しかいないと教わった。……変人とはなんだ、変人とは。

「そういうわけだから、セントルイスにいることになっているあたしが行くわけにはいかないわね」

「……しゃーない。リアのほうはとりあえず後回しだ。まずは、そのエリクスなんたらに会いに行く」

まずは、そっちの品定めからだ。

そうと決めたら、話は早い。騎士団の見学、ということならけっこう簡単に会えるだろう。

「そういえばさ……例の念話ができるっていうペンダントは?」

「……リアのやつ、家に置いたままなんだよ」

いくら知られたくないからって、置いていくことあるまいに。リアに会ったら、文句を言わなきゃな、とか考えながら、俺は宿をあとにした。

 

 

 

 

「見学? ああ、いいよ。ちょうど今は訓練中だ。見ていくといい」

城とほとんど離れていないところにある騎士団の宿舎&鍛錬場に行って、見学したい旨を話してみると、その若い騎士は、さわやかな笑顔を浮かべながら俺を快く案内する。

ちなみに、女が騎士団の見学って言うのも変な話なので、女連中は宿にて待機だ。

鍛錬場に来てみると、30人くらいの騎士らしき人たちが熱心に訓練していた。無論、俺から見ると、実力的にはたいしたことはない。だが、一人として手を抜いているものはいなく、心地よい熱気を感じた。

「城での警護とか、待機してなきゃいけなかったりとかするから、大体、訓練は騎士団の3分の1くらいずつでやるんだ」

その騎士……セイルさんが説明する。立ち振る舞いからして、この人、かなりの実力だ。

「セイル隊長? その子供は?」

騎士の一人が、俺に気付いてセイルさんに話しかける。ってか、隊長?

「ああ、天使騎士団を見学したいらしい。みんな! そういうわけだから、あんまり無様なところを見せるんじゃないぞ!」

ういーす、と男くさい返事が返ってくる。

しかし、この人が隊長? ずいぶん若いようだが。

「ははは。こんなに若くて、隊長が務まるのかって顔だね。でも、一応、俺はれっきとした天使騎士団副隊長で、今訓練している連中のまとめ役をやらせてもらってるんだ」

「そうそう。ここじゃ、実力があれば、年齢とかには関係なく、上の階級を与えられるんだ。まあ、隊長みたいに、この年で智天使ってのはかなり異例だがな」

近くにいた騎士の一人が補足してくれる。

「そうなんですか」

「ああ。でも、副隊長はもう一人いるんだが、これがまたいけすかないやろうでな……」

その騎士がそう話している途中で、後ろに誰かが立つ。

「! 避けて……」

その影は、あろうことかいきなり剣を振り下ろした。

とっさに、その騎士を突き飛ばした。

「ふん……」

ゆっくりと剣を収める。なんだ、こいつ……

「エリクス!?」

「セイル……部下の教育がなってないな」

エリクス? じゃあ、こいつが?

「先ほどの部下の失言については謝る。だが、いきなり斬りかかるというのは、どういうつもりだ」

「あの程度、仮にも天使騎士団に籍を置くものなら当然避けることができる、と思ってのことだが?」

こら、まて。だからって、斬りかかったことの理由になるわけないだろ。

「……もういい。今回は目を瞑っておいてやる」

「ふん。何をえらそうに。まあ、私も争い事は好まないからな」

争い事を好まない人間がいきなり斬りかかるか。

とか思っていたら、エリクスは踵を返し、去ろうとする。そこで、セイルさんが呼び止めた。

「エリクス」

「なんだ?」

「お前、昨日またどこかのご婦人を口説いていたそうだな。婚約者もできたらしいじゃないか。そういう真似は感心しないぞ」

じゃあ、こいつでやっぱり間違いないのか。例の、リアの婚約者様とやらは。……今のうちに、きゅっ、と首を絞めちゃだめだろうか?

「ふふ……婚約者だと? まだケツの青いガキだ。まあ、あと何年かすれば、相手をしてやってもいいがな」

滅殺決定

「貴様……!」

セイルさんが剣の柄に手をかける。そのセイルさんを、俺はそっと制した。

「へえ。あんた、婚約しているのか」

「なんだ? 小僧……」

「その婚約者さんとやらも、不幸だよな。こんな、思考回路がぶっ飛んでいるやつと婚約なんぞさせられて」

エリクスの殺気が膨れ上がる。だが、そのくらいで動じる俺じゃない。

「私を誰だと思っている? 栄えある天使騎士団、副隊長エリクス・シェファーだぞ?」

「あんたの肩書きがどうだろうが、あんたが特大の馬鹿だって事実は変わらないぞ」

「貴様……名前は?」

「ルーファス・セイムリート」

一瞬、エリクスは驚いた顔をして、

「彼の英雄と同じ名前だな。ふん、見事に名前負けしている。貧相な顔だ」

「あんたも、ずいぶんと肩書きにふさわしくない顔をしているじゃないか」

「……殺されたいらしいな」

剣をすらりと抜く。

「その性格じゃ、実力のほうもたかが知れてる」

「……貴様の体で試してやろうか?」

だんだん、場の空気が緊張していき、

「止めろ、エリクス! 君も挑発するんじゃない」

セイルさんが叫んだ。

「エリクス。君も、来週の武術大会に向けての訓練をしなくてはいけないだろう。こんなところで油を売っている暇があるとは思えないが?」

「……まあいいだろう。今日は、セイルの顔を立ててやる。命拾いしたな、小僧」

……どっちが

エリクスが去っていったのを確認してから、セイルさんが、怖い顔で俺に迫ってきた。

「ルーファス君。確かに、彼の態度は褒められたものじゃないが、ああいう言い方はだめだ。君が無事だったのも、運がよかったとしか言いようがないんだぞ」

「ねえ、セイルさん」

「ん?」

「その武術大会って俺でも参加できるかな?」

「確かに、参加資格は特にないが……」

よし。これで、合法的にやつを再起不能にできる。

「まさか、参加するつもりか? 俺は、止めておいたほうが言いと思うが。……そもそも、なぜ、そこまでエリクスに突っかかるんだ?」

「まあ、セイルさんだったら、俺もここまでしなかっただろうけど」

「? 何の話だ」

「あいつの婚約者ってさ、俺の大事な友達なんだ」

 

ルーファスがそう言った瞬間、城の客室でぼーっとしていたリアは、なぜかムカッときていた。

 

「そうか……」

深くは聞いてこないセイルさんに、心の中で感謝する。この人はいい人だ。……もしかしたら純粋にいい人っていうの、この人が始めてなんじゃないだろうか?

俺は、今まで登場してきた人物を思い浮かべながら考える。

……泣きたくなってきた。俺の交友関係って、どうしてこうむやみにバイオレンスなんだろう?

「だが、次の武術大会は天聖大会っていって、サイファール王国中……いや、他国からも強い人がたくさん来るんだ。とてもじゃないが、君じゃあ……」

セイルさんが言い終わる前に、セイルさんの鼻先をかすめて、俺のハイキックが放たれてた。

「俺じゃあ、なんです?」

「……いや、俺は君を見くびっていたようだ」

さて、用は済んだ。帰るか。

「ああ、そうだ」

「はい?」

「天聖大会で優勝すれば、国王に一つだけ請願できるんだ。よほど無茶な願いでなければ、大会の優勝者の請願はほぼ通される。お友達を助けたいなら、覚えておくといい」

「……わかりました」

と、俺は去っていった。

 

しかし……な〜んだ、けっこう簡単に事は収まりそうだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は忘れていた。

俺が行くところでは、とりあえず、厄介事には事欠かないことを。

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