……ゆっくりと、力を解放していく。

普段抑えているせいか、いきなり全力起動というわけには行かない。しかし、四分の力だけでも、周りのドラゴンは恐れを抱いて後ずさる。この状態でもこいつらを殲滅することは簡単だが……ちょっと、ひさしぶりに本気で戦ってみたかったりもする。

まあ、要するにここのところ運動不足で欲求不満がたまっているということだ。

ウォードラゴンたちには悪いが……あんまり手加減は出来そうにない。

 

第12話「ミッション、ルーファスの場合。〜そして、大いなる失敗〜」

 

「さ・て・と……」

体が完全に戦闘モードに入ったことを確認。……そういや、この時代に目覚めてから、本当に本気を出すのって初めてかも。もっとも、本気ではあるが、“全力”というわけではない。

とにもかくにも、腰に提げていた剣を下ろす。このミッションに出かける前に購入したこの量産品の剣では、斬りつけたとたんに砕け散ることは明白だ。

「とりあえず、素手で行ってみるか」

ボキボキと指を鳴らしながら、一人ごちる。

簡単に構えて、肩慣らしにウォー・ファイアドラゴンの方へ向かおうとして、リアのことを忘れていたことに気付く。

「……結界くらいはっといてやるか」

この場合、なるべく強力なやつじゃないといけない。ドラゴン共の攻撃はもちろんだが、俺が本気を出すことによる余波も無視できない。

……俺って、自然に優しくない男だよなあ。

馬鹿なことを考えつつ、この場面で有効そうな結界を検索。

「よし……『五つの魔の玉、その頂点より囲う図形。其れはすべてを防ぐ神秘なる造物。ディヴァインピラミッド』」

とたん、俺の手から出た五つの光球がリアの周りに移動し、ピラミッド型の結界を形成する。詠唱発動型の結界は強力なものが多い。俺とて、この結界を力ずくで破壊することはかなり難しい。とりあえず、リアはこれで安心だ。

「よっしゃ。行ってみよーか」

全身の気をフルで解放。運動能力が飛躍的に高まり、『燐光』によって体が薄く発光し、肉体の強度も段違いに上昇。特に、右手は主な攻撃部位になるので輝きが強い。

「シャイ○ングフィンガー。……なんてな」

そして、左手で右手の手首を掴み、突進していった。

 

 

 

 

 

 

はっきり言って、こいつら俺の敵じゃない。

鋼より固いと謳われるドラゴンの皮膚を右手で貫きながらルーファスはそんなことを思った。

そう、敵じゃない。貫いた右手を引き抜き、ジャンプ。痛みでもがいているウォー・ファイアドラゴンの顔面を殴り飛ばす。

吹っ飛ぶウォードラゴン。それを追いかけるように、ルーファスの手の平から気弾が発射された。

ドォ!!ドドン!

狙い違わず、着弾。ウォー・ファイアドラゴンの苦しげな咆吼が聞こえるが、無視。隣にいたもう一匹のウォー・ファイアドラゴンに向きなおり、空中を蹴るという、『物理法則? なにソレ?』的な運動をして、更に突進。

仲間がいきなり問答無用で倒されて、少し思考停止していたそのドラゴンは、突進してくる人間にかろうじて反応し、火球を吐きかける。

だが、本気モードのルーファスにはそんな物は無意味だった。向かってくる火球を蹴り返す。

さすがに、自分の放った火球でダメージを受けるようなことはないのか、まったく平気な様子だが、そのドラゴンは明らかに狼狽していた。それはそうだろう。自身の最強の攻撃を、今までは脆弱な存在だと思っていた人間に跳ね返されたのだから。

それでも、本能で戦闘をしているだけのことはあり、向かってくる敵に対して尻尾を叩きつけようとする。

「『斬気掌!』」

だが、その尻尾もあっさりと斬り飛ばされた。

別に特別なことではなく、ただの手刀で。

「よっ……と!」

さらに、ドラゴンの顔に取りつく。

そして、ドラゴンの頭を抑えているルーファスの右手に気が集まっていき……

「じゃあな」

ルーファスがいった瞬間。……ルーファスに取り付かれていたウォー・ファイアドラゴンの頭が吹っ飛んだ。なかなかスプラッタな光景である。

原理としては……ただ、気を送り込んで内部破壊を起こしただけ。少なくともルーファスにとっては簡単なことだった。

残りの四匹――1匹は、ルーファスの先制攻撃で瀕死の状態のウォー・ファイアドラゴンだが――をゆっくりと見渡し、ルーファスは言った。

「続けるのか?」

それを聞いたウォー・ダークドラゴンが不敵に笑う。

「当然だ。確かにお前の力は認めてやるが、そんな下っ端と我とでは力の次元が違う。どうして降参する必要などある?」

まだ俺に勝てると思っているらしい。

相手と自分の力の差も計れないのかと、ルーファスはそのドラゴンを馬鹿にしたような目つきでみる。

「あっそ……後悔するなよ」

すでに、ルーファスは手加減をする気は一切なくしていた。

 

 

 

 

 

 

ウォー・ウインドドラゴンの翼を、レヴァンテインで斬り飛ばす。

始めにダメージを負わせたやつに、とっとととどめを刺して、俺は空を飛ぶやつらの相手をしていた。ここらへんから、素手はやりにくいので、剣を使っている。

ウォー・ダークドラゴンは最後に回すことにした。少なくとも、こいつらの中では一番強い。仲間と連携をとられたら少々厄介なことになるかもしれないからだ。

機動性では最強を誇る、ウォー・ウインドドラゴン二匹を、魔法での飛行(速度、相手の3倍)で翻弄しつつ、二匹が一直線上になるように誘導する。

数秒後、そのタイミングが来た。

「どんぴしゃ! 喰らえ!!『裂空閃!!』」

俺が気合い(これ、重要)をこめて上段から思いっきりレヴァンテインを振り下ろすと、黒い閃光が走り、ウォー・ウインドドラゴンを貫いた。数秒後、その二匹の体がずれ、飛行能力を失い落ちていった。

………真っ二つってのも、やっぱりスプラッタな光景だよなあ。なんかやだ。

「と、いうわけで『炎を司りしものよ、汝が剣を取りて邪なるものに等しく終焉を。サラマンダー・ブレイズ!!』」

ウォー・ウインドドラゴンたちが落ちていく地面から巨大な火柱が昇った。神話にあるバベルの塔を彷彿とさせるほどのでかさだ。

……うむ。さすがは『炎風の谷』と言うだけのことはある。火精霊がとても活発だな。ちょっと血は苦手だから黒こげにするだけのつもりだったのに、骨も残らず火葬してしまった。

そういえば、リアもサラマンダー・ブレイズの効果範囲にいたな。さすがに、ディヴァインピラミッドの壁は堅牢で、中に熱はいかなかったようだが、なかったら……こんがり焼けていたな。

……(汗)やっぱ結界張っておいて正解だったな。うん、偉いぞ、俺。

なにはともあれ、残りはウォー・ダークドラゴン一匹だけだ。

やつはなぜか傍観していたが。一人になっても、俺に勝てる自信があるのだろう。……でも、普通そう思ってても、楽に勝てる方を選ぶよなあ。実はただの馬鹿だったりして。

 

 

 

 

 

「やるな」

「そりゃどうも」

地面に降りたとたん、例のウォー・ダークドラゴンがそう切り出した。

いや、こいつに褒められるのもなんか嫌なんだが。

「どうだ?我に従わないか。お前なら、あの役立たずよりもずっと役に立ちそうだ」

「やなこった」

「そう言うとは思っていたがな」

言ったとたん、問答無用でブレスを吐きかけてきやがった。

黒い光が一直線に俺を貫こうとするが、この位避けるのは簡単だ。横に避難し、レヴァンテインを再度構え、ウォー・ダークドラゴンに向かってジャンプ。

「は!」

ガキッ!

それなりに力を込めて振り下ろした剣も、意外にあっさりやつの爪で防がれた。結構良い反応している。

「おおっ?」

「ふん!」

驚く俺に、むしろ当然と言った風にウォー・ダークドラゴンは一笑し、俺をはじき飛ばした。

質量の差からかなりの勢いで吹き飛ばされるが、崖に見事に着地。

「なかなか……」

これは歯ごたえがありそうだ。さすがウォー・ダークドラゴン。それも、かなり強い方だな。

そんなことを考えていると、再度ブレスが襲いかかってきた。

「おおっ!!?」

ズドカァ!!

今度はきわどいタイミングだった。至近距離の爆発にあおられながら、片手の中に火球を作る。

「『ファイヤーボール!!』」

一個である代わりに、スピードは折り紙付きのファイヤーボールが命中。…が、やっぱりダメージはゼロ。

煙の中からまるで平気な様子で出てくるウォー・ダークドラゴン。だが、もともとこれは煙で視界を塞ぐことが目的。すでに俺はやつの死角にはいって技の体制に入っている。

「むっ!?」

初めてのやつの驚きの声。だが……遅い!

「『デス・ランサー!!』」

本来、槍技である、死神の突きを繰り出す。基本的に俺の技は、今まで戦った相手の技を盗んて、アレンジしたものだ。こいつも、そういった技の一つで、接触と同時に負の気によって相手の体組織を腐らせるというエグイ技なのだが……

キィーン!

「おお!?」

命中する寸前、結界が展開され、弾かれてしまう。

「『我が呼ぶは黒き闇の炎。混沌に封じ込められし、汝の力を持って、我が敵を悉く討ち滅ぼせ』」

……おいおい。

防ぐとほぼ同時に、詠唱に入るウォー・ダークドラゴンを見て、俺は頭が痛くなるのを感じた。

まいった。やっぱり魔法まで使いやがる。

人語を解す時点でほぼ確実だったが……これで、さらに厄介なことになった。

「『カオティック・ボムズ!』」

ドガァ!ドォン!ドドドド!!ゴァ!ドゥゥゥ!!!

……盛大な爆発音と共に、逃げる隙間もないほどの爆発がそこらかしこで起こる。

やれやれ……

 

 

 

 

 

 

 

「……貴様、本当に人間か?」

「失敬な。正真正銘人間だ」

ウォー・ダークドラゴンは、カオティック・ボムズを結界で防ぎ、視界が開けてみるといきなりそんなセリフをほざいた。

心なしか、俺を警戒しだしているようだ。

「……少なくとも普通の人間ではないだろう。我の魔力によって放たれた魔法を、あっさり防ぐとは……」

随分、自信過剰なやつだ。

そろそろ遊ぶのも飽きてきた。リアが目覚めたりしないとも限らない。そろそろ決着をつけるか。

「……じゃあ、ヒントをやるから当てて見ろよ」

そう言って、集中。戦闘のために呼び出すのはずいぶん久しぶりのような気がする……

「『我と契約せし者達よ。我が声に応じ、今ここに姿を現せ。我が名はルーファス・セイムリート。光の元素を司る者よ。我が呼びかけに答えよ。いでよ。ソフィア・アークライトよ』」

呪文を唱え終わった瞬間、精霊界への扉が開き、ソフィアが顔を出す。

「あの〜マスター。予告もなしに呼ばないで……って!なんですかこの人は!」

ドラゴンを視界に写し、ソフィアがびっくりする。

いや、そんなことよりなによりも……

「くおら。ソフィア。なんだそのおたまは?」

「え?これですか?今、料理中だったんですけど……」

緊張感が一気になくなった。だいたい、精霊ってのは、花の蜜とかを主食にしているはずなのに……。どうも、俺と契約してから人間界の味を気に入ってしまったらしい。殺生は基本的にダメなので、精霊界にいるときの料理はたいてい、野菜料理の類みたいだが。

ちらりと見ると、ウォー・ダークドラゴンが一人頭を抱えて苦悩していた。

「ルーファス?ルーファス・セイムリートだと?そして、ソフィア・アークライト……いや、まさかそんな……」

「一応言っておいてやるが、本人だぞ」

「馬鹿をぬかすな!やつが生きていたのは200年も前だぞ!あの魔王との戦いで死んだはずだ!!」

「そこら辺は色々事情があって……。いや、まあいい。信じないって言うなら。どーせ、お前もすぐ信じることになる」

ビシッ! と、剣を突きつける。

「だめですよマスター。むやみに、人を指さしたりしたらダメだと習わなかったんですか?剣でも同じ事ですよ」

「……知るか。……ソフィア、術のサポート、よろしく」

「ふう……わかりましたよ」

釈然としない様子だったが、ソフィアは了解してくれた。

ソフィアの魔力が俺のそれと同調し、光精霊を操るのに都合のいい性質に変えていく。

今から使う魔法は、精霊王の補助がないと、使うのが難しい。使えないことはないが、大規模の精霊を操るので、万が一制御に失敗する可能性もある。そのため、余裕のない時以外はちゃんと精霊王達を呼び出して補助させることにしている。

「いくぞ……『すべてを輝きで満たす数多の光の精霊らよ。古の聖なる契約の元、我ルーファス・セイムリートが命じる……』」

光精霊がどんどん俺の周囲に集まっていく。それをソフィアの力を借りつつ、制御。

……でも考えてみれば、こんな大魔法を使わなくても、普通にやって勝ててたような……

「ぐっ!」

「『悪神を貫く光の矢。魔を打ち払う破邪の剣。光を汚す者を滅ぼす閃光よ』」

だんだんと、俺の周りに光球がひゅんひゅんと飛び回るようになる。

くいっ、と指を動かすと、俺の意志通りに動く。……よしよし。

「そ、そんなもの!!」

ウォー・ダークドラゴンがなにやら叫びながら、ブレスを発射するが、そんなもので詠唱中に自動で発生する呪壁を貫くことは出来ない。

「『はるかな昔からこの世に秩序をもたらす、その真なる力を解放し、我に敵対する者共全てを討ち滅ぼせ』」

厳かに詠唱を終える。

これで、後は力の言葉……つまり魔法の名称を告げるだけで、発動する。

飛び回る、計12個の光球も、今か今かと点滅して出番を待っているところだ。

「じゃあな。けっこう強かったよ。お前」

「や、やめろぉぉぉぉーーーー!!」

うるさいやつだ。

「『デッド・シャイニングスター』」

そして、光球は目の前の敵に殺到した。

超高速でウォー・ダークドラゴンの周りを旋回しながら、ビームを発する。

やつにはせいぜい、光の筋が飛び回っているくらいにしか見えないだろう。当然、かわせるはずもなく………

数秒後、やつは地上から完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

やっと終わった。すでに、ソフィアは精霊界に帰している。

後はリアを回収して、この場から立ち去るだけだ。

リアへの言い訳はどうするか………。

大きく目を見開いてこっちを見ているリアを視界の端で捉えつつ、よい言い訳を考える。

ここはやはり、何事もなかったのようにここを離れるのがベストだな。幸いにも気絶しているし、こっそり運んで、起きたら「寝ていたから、薬草を一人で採取した」とでも言えば、単純なリアのことだ。あっさり信じるに違いない。ドラゴンのことは夢とでも思うだろう。

………ん? 四行ほど上で不自然な描写がなかったか?……『大きく目を見開いてこっちを見ているリアを視界の端で捉えつつ』……?

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……………

…………

……

「のわにぃーーーー!!!!??」

ばっちり、リアは起きていた。

どうするか……確か、リアはウォー・ダークドラゴンを仕留めるときには目を閉じていた。あの時に気絶していたのは間違いない。それならまだ誤魔化す余地は………

「あ、あの私。こういうときは死んだふりが一番かと思って……。それで、怖いのを我慢して目を閉じていたんですけど……。あのー。どういうことか説明してもらえませんか?薄目で見てたら、ルーファスさんが、なんかものすごい戦いをしていたんですけど……」

 

 

おーまいごっど

 

 

 

 

 

 

死んだふりはクマに襲われたときだよ……。お嬢さん。

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