昨晩の盗賊団の襲撃から、特に障害もなく目的地に着いた。
まあ、リアは「どうして寝ちゃったんですか」とか「私も見張りってしてみたかったのに〜」等々の文句を言っていたが。
お気楽なことだ。実際、俺が寝ていてリアが見張りをしていたと考えるとぞっとする。
………いや、俺なら面倒なことになる前に気付いていただろうけど。
第11話「ミッション、ルーファスの場合。〜もう勘弁してくれ……〜」
「あ、あれが『炎風の谷』ですよね?」
リアが少し離れたところにある、谷らしきものを指さして嬉しそうに叫んだ。
「……ああ、地図の場所とも一致する。間違いないと思うぞ」
「へえ、結構早く着きましたね」
現在、正午過ぎ。正直、テトラルーンの採取は明日に食い込むかとも思っていたが、この時間なら今日中に引き返し始めることもできるだろう。
今回のミッションはすこぶる順調だと言っていいだろう。
だが……どうにも落ち着かない。
「ほら。ルーファスさん、どうしたんですか?早く行きますよ」
「あ、ああ」
「なにそわそわしているんです?なにか心配事でも?」
「……そんなところだ」
そう。俺はとても心配していた。
なにかあったからじゃない。なにもなさすぎるんだ!!
なんでだ!?これまでの経験からして、昨日の盗賊程度で済むはずがない!絶対に、これからとびっきりの厄介事が待ち受けてるに違いないんだ!!
………まったく根拠のない予想だったが、俺は半ば確信していた。自分の運の悪さというか、巡り合わせというのは一応把握しているつもりだ。
ヴァルハラ学園に通いだしてから、(比較的)平穏な毎日だったから、ここらで反動が来るに違いない。
「ルーファスさんは心配性ですね〜。ほら、いいお天気ですよ。そんな色々考えてたら頭が腐っちゃいます」
「はいはい……」
ま、確かに悩んでも仕方ないことではある。
リアの言うとおり、空は雲一つない青空。なるようにしかならないなら、心配するだけ損というものだ。
俺は、現実逃避だと頭のどこかで理解しつつ、炎風の谷へと歩いていった。
……だからといって、俺の運が良くなるはずがない。
グオオォォォーー!!
ほら……
「うきゃあ!!?な、なんですか!?」
炎風の谷へと足を踏み入れた瞬間、でかい鳴き声が響いた。
リアはおろおろと辺りを見回すだけで、戦闘態勢をとろうともしない。……頼むから状況を把握してくれ。
今、俺たちが入ってきた谷の入り口にはドラゴンが立っていた。
体長約10m。通常より少し大きめのサイズだ。見つめられただけで心臓を凍り付かせるような闇色の瞳。
……ウォードラゴンかよ。また厄介な。
ウォードラゴン
数あるドラゴン種族の中でも、人間に悪意を持つドラゴンの中で最強の力を持ち、その凶暴さも群を抜く。
知能もかなり高く、竜魔法(ドラゴンマジック)という特殊魔法を扱う個体も存在する。
その総合戦闘力は上位魔族に匹敵、もしくは凌駕し、個人レベルの戦闘手段では撃退することはきわめて困難。
さらに、群をなすことも多く、人間が出会ったらとりあえず死ぬことを覚悟した方がいい。
なお、その属性によって、ウォー・ファイアドラゴン、ウォー・アイスドラゴンなどの種類がいる。
……リアにはそこまではわからなかったらしい。
ウォードラゴンを見つけると、ピキッ、と面白いほど固まり、目を見開き、口をパクパクと開ける。
「〜〜〜〜〜〜〜!!?」
どうやら、事の重大さは一応わかっているらしい。なんとか、すこし落ち着いたらしく、恐怖の叫び声を……
「ド、ドラゴンさんですかぁ!!?私、会うのは初めてです!!」
と、嬉しそうにのたもうた。
さっきの言葉は訂正。こいつ、事の重大さがちっっっっとも理解できとらん。
「くおら。リア。わかってんのか?今、俺たちは絶体絶命のピンチなんだぞ?」
「うわー!うわー!帰ったらみんなに自慢しないといけないですね!ルーファスさん!!……って、ルーファスさん?どーしたんですか頭を抱えたりして」
まずい。こいつほんまもんだ。状況判断という能力が完璧に欠如してやがる。しかも、なんの疑いもなく帰れると信じてる。
「なあリア。これはおおげさではなくて、遺書を書き始めてもいいくらいのピンチだぞ」
「へ?そうなんですか?」
「お前だって、ドラゴンの生態くらい知っているだろう?」
「もちろんじゃないですか。ドラゴンは大きく二つにわけられて、片方は人間に比較的友好的――とまではいかなくても、敵視はしていないタイプ。もう片方は、人間というか、生物を見つけたら問答無用で攻撃するタイプ……ですよね?」
「その通り。そして、目の前のやつは後者の中でもとびっきりに凶暴なやつだ」
俺の言葉を聞き、リアは少し考える仕草をすると、なにかを思いついたような表情で俺に告げた。
「もしかしなくても、私、絶体絶命ですか?」
「だからさっきからそう言っとるだろうが!!!」
もういや。だれか、このボケボケ娘をなんとかしてくれ。……だれもいないから、どーしよーもないか。
それより………と、おれはドラゴンの方へ視線を送る。
なぜか、やつは攻撃を加えようとしない。じっとこちらを凝視したまま動かない。逃がす気はないようだが。
その間、俺もやつを観察する。
黒っぽい赤色の鱗からして、あいつはウォー・ファイアドラゴン。ウォードラゴンでも獰猛なやつで、攻撃力が高い。そして、そんなやつが攻撃を仕掛けてこず、谷の唯一の入り口に陣取っている。
とりあえず、リアがいるから、殲滅するのはとりあえず却下。
逃げる……には、やっぱ上か。ウォー・ファイアドラゴンには飛行能力がない。見たところ、それほど知能が発達しているタイプではなさそうだから、魔法も使えないだろう。今の見逃していてくれている瞬間を逃す手はない。
「リア、飛んで逃げるぞ」
一瞬で魔法のイメージを浮かべつつ、リアの手を取る。
「『シルフィード……』」
「ちょっと待ってください」
力の言葉を唱えようとした瞬間、リアが止めた。
「なんだ、さっさと逃げないといけないだろ? それともあいつをどうこうできるのか?」
「いえ、そうじゃなくて……上、見てみて下さい」
そう言われたとたん、俺は自分の迂闊さを呪った。……決めた。帰ったら徹底的に鍛え直そう。
「ど、ドラゴンさんが5匹……」
上からさらに2匹、翼を持ったウォードラゴン、ウォー・ウインドドラゴンが、そして、谷の奥の方からウォー・ファイアドラゴンと、もう一匹……最悪だ。あんなやつがでてくるとは。
「ウォー・ダークドラゴン……」
闇を搾り取ったような色の鱗。普通のウォードラゴンより深い目。体中から感じられるドス黒い魔力。もうほとんど現存していなくて、通常のウォードラゴンが突然変異する以外、現れるはずのない、すべて黒一色で固められた、最狂最悪のウォードラゴン。
………こりゃだめだ。
「どどどどど、どうしますか!? 逃げられませんよ!!?」
「落ち着け。みっともない」
とは言うものの、それはこれ以上の絶望を味わった俺だから言える台詞。学生として、リアの反応はごくごく当然の物だろう。
「とりあえず、走れ」
一番逃げれる確率の高い、一番始めにでてきたウォー・ファイアドラゴンの方へ走り出す。時間をかければ完璧な包囲網が完成するからだ。
リアも、なんとか俺に着いてきた。あんまり離れすぎたらいざというときフォローできないから、リアの速度に会わせる。
「突っ込むぞ!」
「は、はい」
仲間を待っていたらしいウォー・ファイアドラゴンは、突然動き始めて、俺たちの方にブレスを放ってきた。
ドラゴンの最強の攻撃手段のブレスは、各種族によって様々で、炎、氷、雷、ガスまで多種多様だ。こいつはファイアドラゴンなので、やはり炎。通常のドラゴンのものとは比べ物にならない熱量の火球が俺たちに向かってくる。
「ちっ!」
とっさにリアを抱えて横に飛ぶ。じゅっ!と、地面の焼けるいやな音がした後は、マグマ化した土。直撃したら骨も残らんな、これは。
「『フローズン・バインド!!』」
ウォー・ファイアドラゴンの足下から、氷が吹き出て、脚部を拘束する。もちろん、すぐにでも砕かれるだろうが、こっちが逃げるまでの時間稼ぎが出来ればいい。
「る、ルーファスさん、下ろしてくださ〜い」
「お前は黙ってろ!」
はっきり言って、こいつのスピードじゃ逃げ切れるもんも逃げ切れん。リアを抱えたまま走る。
ボウッ!ボウッ!
後ろから、ウォー・ウインドドラゴンの真空のブレスが迫ってきた。だが、甘い!
「『ハイジャンプ!』」
そのブレスを魔法の効果により何メートルにもなったジャンプでかわし、そのまま右側の崖に着地。
「『レイ・シュート!』……『ハイジャンプ!』」
そして、マジックミサイルで空中のウォー・ウインドドラゴンの二匹を牽制。さらに、二度目の『ハイジャンプ』で、入り口を塞いでいるウォー・ファイアドラゴンを飛び越える作戦だ。
ハイジャンプ単体では飛び越えることは(リアに正体がばれないようにするためには)不可能だが、崖に飛び移っている状態の今なら簡単だ。
「ギャウ!」
だが、その目論見は外れた。ウォー・ファイアドラゴンがフローズン・バインドから抜け出て、その尻尾で俺たちを打ち付けたからだ。
ガッ!
「くっ!?」
「きゃあっ!?」
迫り来る尻尾を、気功術で能力を数段高めた肉体でもってガード。地面に叩きつけられるが、なんとか俺の体をクッションにしてリアを守ることが出来た。
「くそっ……ダメだったか……」
「いや、それでもすごいと思いますけど……よくあんな動きが出来ますね。体の方、平気ですか?」
この期に及んで呑気なことを言うリア。よく、そんなに余裕があるもんだ。それより、さっさと俺の体の上から離れて欲しい。地面ともろに衝突した俺のおかげで助かったんだから。
「ああ、ちゃんと受け身はとったからな」
よっと、身を起こす。相変わらず、リアは俺の腕の中だ。こいつは少し恥ずかしがっているようだが、勘弁してもらおう。なんせ、こいつの役目は本来攻撃ではなく、今はまったくの足手まとい。そして、こいつの張る結界ではドラゴンのブレスを防ぐことは到底不可能。
俺も……不可能だということにしておかないとまずかろう。
「受け身なんて、意味無いような……」
「気にするな。それより、まずいぞ。完全に囲まれた」
陥没した地面を気にするリアを無視し、あたりを見渡す。……見事なまでに逃げ場がない。
もう逃がさないぜとばかりに、谷の入り口で待ち構えているウォー・ファイアドラゴン。奥からでてきたもう一匹も合流し、二匹で入り口は完全にふさがれた。
空……ウォー・ウインドドラゴンが上空を飛んで、とても飛んで逃げるなんて事は出来ない。
さらに……谷の奥へとりあえず避難しようにも、ウォー・ダークドラゴンが値踏みするような目で見ているとなっちゃあ、お手上げだ。
仕方がない。ここは交渉だ。その昔(約200年前)、頑固なことで知られる武器屋から、2割引で剣を買ったこの俺の交渉術を見せてやる!!(ちなみにこの剣、ものすごい不良品で、一回使っただけで物の見事に折れた)
「なあ、俺たち、ここに薬草を取りに来ただけなんだ。見逃してくれないか?」
とりあえず、こいつらのボスらしいウォー・ダークドラゴンに話しかける。リアは、なにをしているのかわからないといった目でこちらを見ているが……勉強不足だな。もうすこし魔物学を勉強した方がいいぞ。
「……よく落ち着いているな。今までの人間には無かった反応だ」
きっちりと、返事を返してくれるドラゴン。リアが驚いている。
……もともと知能の高いドラゴンは人語も容易に解す。なんせ、普通の人間より知能は上だ。人間の魔法も操るから、当然とも言える。
「そりゃどうも。で、逃がしてくれるのか?」
「それはできない相談だな。なんせ、久々の人間だ。たっぷりいたぶって楽しませてもらおう。先程の動きを見る限り、なかなかの力量を持っているみたいだしな」
そう言って、ウォー・ダークドラゴンが舌なめずりをする。……多少理知的にも思えたが、やはりウォードラゴンか。
「そっちも痛い目に遭いたくはないだろ?」
「うぬぼれるなよ、小僧。我らがその気になれば、貴様など一瞬で塵になる。それもわかっているのか?それとも、ただの阿呆なのか?」
その言葉、そのまま返してやりたい。俺がその気になれば、貴様らなんぞ一瞬で塵だぞ……
だが、そんなことはしないし、できない。
原因は……
「ル、ルーファスさん……もう少し穏便に……。喧嘩を売るような真似はしないで下さいよぅ……」
そう。今にも泣きそうな目をしているこいつだ。
正直、俺が今では勇者だとかなんとか言われているお強い人物だとか、他のやつにばれてもどうってことない。ヴァイスは色々言っていたが、普通に考えて、せいぜい名前が一緒なだけの別人……と思われるのが関の山だ。
仮に、俺の力が何人かにばれたとしても。たとえ、そいつらが他のやつらに言いふらしたとしても。そいつの狂言で終わることだ。
だけど……どうも、目の前のこいつにだけはばれたくない。いつも気兼ねなく(なさ過ぎる気もするが)懐いてくるこいつの反応が変わるのが怖い。いつの間にかそう考えるようになっていた。
今はまだいい。少し、人より抜きん出ている強さだが、人間という枠は出ていない。今くらいなら、リアは「すご〜い」で、済ませてしまう。
しかし、本来の俺の、かつての魔族の王ですら倒してしまった俺の化け物じみた力を見て、こいつがどう思うか。あまり想像したくない。
ガイアは「それは恋だな。ふふふ……お前は死んだ」とか言っていた。そうなのかもしれないし、違うような気もする。とにかく、こいつには知られたくない。いつか来るかもしれない、話さなければいけない時まで。
………我ながら恥ずかしいが、俺の素直な気持ちだ。
「俺は塵になんかなりたくない。ここでお前に殺されるのはまっぴらだ。だから、とりあえず見逃せ」
「だ、だからぁ……そんな言い方じゃ……」
ああもう。面倒くさいやつだ。第一、あいつは元々俺らを逃がす気なんてないっつーの。
「それを私が了承するとは思ってないだろう」
「まあな」
もちろん期待していなかったが、ウォー・ダークドラゴンの言葉を聞いて、もうどうしようもないことを再認識させられた。いざって時は、リアを気絶させてでも………そんな事を考えて、リアに意識がいっていたのが悪かった。俺は、後ろのウォー・ファイアドラゴンが獲物を前に我慢しきれず放ったファイアブレスに対する反応が一瞬遅れた。
「ギャアアアア!!」
咆吼と共に吐き出された火球が迫る。
(間に合え!)
ズガァ!!
危ういところで結界が間に合う。時間があまり無かったせいでかなりの衝撃が結界内に響くが、熱エネルギーはカットできた。
「大丈夫か、リア!」
さすがに誤魔化せないか……と、思いつつリアの方を見る。
……倒れていた。そして目は閉じられている。念のため、脈を確認。……しっかりと血液が流れている。
「リア?……リアさーん?」
こちらに反応する気配もない。つまり………気絶中。
「ちゃ〜んす(きらーん)」
その時の俺は――自分で言うのもなんだが――邪悪な笑みを浮かべていたと思う。