俺たちは今、テトラルーンが咲いているという『炎風の谷』に向かっている。

なんでも、名前の通り、火と風の属性がかなり強い場所らしい。

数メートル前方では周りの景色を眺めながらリアが楽しそうに歩いている。

まあ、悪いこととは言わんが、少し緊張感がなさ過ぎじゃないか?

確かに今のところはモンスターとかも出てきていないが。

っていうか、俺が魔物よけの結界を張っているから、レベルの低いモンスターなんか出てくるはずもないが。こいつを維持するのもけっこう疲れる。なのにあまりにも脳天気なリアに呆れていると、ふいにリアがこちらをふり向いて、言った。

「そろそろお昼にしましょうか?」

まじでピクニック気分だな、やろう。

 

第10話「ミッション、ルーファスの場合。〜強襲、盗賊団〜」

 

「今日は、一段と豪華なんですよ」

うきうきと、本当に嬉しそうに持ってきていた重箱を取り出し始める。

昨日買った道具類はすべて俺が持っているのに、やけにリアの荷物が多いと思ったらこんなにたくさん弁当を作ってきてたのか。

つーか……

「リア。その鞄にあとなにが入っている?」

「え?」

「だからお前の荷物はあとなにがあるのかって聞いているんだ。この弁当箱だけでその鞄の半分くらいは占めているだろ?」

「これ以外には、着替えと歯ブラシセットだけですけど?」

……おもわず突っ込みたくなる。

そうじゃないかと思っていたが、やはりこいつは冒険というものをなめきっているらしい。

一度、灸を据える必要がありそうだな。

「おい、リア」

「はい。お箸です。おかずはこの小皿にとって下さいね」

「いや、あの……」

「そうそう。このコロッケには、こっちのソースをかけてくださいね。私のオリジナルなんです」

「へ、へえ。そうなんだ」

「はい。最近、新しく作ったやつです。ちょっと自信がありますよ」

「そ、そうか。じゃ、一つ……」

リアの顔を見たとたん、怒れなくなってしまった。俺って……俺って……

「どうしたんですか?おいしくないですか?」

「いや。うまいぞ……」

自分で自分が情けなくなる。四月からこっち、リアに逆らうことがますます出来なくなっている。

こいつが脳天気な分、俺が全力でフォローするしかないのか……

そのこと自体、あんまり嫌がっていない自分にさらに自己嫌悪しながら、やたら気合いの入った弁当をついばむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

夜だ。

街道を少し離れた近くに川があり、すこし森のようになっている場所に俺たちはキャンプをはった。

交代で寝て、もう一人は見張り。俺の結界でモンスターが襲ってくる心配はほとんどないとはいえ、まったく安心は出来ないし、この状況ならそれ以上に怖いものがいる。

とりあえず、俺が2時まで見張りをするということになっているが、俺はリアを起こすつもりはない。

……だって、あいつに見張りなんてやらせたら速攻で寝そうなんだもん。

ふと、違和感。

「……誰だ?」

今の俺の知覚領域は約500m。その範囲に入ってきたものはほぼ完全に把握できる。

そして、たった今、九時の方向から複数の生き物が入ってきた。

恐らく人間。しかも真っ直ぐ、そして慎重にこちらに向かっている。

「……『シルフ・コール』」

ぼそっ、と呪文を唱え、風の精霊を呼び出す。

風が集まり、人形みたいな影が手の平の上に現れ、こちらを見上げる。

「あっちの方向に何人か人間がいるから、様子を見てきてくれ」

風の精霊シルフはこくんとうなずくとすぅー、と、飛んでいった。

「ったく。やっぱりこういう事が起こるんだよなあ」

入学したとき、学園長にミッションの話を聞かされて、一番始めに気になったのがこれだ。

確信は持てないが、おそらく……

「……と、おかえり」

意外に早くシルフが戻ってきた。

そして、耳元に口を寄せて、向こうにいるはずの人間の様子を教えてくれる。

「……そうか、ありがと」

礼を言うと、シルフはにこっ、と笑って虚空に消えていった。

「やっぱり盗賊か……」

誰ともなく呟く。

考えてみれば当然のことだ。のこのこと町から出てきた素人も同然の学生集団をそういった連中が見逃すはずがない。

今までそんな話が出てこなかったのは、ローラント王国の盗賊狩りがいちおうはうまくいったおかげか。

かといって、盗賊なんてものは少し放っておけばゴキブリのごとく発生する。

シルフの話だと、盗賊は6人。全員、武器を携帯しているらしい。

加えて、1人、魔法使いのようなやつもいたそうだ。

 

……ま、俺んとこに来たのを不運と思ってもらうしかないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、本当にいるんだろうな?」

「間違いねえよ。昼間から目を付けてたんだ。男と女の二人組。間違いなくヴァルハラ学園の生徒だ。この先でキャンプをはっているはずさ」

「ほう……で、どんなかんじだ?」

「女の方はえらい上玉だ。男の方は……まあ、どうでもいいだろ?」

「まあな」

ククク……と、5人が下卑た笑い声を出す。……いちいちかんに障る声だ。

もう1人。こいつだけは他の5人と少し離れて歩いている男。こいつはかなりの使い手だ。

「じゃ、男の方はさっさとぶっ殺すとするか」

「おう」

好き勝手言ってくれる。だが、そう簡単に殺られるつもりはない。

今、俺は木の上でその盗賊共の様子を探っている。

けっこう場数を踏んでいるらしく、雑談をしながらも周囲の警戒を怠ることはない。

つっても、あんまり俺には関係ないけど。

「おい」

後ろを歩いている男が声を出す。

「なんだよ、シュウ」

「そのヴァルハラ学園の生徒とやらが俺たちを出迎えているぜ」

!! 気付かれた!?

一応、本気ではないとは言えきっちりと気配は消していたはずなのに。

「なに!?」

「出てきたらどうだ? 出て来ないなら、そのまま黒こげになるが?」

右手に炎の魔力を集めつつ、そう言う男。……シュウとか呼ばれてたな。

とにかく、別に逆らう理由もないので、すたっ、と木の上から降りる。

「てめえ!」

他の盗賊共がいきり立つ。

はっきり言って、後ろのシュウとか言うやつ以外は単細胞の集まりだな。

「子供にしてはなかなかうまい隠れ方だったが、相手が悪かったな」

シュウが言い捨てる。

「そりゃどうも」

相手が悪かった? ……どっちのことやら。

「ふん。そのまま逃げてりゃ、命だけは助かっただろうになあ」

「それともあれか? もう1人のお嬢ちゃんを守ろうってか?」

「くぅー。カッコイイねえ。だけどなあ、利口じゃあねえなあ。つーか、お前バカだろ?」

「そうそう。ナイト気取りもいいけど、命あっての物種だぜ?」

「俺たちみたいなこわ〜いお兄さんが世の中にはたくさんいるんよ?」

雑魚盗賊A、B、C、D、Eが口々に頭の悪さ丸出しのセリフを吐きながらにじり寄ってきた。……とりあえず言っておかなきゃいけないことが一つ。

「そこのE」

「は? い、E?」

最後の台詞を言ったやつが、いきなりE呼ばわりされて呆けた顔になる。

「お前らお兄さんって年じゃないだろ? 明らかにおじさんだろうが」

短い沈黙。

そのあと、Eは顔を見る見る真っ赤にさせて叫んだ。

「や、やっちまえーーー!!!」

雑魚の5人が一斉に襲いかかってくる。俺は、つい昨日購入した安物の剣を構えて迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様何者だ?」

「別に……普通の学生だが?」

数分後、雑魚盗賊はそのやられ役の役目を全うし、見事に倒れていた。全員、大したことはなく、剣を使うまでもなかった。首筋に手刀一発。それだけで事足りたのだ。まあ、殺すのも後味が悪いし。

「ふん……いくらこいつらでも、5人相手に一瞬で勝負を決めてしまうようなやつが普通のはずないだろう」

「いや、本当に普通だって」

少なくとも、表向きは。

「だが、殺さなかったのは失敗だな。俺がお前を殺したら、こいつらはお前の連れを襲うぞ」

「ご心配なく。あんたも俺に倒されるんだから」

そう言ったとたん、シュウの目つきが変わる。

「ほう。大きく出たな。この俺を倒すと? 面白くもない冗談だ」

「当たり前だろ? 冗談なんかじゃなく、完璧マジなんだから」

「フン……『ファイヤーボール!』」

突然。複数の火球がこちらめがけて飛んできた。見た感じ、かなりの威力だ。

「ちっ!」

とっさに左に避ける。ついさっきまで俺がいたところに次々と着弾。風圧で吹き飛ばされそうになるが、何とかこらえる。

「『地に眠りし水の力よ、今こそ集いて、結せよ』」

シュウの方を見ると、やつは手を地面に添えていた。

これは……

「『フローズン・バインド!』」

俺の足下から水が吹き出る。

「こなくそ!」

転がりつつ、何とかかわした。さっきの水は空気に触れると同時に凍りついている。

今度はこっちの番だ!

「『風よ、切り裂け! ウインドカッター!!』」

呪文と同時に腕を振る。伸ばした指の通ったあたりの気流が急激に変化し、かまいたちとなってシュウに襲いかかる。

「甘いわ!」

それを読んでいたのか、シュウの目の前にはすでに魔力の壁が出来ていた。

「散!」

俺が小さく叫ぶと同時に、風の刃が分かれ、四方からシュウを襲った。

「! なにぃ!?」

驚きつつも、前方に身を投げ出し、回避を図るシュウ。

結果、やつは肌を浅く切られたものの、ほとんどノーダメージ。さすがにこんな小細工で決めようなんてのは虫が良すぎるか。

「……本当に何者だ? 貴様」

頬の傷を拭いながら、再度問うシュウ。

「さあな」

「そうか……なめてんじゃねえぞ、小僧

ドウッ!

「はい?」

いきなり口調が変わったと思ったら、シュウの体から先程までとは比べものにならない魔力が放出された。

「ちょっと優しくしてやればつけ上がりやがって。てめえなんざ俺様が本気をだしゃあ、一瞬なんだよ」

「お、おい、おっさん?」

「もういいから、お前は死ね!」

シュウが腕を一振りすると、ものすごい風圧が襲いかかってきた。

………普段、冷静そうなやつほどキレると怖いっていうの、本当だな。

「『エクスプロージョン!!』」

「だぁああ!?」

詠唱なんて、すでにすっ飛ばしている。何とか結界の展開が間に合ったが、この威力。いつぞやのアミィとは天と地の差だ。

「まだまだぁ!『レイ・シューート!!』」

「こなくそ!」

一瞬、剣で弾こうかと思うが、今持っている剣はなんの力もないただの鉄の剣だ。受け止めたとたん、へし折れるだろうし、気功術で強化しようにも、こんな安物ではすぐさま木っ端微塵になることうけあいだ。

結果……

「かわすしかねえじゃねーか!?」

「ははは! あがけあがけぇ!!」

んがぁ!? こいつ、調子にのりやがって。こうなったら、多少怪しまれることを覚悟して一瞬できめてやる!

「そこ動くなよぉ!!」

そんなこと言われて、動かないやつなんていない。

シュウはもう一度、レイ・シュートで来るようだから、手で光弾をはじきつつ突進だな。

「『レイ・シュートォ!』」

ドンピシャ!

瞬間、足に気を集中。さっきまでの数倍の加速でシュウに突撃をかける。

「なにっ!?」

ベタベタなシュウの驚きの声も無視だ。自分に当たりそうなマジックミサイルだけ、『燐光』をかけた両手で払う。

そして、シュウまであと2歩というところで、いきなり目の前に剣の先が出現した。

「くっ!?」

なんとか身をひねってかわすが、左腕の肌を少し切ってしまった。どうせ大したことないだろうと、決めてかかったので防御をおろそかにしていたな。反省。

「ふん。俺を魔法だけの男だと思うなよ? 剣を使わせてもそこで伸びているやつらくらいなら何百人集まっても勝てはせんよ」

「あっそう……」

「(ピクッ)……あまり俺を怒らせない方がいいぞ。お前ほどの腕があれば、俺の配下に加えてやってもいいんだ。どうだ?しがない学生生活なんかよりよっぽど魅力的だと思うが」

なにを言うかと思えば……

「悪いけど、興味ないね」

「そうか。ならやはり死んでもらうしかないな。安心しろ。お前の連れも、売り飛ばすなんて生やさしいことはしないで、存分に痛めつけてやったあと、後を追わせてやるから」

………………………………

「一つ言わせてもらおう」

「なんだ?遺言か?」

「あんたも……俺をあんまり怒らせない方がいい」

無造作に一歩踏み出す。

「わざわざ死にに来たか!」

俺の頭めがけて、そこそこに鋭い剣が振り下ろされる。が、とろい。

 

ガシッ

「なっ!?」

「なに驚いているんだ? 剣を直接掴まれたのは初めてか?」

俺は手の平でやつの剣を受け止めていた。

この程度の切れ味、威力なら油断しなければ傷つく道理はない。

「その位で驚いてもらっちゃ困る。ほら」

グシャ

すこし握ると、簡単にその剣は壊れてしまった。もろいな。大量生産品とまではいかないが、たいした剣ではない。それに、使っているやつもそこまで言うほど達人というわけではない。

結論。こいつも雑魚だ。

「じゃあな」

シュウの頭に手を添え、そこから攻撃性の気を送り込んでやる。

「ぎ、ぎゃあああああああああ!!!」

痛覚を直接刺激したのでさぞ痛かろう。あっけなく気絶したシュウを、他の5人と一緒の所に放り、紙とペンを取り出す。

「……よし」

ちょちょいと、一筆書いて、紙を連中の上に置く。

「じゃ、たっぷり絞られてこいよ。『この地より彼方へと旅する者を運ぶ扉。遙かなる道程を無にせよ。ディメンジョン・ロード』」

魔法を唱え終わると、六人の盗賊は黒い穴に引きずり込まれ、そして消えた。

「ふう……終わったか」

どっと疲れた。

またこんなやつらが来たら面倒だから、もう不可侵結界を敷いて、もう寝ようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。セントルイス自警団の詰め所に、頭がとんでもない実力者である新興盗賊団『黒き牙』のメンバーが全員失神した状態で現れて、大騒ぎになったのはまた別の話。

そいつらの上には捕まえたらしい人物の書き置きがあったらしい。

曰く「こいつらは悪党だ。煮るなり焼くなり、好きにしてやってくれ」

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