ミスティアの屋台は、そんなに流行っている訳じゃないが、結構な名店だ。
 やってる本人が妖怪で、趣味でやってる屋台だから、メニューは総じて安めだし、八目鰻以外にも割と季節の料理を揃えている。
 鶏肉がないのが惜しいところだが、兎肉や猪肉ははちゃんと揃っているため、まあ文句はない。

 んで、流行っていない理由だが、こいつが店を出していることをそもそも知らない人が多いというのが一つある。
 なにせ、里からは相当離れた場所にいつも出しているのだ。暗い夜道に屋台の明かりがあったとして、普通の人間はまず幽霊か妖精当たりの悪戯を想像する。

 ……危機管理意識の高い幻想郷の人間は、その時点でまず逃げを打つのだ。

 ま、お陰で、いつもの居酒屋が満員の時のキープとして、大変有り難い店なのだが、

「ん? 珍しい」

 今日は、何やら先客がいた。
 この屋台の客といえば、人外の可能性が高いが……まあ、酒の入っているうちは危険もない。僕は気にせず、暖簾を開ける。

「お邪魔ー」
「いらっしゃい。適当に座って」

 ほい、と手を上げて応えると、既に座っていた客が僕を見る。

「あや、土樹さんではないですか」
「って、射命丸かよ」

 幻想郷のパパラッチこと、鴉天狗の射命丸が焼酎なんぞを呑みながらくだを巻いていた。

「良也、飲み物は?」
「あ、冷やで。後、串揚げと漬物盛り合わせ」
「あいよ」

 とりあえず注文を済ませ、射命丸の隣に座る。

「やー、珍しいところで会いますね。今日はお一人で?」
「まあな。というか、射命丸こそ一人か?」

 こいつがピンで呑んでるのを見るのは、初めてだな。

「ええまあ。今日は取材ですんで。っと、女将、このがんも、良い味してますね」
「ええ〜♪ が、が、が、がんもどき〜♪ と、冷酒だよ〜」

 よ、喜んで、いるのか? 一応。
 なにやら、がんもどきを流暢に歌い上げてやがる。っと、僕の酒も届いたので、早速呑む。

「……はあ、旨い」
「しかし、この歌がなければ、いい店なんですけどねえ。静かに呑みたい時でも構わず店主の歌声が響き渡るとか」
「そうか? 僕は、これはこれで店の個性だと思うけどな」

 ミスティアの歌は綺麗だしな。普通の人間だとちょっと鳥目になっちゃうのが玉に瑕だが。

「うーん、鴉天狗の私としては、別の鳥の歌はちょっと」
「そんなことまでは知らん」
「はーい、串揚げ上がりぃ〜♪ 後、漬物もね」

 お、来た来た。

 揚げたての八目鰻にかぶりつき、冷やで流しこむ! 揚げ物の旨味が酒を引き立てる。更に脂っこさが口に残っているところに胡瓜の糠漬けを放り込んだと時のこのさっぱり感、そこでまた冷酒!

 ……うむ、至福。

「はぁ、美味しそうに食べますねえ」
「ああ、ここはやっぱ串揚げが一番だ。後、地味だけど漬物も中々良い味してる」
「ほうほう」

 さらさら、と手帳にメモる射命丸。……?

「って、今の記事にするのか?」
「ええ、まあ。実はですね、ここのところ、文々。新聞ではグルメ特集なるものを企画しておりまして」

 鞄から、文々。新聞のバックナンバーを取り出す射命丸。
 確かに、ここ最近の記事には里の飲食店の紹介が載っていた。

「……これって需要あるのか?」

 里のお店は、人口に比べれば多いほうだが、それでも僕が全部の店を回ったことがあるくらいの数だ。
 入れ替わりはたまにあるものの、それほど頻繁でもない。

 そこで暮らしている人にとっては、どの店も知っているのでは……と思いきや、チッチッチ、と射命丸が指を振った。

「それがですね、意外とあるんですよ。馴染みの店以外の美味しいメニューとか、意外に知られていなかったり。品や酒の入れ替わりは把握していなかったり」
「ふぅん」

 そんなもんか?
 うーん、そんなもんかもなあ。

「そういう訳でして。今日はここ、夜雀の屋台に取材にやって来たというわけです」
「はあ、つまり、取材にかこつけて飲み食いしてるってことか」
「心外な。単に私は、お店を紹介するからには、自分の舌で確かめたいというだけです。創業の時は私が一番に記事にしましたが、あの時から随分品揃えも増えたようですし。
 ……ふぅ、女将、芋焼酎おかわり」
「あいよ〜♪」

 ミスティアがハキハキと返事をし、焼酎の瓶を射命丸の湯のみに注ぐ。

「……時に射命丸、それ何杯目だ?」
「はて? 軽く二十杯目といったところでしょうか。ふむ、焼酎の品揃えは中々……次は日本酒に行ってみましょう。女将、土樹さんと同じのを一杯」

 会話しながらも、射命丸は一口でペロリと焼酎を飲み干し、次の注文をする。

 ……早い、早いよ。これだから天狗は。

「やっぱお前、呑みたいだけだろう」
「ふふん、誤解ですってばぁ」
「……もういいや。ミスティア、串揚げおかわりと冷奴。後、酒。次は燗してくれ」

 どうせ何を言ったとしても射命丸は認めやしないだろう。無駄な労力を使うくらいなら、酒を思い切り堪能することにする。

「ところで、土樹さん」
「ん?」
「見たところ、このお店の常連のようですね」
「まあ、二ヶ月に一回は必ず来る程度には」
「それじゃ、常連さんとして、少しこのお店の魅力でも語ってくださいな。どうも、店長はイマイチ話にならなくて」
「あ、なによう。ちゃんと話してやったじゃない」

 冷奴を持って登場したミスティアが頬をふくらませた。

「オススメのメニューを聞いたら、『私の歌かな』なんて答えられても困ります」
「いいじゃない、本当にオススメなんだから。一品注文してくれたらリクエストにも答えるよ?」

 J○Mでも歌わせてみてぇな。今度、プレイヤーに入れて持って来て覚えさせてみようか。ついでに録音して、ニコニ○の歌ってみたに投稿するとどうなるだろう……少し興味があるが、面倒臭いか。

「まあ、それはそれで個性的なお店ですが……料理やお酒の方は?」
「そっちは私が美味しいと思ったお酒や、うまく出来た料理出してるだけだしなあ。あえて言えば、全部おすすめだよ」

 料理には歌ほど拘っていないのか、イチオシとかないらしい。
 まあ、でも安定してどれも旨いから、腕はいいんだろうな。

「というわけで、土樹さん、どうぞ。インタビューをば」
「やっぱ、開店当初からの看板メニューの八目鰻の串揚げかなあ。後は、季節ごとに色々出してるみたいだから、旬のものを頼めば間違いないと思うけど」
「ふむふむ」

 射命丸はペンを走らせながらも、更に酒をおかわりしていた。

 僕の追加分のお酒も届いたし、さて、今日は射命丸とダベりながら、呑むとしようか……































 さて、射命丸とミスティアの屋台で呑んで一週間後。
 今日も幻想郷にやってきて、菓子売りを終えた僕は、うーん、と背伸びをする。

 今日も完売御礼。さて、このお金でどう呑むか、と茶店で抹茶を喫しながら考えていると、ふと座席の側に置かれた文々。新聞に気が付いた。

 こういう所で、地味に自分の新聞を読む人を増やそうとしている当たり、射命丸も中々に侮れない。
 注文したお団子が来るまで暇なのもあって、何気なく手に取る。

「……うっわ」

 そして、一面を見て僕は渋い顔になった。
 ……先週の、あの屋台での一幕が書いてある。

 なのはいいんだけど、『屋台の魅力を語る土樹さん』などという煽りで写真が載せられているのは、どうにも気恥ずかしい。
 ……途中から酔いも回ったことがあり、だいぶ語ったなあ。ミスティアから情報が得られなかったからか、ここぞとばかりに僕の紹介を記事にしたようだった。

「ふーむ」

 むう、しかし、射命丸の奴め、料理を美味そうに記事にするのが上手いじゃないか。
 呑みたくなってきた。

「よし、今日も行くかー」

 串揚げと酒が僕を待っている。

「はい、みたらし団子おまちどお」
「っと、ありがとうございます」

 とりあえず、この団子を片付けてからだな。




























「……ぉぉぅ」

 んで、屋台の所にきたら……なんだ、変な声が出た。

「めっさ混んでる……」

 今まで、多くても四、五人くらいしか入っているのを見たことがないのに、ミスティアの屋台にはざっと数えて三十人近くが詰めかけていた。
 当然、屋台の席は足りず、どこから持ってきたのか、椅子とテーブルを屋台の外に広げていた。

「おーい、こっち、酒と串揚げ四本ー」
「こっちも酒! あと、おでんをー、大根、こんにゃく、じゃがいも!」
「梅酒ちょうだい」
「串揚げとー、後煮物なにがある?」

 文々。新聞の影響力は意外に大きかったようだ。後、大人数で移動すれば妖怪も手を出しにくいので、多分みんな連れ立って来たんだろうな。

「ああもう! ちょっとお待ち! 順番順番!」
「おーい」
「待ってったら! 鳥目にするよっ」

 そして、当然のことながら、ミスティアはてんてこ舞いだった。割り込む客を威嚇して、酒や料理を運ぶ。

「……流石に、無理かな」

 と、ここまでの状況を上空から見て、僕は引き返すことにする。
 席もなさそうだし、これ以上増えたらミスティアの許容量をオーバーしそうだ。

「おーい、三人なんだけど、入れる?」

 ……と、そんなことを考えていたら、更に追加の客がやって来た。
 ミスティアは、一瞬体を固めて、

「ふ、ふ、ふふ……」
「え、あのー?」

 あ、なんかキレた。
 僕は慌てて降りる。

「お、おい、ミスティア? ちょい、落ち着け」

 ま、まさか弾幕で客達を薙ぎ倒したりしないだろうな、なんて危惧したのだが、ミスティアの次の行動は予想外のものだった。

「あー、もう嫌! 私は歌うから、酒と料理は勝手に取って行って!」
「……は? おい?」
「忙しくて歌えないなんてゴメンよ。あ、代金は適当に置いといてね。いいわね!」

 ぽかーん、としている客一同。
 それには構わず、屋台の上に飛び上がり、ミスティアは大声でいつもの夜雀の歌を歌い始めた。

「はぁ、夜の鳥ぃ、夜の歌ぁ♪ 人は暗夜に灯を消せぇ♪」

 店主としての責任をブッチして全力で歌い始めるミスティアに、戸惑いの声が上がる。
 しかし、幻想郷の住人もさるもの。誰からともなく、屋台から酒を取り、代金を置いて、夜雀の即興ライブを肴に呑み始めた。

 なんか、ピーピーと口笛を鳴らして、煽る奴まで出てくる。

「さぁー、リクエストあるかい!? 注文してくれたみんなからのリクエストは受け付けるよ!」

 そうすると、客達は口々に色んな歌をリクエストする。
 ふんふん、とミスティアはいちいち頷いて、

「よし、リクエスト、外の世界の歌! なら、お山の巫女から教わった残酷な天使の○ーゼを!」

 東風谷ァァァァ!?



 なんて、ちょっとしたハプニングはあったものの。
 しばらくミスティアの屋台は繁盛したとか何とか。



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