幻想郷の中でも、数の多さでは幽霊とタメを張ると言われる妖精。
 大抵は幼児のような姿をしているのだが、幻想郷の人外として、例に漏れず酒が大好きである。

 ただ、連中が酒を手に入れるのはちょっと難しい。
 光の三妖精みたく、泥棒に向いている能力でも持っていない限り普通は無理だ。紅魔館に就職できた妖精メイドは、妖精の中ではエリート(?)なのである。……いや、うん、多分。

「おーい、チルノ」
「あ、良也。あたいになんか用?」

 んで、僕はそんな妖精の知り合いの一人である、チルノを尋ねて霧の湖にやって来た。
 湖を凍らせて遊んでいるチルノの側には、目論見通り大ちゃんもいる。

「あ、良也さん。こんにちは」
「うん、こんにちは、大ちゃん。ほい、これ」

 持ってきたのは、日本酒とか焼酎とかウイスキーとか……。まあ、色んな種類の酒だ。

「まあ、仲良く分けて呑んでくれ」
「あ。いつもありがとうございます」

 僕は、こうやって二、三ヶ月に一回くらい、宴会以外ではアルコールに不自由しているチルノ・大ちゃんの二人に差し入れをしていた。
 ……もちろん、ただの善意から、ってわけじゃない。

「じゃ、大ちゃん……いつもの、よろしく」
「あ、はい。ちょっと恥ずかしいですけど……」

 少しだけ頬を染めて、後ろを向く大ちゃん。
 恥ずかしがる感覚は、分からないでもないが、しかしこれは正当な取引なのである。

 クックック……では、いただくとするか。

 大ちゃんの肩に手を置き、背中に生えている羽に優しく触れ、

「あうっ」

 大ちゃんが耐え切れずに声を上げるも、容赦なく行為に及んだ。

「ふんふ〜ん」

 持ってきた小袋に、大ちゃんの羽から粉を落として集める。
 ……こぼしたら勿体無いので、丁寧に丁寧に。

「あー、あたいも、あたいも」
「はいはい。チルノはちょっと待っててくれ。お前の粉は大ちゃんのとは分けて集めにゃ……」

 僕が、酒の対価としてもらっているのがコレ。所謂妖精の粉である。
 まあ、要は妖精の羽の鱗粉のことだ。ピーターパンに出てくるティンカー・ベルなんかが有名だが、ベルセ○クのパ○クと言ったほうが現代っ子にはわかりやすいかもしれない。これらの作品において、空を飛ぶ力を与えたり、治癒したり、という描写がある通り、妖精の粉は色々と魔術的に使える素材なのだ。

 特に、大ちゃんやチルノはそこらの妖精より頭二つか三つ分くらい飛び抜けた力を持っているので、その粉も強い力を秘めている。

「ふう、すっきりしたあ」
「そりゃよかった」

 チルノの羽の鱗粉も集め終え、パンパンと手を叩く。
 チルノの氷のような羽からどうして鱗粉なんぞが出てくるのかイマイチわからないが、実際氷の粒みたいなのが溜まっているんだから、深くは考えない。

 粉が溜まっているのはチルノ的にはなんか髪の毛が伸びすぎているみたいなうっとおしさがあるそうで、すっきりしてチルノは嬉しそうだ。

「んじゃ、お酒呑もうよ、お酒!」
「もう、チルノちゃん。まだお昼だよ?」
「いいじゃん、ほらほらー」

 小言を言う大ちゃんを軽くあしらって、チルノは僕の持ってきた袋から日本酒の一升瓶を取り出して、早速封を開ける。

「もう、今日だけだよ? 明日からは、夜にちょっとずつ呑もう?」
「わかってるわかってる」

 ぜってぇわかってないと思う。まあ、行き過ぎたら大ちゃんがシメるだろう。普段はチルノの行動を黙認する大ちゃんだが、あるラインを超えるとすごい怖くなり、その場合チルノは百パー逆らえない。

「さて、そう来ると思って、ツマミの菓子も揃えてある。さあ、呑もうか」
「えー、良也も? これ、あたいのなんだけど」
「いいだろ、僕が持ってきたんだから」
「仕方ないなー、あたいは心が広いから、分けてやろう」

 そりゃ、僕があげたんだからもうチルノのもので間違いはないんだけど、なにこの上から目線。いや、別にいいけどさ。

「でも、コップがないよ? 家まで取りに行かなきゃ」
「いいよいいよ。今作るから」

 チルノはそう言って、湖の水を凍らせて、氷のコップを作る。
 ビキン! と大きな音を立てて形成されたコップは、何気なく作られたにもかかわらず、僕程度の氷魔法では到底追いつけない低温だった。

 ……流石氷の妖精、無駄にスゲェ。

「はい。良也」
「……チルノ、僕こんなん持ったら凍傷になる」
「とうしょうってなにさ」
「僕には冷たすぎて持てん」

 一体マイナス何度だ。チルノはともかくとして、大ちゃんも持てないだろこれ。つーか、酒を入れたら酒がシャーベットにでもなりそうだぞ。

「コップなら、僕が持ってる。そっち使おう」

 この幻想郷、いつどこで酒盛りに誘われるかわからないのである。それも野外で。
 そんな時、酒盃がなくて呑めない、なんて悲しいことにならないよう、器の類はバッグの片隅にいつも入れてある。これぞ、備えあれば憂いなしというやつだ。

「ほい、大ちゃん。チルノは……」
「いいもん、あたいはこれ使うから」
「ああそう」

 あ、チルノのやつ、自分の作ったコップが使われなくて拗ねてやがる。

「ちなみに……ツマミはこれだ。チー鱈にピーナッツに……後、チョコレート」
「チョコ!」

 しかし、甘い物を見せるとすぐに機嫌を治す。

「さて、呑むかあ」


































「うん、美味しい!」

 案の定、チルノの氷コップに日本酒を注ぐと、途端に凍りついた。
 しかしチルノは、また氷でスプーンを作って、掬うようにして呑……食べる。

 硬くて掬えねぇだろ、とは思うが、日本酒とはいえ凍りついたらチルノの領分だ。なんかこう……上手いことやってんだろ、多分。

「大ちゃんはどうだ?」
「はい、美味しいです。いつもありがとうございます」
「どういたしまして。まあ、ちゃんともらうもんはもらってるから、チルノほどとは言わないけど、気にしなくていいよ」

 ニコニコと実に嬉しそうに切子を傾ける大ちゃんに、こっちまで嬉しくなる。
 見た目小学生が嬉しそうに酒呑んでるって絵面はともかくとして、微笑ましい。

「良也、おかわり!」
「……チルノ、お前はもうちょい味わって呑め」

 ほとんど一気しやがったな、こいつ。かき氷風の日本酒でそんなことやって、頭痛くならないのか。

 まあ、今この酒はチルノと大ちゃんのだ。好きに呑めばいいか、と僕は酌をしてやった。
 ……流石に、少しはコップの温度も上がったのか、今度は凍らなかった。まあ、雪冷えではあろうが。

 むうん、しかし、今日はちと暑い。チルノを見習って、少しは冷ましたほうが美味しく呑めるかな?

「……氷符『マイナスC』」

 思い立ったが吉日。氷のスペルカードを取り出して、コップごと酒を冷やす。チルノに頼んだら、僕が氷の彫像になってしまいそうなので、自前だ。
 んー、と。これくらいでいいかな。

「んく……うん、うめぇ」
「あ、私もお願いしてもいいですか?」
「了解」

 大ちゃんのお願いに頷いて、僕はコップ一つ冷やしただけじゃまだ有り余ってる氷の霊力を大ちゃんのコップに。

「ありがとうございます」

 いやいや、と手を振る。まだ残ってるの力は……もういいや。適当にその辺に放置しとこう。
 ぺいっ、と氷の弾幕にして、地面を撃つ。

 んで、それをチルノの奴が目ざとく見つけて声を上げた。

「あー! 良也! あたいと氷で勝負する気ね!」

 なにを言うかと思えば。

「しないしない。降参降参。アレだ、チルノはサイキョーだから、僕は喧嘩売ったりしないよ」
「ヘン、怖気づいたわね! まあ仕方ないか、あたいは最強妖精だし! これに懲りたら、あたいの前で氷なんて使わないことね。
 まあ、凍らせる事ができる分、他のやつよりはマシかっ!」

 幻想郷でも最強クラスに扱いやすいので、とっても助かる。僕は他の連中と違ってプライドとかないんで、チルノを持ち上げることに抵抗ないしね。

「でもまあ、勝負っつ―なら、飲み比べでもどうだ?」
「お、言ったなー! よし、受けて立ってやる!」

 でも、なんとなーくそのまま引き下がるのも癪だったので、僕に有利なステージで戦うことにした。
 チルノは体が小さいから、他の連中より酒には弱い。もちろん、人間の幼児とは比べるべくもないが。

「ちょっ!? ふ、二人共!?」
「安心してくれ、大ちゃん。勝負には、僕が呑む用に持ってるこの酒を使う」

 チルノたちに渡したのとは別の一升瓶を取り出す。
 ちなみに、あと一本ある。チルノとの勝負なら、十分な量だ。萃香辺りだと、一口で飲み干してしまいかねない量だが。

「よぉし! 行くよ、良也!」
「来い!」

 なお、この後の記憶は、残っていない。大ちゃんが途中で止めようとしてくれたことは、覚えている。


















 んで、記憶はないのだが、僕はこの後、酔い潰れて寝てしまって。
 なぜかチルノが僕の腹を枕にして一緒に寝ていたせいで、腹が思い切り冷えてしまった。

 ……翌日、風邪を拗らせ、更に腹を思い切り下してしまったのは、まあ当然の帰結といったところだろう。



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