人里での菓子売り。
 もはや恒例となっている場所に向かって飛んで向かっていると、すでに先客がいた。

「ありゃ」

 別に僕の専用の場所、というわけではないので誰かがいる事自体はおかしくないんだが、結構前からあそこは僕の場所、と認識されていて、あまり他の露店の人がいることはないんだけどなあ。
 まあ、近くで店出せば、常連さんも見つけられるだろうし、いいけどね。

 と、何気なく、そのお店の前に降り立つ――と、

「あれ? 妹紅」
「ん……良也か。いらっしゃい」

 接客にあるまじき無愛想でそう挨拶した妹紅をまじまじと見る。

「なんだよ?」
「いや……なんで露店出してんの?」

 ござに並べられているのは、水筒やザル、籠、鞄、一輪挿しなどなどの竹細工。素人目にも出来は良く、数も種類も多い。

「なんだ、私が店出しちゃいけないのか」
「いや、そういうわけではなく……あ、隣いいか?」
「ここは天下の往来だろ。私の許可なんていらないさ」

 いや、でも先に座っていた人に挨拶するのは礼儀だ。
 失礼、と一言かけて、ビニールシートを広げる。背負った鞄から今日の商品を並べると、幾人かの常連が集まってきた。……どこから沸いてきたんだ。並べて一分と経っていないぞ。

「おう、土樹。ポッキーくれ」
「つっちー、私はそこのクッキーね」
「あー! 良也、俺にはそこのカップ焼きそばくれ!」

 と、次々やって来る客をさばく。商品渡してお金受け取って釣り銭渡して……

「良にい、飴くれ!」

 最後のガキには、『みんなで分けろよ。後ゴミは僕んところに』と言い含めて、飴玉の大袋を投げる。空中で見事キャッチした男の子は『さ、三九!』と、多分どこかで聞きかじってであろう英語で返して、ててて、と他の子供が集まっているところに駆けていった。

 その後も、十人と少しくらいの客が入れ代わり立ち代わりやって来て、
 しばらくすると、半分くらいの商品を残して、客が来る頻度は下がった。

 僕は喉の渇きを覚えたので、陳列された商品からコーラのペットボトルを取り、氷系魔法で冷やしてぐびっと一口。

「ふう〜。あ、妹紅もどうだ?」
「あ、ああ」

 炭酸系はこっちにはないから慣れないかな……と気遣って、僕はスポーツドリンクを渡す。
 目をぱちくりさせていた妹紅はそれを受け取ってぼそっと感想を漏らす。

「……なんだ、人気だな、お前」
「まあ、露店にしちゃ相当売上のある方だと思う」

 この人里では道端の露店は珍しいものじゃない。だけど、確かに我が土樹菓子店の売上は、トップクラスだろう。固定のファンもそこそこいるし、週一回くらいしか出していないのに、幻想郷に移住しても問題ないくらいの収入はある。
 なにせ、競合他社が存在しないラインナップでかつ、僕自身がこれで生計を立てているわけではないので利益率は珍しい商品にしちゃかなり抑えているから。

「妹紅の方は売れ行きはどうだ? ……っていうか、その商品は何処から?」
「私の方は、来た時慧音がいくつか買っていったくらいだ。この商品は、勿論私が作った」

 へえ、と半ば予想はしていたものの、プロと見紛うような出来に、僕は感心する。
 一言断って商品の一つであるザルを手に取り、ちょっとだけ力を込めてみる。壊れる様子はない。十分に実用に耐える一品だ。

「妙な特技があるんだな」
「そうでもない。昔は、人の住むところに長居出来なかったし、身の回りのものは大抵自分で作ってたからな」
「……あー、そういえば、迷いの竹林の家も自分で作ってたっけ?」

 シンプルでそんなに大きくはないが、立派な小屋で驚いた覚えがある。

「まぁな」
「しかし、なんだって売りに? 妹紅、あんまり里に来るのは好きじゃないんだろ」
「それはそうなんだが」

 と、妹紅はちょっと困った顔になる。

「なんだ、輝夜と喧嘩するのと、たまに来る里の連中を案内する以外は、暇しててな。手慰みに、周りに竹がいっぱいあるんだから竹細工に凝ってて」

 ……うん、あの迷いの竹林は、無駄に竹がある。いくら切っても、次の日には立派な青竹が元あった場所に生えているんだから、特別な種があるわけじゃないが、魔法の森並の不思議竹林だ、あそこは。

「それで、暇にあかせて作りすぎたせいで、家に置き場所がなくなった。こんなにあっても使いやしないし、しかし流石に捨てるのは勿体無い。現金はあって困るもんじゃないから、売りに出すことにしたわけだ。まだ在庫はたくさんあるぞ」
「なるほどねえ」

 ……いや、大したもんだ。
 意外に、ちゃんと生産的なこともやってたんだなあ、と少し感心する。なにせ、妹紅と竹林と言えば、火の鳥になって火事にしている印象しかないので。

「良也も一ついるか?」
「んー、じゃあその水筒と弁当箱くれ。はい、代金」
「いらんよ。この飲み物が代金替わりでいい。……甘くて美味いな、これ」

 くぴ、とさっき渡したスポーツドリンクを飲みながら、妹紅が商品を無造作に投げ寄越す。

 とと、と胸に飛び込んできた二つの品をキャッチする。
 ……うん、中々趣きのある弁当箱だ。これで、今度は握り飯と漬物でも詰めて持ってくるとしよう。水筒の方に茶を詰めれば……あれだな、時代劇っぽくてなんか格好いい。

「……しかし、本当にいい出来だなこれ」

 水筒は水は零れそうにないし、弁当箱もちゃんと蓋がきっちり嵌るように出来ている。下手すると、お店に並んでいる奴より品質高いぞ。

「言ったろ、昔から作ってるって。私はぶきっちょな方だが、年季が違う」

 継続は力なりというやつか。ふーむ、見習わないといけないなあ。

「あの〜、すいません。見せてもらってもいいですか」
「……っと。いらっしゃい」

 妹紅の方にお客さんだ。ふくよかな主婦と思しき女性が、妹紅の商品を手に取り、いくつか見比べる。

「……うん。これとこれとこれ、ください」
「ああ、ちょっと待ってくれ。ひの、ふの……いいや、端数おまけで」
「あらそう? ありがとう」
「毎度あり。末永く使ってやってくれ」

 ……意外だ、ちゃんと接客できてる。

「なんだ良也。お前、その目はどういう意味だ?」
「な、なんでもない」

 僕がびっくりしているのを察したのか、妹紅がジト目でこっちを見てくる。僕は自然にその視線をスルーし――丁度良く客である常連のおっちゃんが来たので、そちらの応対に集中する。

 ……しかしなあ、あの妹紅がねえ。
 竹林で里の人を永遠亭に案内するときも、自分からは殆ど話しかけないコミュ障だったのに。いや、コミュ障とはちょっと違うか……まあ、どっちにしろ、あまり積極的に人に関わるやつじゃなかった。

 なんだかんだで、慧音さんの説得が効いているんだろうなあ。案外、こいつが里に住居を構えるのもそう遠い日の話じゃ……いや、それはないか。輝夜のいるところから離れるとは思えんし。

「おーい、土樹よ、お勘定いいのか? タダでもらってっちまうぞ」
「わわ! ちょっと待った待った! 親父さん、駄目っすよ!」

 考え事をしていると、いつの間にか代金を払おうとしていたおっちゃんは少し離れていた。悪戯っぽく微笑えんで商品を抱えた甘党のおっちゃんを、僕は慌てて追いかけるのだった。




































「うーん、米に味噌、醤油、塩、酒に、酒に、酒……と」
「……酒多すぎないか?」

 結局、あれからさほど時間をかけずに妹紅の露店は完売した。ついでに僕のも。
 今日初めて露店を出した人間が、早々完売など出来はしないので、これは妹紅の品の品質の良さの勝利だろう。里の人の目は意外に肥えているのだ。

 んで、その金で妹紅は早速不足しているらしき食料などを買い揃えたのだが、酒が樽で三つは多すぎだろ。

「あんま私食べないしな。もっぱらこれだよ」
「……またドぎついのを」

 ニヤ、と笑って妹紅が叩いてみせた樽は、キツイことで有名な銘柄の焼酎だ。幻想郷には酒税法なんてものはないのでアルコール度数は蔵によってぜんぜん違う。フリーダムなのだ。
 ちなみに、妹紅の見せてる奴は僕も好奇心で飲んだことあるが、目算――もとい舌算で、余裕で六十度は越えていた。

「まったく、酒ばかりだと体に悪いぞ」
「今更私の身体のどこが悪くなるってんだ。てーか、アル中で死にまくっているお前に言われたくない」

 ……いや、確かに僕に言う資格はないけどさ。
 前、天狗をも殺すという妖怪の山の銘酒・天狗殺しを一升瓶一気したのはもはや伝説になってるしな。あの時ばかりは、妖怪連中も僕の事を見直していた。嫌な見直され方だけど。

 閑話休題。

「いや、確かにそうなんだけど……なんだ、なんて言えばいいのか。それはこっち置いといて、」
「置くな」
「……はい」

 よえー、僕よえー。

「しかし、良也くんの言うとおりだぞ、妹紅。お前、呑む時はつまみも食べずに酒ばかりじゃないか」
「……げ、慧音」

 後ろからかけられた声に振り向くと、慧音さんが苦笑していた。

「げ、とは酷いな。後暗いところがあるなら改めればいいじゃないか」
「そうだそうだー」
「五月蝿いなあ。良也、お前は特に」

 流石の妹紅も慧音さんに言われたらバツが悪いらしく、そっぽを向く。ククク、僕の言うことなら無視できても、慧音さんの言うことなら無碍に出来まい。

「そうだな、良也くんも酒は控えた方が良い」
「いや、僕は宴会んとき以外はあんま呑まないんですけど」
「その宴会の時にどれだけ呑んでいるんだ」

 いや……呑ませ上手なやつが多いし。それに、なんだかんだで見た目美少女に酌されまくったら、なあ? 酒が進む進む。仕方ない仕方ない。

「はあ……」

 呑む時は満月の時以外は節度を持って呑む慧音さんは頭を抑えて呆れる。ちなみに、満月の時は普通仕事している慧音さんだが、半妖の血が騒ぐのか早くに仕事を終えたら鯨飲するらしい。
 ……この人も人のこと言えないじゃないか。

「しかし、妹紅。商品が見えないけど、完売したのかい?」
「ああ、まぁな。良也のお陰で」

 あれ?

「僕?」
「だってお前、私んとこに来た客、お前のところのついでに見ていたのが多かったじゃないか」

 あー、確かに。思い返してみればそうかもしれない。
 僕んとこには老若男女、色んな人が集まるので、それがいい宣伝になったっぽいな。まあ、勿論、妹紅の品が良くないとこの結果はなかったことは確かだけど。

「そうだったのか」
「みたいです」

 こくり、と頷く。

「良也、礼がわりに一杯奢ってやろうか。私んちで、酒はこれだけど」

 と、例の焼酎を見せる妹紅。……うーん、

「……どうしよう。水割りなら」
「お前、男ならストレートだろ」
「今は男女平等の時代です」

 っていうか、女のほうが強いです、普通に。

「なにを軟弱なことを。ちょっと調子に乗って買い過ぎたから運ばせようと思ったのに」
「……それが目的かっ」

 確かに、米やら酒やらでちょっとした小山程もある荷物、どうやって運ぶつもりなのかなー、と疑問だったけどっ!
 いや、重さは楽勝だろうが、物理的に持ちにくい。

「おっと、失言だった」
「ぜってぇわざとだ……」

 はあ、と肩を落とすポーズ。

 しかし――なんだ、妹紅、なんかはしゃいでいる感じがするな。普段はこんな冗談じみたやり取りはあんまりしない方なのに。

「妹紅」
「ん、なんだ、慧音?」
「自分の作ったものが売れて、嬉しかったか?」

 ……あ、それか。
 思えば、買い物の最中もウキウキしてた気がする。

「……まぁ、悪い気はしない」

 顔にしまった、と描いて、妹紅が顔を背ける。どうやら、テンション上がっていた自分を自覚したっぽい。

「ふふ、そうか。……よし、私も運ぶのを手伝おう。二人では辛いだろう?」
「……あ、僕は確定なんだ」

 小さめの米俵を担ぐ慧音さんにぼそっとツッコミを入れる。
 ……まー、いいけどさ。

「私もご相伴にあずかっても、いいだろう?」
「……ああ。今日は潰れるほど呑ませてやる」

 ちなみに、当たり前だが、三人の中で僕が一番持てる荷物少なかった。……流石に男のプライドが傷ついた。













 その後。
 妹紅の竹細工は好評を博し、その後も時々売るようになったとか。

 慧音さんは、大層喜んでいた。



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