「まったく……神子さん達にも困ったもんだ」

 僕はそうぶつぶつ呟きながら、博麗神社の境内の地面をぺたぺたと触っていた。

 ……妖夢が『あんな』調子である原因は、神子さんを始めとした新参仙人軍団にある。どうも、あの人達が妖夢のことを仙人仙人と言ったせいで、素直(オブラートに包んだ表現)な妖夢が洗脳されてしまったのだ。

 これは、一言文句を言っておかねばなるまい。

 そう考え、この間青娥さんが出てきた博麗神社の石畳から、神子さんたちの仙界に行けないかと探っているのだが、

「うーん……わからん。この辺が怪しいんだけど」

 空間の綻び、みたいなものは見つけた。僕ってば、能力が能力なので、この手のことには人より敏感なのだ。
 この前仙界からこの博麗神社に入り口を開けたため、微妙にその名残が残っているのだが……これ、どうやって開けたらいいんだろう?

「さっきから良也さんは、掃除もしないでなにやってるの?」
「……人が掃除をするのを当然と思っているその態度は改めたほうがいいぞ、霊夢」
「え?」
「なんでそこで、さも意外なことを言われたような反応をする!?」

 曲がりなりにもこの神社の主である紅白の巫女は、『だって、ここの掃除は良也さんの仕事でしょう?』と言い放った。
 僕がやっているのはあくまで手伝いであることを、霊夢殿はすっかりお忘れのご様子。どうしようもないな、このグータラは。

「で、良也さん。一体、それなに?」
「いや、この辺りから神子さんの仙界に行けるかなー、と」
「ああ、あの連中のところね。招待されてお邪魔したけど、月とか天界とかと似た雰囲気だったわね」

 あ、行ったことあるんだ。

「じゃあ、行き方教えてくれ」
「面倒だから嫌。口で説明しにくいし」

 即答だった。ケチなやつめ。

 うーん、しかし、ここらへんなんだけどなあ。おりゃ、おりゃおりゃ、と適当に腕を動かす、と、

「……お、お?」
「あら」

 あ、なんか空間の綻びを適当に弄ってたら、手首から先が『向こう』に突き抜けた! ぐい、と手を動かすと、空間の裂け目が広がる。

「行ける、行けるぞ」
「……博麗神社に、空間の穴をほいほい開けないで欲しいんだけど」
「お前が言うな」

 無意識にテレポートするような輩に、空間の安定がどうのと言う資格はない。多分、霊夢だったらもっと早くにこの穴を通る方法も見つけられただろう。いや、実は僕も、どうやっているのかイマイチわかっていないんだけどね。

「んじゃ、ちょっと行ってくる」
「お土産よろしくね」
「……どんなのが欲しいんだ」

 図々しい霊夢のリクエストに、一応聞くだけ聞いてみてやった。

「そうね……仙人のところに行くんだから、宝貝(パオペエ)とか?」
「お前、自分の陰陽玉は?」
「これって宝貝(パオペエ)なのかしら?」

 限りなく近いなにかだと思うが……どうだろう。

「まあ、期待しないで待っておくわ。……ああそうそう、これだけは伝えておいて」
「ん?」
「なんか、仙人だとかって、人里でチヤホヤされているみたいだけど、いい気になるなってね。幻想郷の信仰は、ウチのものだから」

 およそ、うら若き乙女の口から出たとは思えない殺伐とした台詞だった。
 こんなこと言いながら、こいつが真面目に信仰集めに奔走している様子は見たことがないが……

「……まあ、伝えるだけ伝えておいてやろう」
「よろしく」

 逆らうのも面倒くさかった。



























「へえー」

 仙界に入ってみると、まず空気の違いに驚いた。幻想郷もかなり空気は綺麗だが、流石に仙界ともなればその空気の清浄さは、清すぎて僕みたいな汚れた人間には息苦しいくらいだ。

 まだ作られてから日が浅い異界なだけあって、広さはそれほどでもない。
 空は、多分千メートルも高さはないし、広さも少なくとも幻想郷よりは狭い。んで、その世界の中心には、あの霊廟と比べれば随分と小ぢんまりした道場がある。

 いや、比較対象がデカすぎるだけで、神子さんに布都さん、屠自古さんに青娥さん、あとはペット(?)の芳香の計五人が暮らすなら、十分以上の建物である。

「ラッセーラセラセラッ! ちぇいさーっ!」

 ……今、なんか変な声が道場の方向から聞こえてきたぞ。
 しかも、なんだかこの声、僕の知っているある人間のもののような気が。

「いやいやない。それはないって」

 はっはっは、あの子がこんな奇声を上げているなど、僕の勘違いに決まっている。
 そう、彼女は品行方正で素直ないい子だったんだからな! 過去形になっているのは気にしないっ。っていうか、いくら過去形になっていたとしても、いくらなんでもここまで突き抜けてはいないはず、きっと、メイビー。

 ……せ、先生の期待を裏切ってくれるなよっ。

 僕は、神様に祈るような心持ちで、道場の庭をひょい、と覗く。

「せいあっ! ほい、とやさー!」
「東風谷ぁ……」

 がくー、と僕は項垂れる。

 僕の視線の先にいたのは、なにやら道教っぽい衣装を身に纏い、木人相手に拳を叩きつけている某神社の緑の巫女こと東風谷早苗さんであった。
 多少言動が幻想郷色と現代色の入り混じったドドメ色になっていても、それでも人外連中に比べるとまだマシなんじゃないかな、と思っている僕の妄想を粉微塵にするような光景である。

「あのー、布都さん。道教の修行って、こういうのでしたっけ? やっぱり、どこか変だと思うんですけど」
「うん、間違いない。さあ、拳を撃ち続けよ」
「うーん、まあいいか。チェストォ!」

 東風谷がパンチを叩きこむと、木人がミシミシと嫌な音を立てる。更に流れるようなコンビネーションで放たれた上段回し蹴りによって、間抜けな面構えの木人の首は千切れ飛んだ。
 なんとなく、その姿に自分のことを重ねて、思わず自分の首がついていることを確認してしまう。

「こらーっ、壊しちゃ駄目だろう! まったく、修行不足だな」
「え、ええー? ここは、私のキックの威力を褒めてくれるところでは」

 うん、元普通の女子高生だとは思えない威力だね。後、そこは女子として自慢げにするところじゃないと思うよ。

「まったく、この仙界にはまだ樹木がないから、外に取りに行かないと作れないというのに」
「あー、はいはい、わかりましたよー。うるさいなあ。反省してまーす。……って、あれ? 先生」

 ヤバッ、気付かれた!
 もはや関わりたくない空気がぷんぷんしていたから逃げる予定だったのにっ。

「おや、君は良也じゃないか。こんにちは」
「あ、ああ、こんにちは」

 布都さんが割とにこやかに出迎えてくれる。まあ、僕はこの人達と対立してないしな。寧ろ、盛大に喧嘩を売っていた東風谷が仲良くしているのが謎だ。

「先生も仙人に弟子入りしに来たんですか?」

 先生『も』?

「……東風谷、いつの間にここに弟子入りしたんだ」
「ついこの間。なにせほら、聖徳太子と言えば旧一万円札の人ですよ? これは、弟子入りするしかないかと。信仰がウッハウハですし」

 いや、そりゃ仙人と言えば人里ではヒーロー的ポジ。神子さんたちの出現も割と騒がれているし、確かに信仰集めにはなるかもしれない。……でも、ウッハウハて。

「まあ、なんとなく納得はした。でも、神道から道教へ鞍替えしてもいいのか?」
「神奈子様と諏訪子様にご相談したところ、『面白そうだから行って来い』と送り出されましたけど」
「あの二人は……」

 本気で東風谷が改宗したらどうするつもりなんだ? まあ、日本の神道って、大陸の宗教と密接に関わり合っているから、まるきり縁がないわけではないけれど。

「ときに良也、君はどうやってこの仙界へ? 一応、ここは閉じた異界なのだが」
「え? えーと……なんかこう、怪しいところを適当に弄ってたら、なんかノリで入り口が開いた? みたいな」

 こ、答えにくいことを聞くな、布都さん。

「ほう……自力で仙界の入り口を見つけたか。もしや君も、仙人の道を歩みつつあるのかもしれないな」
「あ、それです、それ。それやめてくださいって言おうと思って」
「ん、んむ? なんのことだ、ええと……我がなにか悪いことをしたか?」

 なんかおろおろし始める布都さん。基本、大仰な態度なのに意外に気が小さい。

「いえね、誰にでも『貴方は仙人です』なんて洗脳しないでくださいよ。騙される人間……いや、人間じゃないですけど、そういう奴もいるんですから」
「な、なんのことかわからんが……我は見込みのある人間にしか言わぬぞ?」
「妖夢に言ったじゃないですか」
「妖夢……ああ、あの死の匂いを漂わせた御仁か」
「そうそう。妖夢は尸解仙じゃないんですけど、そう思い込んじゃってて」

 ちなみに、まだ絶賛中二病発症中である。もっと早く治ると思っていたのに。

「ほう、やはり……」
「やはりじゃないんですってばっ!」

 したり顔でほくそ笑む布都さんに思い切りツッコミを入れる。

「そ、そうか、すまん。今後気を付けよう」
「まったく……」

 困った人である。

 でもまあ、これで妖夢みたいな犠牲者は出ないだろう。一安心だ。

「あ、首が取れてもまだ使えそうですね。……エイヤー!」

 ……ああ〜〜、まだ安心出来ない要素があった。

「なあ、東風谷」
「え? なんですか、先生」
「多分それ、道教の修行と違う。道教っつーと、呼吸法とか歩法とか食事に気を使ったり、後は薬作ったりするんじゃなかったっけ」

 そりゃ、心身を整えるのも大事だけどさ。既に気を自由自在に扱える東風谷なら、もっと別の修行があるだろう。
 ……房中術とか。

「先生、なにか変なこと考えていません?」
「なんのことかわからないなっ」

 いかんいかん、思考が顔に出てしまっていたらしい。

「うーむ、やはり良也は仙人には向いていないな」
「わかってるから、言わないでください」

 仙人とは俗世の欲とは無縁の存在なのだ。建前上は。
 ちなみに、その論理で行くと、割合欲望に素直な東風谷は、まるで仙人に向いていないということになる。

「それにしても、やっぱりこの修業、違うんじゃないですかっ」
「なにを言う。素人の意見を鵜呑みにしてもらっては困る。まずは何事も、健康な体からだ。さあ休憩は終わりだ。続けよ」
「なんか楽しくなってきたし、いいですけどね。後でちゃんとしたのも教えて下さいね」

 木人を殴るのを楽しいとのたまう東風谷。
 ……やはり、彼女は遠くに行ってしまったようだ。

 ここまで来たのだから、他の人にも挨拶くらいはしておこうと、僕は現実逃避気味に奇声を上げ木人を殴り続ける東風谷に背中を向けるのだった。




 ……ちなみに、東風谷は三日もしないうちに改宗しなおしたらしい。



前へ 戻る? 次へ