月へ戻って来た後。

 豊姫さんが『……依姫、まだやってるの?』と、あらぬ方向(多分、そちらに霊夢たちがいるんだろう)を向いて呟き、それならばと、様子を見に行くと、

「くっ、いい加減しつこいっ!」

 なんて文句を言いながら、なんか黒いのを弾幕っぽく放ちまくる霊夢がいた。
 ……なんだあの弾幕。いつもの霊夢のとは全然違うけど。

「あれは穢れ?」
「豊姫さん……その穢れってもしかして、霊夢が撃ってるあの黒いのですか」
「霊夢というのがあの巫女のことならそうよ。……あーあ、あれじゃあ豊姫は穢れを全部切り払わないといけないわね。下手に躱したら、穢れが蔓延するわ」

 うわー、なんだそりゃ。すげぇ悪者っぽい。いや、月の人達から見れば僕たちは不法侵入者なわけで悪者には違いないのだが、しかしやっちゃいけないラインってあると思うんだが。
 豊姫さんは泰然自若としているが、レイセンなんか思い切りビビってる。

「あ、あわわ……。と、豊姫様! 止めっ、止めないと! 月が穢れちゃう!」
「落ち着きなさい、レイセン。依姫に任せておけば大丈夫よ」
「でもでもっ!」

 豊姫さんはともかくとして、レイセンの反応を見るとやはりあれはとんでもない暴挙らしい。

「魔理沙。お前も止めろよ!」

 呑気に見物している魔理沙に近付いて言ってみると、あっけらかんと笑われた。

「ははは。敗者の私が勝負に口を挟めるわけないだろう。そりゃ無粋ってもんだぜ」
「だからってさ」
「それに、ここはちょっとくらい汚れたほうがいいな。空気は綺麗だけど、綺麗すぎて落ち着かない」

 そりゃ普段泥棒ばっかしてるお前は、空気が悪いほうがいいだろうよ。
 つーか、そんな幻想郷と違うか? よくわかんないんだが。

「って、あれ? そういや、魔理沙の次はレミリアがやる予定だったんじゃ」

 ぶすっ、と不貞腐れたようにして霊夢と依姫さんの戦いを見守っているレミリアに言うと、ギロリと睨まれた。

「……アンタ、殺されたいの?」
「ああ、負けたのか」

 そういや、そこはかとなくズタボロだね。
 そっかそっか、と納得していると、『キーーッ!』と癇癪を起こしたレミリアが僕の腹を殴った。

「ぐほぉ!?」
「っさいっ! あんなの反則だ! 月に太陽なんて持ってきやがって!」

 知りません。
 軽く胃液が逆流しそうになるのをこらえながら、地面に伏して悶絶する。

「貴方の度胸には敬意を表しますが、不死人とは言え命は大切にしたほうがいいと思いますよ?」
「さ、くやさん。もうちょ、と……はや、く、言ってくだ……さい」
「進んで地雷原で散歩をする人間を止める趣味はありませんので。巻き添えを食ったら嫌じゃないですか」

 しれっと言ってのける咲夜さん。ひでえ話である。誰か僕に優しくして欲しい。

「あらあら。私も、隣で見学させてもらってもいいかしら?」

 やってきた豊姫さんが、ニコニコ笑いながら言う。凄い。なにが凄いって、地面に倒れてガクガク言ってる僕のことまるで無視だ。

「だ、大丈夫ですか?」
「れ、レイセン……」

 心配そうに覗き込んできたレイセンに、ちょっとほろりと来た。
 レイセンを除くその辺の君たち。この優しさを見習ってくれ。

「ん? お前さん誰だ?」
「私は綿月豊姫。あそこで戦っている依姫の姉よ」
「姉? ……じゃああれは妹だったのか。私の知っている妹連中とは随分違うな」

 いやいや、魔理沙お前ね。妹なんて千差万別だぞ。世には十二人の妹が登場するギャルゲーもあるんだから。

 あー、しかし、そろそろ落ち着いてきた。

「ん、レイセンサンキュ」
「平気なんですか? 叩かれたとき、凄い音してましたけど……」
「……なんかねー、慣れたからねー」

 まだジンジンするが、痛みは収まっている。あのレミリアのパンチを喰らって、我ながら丈夫なことだ。いや、腹がブチ抜かれていないから、間違いなく手加減されているんだろうけど。
 とは言っても、痛いものは痛い。レミリアを恨めしげな目で見ると、あっちは僕のことなど全く気にせず、豊姫さんと睨み合っていた。

「……姉ね。妹のウサを姉で晴らそうかしら」
「あら、やってみる? 私は構わないわよ」

 まあ、どちらかというと、苛烈なレミリアの視線を豊姫さんが涼しげに躱しているという感じだろうか。

「ふん、やめとくよ。月の連中に月でやりあたって分が悪いのはわかったからね」
「残念」
「残念がっていられるのも今のうちさ。今度来るときは、もっと豪勢なロケットで攻めこんでやるからね。その時は存分に相手をしてやる」
「ちょっと待てコラ!?」

 いきなりとんでもないことを言い始めたレミリアにツッコミを入れた。

「……チッ、相変わらず茶々を入れるのが好きな奴だ。なんだ、良也。何か文句でもあるのか?」
「なんで『次』があることになってるんだよ!?」
「なにを言うかと思えば。この私が、コケにされっぱなしで大人しく引き下がるとでも?」

 そういや、そーゆー奴だった!

「お前は少しは懲りるってことを知れ! 魔理沙、お前も何か……」
「私としても、リベンジマッチは望むところだ。レミリア、そんときは私にも一枚噛ませろ]
「咲夜さん!?」
「お嬢様がそう仰るのであれば否応もありません」

 だーっ!? 揃いも揃ってこいつらは!

「次はパチェや小悪魔や美鈴も連れてこなくちゃね。フランは……どうだろう、その時の様子次第か」
「お嬢様。妹様をお一人で留守番させるのは流石に……」
「それもそうね。まあお目付け役として良也を連れてくれば問題ないか。こっちの連中ともよろしくやっているようだし」

 ……なんかとんでもない計画が着々と皮算用されている気がする。

「あらあら。その時も今回のように丁重に返り討ちにしましょう」
「言ってな」

 なんか、次来るときがとても不安になってきた……

 んで、そうこう言っているうちに、霊夢と依姫さんの決着も付く。
 一瞬、霊夢が弾幕を途切れさせた隙に、依姫さんが……なんか巫女っぽい神様をよんで、穢れを浄化してKO。

 元々あまりやる気がなかった霊夢は『降参降参』とあっさり白旗を挙げて、ここに月での争いは全て決着を見た。
 やれやれ、あとは酒もらって帰るだけかー






























 と、思っていたんだけど。

「えっと、なんで霊夢だけ残るんですか?」
「侵入者に、神を降ろす力を持っている者がいることを知らせないと、私がずっと疑われたままになりますから」

 霊夢一人にだけ残るように言った依姫さんは、その理由をそんな風に説明した。

「あー、いや、そっちも大変なんだろうけど、霊夢は……」
「私は構わないわよ。美味しい食事とお酒も出るそうだし」

 あ゛、飯と酒に釣られやがったこいつ。

「……まあそれくらいは構わないけど」
「じゃあ、決まりね、決まり。うんと豪勢にしてもらうわよ。月は進んでいるそうだから、期待しているわ」

 うーわー、霊夢の奴、侵入者のくせに偉そう。依姫さんは苦笑しているが、怒ったりしないんだろうか。

「って、待て待て。博麗神社を放置していくつもりか?」
「どうせ妖怪と良也さんと魔理沙くらいしか来ないし。いいわよ、しばらく留守にしても」
「ぶっちゃけやがった。言ってて悲しくならないか」
「……まあ少し」

 やれやれ。

 しかし、一人霊夢を月に置いていくのも不安というか。霊夢の場合、魔理沙あたりと違ってトラブルをメイクはしないが、トラブルを呼び寄せるタチだしなあ。僕も人の事言えない気がする今日このごろだが。
 今更依姫さんと豊姫さんが霊夢をどうこうするとは思わないが、言わば敵地に一人置いていくことになるし。

 まあ、一言でいうと心配だ。絶対口に出しては言えないが。
 我ながら、心配する必要のない人間を心配しているってことは自覚している。でも、年下の女の子(一応)だし。

「……依姫さん、僕も残っていいですか?」
「え?」
「良也さん?」
「霊夢、お前ばっかり美味いものを食うのはズルいぞ」

 とりあえず、そういうことにしておく。
 ……なんか豊姫さんが見透かしたように笑っているが、気付かれてはいないよな? 本当の理由を知られたら恥ずかしいんだが。

「ええ、構わないわよ」
「お姉様?」

 あっさりと頷いた豊姫さんに、依姫さんは訝しそうに問う。

「彼は、穢れを外に出さないし、いいでしょう? 協力もしてもらったし、土産だけ持たせてはいさよなら、というのもね」
「……はあ。お姉様がそう言うんでしたら」

 よし。

「良也さん」
「なんだ?」
「心配してくれるのはありがたいけど……。別に気にしなくていいのに」

 本人に見透かされていた。
 ……超ハズい。



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