疲れた……

 なんて考えながら、博麗神社に帰ってくる。
 ここのところ、幻想郷に来るたび紅魔館に呼び出され、月ロケットの制作作業を手伝わされているのだ。

 とは言っても、キモとなる部分は僕なんかが手出し出来るようななまっちょろいものではないので、雑用とかメンテのための勉強とかが主なわけだが。

 なんにせよ、宇宙に行くってのは色々大変なのだ。

 まず、空気と水がない。これについては、超々圧縮した風と水の結晶――ビー玉みたいな、小型賢者の石だ――を用意して賄う。食料については、咲夜さんの力で空間を広げ時間を遅くした時間遅行食糧倉庫を据える。調理とかにつかう火は……まあ適当に。

 その他、細々とした問題があったが、パチュリーはうまいことやっているらしい。詳しい理論は聞くと話だけで一晩かかりそうなので聞かない。
 そこら辺は良いとして……現在一番大きな問題が『月まで行くための推進力』。これが、守矢神社の異変が起こる前から今日までの最大の課題で、パチュリーの頭を悩ませている。

 ……まあ、仮にそんな推進力が見つかったところで、そんな勢いであのロケット飛ばしたらバラバラになりそうだが。いや、魔術で強化しているから大丈夫なんだけど。

 そんなわけで、僕なりに外の資料とかを漁って考えているんだけど、妙案は出てこない。やけになったパチュリーに、参考にするためスペースシャトルのエンジンをかっぱらってこいなんて言われたが、んなの出来るわけないし。

 とかく大変な状況なのですよ、とかなんとか思いつつ、境内に着地する。

「良也さん? おかえりなさい」
「ただいまー」

 境内では、なにやら霊夢が四方に火を焚いて、儀式っぽいのをしていた。
 お祭り……でもないよな。

「なあ、霊夢。なにしてんの、それ?」
「ん? 神を降ろして、その力を借りる修行よ」

 修行? 珍しい……を、通り越して初めて見たぞ。

「そういえば、けっこう前からやってたけど、良也さんに見せたのは初めてかしら?」
「ああ」

 まあ、月ロケットを見てから、僕は紅魔館に入り浸りだったし……ついでに、僕が来ると霊夢はまず菓子をねだるため、修行なんか放り出してたんだろうな。

「しかし、霊夢が修行ねえ。どんな気の迷いだ?」
「別に。紫に言われたからっていうのもあるけど……神様の力を借りれれば色々便利だしね」
「便利て」
「日本には八百万の神様がいるからねえ。それぞれの専門の神様の力を借りれれば、生活が楽になること請け合い。お酒の神様に美味しいお酒を作れるようにしてもらったり、料理の神様に美味しい料理を作ってもらったり」

 ジュルリ、と霊夢が涎を垂らす。
 ……そりゃ、また。そういう理由なら、霊夢が修行なんぞに精を出すのもわからなくはない。

 が、

「お前、東風谷んところの神様に思い切り喧嘩売ってただろ……他にも秋さんとこの姉妹とかお雛さんとか」
「それは向こうから喧嘩を売られたからよ。正当防衛ってヤツ」

 明らかに過剰防衛だと思ったがなあ。神様に対して超不敬じゃね? と思わなくもないが、まあそもそも霊夢は神様をハナから『屁』とも思っていない節があるからなあ。

「……ほーか」
「そう」

 まあ、本人がいいなら、いいか。こんな巫女に神様が力を貸してくれるかどうかはともかくとして。

「はあ、今日はこれでおしまい」

 ぱん、と霊夢が柏手を打つと、燃え盛っていた火が消える。

「おつかれ」
「別に、疲れてなんかいないわ。もう大体わかったし……そろそろなにか起こらないかしら」
「……異変はもうしばらくいいよ」

 守矢神社とやりあって間がないというのに、元気があることで。

「私も、そりゃなにもなけりゃないでいいんだけど……でもねえ、何かが起こるわ。間違いなく。だったらとっとと起こってほしいのよね。じれったい」
「何かが起こるって……勘か」
「勘よ……と言いたいけど、ちょっと違うわ。私に修業をするように言ったのは紫よ?」

 じゃあ、間違いなくなにか起こるな。ぜってーロクでもないことが。面倒な。

「……ん? スキマ?」

 そういや、スキマは第二次月面戦争を仕掛ける気だとかなんとかパチュリーが言ってたような……その件か?

「うわあ」

 なにやら、嫌な予感がピークですよ? しかも、僕も思い切り月に関わろうとしてたりするし……また巻き込まれるんですか?

「はいはい、良也さん。考え事はいいけど、ご飯にしない?」
「あ、ああ。そうだな」

 まあ、嫌な予感を感じたとしても……避けようとする努力は、無駄だろうなあ。





























「と、言うわけで、月ロケットの推進力は霊夢に住吉さんを呼び出してもらうことで解決したわ」

 次の週。月ロケットの作業のため、紅魔館にやってきた僕は、パチュリーにそんな宣言をされた。

 最後の決め手にして一番重要な『月に行くまでの推進力』は、前に来た時点では五里霧中の状態だったのだが……なにやら、霊夢に神様を召喚してもらうことで解決しちゃったらしい。

「そう。三段の筒で航海の神様……すごいわ。完璧すぎて裏がありそう」
「……いや、あるだろ」

 レミリアに月行きをそそのかしたのはスキマ。霊夢に神様を降ろす修行をつけたのもスキマ。
 どうも、あの胡散臭い妖怪の暗躍を感じずにはいられないんだが。

「なあ、パチュリー。これってスキマが……」

 なんて口を挟もうとすると、パチュリーは唇にそっと人差し指を当てて『しーっ』という仕草を見せた。

「踊らされているってことくらい、私も、レミィだってわかっているわ。貴方でもわかることですもの。でも、それで月に行けるならいいじゃない?」
「……いや、あいつの思惑通りになるのは色々危ない気がするんだが」
「私は月には行かないから問題ないわ」

 あ、こいつ今、親友見捨てやがった。ついでに弟子も。

「さて、と。仕上げにかかるわよ。住吉さんを降ろすんだから、神道の意匠を凝らさないと」
「……いや、待て。ちょっと待て。僕は今更、月に行くのを躊躇し始めたんだが」
「駄目よ。貴方が乗り込むこと前提で組んであるんだから。行かないなんて言ったら計画が大幅に遅れ……あ」

 ゾク、と背筋が凍った。

 後ろで巨大な気配が突然生まれた感じ。っていうか、これは……

「そんなこと、私が黙っていると思っちゃいないだろう?」
「……レミリア」

 いつ来たのか、咲夜さんを伴ってレミリアが背後に立っていた。

 ……駄目だ。僕に逃げ場はない。外に逃げても、これがスキマの計画のうちなら、間違いなく無理矢理連れてかれる。

「それに良也? 一つ勘違いがあるようだけど」
「なんだよ」
「月でなにが待ち構えていようが……私がいるなら問題はないわ。大船に乗った気で付いて来なさい」

 お前が僕のことを守ってくれるとは到底思えないよっ。
 なんて口に出しても仕方がない。

 ……諦めるか。ハハハ、こっちに来てから、こういう割り切りばかりうまくなった気がする!

「それで、パチェ? 月への推進力が見つかったんだって?」
「ええ。霊夢が丁度神をその身に降ろす修行をしていたので、航海の神に力を借りることにしたわ」
「ほほう。好都合ね。さてはて、誰の都合やら」
「そりゃあ、ねえ? どこかの年食った妖怪の都合でしょう? まったく、年を取ってもああはなりたくないわね」
「違いない」

 ククク、と忍び笑いを漏らすパチュリーとレミリア。……僕は断固として口を挟まない。この二人なら大丈夫でも、僕があれを年増とか言ったらすぐさま仕置きだ。

「完成はいつごろになりそう?」
「そうねえ。霊夢に今、住吉さんを降ろす術を重点的に修行してもらっているから……まあ、大事をとって後一、二週間は取りたいところね。神道系の術との摺り合わせもしなきゃだし」

 そうすると、もう冬真っ盛りだなあ……。
 なんか、月ロケットに僕が協力し始めたのが、確か秋口。最初は夏休みの自由工作的なノリで手伝っていたんだけど、どうやらマジで月に行くことになるっぽい……

「それじゃあ、前祝いに祝杯と行きましょうか。咲夜」
「はい、お嬢様」

 と、咲夜さんが手に抱えてきたワインの瓶を開ける。
 ……最初からそのつもりだったのか。

「どうせ、促成のヴィンテージでしょ?」
「別にいいじゃない」

 パチュリーのツッコミに、レミリアが答える。
 やれやれ……

「確かに、ありがたみがないなあ。美味いなら、別にいいけどさ」
「そうそう。ほら、良也。お前さんもご苦労だったね」
「お注ぎします」

 咲夜さんから酌を受けて……あ、今日は咲夜さんも呑むんだ。
 とにかく、集まった四人で乾杯をした。

 ……はあ、あ、そうだ。ロケットに酒蔵も入れないと……後で言っておこう。















 しかし、月、月ねえ。
 今更だけど、永遠亭の、てゐと妖怪兎以外の面子はみんな月出身なんだよなあ。

 ……うーむ。



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