「うう〜〜」

 僕は、情けない悲鳴を上げながら、博麗神社の境内に着地した。

「……どしたの、良也さん」
「あー、ちょっとな」

 境内を掃除していた霊夢が、僕の様子を見て尋ねてくる。
 そりゃ、気になるわな……

「帰りに、ちょっとチルノに弾幕ごっこを吹っ掛けられた」
「あらら」

 そして、間の悪いことに火符の持ち合わせがなく、弱点を付くことが出来ずにガチでやり合うことになった。最終的に、珍しく勝利を収めることが出来たものの……アイツの氷弾が何発か掠めて、服が何箇所か破れてしまった。
 あれ、氷柱みたいに尖っているところがあるから、すぐ切れるんだよな……

「はあ……この服、もう駄目だな。捨てるか」
「なんでよ。ちょっと破れただけじゃない」
「いや、いくら僕が格好を気にしない方っつっても、ここまであからさまに破れた服を着るのはちょっと」

 どうせ、近所のスーパーの安売りで買った千円もしないシャツだ。惜しくもないんだけど……

 なんで、霊夢はこうもあからさまに溜息をついているのかね?

「はあ。じゃあ、もしかして、今まで破れた服って全部処分してたの?」
「あ、ああ。まあ、一応……」

 呆れたように言う霊夢に、ちょっと言い淀みながらも答える。ますます霊夢は呆れ顔を加速させ、僕はなんか居心地が悪くなる。

「勿体無いわねえ。今の服なんて、ちょっと繕えばまだ着れるじゃない。繕えないものでも、雑巾にでもすればいいのに」
「……そっか。うん、そうかもな」

 霊夢の言うことにも一理ある。
 どうにも、外の世界の使い捨て感覚に染まっているが、こういうところに関しては幻想郷を見習うべきだろう。こっちの人間は、それこそ布切れ一枚だって無駄にはしない。

「そうよ」
「とは言っても、僕は裁縫なんて出来やしないんだが」

 そう言って、ちょっとだけ期待を込めて霊夢を見つめる。
 繕ってくれねーかなー、という念を、霊夢は正確に受け取ったようで、胸を張って言った。

「言っておくけど、私にやってもらおうったって、お断りよ。面倒だし」
「……おーい」
「私は、そーゆーのは霖之助さんにお願いしているの。いつも快く引き受けてくれるわ。だから、良也さんも頼んでみれば?」
「『快く』の意味を辞書で引いたほうがいいと思うぞ」

 そこは『渋々と』とか『嫌々ながら』とかいう形容が相応しい。あ、快く引き受け『させている』なら許してやろう。

 しかしなあ、森近さんにか……。普段から色々と話しているから、お願いすれば了承してくれるだろうけど、この程度で煩わせるのも悪い。
 裁縫は、中学だか高校だかの時に、家庭科の授業でちょっとだけやった記憶もあるし……

「霊夢。針と糸はあるかな? あるんだったら、貸してくれ」
「一応、あることはあるけど……なに? 自分でやるの?」
「何事もチャレンジだ」

 本音を言えば、まったく興味のない服なんぞに、出来れば一銭たりとも出したくない気持ちの現われだったりするが。
 ……まあ、それは言う必要はないだろう。

























 集中する。さっきから、適当にひょいひょいとやっていたのが悪かったのだ。ここは一つ、深呼吸して気持ちを落ち着かせ、

「ほっ!」

 先を尖らせた糸を、針の穴に……通す!

「………………」
「意外とぶきっちょね」

 当然、糸は針の穴に通っていない。
 それを見て、裁縫道具を出してくれた霊夢が一切の情けもなく切って捨てた。手伝いなんてしないくせに、なぜか面白そうに僕の悪戦苦闘を眺めている。

「小さいんだよっ!」

 さっきから、何分も挑戦しているのに、一向に通る気配がない。一度、確かに穴に入ったのだが、すぐに抜けて思わず針を投げ飛ばしそうになった。

 しかし、ここで自棄になってはいけない。そうなってはますますゴールは遠のくばかり。あくまで冷静に、冷静に、

「ふ!」

 ……ズレた。

「なんでだぁ!」
「……慣れていないの、丸分かりね。ちょっと貸しなさい」

 いい加減に見かねたのか、霊夢が半ば強引に針と糸を奪う。そして、僕が繕おうとしていたシャツと糸を見て、

「……布と糸の色くらい合わせなさいよ」
「あ」

 言われてみると、確かに。来ていたシャツは白地に、胸元にちょっとした絵がプリントされたもの。僕が使おうとしていた糸は黒。
 いや、ファッションの一つってことで……駄目?

「白は……っと。あったあった」

 駄目ですか。まあ、僕もそんなツギハギ感丸出しの服を着る気は流石に起きないけどね!

「はい、良也さん。糸通ったわよ。後は好きにして」
「早っ」
「良也さんが遅いの」
「……はっ、もしや黒より白い糸の方が細かったか?」
「そんなわけないでしょう」

 見事、穴に糸の通った針を渡されて、なんとなく情けない気分になる。うーむ、僕、自分では割と生活力のある方だと思っていたけど、やっぱりそれは文明の利器に頼ってのことだったんだなあ、とか。
 いや、こっちでも炊飯と掃除の腕だけは無闇に上がっているけどね。

 でも、僕は霊夢みたく、自力で簡単にとは言え家の修繕をしたり、そこらの木で食器を適当に作ったりなんかは無理だ。この辺りは、やっぱり現代っ子と生粋の幻想郷っ子との違いだろうか。

 ま、別にだからって羨ましくはないけど。僕の生活の拠点は、あくまで外の世界なので。

 なんて思いつつ、破れた服に針を通し……

「痛っ!?」

 ゆ、指に! 今、指に思い切り突き刺さった! なんか指の中ほどまで入ったような気がする!

「……考え事していると危ないわよ」
「そ、その忠告は、もうちょっと早くにして欲しかった」

 ちょっと涙目になりながら、突き刺した左の人差し指を口に含む。ちうちう吸っていると、鉄の味が口に広がった。
 ……むう、レミリアはこれを美味いと思うのか。よくわからん。

「くっ、今一度」

 蓬莱人パゥワーで回復力は高い僕である。すぐに血は止まり、痛みはどこかに飛んでいった。
 今度は、慎重に。指を刺さないように気をつけながら、シャツの破れたところに針を通していき、

「ああ、そうそう。縫うときは糸の端は玉結びにしておかないと、糸が抜けちゃうわよ」
「……それも早く言ってくれ」

 する、とシャツの布から、糸が抜け出てしまった。その拍子に針の穴から糸が抜け、もう一度通そうにも今度は糸が解れてはさみで切らないと到底通らないようになってたり、

「んがーっ!」

 僕が叫び出すのに、そう時間はかからなかった。





























 結局、霊夢にお願いすることにした。

 ……うん、言葉で表せば一行だけど、面倒だと渋る霊夢を説き伏せるにはそれはもう苦労した。これなら、最初から大人しく処分するか、恥を忍んで森近さんに頼んだほうがよかったかもしれん。

 んで、僕はというと、夕飯の当番を替われ! と言われ、現在は味噌汁の味見をしている最中である。
 一応、僕が来ている時の家事は当番制……僕八、霊夢二の割合である。半居候だから仕方ない……だが、霊夢が当番を守るつもりがあったかは疑問だ。まあ、適材適所というか、出来る奴が出来るところをやるのは、間違いじゃないだろう。

 味噌汁とは違う方の鍋では、川魚と根野菜を合わせて煮ている。特に名前のある料理ではないが、それなりに美味そうな匂いをしている。うむ、今日の味付けは上手くいったっぽい。

 あとは、もうすぐ炊き上がるご飯と、この前霊夢が漬けたという野沢菜漬けが今日の献立だ。

「良也さん? 夕ご飯はまだかしら?」
「もうすぐ。食器出しとけー」
「はいはい。あ、シャツは良也さんのバッグのところに畳んでおいたから」
「……あ、本当にやってくれたんだ」

 頼んで、頷いてはいたが、真面目にやってくれるとは……半信半疑だった。

「なによ。約束くらい守るわ」
「ま、ありがとう」
「どういたしまして。面倒だったけどね。ったく、自分でやったのなんて久し振りよ」

 森近さん……そのうち、また外の世界の面白いもんでも持ってってあげよう。
 恐らく、霊夢の服飾関係を一手に担っているであろう森近さんを改めて尊敬する。……っと、味噌汁もういいか。

「ん。なかなか。霊夢、ご飯の方どうだ?」
「いい感じよ。お米がぴんと立ってる。……良也さんも成長したわね。最初はべちゃべちゃだったり固かったりで、食べられたもんじゃなかったけど」
「……こんな所帯臭くて地味な成長を誉められてもあんま嬉しくない」

 食器と鍋、鍋敷きを持っていつもの食卓へ。
 小さめのちゃぶ台の脇に鍋敷きを敷き、料理の入った鍋を置く。後はここから好きなだけ取っていくのが、博麗の食卓の基本形だ。

「それじゃ、いただきます」
「いただきます」

 二人して、両手を合わせて、食べ始める。

 ……うむ、なんだかんだで、いつもどおりの一日だった。















 繕われたシャツは、継ぎ目が全然わからない出来だった。
 じ〜〜、と顔を近付けて目を凝らして、そうと知っていればなんとか分かるレベル。

 ……霊夢。上手いんだったら、普段から自分でしろよ。



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