「……ん?」

 里で買い物をして帰る途中、ふと慧音さんと妹紅が話しているのを見つけた。
 慧音さんはともかく、妹紅が里にいるのは珍しい。基本的に、買い物すらなるべく里ではしたくないみたいだったのに。

 二人とも、知らない顔ではない。挨拶くらい、と手を上げながら、僕は近づいていった。

「こんにちはー」
「ああ、良也か。おう、こんちは」
「……こんにちは、良也くん」

 なんか、妹紅はあからさまにほっとした様子で、慧音さんの方は『邪魔が入った』みたいな顔になる。
 な、なんだ? 僕、なんか悪いことをしたっけか。

「な、なに話していたんですか?」
「いや……妹紅に、里で暮らさないかと、誘っていたんだ」
「だから、断る。じゃあな」
「あっ、こら待て!」

 慧音さんの制止の声も無視して、妹紅は飛び去っていく。追いかけようとする慧音さんだけど、一歩遅く、既に妹紅は炎の翼を広げて竹林の方へかっ飛んで行った。
 ……本気逃げだ。暑そうだから、火ぃ出すのやめろよな……。

「はあ……。君が来たから、隙を見せてしまったじゃないか」
「え? は、はあ。すみません」

 なんで怒られているんだろう、僕。

「いや、すまない。八つ当たりだったな」
「はい。にしても、珍しいですね。妹紅がこっちにいるなんて。……慧音さんが呼んだんですか?」
「まあ、そんなところだ。普段、あいつはロクに食べていないから、たまにはちゃんとした食事を食べさせてやろうと誘った」

 ……ああ、そういえば。前妹紅と話したとき、三食食うようになったのも最近だっつってたっけ。
 それ以前は食っていなかったとかなんとか。

「まあ、それにかこつけて、里で暮らすよう勧めたんだけどね」
「……慧音さんも、そういう策を弄するんですね」

 策士というほどでもないが、普段真正面からぶつかる慧音さんがそういうことをするのはちょっと意外だ。

「こと、この話となると、妹紅はまるで聞く耳を持たないから仕方がない。理由も話してくれないし」
「大変ですねえ」

 どこか他人事のように言ってしまう。

 アウトローを気取っているわけでもなかろうが、妹紅は里から離れて一人暮らしをしている。
 別に、人間でも霊夢や魔理沙みたいに力を持っている連中の中には、普通に里から離れて暮らしている奴もいるもんだが……妹紅は、他のヤツらより意識的に里から距離を置いているようなところがある。

 別に、人間嫌いってわけじゃないはずだ。慧音さんに提案されて最初は渋々とだったが、永遠亭までの道案内兼護衛の仕事も始めたのだし。(本人は、迷った人間の亡骸を見るのが嫌だから、とか言っていたが。ツンデレめ)
 ただ、その仕事の依頼を受けるときも、あくまで竹林の傍に立てた自分の家に来てもらうようにしている。里に住居を構えて、そこで仕事を受けるという考えはないらしい。

 さてはて、なにを考えているのかねえ……ふむぅ。

「良也くんは心当たりでも?」

 なんて考え込んでいたのが悪かったのか、慧音さんに見咎られた。

「いや、別に。ただ、どうせまた、変なことを気にしてんじゃないかなあ、って」

 どっちかと言うとポジティブな印象を受ける妹紅だけど、過去のことに触れたりすると割とネガティブな所が出てくる。
 まあ、不老不死なんて難儀な体質だったんだから、そりゃ色々あったんだろうし、僕なんかが口を挟めることじゃないと思うが……傍から見てると、やきもきするのも事実だ。

「そうか」
「慧音さん?」

 慧音さんが、なにやら思い悩んでいらっしゃる。
 ……なんか嫌な予感。逃げ――

「もしよければ、だが」

 ぐい、と肩を掴まれた。
 もしよければ、なんて言いつつ、腕に込められた力は『絶対逃がさへんで〜』と言わんばかりのもの。

「……なんですか」

 抵抗してもどうせ無駄なので、僕は半分くらい諦めながら先を促した。

「良也くんから、妹紅のやつを説得してみてくれないだろうか。同じ境遇と言うことで、ある意味私より、君に心を開いているフシがあるし」
「不死だけにですか」
「さて……良也くん。私が編纂した歴史書を脳天に喰らって、歴史の重みをその身で感じてみるかい?」
「……軽い冗談じゃないですか」
「言って良い時と、悪い時がある」
「良い時だと思っていました」
「君はもう少し、空気を読む練習をした方がいいな」

 空気を読む……衣玖さんか。しかし、あの人は空気を読んで、その上で無視している疑いが濃厚なんだよな……丁度、今の僕みたく。
 ちなみに、敢えて空気を無視することで空気を読んだつもりでも、見事滑ったことが多々ある。丁度今回みたいに。

 いやいや、まあそれはどうでもいい。
 しかし、慧音さんより僕に心を開いているって……そりゃ有り得ない。断言出来る。百パーない。

 同じ蓬莱の薬を飲んだ被害者(別に僕は被害者と思っていないが)ってことで、気にかけてくれていることは確かだ。しかし、妹紅の僕と慧音さんに対する友好度には、きっと越えられない壁があるだろう。

 ……ただまあ、

「……一応、話してみますけど、期待しないでくださいよ」
「おお、そうか! ありがとう」

 仲が良いからこそ見せたくないところもある、ってこともあるだろう。里の守護者の慧音さんの手前、言えないこともあるだろうし……
 まあ、どうせ。

「丁度、買い物行ってきた帰りですし。相手も欲しいところでしたし」
「……その一升瓶、どうするつもりだい?」

 言わずもがなである。






















「妹紅ー」

 がんがんがん、と手作り感溢れる小屋の玄関をノックする。
 長年生きてはいても、大工仕事はそんなに上手くなったわけじゃないらしい。まあ、ちゃんと家の体をなしているのは、凄いといえば凄いんだが。

「……なんだ? 慧音にそそのかされて来たのか」

 しばらくノックを無視していたようだが、我慢できなくなったのかのっそりと妹紅が玄関の扉を少し開けて、顔を覗かせる。

「んー、まあそんなところだ」
「はあ……放っておけって。私ゃ、何度言われても里で暮らす気はない」

 呆れたように言う妹紅だけど、別に僕はどっちでもいいんだよなあ。
 むしろ、なんでそんなに頑なに断るのか、そっちの理由がちょいと興味あるだけで。

「まあま、そう邪険にするなよ。酒も持ってきたんだが、一緒に呑まね? つまみも、慧音さんに作ってもらって包んでもらった」
「一人で呑め」
「男一人は寂しい」
「お前は、酒持ってれば寄ってくる女は山ほどいるだろ」

 なんか、その言い方、超誤解を受けそう。確かにどこぞの鬼を筆頭に、酒を餌にすればほいほい釣り上げられそうな奴はたくさんいるけど……
 ふっ、しかし迂闊だぞ妹紅。

「……そうか。じゃあ、近いし、輝夜でも」
「ちょっと待て」

 にゅ、と玄関から手が伸び、回れ右をしようとした僕の腕をしっかりと捕まえた。

「なに?」
「他の誰と呑んでも構わないが、輝夜がただ酒にありつくのは許せん」
「つっても、ここから一番近いのは永遠亭だし。妹紅を除けば」

 ニヤリ、と笑って見せる。

 しばし、妹紅は葛藤するが……結局は、輝夜への対抗心というか敵意と言うか、そーゆーのが勝ったらしい。『入れ』と悔しげに玄関を開けた。

「……相変わらず殺風景だな。もう少し家具とか置いたら?」
「興味ない」

 素直な感想を言うと、妹紅はそっぽを向いて返した。

 しかしねえ。台所こそ、前来た時よりは使っている様子が見受けられるが、それ以外となると……家具は小さな棚のみ。あと部屋にあるのは隅に乱雑に置かれた衣類だけってのはどうかと思うよ? 布団どころか座布団すらねえ。

 仕方ないので床に直であぐらをかいて、妹紅と差し向かいになる。

「……ちなみに、コップとかは?」
「茶碗なら。ほら、お前にはお椀だ」

 ……漆の剥げた椀を渡された。妹紅の持ってる茶碗も欠けているし……金が全くないわけでもなかろうに。さては、買い物にすら里に行きたくないんだな? そうなんだな?

 突っ込みたいのを必死で我慢しながら、妹紅の茶碗に酒を注ぐ。
 妹紅からも、普段は味噌汁でも入れているだろうお椀に、酒を入れてもらい……なんとはなしに、器同士を軽く合わせた。

 ぐい、と半分ほどを一気に飲み干して、慧音さんから受け取った包みを開く。

「おお〜、美味そう」
「……ああ、そうだな」

 二段になった立派なお重には、それぞれ立派なおかずが綺麗に並べられている。
 玉子焼き、唐揚げ、川魚の焼き物に、根野菜の煮物。小魚の佃煮に、煮豆にこりゃ豚の角煮か? あ、ほうれん草のお浸しだ。これけっこう好きなんだよね。

 御丁寧に箸も二膳添えられていて、助かる。
 お重の蓋を皿代わりに、それぞれ少しずつ摘まんでいった。

「んく……おかわりおかわり……」
「お前、ペース早くないか?」
「妹紅こそ、もっと呑めよ」

 しばらくは、普通に酒盛りをする。適当に酔わせでもしないと、話を聞き出せそうになかったからだ。決して、決して単に僕が飲みたかっただけではないので、そこら辺よろしく。

 んで、大分いい感じに酒も回って……そろそろいいかと、話を切り出した。

「ところで妹紅。どうして、そんなに里で暮らしたくないんだ?」
「……どうでもいいだろ」
「いや、まあ、それを言われたら、そうなんだけどさ」

 でも、喉に小骨が引っかかった感じというか、なんとなく、話を聞いてから気になってしまって、聞かないとスッキリしない。
 慧音さんの提案を、ここまで固辞する妹紅も珍しいし、そんな無理に断るようなことでもないように思うし。

「そんな程度で聞こうと思うなよ。割と、私としては話したいことじゃないんだから」
「んじゃ、どうしても気になるから、教えてくれ」
「……はあ」

 立て続けに、茶碗に三杯くらいの酒を飲み干して、妹紅は唇を舌で舐めた。

「慧音には――というか、誰にも言うなよ?」
「誓って」

 約束をした。
 僕は口が堅い方だ。……いや、多分。

 しばし、妹紅は思い悩んだ後、ちろちろと酒を舐めるように呑みつつ、話し始めた。

「……つっても、そんな勿体ぶるほど複雑な理由じゃない。単に、里で暮らすのが怖いんだ」
「怖……なんだって?」

 今、なんかありえん理由が聞こえたが。

「……なにが?」

 割と真剣に尋ねる。
 そりゃ、確かに昔、人に迫害されていたとか言っていたが、幻想郷の人里に不老不死程度でオタオタするようなヤワな神経の持ち主はいない。
 つーか、仮にいたとしても、妹紅を傷つけることなんて不可能だ。

「ああ、怖いってのも違うか……難しいな」
「うーん」

 ない知恵を絞って考える。

「……あ、知り合いが増えると、先に逝かれたら嫌だ、とか」

 ありがちだが。

「ないとは言わないが、それも違うな……」
「難しいことを言う」
「まあ、強いていうなら……自分が化け物だって、思い知らされるのが怖いってところか。自分が他とは違うってことを、周りが気にしなくても、私が気になるからな。その辺、慧音は半分でも妖怪だからかうまく折り合いをつけてるよ。私にゃ無理だ」

 ……今更?

 とか言ったら、多分怒るだろうな、うん。だから、表面上は得心した様子を表情に張り付けて、酒を神妙に飲み干す。

「後はあれだな。里に行きたくないというか、ここにいないといけない理由がある」
「……ここに?」
「いや、その、なんだ」

 ぽりぽりと頬をかきながら、より言い辛そうに、妹紅が口ごもる。
 この様子から察するに、こっちがメインの理由か。一体何だ、どんな理由なんだ。

 この竹林は、筍がたくさん取れる。まさかそれか。

「里に引っ越したら、輝夜と気軽に殺し合いが出来なくなるじゃないか」
「………………………………もう一度プリーズ」
「……だから、輝夜と、殺し合いが、出来なくなるから」

 ああ、ハリセンはないかな……ハリセン。ないか。

「……阿呆か!」

 だから、一言にありとあらゆる思いを込めて、言った。

「あ、阿呆とはなんだ! 割と真剣な問題だぞ。しばらく殺し合わないうちに、あいつがいなくなりでもしたらどうする!?」
「どうもしなくていいよっ。っていうか、宿敵なんだから、それはそれで結果オーライじゃないか!」
「私の同類が、勝手にいなくなるなんて許せるか!」

 お前ら、本当仲が良いのか悪いのかはっきりしてくれ!

 はあ、はあ、と二人して興奮して息を荒くする。
 ええい……なんだその理由は。

 流石に呆れて、もう余り残っていない一升瓶をラッパ飲みで飲み切った。

「同類って、不老不死のか?」
「そうだ」

 気になっていたことを尋ねると、すぐに頷かれてしまった。
 別に輝夜に限らず、妖怪は不老に近いし、殺しても死ななそうな奴もたくさんいるんだが。

 ……確かに、殺されても生き返るってのは少ないけどさ。

「だからさ。お前も、いきなり姿を消したりすんなよ」
「……はい?」

 僕もかい。

 内容は、なんか下らなそうだったけど、妹紅の目は存外に真剣で。
 はあ、と大きくため息をつきながらも『はいはい』と頷くことになってしまった。


 やれやれ……よくわかんね。



前へ 戻る? 次へ