「うっわ!?」

 霊夢と聖さんの弾幕ごっこの余波に当てられて、けっこう離れていたはずの僕は体勢を崩してしまう。

 ぶつかり合う弾幕の光と音が、まるで魔界にいくつもの小さな太陽を生み出しているようだった。
 ……霊夢と、ラスボスっぽい妖怪との争いは、いつもこんな感じだが、はっきり言ってこれは妖怪の領域すら踏み越えている気がする。

「って、げっ!?」

 爆風に煽られて体勢が崩れているところに、今度は余波じゃなく『流れ弾幕』が来た。

 な、流れ弾幕ってなんじゃそりゃ!? 既に二人が豆くらいに見えるところまで離れたっつーのに……あ、また死ぬ。

「〜〜〜〜〜っ! ……?」

 コンマ数秒で覚悟を決めた僕は、せめて安らかに逝けますように、と目を瞑ったが……いつまで経っても衝撃が来ない。
 はて? 痛みを感じる暇もなく死んだのかな? よくあることだが……

 と、目を開けてみると、数メートル手前のところで、人間大の光球が、僕を守るように立ち塞がっていた。
 ……これって。

「ぬえ?」
「や、良也。なんか楽しそうなことしているじゃん」
「た、助けてくれたの?」

 正体不明を知った僕なんか死んでしまえ、とでも考えているかと思っていたが。

「まあ、もののついでに。私は人間が怖がったり恐れ慄いたりするのが好きなんだ。死んだら元も子もない」
「……最近、妖怪の方がタチがいいことに気が付き始めた僕」

 いや、ここ最近出会う妖怪では、という話ではあるが。ぬえも言っていることは物騒だけど、それでも。

「しっかし、あそこの二人。両方人間――いや、片方は元か。だろうに、よくやる。あの巻物を持ってるほうが、ムラサたちが救出しようとした奴だろ?」
「知ってんの?」
「そりゃ、連中とは一緒に地底で封印暮らしだったんだ。話くらいはね。どんな奴かは、教えてくれなかったけど」

 余程大切な御仁らしい、とぬえはため息をついた。
 ……なんだろう、なんとなく、友達の大切な人に嫉妬しているように見えた。勝手な想像だけれども。

「ま、復活おめでとうってところか。や〜れやれ、しかし妖怪退治屋の人間が飛倉を集めて復活させるなんてねえ。なに考えているんだろ」
「断言するけど、何も考えていないぞ、あれは」

 そして、何も考えていないくせに、なんとなく収まりのいいところに持っていく奴だ、霊夢は。

「ふぅん」

 またしても飛んできた弾幕を軽く手をかざすだけで防いだぬえは、霊夢に興味を持ったようで、値踏みするように見ている。
 ……妖怪の視力だと、この距離でも顔とか見えるんだろうか。

「くっついて見てたけど、意外と面白い人間ね。あれは」
「あれを面白いと言えるお前の感性には脱帽せざるを得ない」

 普段付き合うのはともかく、異変の時は付いていくの、凄い大変なんだけどなあ。傍から見ていれば、確かに面白いのかもしれないけど……

「ぬえ!」

 ん?

 そんな言葉が後ろから聞こえてきたので、振り向いてみると……聖輦船と、その先頭に立ちこちらを見下ろすムラサ。
 そして、脇を固める聖輦船の妖怪の面々がいた。

 あ、一人だけ初めて見る顔がいるな。ナズーリンの持ってた宝塔を持ってるけど……あれがナズーリンの『ご主人様』とやらか?

「げっ、ムラサ」
「ここの人間に聞いたわよ。貴方が飛宝の破片に正体不明のタネを仕込んだって?」

 あ、なんかムラサ怒っている。

 ここの人間、と言うと、もしかして後ろにつまんなさそうにしている魔理沙と東風谷だろうか。なんであの二人が船に? とっくに下船していると思ったが。

「え? な、なんで人間がそんなこと知って……」
「そっちの良也に聞いた」

 魔理沙が正直に答えた。

 え、あ、ああ確かにあの二人にはそのこと話したけど……あれ? ムラサたちにも伝わったのか?

「恩を仇で……。私の正体不明が、正体不明じゃなくなりつつあるじゃない」
「わ、わりっ」
「それに、ムラサたちにバレちゃったみたいだし」

 なにやら、聖輦船の妖怪らはちょっと殺気立っている。
 ぬえも、面白そうだからと言う理由で邪魔したんだから同情の余地はないと思うが……しかし、発端は僕か。

「な、なあムラサ。ちゃんと聖さんは復活したし、いいじゃないか」

 あまり話したことがないけれど、ムラサもあの聖さんを復活させようとした妖怪。そんな争いごとは好きじゃない、はず。多分。

「む、それはそうですが」
「な、ぬえも謝れば……」

 促すと、ぬえは笑って、

「あ、あはは。悪いねー」
「……まったく」

 悪びれのない様子に、ムラサも毒気を抜かれたか、肩を竦める。他の妖怪たちも、意外とあっさりと殺気を引っ込めた。
 ……なんだ。なんだかんだで、友人同士なのか。

「はあ」

 最初っから仲良くすりゃいいのに。
 よくわかんないけど、聖さんもそれがいいって思っているんじゃないのか?


















 ぬえは、ムラサに文句を言われている。それを受け流すぬえは、あれは意外と楽しんでいると見た。

 僕はと言うと、聖輦船に乗り込んで、霊夢と聖さんの弾幕ごっこを見物していた。
 ……お〜、すげえ。よくもまあ、あんなおっそろしい弾幕をお互い放てるもんだ。しかもそれで生き残れるもんだ。僕なら十秒ももたないぞ、いや本当に。

「や、土樹。魔界にまで来たのに、元気そうで重畳」
「ん?」

 呼ぶ声に振り向いてみると、なにやら羽衣みたいなのをつけて、トラジマのスカートを着た……始めて見る女性に肩を貸しているナズーリンがいた。

「こんにちは。土樹くん」

 始めて見る方の女性が、挨拶をしてきた。

「あ、こんにちは。え、えっと?」
「この子の主人の、寅丸星といいます。ナズーリンから話は聞いていますよ。あの巫女の連れだそうで」

 えっと、敵意はないけど、なんか寅丸さんがヤケにやつれている。っていうか、服がところどころ裂けてる。
 こ、このパターンは。

「そのー、もしかして寅丸さんがぼろぼろなのは?」
「あの巫女にやられました。見かけに騙されるとは、私もまだまだ修行が足りません」

 大して修行を積んでいないように見えたんですけどねえ、と寅丸さん。
 その分析は正しい。僕だって、あいつが修行をしているところなんてほとんど見たことがない。

 以前、誰かが言っていたが、霊夢は才能だけで戦っているそうだ。
 今でさえああなのだから、修行などしたらどれだけ……とも思うが、霊夢が修行を真面目にする性格だったら、なんとなく今より弱くなっている気がするので、あれはあれで霊夢にとってはベストなスタイルなんだろう。

「しかし、まさか復活されたばかりとは言え、聖と渡り合うなんて」
「強いですねー、あの人」

 妖怪を守る、とか言っていたのは伊達じゃない。守る対象より弱いと話にならない、とばかりに、聖さんの弾幕の凄まじさは、妖怪上位陣と比べてもまったく遜色がない。
 うん、自分より遥かに強いってことはわかるけど、どのくらい強いのかさっぱりわからないっていう、そのレベルだ。

「しかし、いくら強いとは言え、聖の敵ではありません。程なく決着は……」
「いや、霊夢が勝ちますよ」

 寅丸さんの台詞を途中でぶった切る。
 うん、下手に希望を抱かせるのも、なんだ。

「……何故そうと?」
「いや、だって異変の解決で霊夢が負けるところなんて、これっぽっちも想像できませんから」

 これだけは、多分霊夢の異変解決を傍で見ていた人間にしか分からない感覚だと思う。
 どんなに泥沼だったりわけのわからない状況だとしても、霊夢なら簡単に解決してしまう。そんな妙な安心感と言うか確信と言うか……『お約束』みたいなのを感じるのだ。

 文句の言いたそうな寅丸さんだったが、見ていれば分かる、とばかりに、何も言い返しては来なかった。

「うーん」

 ああは言ったものの、かと言ってすぐ霊夢に屈するほど、聖さんは甘い相手ではないらしい。なかなか決着が付かない。
 そうすると、いかに凄い弾幕ごっことは言え、飽きてくるわけで。なんとなく寅丸さんに言っておきたかったことがあるので、口に出した。

「そうそう。その宝塔、もう落とさないように気をつけたほうがいいと思いますよ。それ拾ったのが骨董屋でよかったけど、妖精とかに拾われたら戻ってこなかったかもしれませんし」

 そうすると、寅丸さんは明らかに狼狽する。

「い、いや。あれはその……ちょっと、目を放した隙に。こうして戻ってきたことだし、それはどうか内密に……」
「ご主人様。言い訳になってないよ」

 慌てて取り繕おうとする寅丸さんに、ナズーリンがツッコミを入れる。
 まあ、『あの』森近さんと交渉する羽目になったナズーリンからすれば、このくらいの意趣返しは当然だと思う。

「お、なんだなんだ、何の話だ良也?」
「……お前にはあんまり関係のない話だ」

 お宝の匂いをかぎつけたか、魔理沙がこっちに寄ってきた。
 ……うん、まだ森近さんでよかった。こいつに拾われていたら、まず戻ってこなかっただろう。

「しかし、マズったぜ。宝船かと思いきや、お宝の一つもないしなあ。魔界に来たってのに、ここら辺はお宝の匂いがしないし」
「……そうなのか」

 それで、大人しく船にいたってことか。まあ、ここら辺は聖さんが封印されていたんだから、そういうのはないだろうな。

「おや、何を仰っているのです。七福神の一人、毘沙門天はここにいますので、ある意味この船は宝船ですよ」

 平静を取り戻した寅丸さんが口を挟んできた。

「毘沙門? へえ、神様か。ありがたい。ついでに、私にご利益でも授けてくれれば、もっとありがたい」

 ……どうやら、魔理沙にとって神様ってのはそんな程度なものらしい。
 しかし、毘沙門天……ああ、そういえば、ムラサがそんなことを言っていた。……あれ? でも、

「弟子、じゃないんですか。そう聞きましたけど」
「そうですよ。まあ、毘沙門天の代理みたいなものですね」

 代理って。……まあ、七福神と言えば、広く信仰されている神様だ。さぞや忙しいんだろうから、仕方ない――のか?

「まあ、加護を与えてくれるなら、偽者でも私は構わないが」
「偽者ではありません。弟子です」

 だったら、最初から素直にそう言えばいいのに……

「しかし、いいんですか? 妖怪の味方なんてして。毘沙門天って言えば、仏法の守護者じゃありませんでしたっけ」

 聞いてみると、寅丸さんはしれっと、

「私も妖怪ですから。聖の復活のためならば、なんだってやりましょう」

 うわ、清清しいまでのダブルスタンダードだ。いいけどね、僕もよく使うし、ダブスタ。

「ってことは、寅丸さんも、ナズーリンも聖さんの理想に共感しているわけですよね」
「ん? 誰から聞いたんだい?」
「ちょっと、封印を抜けられたんで、本人から」

 他の人にも聞いたけど。

 封印を――!? と寅丸さんがびっくりしている。……うん、ゴメン、理不尽だと思うけど、そういうもんだと思って欲しい。

「む、無論。聖には恩もありますし、それ以上に彼女の目指す世界が、私の目指すところでもあります。そのために修行をしてきたのですから」

 寅丸さんは、動揺を抑えるように二、三度咳払いをして、そう真っ直ぐな目で言い切った。……いい人だなあ。もしかして、地霊殿に引き続き、とても穏やかな集団なのかもしれない。トップが元人間だし、あそこ以上か?

「私のご主人様はこの人だからね。勿論、付き合うよ」

 ん? ナズーリンは、別に聖さんの崇拝者ってわけじゃないのか。意外と難しいな、ここも。

「で、それがどうしたのかな?」
「あ、いや、大したことじゃなくて」

 あ〜、さっき聖さんと話したときも思ったけど、どう話せばいいかよくわからないなあ。
 ……寅丸さんはわからないけど、ナズーリンは自分とこのネズミが人を食べたがるとか言っていたし。そうすると、やっぱり怖がられると思うんです。

「……その、人間と平等ってことは、まあ、人を食うのは自重してもらいたいというか。そうすりゃ、仲良くやれると思うんです」
「そうですね。人間とのすれ違いはあっても、まずはそこからですか」

 うんうん、と頷く寅丸さんと、ちょっと気まずそうに目を逸らしているナズーリン。……いやまあ、人を食べるのはこれ妖怪の本能であるからして。中々に難しいところだとは思うんだけど。

 しかし少なくとも聖さんだけが平等を叫んでいるわけじゃないらしい。ちゃんと、生粋の妖怪も賛同しているんなら、うまくいくかもしれない。
 ……『平等』って、『大人しく食べられてくださいねー?』って意味かと思っちゃったけど。

 ま、どうせ、彼女達も今までのパターンからして、霊夢にボコボコにされ、幻想郷に住み着くことになるんだろうし。
 妖怪と人間が純粋な意味で対等になるってのは、僕としても共感できなくはないし。

 僕に出来ることがあるなら、ある程度協力しよう、と思った。

「ああ、決着、着きましたね」

 その前の洗礼として、トップの聖さんが、今まさに霊夢に落とされていた。



 ……うん、これがないと、なんというのか『始まった』気がしない。やはり、霊夢が異変の元凶を落とすのは幻想郷の『お約束』なんだなあ、と僕はしみじみと思った。



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