夏もそろそろ下り坂。
 お盆を過ぎてちょっとした頃、僕は守矢神社に降り立った。

「ふむ」

 軽く周りを見渡しても、東風谷の姿はない。
 外の世界から、彼女の友達(夏期講習でひいひい言っている山本)から手紙を預かってきたのだが……

「母屋の方かね」

 参拝客を出迎えるために、日が昇っている間は大抵境内にいる東風谷だが、ご飯やトイレ、ちょっとした休憩なんかで屋根の下にいることはままある。

 こちらでは珍しい、現代風の家屋に向かう。

 水道は河童の協力で通っているんだが、流石に電気とガスは通っていない。だから、チャイムを鳴らしても意味がないので、とっとと玄関を開ける。

「もしもーし!」

 んで、中に声をかけた。
 いつもなら、東風谷はすぐ玄関に出迎えてくれるのだけど……居間に繋がる扉から姿を見せたのは諏訪子だった。

「ん? ああ、いらっしゃい」
「ああ、諏訪子。こんにちは。東風谷いる?」
「早苗なら、今人里に行っているよ。食料の買い出しと、信仰集めに」

 ありゃ。
 こっちに来る前は人里に行ったのに、すれ違っちゃったか。ここまでの道のりで会わなかったのは、途中でお雛さんに挨拶したせいかな……

「ん〜、いや、山本から手紙預かってきたんだけど」
「あ、いつもありがとう。まあ上がってお茶でも飲んで待ってなよ。日が落ちるまでには帰るはずだから」
「それ、まだ五時間くらいある」

 まだ昼を少し回ったところだというのに。
 そんなに長いこと外出しているのか?

「そういえばそっか。でも、早苗は一度説教を始めると長いからねえ。今日も夕飯の支度までには帰る、としか言ってなかったし」
「……信仰集めには特に熱心だしな」

 話の仕方も上手いんだけど、それ以上に東風谷はその力を里の人たちのために惜しみなく使うから、守矢神社の参拝客は鰻上りだ。
 天狗の協力を得ているから危険はさほどでもないけれど、人里からここまで空を飛べない人たちには険しい道のりだというのに、だ。

 毎日、二人か三人くらいは来るらしい。……いや、多いよ、これでも。博麗神社は三ヶ月に一人か二人なんだから。

「まあ、話し相手くらいにはなってあげるよ。上がりなよ」
「そうか? じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 どうせこの後に用事などない。
 東風谷を介さずに神様と親交を深めるのも悪くはないだろう。

「そこらへん、適当に座って。お茶を淹れてきて上げる」
「あ、いいの?」
「いいわよ。少し待ってて」

 神様にお茶を淹れさせるなんて、罰当たりもいいところ……かなあ? いいや、諏訪子だし。僕お客だし。

 お茶菓子は僕が持って来たのを出してやろう、と博麗神社に帰ってから食べようと思っていたかりんとうを取り出し、

「あーうー、ちょっとゴメン。お茶葉どこだっけー?」

 ……知るか。

























 なぜか諏訪子と一緒に台所を駆けずり回ってお茶葉を見つけて、更に不思議なことに僕が湯を沸かしていた。

「……っていうか、神奈子さんは?」

 あの諏訪子よりはしっかりした神様がいれば、こんなことになっていなかっただろうに。

「天狗たちに誘われて呑みに行ってる。家を空けるのもなんだから、私が留守番。昨日たくさん呑んだしね」

 ……神様が留守番て。
 いや、それよりも。なに昼間っから呑みにいっているんだ。

「……はあ」

 やれやれ、どっと疲れた。
 沸騰した薬缶の湯を急須に投入。湯のみ二つとともにお盆に乗せて、諏訪子を急かした。

「ほれ。居間に行くぞ。茶菓子もある」
「おおー、気が利く」

 ……何故に僕が迎える側みたいになっているんでしょうか。誰か教えてください。

「いやいや、助かったよ。台所の中は早苗が仕切っているからさあ。たまに手伝おうとしても、私には手伝わせられないって言うんだ」
「へえ。もしかしてアレか。諏訪子は料理できない人か」

 とかく料理をさせたら悉くクリーチャーに仕立て上げてしまう系の魔界料理人とか。

「……なに妙な想像をしているんだい。早苗が仕える神に雑用をやらせるような子だと思っているの?」
「そういうことか。つまらん」

 そういうドジっ娘なところが会った方がチャーミィだぞ。僕は仮にそんな異次元料理があったとしても、死んでも食べたくないが。

 居間に到着し、お盆をちゃぶ台に置く。
 もうここまで来たらどうでもよくなって、諏訪子の湯飲みにも僕が手ずから茶を注いでやった。

「ありがと」
「はいはい。ついでにこの黒かりんとうも食らえ」

 人里で買ってきたかりんとうを広げてみせる。
 諏訪子は早速手を伸ばし、お茶を一緒に食べる。

「あ、美味しい」
「そりゃよかった」

 それを確認して僕も手を伸ばした。……うーむ、相変わらずいい味だ。多少大雑把っていうか、素朴な味だけれども、僕はこういうのの方が美味いと思う。外の世界の菓子なんて売ってて言うことじゃないけど。

 しばらく、お茶を飲みながら諏訪子と他愛もない話で盛り上がった。

 こっちに来てから、東風谷がだんだん図太くなってきたとか(体型の話ではなく)。
 こちらの人は信心深いので、東風谷の説教も身が入っているだとか。
 多少不便だけど、やっぱりこっちに来てよかっただとか。
 しかし、お昼のい○ともが見れなかったり、定期購読していた少女漫画が読めなくなったりとかは勘弁して欲しいだとか。
 あと、最近、飲酒量が増えすぎて東風谷からストップをかけられつつあるとか、仕方ないからこっそり酒造を始めたとか。

 後半おかしいというのは気にしない。神様がいい○もかよ、と思い切り突っ込みたかったが、気にしない!
 ……気にしない、はずなのに!

「前も思ったけど、現代かぶれしすぎじゃないか?」

 ……駄目だ、我慢できなかった。

「そりゃあね。神つったって、こうやって肉の身体を持って現代に生きていたんだ。それなりに楽しみも見つけるさ。特に、今は娯楽が歴史上類を見ないほど発達しているしね」
「なんかこう……神様のイメージって大切だと思うんだけど」
「はん、そんなこと言う前に日本神話を紐解いてみな。天津神のドンである天照だって、天岩戸で働きたくないつって引き篭もりしてたんだ。日本の神なんざそんなもんさ」

 ……言い切りやがった。

「いいのか、神様がそんなこと言って。」
「別にー。私は大和の神じゃないしねえ」

 土着神とか言ってたな。……僕には違いがイマイチよくわからないんだけど。今度古事記とか調べてみようかな。

「はあ……でも、電気があればテレビ見れるのに」
「……電波は受信できるんだろうか?」

 で、出来るような気がする。博麗大結界は物理的な結界じゃないし、電波なんかは素通しかも? ……あ、でも携帯は使えないな。でもこれは基地局がないせいだし。
 ……うーん、テレビの仕組みはよく知らないからわからないな。

「別に、電波が受信できなくても、ビデオがあるじゃん。良也に撮って来てもらえばいい」
「僕かよ!?」

 うちにはビデオはないよ。今はDVDより高くつくしっ。

「いや、実際いいアイディアだと思わない? 人里にテレビとか普及すれば、良也もレンタル屋とか開業できるじゃん。最近、旧式のブラウン管テレビとVHSは結構流れてきてるみたいだよ?」
「……始めてもなあ」

 初期投資が大変すぎる。それなりのラインナップを揃えようと思ったら馬鹿みたいにお金がかかる。
 それに結構流れてきているとは言っても、年に数台のレベルだ。それも大半が壊れている。

「でもさぁ。こっちの世界もそろそろ電気とかのエネルギーを使い始めてもいいと思わない? いつまで明治やってんのよ」
「いや、でもこっちはオカルト的な便利グッズが結構あるけど……」

 魔理沙の八卦炉とか。
 でも、誰にも使えるようなもんじゃないなあ……。

「折角外の便利な道具も流れてきているのに、勿体無いじゃない」
「かもしれない」

 ……そうだよな。電気さえ通ってれば使えるのもあるんだ。

「ちょっと見学したことあるんだけどさ。河童達ってけっこういい技術持ってんだよ。道具の修理くらいならできないことはない。早苗も、洗濯とか大変そうだし……エネルギーさえあればなあ。そこらに落ちてるの拾ってくるんだけど」
「掃除機もあれば便利だよなあ……」

 幻想郷のインフラは確かにまだまだ遅れている。……うーん、現代人の僕や現代かぶれしまくっている諏訪子が心配するのも余計なお世話な気がするけど、確かに電線とかが整えば、生活の向上はできるんだよな。

「まあ、でも無理だろ。発電機とか高いしなあ」
「そうねえ。ま、これは気長に考えようかな。うん、いい暇つぶしかもしれない」








 その後は、成り行きで酒が入ったりして、諏訪子と大いに盛り上がった。
 ぐでんぐでんに酔っ払って、帰ってきた東風谷にすげぇ怒られた。

 ……まあ、その。
 このときの会話が前振りだったのかもしれない。と、僕は後に思い返すことになるのだが……それはもうちょっと先の話。



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