本日は紅魔館にやってきた。
 とは言っても、別に魔法の修行のためではない。っていうか、最近はパチュリーに教えてもらうことも少なくなってきた。

 パチュリーが言うには、基礎がそろそろ固まってきたから後は自分で研鑽しろってことらしい。質問すれば大抵は答えてくれるし、時々弟子ということを持ち出して僕を便利にこき使ったりするが……以前ほど通わなくなってきた。
 魔法を使うのは楽しいから、魔導書を外の世界に持ち帰って勉強している。こうやって自分で考え、実践するのが重要らしい。

 ……話が逸れてしまった。今日来たのは他でもない。フランドールに会いに来たのだ。

「美鈴、フランドールは家の中にいるかな?」

 珍しく立ったままではなく横になって寝ている美鈴に尋ねる。……ってか、また咲夜さんに仕置きされるぞ?

「うう〜、良也さん。心配してくれても」
「え?」

 あ、よく見てみると、美鈴の服ボロボロだ。傷も少し負っている。
 えっと、誰かと弾幕ごっこでもしたのか?

 ……誰か、と聞くまでもないか。

「魔理沙?」
「そうですよっ。またあの魔法使いが門を強行突破してっ。私が寝ているのをいいことに! ギリギリで気付いて止めようとしましたけど、轢かれちゃいましたよ!」
「強行突破されるほうにも問題がある気がするけど……」

 起きていても魔理沙の突進は早々止められやしないだろうけど、寝ていたら止められるはずがない。

「もうっ。同じ人間同士、注意してくださいよ」
「僕の注意を聞く人間ばかりだったら、僕はもうちょっと楽ができている」

 ここを襲っている某魔法使いもそうだけど、某巫女とか某メイドとかね。特に某巫女はひどい。誰とは言わないが。

「まあいいや。それで、フランドールはいるのか?」
「うう……いますよ。っていうか、妹様が外出したことなんて、私の知る限りありません」

 ふむ、わかっちゃいたけど……そうか。

「なんですか? 妹様に御用でも?」
「ちょっとした悪巧みだよ。美鈴も参加することになると思うけど、そのときはよろしく」
「?」

 っていうか、美鈴には伝わっていなかったのか? レミリアと咲夜さん、あとパチュリーに小悪魔さんは知っているんだけど。
 ……伝えるのを忘れているだけかな。美鈴、そういうのよくハブられるし。

「ま、後でね」

 美鈴に手を振って、紅魔館に入る。
 ……さて、どこを探したものか。多分自分の部屋である地下にいるか、もしくは図書館で本でも探しているだろうけど。

 と、先にパチュリーに挨拶に行ったほうがいいか。

 そう思って、パチュリーの図書館に向かっている最中、ドッスンバッコンと妙に物騒な音が聞こえた。

「はっ! フランっ、喰らいやがれ!」
「負けないよっ!」

 一体何事かと見てみると……魔理沙とフランドールが無駄に広い紅魔館の廊下で弾幕ごっこをしていた。
 どうもバトルも佳境らしく、それぞれスペルカードを持ち出して宣言する。

「恋符『マスタースパーーークッ』!!」
「禁忌『レーヴァテイン』!」

 魔理沙が放った極太のレーザーと、フランドールの炎の剣が激突。凄まじい衝撃と熱波を生み、紅魔館中を駆け回る。

 ……僕はというと、能力で壁を作り、ついでに防御魔術でもって避難。それでも、前髪がちょっと焦げた。

「けほっ」

 巻き上がった埃のせいで咳をする。
 煙が晴れると、勝ち誇っている魔理沙と、ちょっと涙目になったフランドールが出てきた。

「よっしゃっ、私の勝ちだぜ!」
「うう〜」

 なんか悔しそうだ。でもまあ、あのフランドールに勝っちゃうんだから、魔理沙も大した――

「まだ負けてないもん!」

 げっ、フランドールキレた!

「ヤベっ」

 魔理沙もちょっと顔を引き攣らせて箒に跨る。そりゃそうだ、フランドールの『ありとあらゆるものを破壊する程度』の能力は、分かっていても防いだり避けたりできるものじゃない。そして、発動したら人間だろうがダイヤだろうが、なんだって破壊できる。

 逃れる方法はせいぜいフランドールの認識範囲外に逃げるくらい。

「って待て! フランドール!」

 やばい。僕は走り始める。

 フランドールが癇癪を起こした場面は何度か目撃したけれど、周り中のあらゆるものが無差別に破壊されてしまう。ギリギリの自制心か、今まで生き物を直接狙い撃ちにしたことはないけど……それだけで十分凶悪だ。下手したら紅魔館が潰れる。

 慌てて僕は止めようと走り出し、

「ん〜〜!」

 能力を発動しようと手を掲げたフランドールが、そのまま固まったのを目撃した。

「……お?」

 魔理沙が不思議そうに後ろのフランドールを見る。

「……ん、魔理沙。今度は負けないから」

 しばらく固まった後、フランドールはそう零してトコトコ歩き出す。

 呆気に取られた僕に気付いた魔理沙が、こっちに来る。

「いやあ、ビビったぜ」
「まあ、そうだな」

 多分、紙一重だったんだろう。暴発まで。

「……っていうかお前。なんでここに来てんだよ。神社で集合する手筈じゃなかったっけ?」
「いいだろ、別に。ちょっと様子を見に来ただけだよ」

 ちょっと様子を見に来て、なぜに弾幕ごっこをするはめになるのか。とくと聞かせてもらいたいもんだ。
 聞いても無駄だろうけど。

「しかし、あそこで止まるってことは、成長しているって事じゃないか? お前の提案も、あながち間違っちゃいなかったな」
「そうね、その通りかも知れない」

 と、魔理沙の台詞に答える者がいた。
 誰かはすぐ分かる。振り向いてみると、やはり想像通りにレミリアが後ろに咲夜さんを連れて現れていた。

「ご苦労様。準備の方は滞りなく?」
「ああ。霊夢がやっているはずだ。僕がこっちに向かう前から始めてたからそろそろ終わる頃」

 費用は僕持ちだけど。

「そ。じゃあ私たちもそろそろ向かおうかしら。良也、言いだしっぺの貴方がフランには伝えるのよ?」
「はいはい。今日は一応そのために来たんだから」
「よろしくね」

 ういー、と手を振る。

「って、ちょっと待った。美鈴が今日のこと知らなかったぞ?」
「あら?」

 あら、じゃねえよ。秘密にするのはフランドールにだけだっただろう。泣くぞ、美鈴。

「咲夜?」
「そういえば、伝えていなかったかもしれません」

 そして図書館に引き篭もりのパチュリー、及びいつもパチュリーに付いている小悪魔さんが伝えるはずない、と。やれやれ。

「ちゃんと出るとき声かけてやれよ」

 そう言って、僕はフランドールが向かったと思われる図書館へと飛ぶ。
 ……さて、どうやって誘うかな。



























「フランドール、博麗神社に来い」

 どストレートに言ってみた。親指立てて、無駄に爽やかに。

「……え?」
「だから博麗神社。お前、行ったことないんだろ?」

 僕に読んでもらおうと持って来た本をぽろりと落とし、フランドールは呆然とした。後ろでは、出掛ける支度をしているパチュリーが忍び笑いを漏らしている。

「な、なんのこと? 私はここから出ないよ」
「レミリアから許可は貰ってる。今日は博麗神社、紅魔館合同の宴会だ。フランドールも参加」

 いつだったか。割と大人数が参加した宴会のとき、僕が思いつきで言った『フランドールを外に連れ出そう』計画。
 とりあえず、フランドールと顔見知りの連中だけのちょっとした宴会だ。

 癇癪とついでに危険極まりない能力を持つフランドールは外出の経験がほとんどない。それっておかしいんじゃねえの、と無責任な第三者であるところの僕が思ったから実行に移した。

 ……うん、大丈夫だろ。最近落ち着いてきたって、みんなも言っているし。

「い、嫌だよ」
「なにぃ? 参加したいだろう、ほれほれ」

 僕の目は誤魔化せない。なんか嬉しそうに羽が動いているぞ。ついさっきまで魔理沙に負けたショックか、機嫌が悪かったくせに。

「駄目だって。良也も知っているでしょ。私を外に出したら、なにをするかわからないの」
「さっきは抑えてたじゃないか」
「!? 見てたの」

 なんかフランドールがもじもじして顔を紅くした。
 ……なにを恥ずかしがるのか。よくわからん。

「まあ、ぶっちゃけるとお前が外に出る練習なんだよ。つまり、お前が今日の主賓なんだ。不参加はまかりならん」
「そうよ。私と小悪魔も、貴女が参加してくれるのを待っているからね」

 と、パチュリーは言うだけ言って、小悪魔さんと連れ立って行ってしまった。……えー、少しくらい説得を手伝ってくれても。

「いや、でも……私がまた、暴走しちゃったらみんな壊しちゃうし」

 もじもじと、フランドールは行きたがっているくせに言い訳して動こうとしない。

 それでもしばらくは言葉で説得を試みた僕だが、一向に首を縦に振らない。このままだと、神社の方に集まった連中を待たせてしまう。

「……ええい、めんどくせ」

 むんず、とフランドールを小脇に抱えて、僕は飛び立った。あれだ、初めて会った時と似たようなシチュだ。

「あ、ちょっと良也離して! 私は行かないってば!」
「聞こえないな。もうちょっとでかい声で言ってくれ」
「行ーかーなーいー!」
「申請は却下されました」
「なんで!?」
「うっせえ、気分じゃボケ」

 ひどっ、とフランドールが言う中、僕は呆れかえっていた。
 ……ったく。振り解こうともしないくせに、口だけはツンツンだこと。





























 初めて見る幻想郷の風景に動揺しまくるフランドールに少々辟易しつつ、僕たちは博麗神社に辿り着いた。

「遅いわよ、良也さん」

 で、速攻文句言われた。

「悪いってば。フランドールが駄々こねたんだよ」
「やっぱり直前まで秘密にすることなかったんじゃない?」
「いや、こういうのはサプライズパーティーにするべきだ」

 うむ、フランドールをびっくりさせてみたかった。反省はしていない。

 で、霊夢から飲み物を受け取る。フランドールも受け取っていた。

「は、は」

 あ、テンパってやがる。

「落ち着け、フランドール。ここにいるのは霊夢と魔理沙、あとは紅魔館の連中だけだ。知っている顔ばかりだろ?」
「そうだけど、そうだけどー」

 慣れない風景に完全にビビっちまってら。……やれやれ、これがじゃれつくだけで僕を殺しちゃう悪魔の姿かね。

「だ、駄目。なんか壊したい……!」
「い、意味不明の衝動を覚えるんじゃない!」

 ずざざ、と紅魔館の妖精メイドと美鈴と小悪魔さんが後退する。
 し、しかし読んでいた!

「駄目、逃げてっ!」

 抑え切れないらしい。
 ちぇ、結局使うことになるんだからなぁ!

「…………」

 しーん、と沈黙が落ちる。……セーフ。

「あれ?」
「あれ、じゃない。いきなりプッツンしようとするな」

 フランドールの脳天に拳骨を落とす。軽めにね。逆ギレされて殺されたら洒落にならん。

「あいた!」
「さーて、ちょっとしたハプニングもあったけど、主催者の僕が乾杯の音頭を取らせてもらうぞー」

 グラスを掲げる。
 それに呼応して、ビビっていた人たちも、全然平気そうだった人たちも、グラスを掲げる。

「ほれ、フランドールも」
「あ、あ。でもこれアルコール……」

 フランドールは普段ジュースしか飲まない。酒が嫌いというわけではなく、酔っ払うと能力の制御が怪しくなるかららしい。……つくづく能力に振り回されまくっている人生だなこいつ。

「大丈夫だ。さっきも平気だったろ。この神社の中にいる限り、お前の能力は使えない」

 僕の『自分だけの世界に引き篭もる程度』の能力の影響下にあるから。
 僕にもどうにも理屈はわからんのだけど、フランドールの能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度』なんだけど、僕の世界内にあるものは壊せない。

「あ……本当だ。『目』が見えない。良也はいつも見えないけど」

 ……つーか、改めてなんでなんだろう? 便利だからいいんだけど。
 などと思っていたら、レミリアが口を挟んできた。

「私も、この中の運命の流れは見えないわ。普通の空間に見えるけど、この世界を掌握しているのは良也だから、世界の法則に干渉する私たちの能力は通用しないのよ。
 ……やれやれ。それで地力が今の十倍もあれば、幻想郷でも指折りの実力者でしょうに」

 へー、ほー、ふーん。そういう理屈かぁ……いや、わけわからんて。っていうかさ、

「十倍かよ……」

 レミリアの台詞にちょっと凹む。

「あら、お姉様。私は二十倍は必要だと思うわ」
「そうかしら? でも、霊力はそこそこあるわよ」
「残念ですがお嬢様方。私はまだ見積もりが甘いと思います。霊力云々ではなく、彼の性格がちょっと」

 追い討ちをありがとう咲夜さん!

「ええい、乾杯だ!」
「ヤケになっているわね……」
「だな」

 うるさい。巫女と魔法使い。

 ……んで、まあ宴会が始まったわけだ。
 フランドールも、やっとこさちょっとだけ笑っていた。


















「……酒に弱いとは予想外だ」
「今まであまり呑んだことなかったからねえ」

 宴会を開始して二時間。
 酔っ払ったフランドールは、急に電池が切れたように寝こけてしまった。

 どうも、レミリアも意外だったらしい。

「おー、おー。全然目ぇ覚まさないぞ」

 ほっぺたをぷにぷにしてみる。……あ、柔らかい。

「そんなことして。後でその子が知ったら怒るわよ?」
「平気平気」

 髪を撫でてみる。あ〜、ちょっと癖毛で、指に絡みつく感じがなんかくすぐったい。

「……好き放題ね」
「姉もしてみれば?」
「貴方の後でね。……あ」

 ん?

 レミリアが、ちょっと驚いたように口元に手をやる。

 なんだ?

「へ?」

 がしっ、と僕の腕がフランドールに掴まれていた。
 いや、目覚めたわけではない。完全に寝惚けている。

 しかし、なぜに口を開ける?

「……んー、いただきます」
「お約束だなっ!?」

 がき、とフランドールは僕の指を思い切り噛んだ。

「いってえええええええええ!!?」

 夜空に、僕の間抜けな悲鳴が轟いた。



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