妖怪の山、というのは、現在天狗が仕切っていて、幻想郷でもっとも近付いてはならない場所のひとつである。

 萃香が言っていたが、昔は鬼が山を支配していたらしい。
 ……どっちがマシな為政者かは、微妙なところだ。パパラッチ天狗に、呑んだくれ鬼。

 いや、考えてみれば、サンプルが少なすぎてこれを種族のスタンダードにしていいのかという気がする。多分、どちらの種族も、アレを自分たちの代表にはしないで欲しいのではないか。

 まあ、それはどうでもいい。
 今日は、射命丸の奴に頼まれて、はるばるその妖怪の山まで来たのだ。

 奴の頼みごと、というのはカメラ。
 射命丸を含め、天狗で新聞を作っている連中は自前のカメラを持ち、現像する技術は持ち合わせているのだが、カメラやフィルムを一から作る技術はない。

 フィルムは現在バンバン幻想郷に来ているらしいから問題はないのだが、問題はカメラのほう。ちゃんと稼動する完品が落ちてくるのは稀だそうだ。

 できれば、スペアが欲しい。
 多少の故障なら、河童に直してもらえるが、いつか致命的な故障をしてしまうかもしれないから。

 ……要求はそんなところだ。

 しかし、カメラは高級品だ。しかも、今はデジカメが主流で、電池も要らない完全手動制御の射命丸が持っているみたいな奴は、バカみたいに高い。
 いくらなんでも、んなのは無理だ。

 で、奴が目をつけたのは、以前僕が遊びで持ち込んだ使い捨てカメラ。
 画質は悲しいものがあるし、フィルムを取り出すのが多少面倒だが、カメラはカメラだ。なにより、これなら一個千円もしないので、菓子売りの延長で買ってくることができる。

 とりあえず、三個ほど買ってきてやったので、宅配中、というわけだ。

「……僕も、割とお人好しだよな」

 こうやって届けてやるんだから。ったく、何故に僕がこんなこと。

 とかなんとか思っていると、急に弾幕が飛んできた。

「う、うおお!?」

 意識の外から来たので、躱すのがギリギリだった。背筋を寒くしながら、宙返りして姿勢を制御。

「だ、誰だ!?」
「それはこっちの台詞だ」

 気付くと、僕が向かう方向――つまり妖怪の山の方に、なにやら犬っぽい耳を生やし、でっかい刀……鉄砕○? を構えた女の子がいた。

 ……また女の子かぁ。

「えーっと、君は……」
「この山の哨戒役、白狼天狗の犬走椛だ。人間、ここから先は天狗の領域だ。即刻立ち去るがいいよ」
「あー、そーなの。んじゃ、帰るわ」

 くわばらくわばら。天狗なんぞ、敵に回したら、命がいくつあっても足りない。いや、いくつどころか無限にあるんだけどさ。

「あ、あっさりだな」
「いやぁ、立ち入り禁止のところに無闇に立ち入る趣味がないだけ」

 大体、別に急ぎでもないし、射命丸ならそのうち会うだろ。

「なんの用だったんだ?」
「いや、ちょいと射命丸の奴に頼まれた品を持ってきただけさ。ああ、そういえば、いるんだったら呼んでくれると助かるな」
「文さんに?」

 ちょこん、と首をかしげる椛。ぴく、と耳も動く。
 うーん、あれは本当に犬耳なのか。猫耳、ウサミミときて次は犬耳か……幻想郷、本当に侮れねぇな!

「ああ。射命丸文だ。いる?」
「いや、いない。あの人はいつもどこかで飛び回っているからな。今頃はどこにいるか……」
「だよなぁ」

 考えてみれば、あいつはとりあえず面白そうなところにはどこへでも登場する。
 聞くところによると、紅魔館、白玉楼、永遠亭の連中は全員写真を撮られてしまったそうな。

「届ける品というのはなんだ? よければ預かっておくが」
「カメラだけど……料金も貰わないといけないから、直接渡すよ」
「カメラ?」

 興味ありそうなので、威嚇されないよう注意して近付いて、持ってきた使い捨てカメラを見せてみる。

「これがカメラなのか」

 ほ〜〜、と椛は興味深そうに角度を変えて見たり、弄ってみたりする。

「文さんとかが持っているのと違うな」
「あっちは骨董品に近いけど、本格派。こっちは新品だけど、超簡易品だから」
「ふむ……。いや、新聞を作っている天狗が持っているのを見て、気になっていたんだ」

 ファインダーを覗いてみたり、撮る振りをしたり、椛は本当に興味深そうだ。

「……なんなら、売ろうか」
「いいのか? カメラは貴重品だろう」
「いや、僕のいるところじゃ、そんな貴重品ってわけでもない」

 そういえば、こっちはまだ自己紹介していなかった。

「僕は土樹良也。外の世界のお菓子売り……って、聞いたことないかな?」
「ああ、そうか。お前があの……」

 うむ、やはり、けっこう知名度あるな、僕。説明が省けて助かる。

「でも、これは文さんが頼んだものじゃ?」
「まだ二つあるし、まだ金貰ってないから射命丸のじゃないし。値段はこれくらいで」

 指で金額を示す。ちなみに、射命丸と約束した値段より二割引き。……それでも、けっこう高いんだけどな。今思うと、結構金持ちだな、あのパパラッチ。

「むむ、ちょっと待ってくれ」
「はいはい」

 懐から財布を取り出して、数を数え始める椛。まあ好きに勘定してくれ。こっちはどっちでもいいんだから。

「これが外の世界のカメラか〜」
「あ、にとり」

 なんて様子を見ていると、突然どこからかもう一人女の子が登場して、椛の持っていたカメラを奪い取った。

「こ、こら。それは私が……」
「ん? 買うの。いや、いいけど。人間、もう二つあるって言ってたね? もう一つ、私に頂戴」
「……い、いや。いいけど、君は?」

 ああ、と突然現れた方は頷いて、自己紹介した。

「私は河城にとり。人呼んで、谷カッパのにとり。おっと、紹介はいいよ。さっきのを聞いていたからね、良也」
「あ、ああ。よろしく」

 ……河童かぁ。帽子被ってるけど、あの下に皿があるのかな。

「へぇ、こんな紙のフレームで出来たカメラがあるんだねぇ。こりゃ、河の中には持って入れないなぁ」
「ああ、まあ安モンだから。しかも使い捨て」

 そも、普通のカメラにも防水機能などあまりついていない。

「ほうほう……これは、久々に弄りがいがありそうな」
「そういえば、河童の技術は凄いんだって?」
「おお。さっき、私が作った光学迷彩に、あんたも気付いていなかったろう?」

 こ、光学迷彩!? そ、そりゃすごい。外の世界でも、実用化とかされてない気がする……ぞ?

「……つかぬ事を聞くけど、光学迷彩って、『それ』?」
「これだ。本物はちょっと難しくてな、代用」

 それって、単に背景に似た色を塗った布じゃあ……い、いや、もしかしたらスゴイのかもしれない。放っとこう。あれを被っただけのにとりを見つけられなかった僕も相当のもんだし。

「はい、これ代金」
「わ、私も買おう」

 まいど、と僕は二人から料金を受け取る。……プチリッチになっちゃったな。帰りに霊夢に羊羹でも買っていってやるか。

 とかなんとか思いつつ、二人に使い捨てカメラの操作方法を簡単に教える。

「ほう、ほほうー」
「……弄るのは帰ってからにしたらどうだ? あと、椛。僕なんか撮っても仕方ないだろう。もっと別のを撮れ」

 ここがこうなっているのかー、とウキウキ分解しそうな河童に、初めて触るカメラに有頂天になりつつある白狼天狗。うーん、なかなかカオスな空間になりつつある……。

「こ、これは楽しいな。新聞を作っている連中の気持ちが、少しわかった気がする」
「それはなにより」

 一枚、自分の職場の風景を撮った椛に、適当な相槌を打った。


 ……こうして、僕はこの日、新しい天狗と河童に出会った。












 まあ、

「私のカメラをなに売っているんですかっ」
「い、いや。まだ金貰ってなかったから、射命丸のものってわけじゃあ」
「注文したのは私です。外の世界のオモシロアイテムとして、記事にしようと思ってたのにー!」
「まだ一つあるから……」
「それはスペア用ですよ」
「……また持ってくる」

 案の定、射命丸とはひと悶着あったんだが。
 恨むなら、約束破ってもいいかー、と思わせるような自分の言動を恨め、射命丸。



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