「あ〜、もう。出歩くのは危険だな」

 鈴蘭畑から十分に離れて、僕はため息をつく。
 折角、綺麗な花の異変だというのに、のんびり花見することも出来やしない。

「仕方ない。帰るか……」

 とは言っても、ここから博麗神社まではけっこう遠い。色々あって疲れているんで、どこかでちょっと休憩したいなぁ。

 って、ここからなら香霖堂が近いか?

「うん。森近さんとこで休ませて貰おう」

 ついでに、魔法の森だから魔理沙もいるかもしれない。もしなんだったら、博麗神社まで行く護衛を頼むのもいい。もう、妖怪に襲われるのは勘弁だし。

 ゆるゆる飛ぶ。時折やってくる妖精の相手もそろそろ慣れてきた。
 僕が狙われているわけじゃないし、たまに撃ってくる弾もまばらだし、やり過ごすことは割合簡単だ。

 ……なんて油断してたら、一発二発、当たっちゃうんだけど。

「イデッ!?」

 一発、顔面にクリーンヒットしてしまった。
 ヒリヒリする。

「あ〜、気をつけないと……」

 なんて言ううちに、香霖堂に着く。
 地上に降りてみると、妖精も追いかけてこない。連中は大体、空にいるしな。

 なら歩いていけば良いって考えなくもないんだけど、歩きだとやたら時間かかるし……。

 しっかし……相変わらず、混沌とした店だ。なんで薬局でもないのにケ○ちゃんとサ○ちゃんがいるんだよ。背後にカーネル・サンダ○スとドナ○ド。それをバックに対峙するカエルと象。

 ……シュールだ。

「森近さーん? また表の人形増やしましたー?」
「良也君? ああ、いらっしゃい」

 そとは花が満開だというのに、いつも通りの森近さんだ。
 ……ああ、でも花瓶に花が一本生けてあるな。

「いやー、外は大変でしたよ。ほんの二、三時間の間に妖怪に何度も絡まれて」
「こういうときは家で読書に限るよ。異変時は妖怪も活発になるからね」

 流石というか、森近さんはクールだ。伊達に色々と危ない魔法の森近くに居を構えていない。

 森近さんみたく、ちゃんと気をつけないとなぁ。実際、一度死んだし……

「君もお茶を飲むかい? 家の前にたんぽぽが咲いていてね。たんぽぽ茶を作ったんだが」
「あ、頂きます」
「よし。少し待っててくれ」

 と、森近さんは台所に向かう。
 ……あ〜〜、いつもの騒がしい感じも嫌いじゃあないけど、こうやって落ち着いている方が僕の性に合ってるな。
 霊夢とも、二人きりならそういう感じなんだけど……誰か一人でも来ると、とたんに賑やかになるからなぁ。

「……しかし、相変わらずカオスだ」

 ふと周りを見渡すと、明らかに以前よりモノが増えているということがわかった。
 そのほとんどのものが外の世界のもの。僕の知っているものもあれば、古すぎて用途のわからないものも多々ある。

 ……っていうかパソコンまであるし。95のロゴが付いてるから十年くらい前の型だけど。

「やあ、お待たせ。特製たんぽぽ茶だ」
「ありがとうございます」

 コーヒーっぽい感じのお茶を受け取り、啜る。
 あ、美味い。

「それにしても、これだけの数の外の世界の物、どこから持ってくるんですか?」
「ああ、拾ってくる」
「いや、僕落ちているところ見たことないんですけど、一体どこから……」

 ああ、と森近さんは頷いて、お茶を一口飲んでから答えた。

「外の世界の物がね、落ちやすい場所というのがあるんだ。そこ以外でもたまに落ちてくるけど、僕は基本的にそこから拾ってくる」
「どこですか?」
「無縁塚……と言ってわかるかな? 縁者のいなかったり身元がわからない仏様が弔われている場所だ。僕はそこへ供養をしに行き、その報酬としてそこに良く落ちている珍しい品を貰っている」
「……墓泥棒じゃ」
「あくまで正当な報酬だよ」

 しれっと言い切る森近さん。……いいのかなぁ。

「こういう異変のときは、結界も揺らぎ、外の世界の品が多く落ちてくるからね。落ち着いたら、無縁塚に行こうと思っている。今は外出は危ないからね」
「へぇ。まあいいですけど。森近さんが墓泥棒をしようと」
「だから違うって言っているじゃないか」

 ったく。そんなのを商売にしていたのか、この人は。
 別に咎めるつもりもないけど、罰当たりだと思う。

「そうだ、良也君」
「……なんですか?」

 なにか嫌な予感がして後退る。椅子に座っているから精神的に。

「僕と違って、君なら自衛できるから、今からでも無縁塚に行けるじゃないか。ちょっと行ってきて、なにか落ちていないか見てきてくれないか?」
「お断りしますっ!」
「頼むよ。いつも一番珍しいのは妖精なんかに先を越されちゃうんだ」
「そんなこと言っても、無理ですよ。ついさっきも二回ほど死に掛けたところなんですから……」

 正確には一回はマジ死にだったけど。

「君、不老不死じゃなかったっけ?」
「そうですけど、死ぬのは御免ですっ!」

 そうか、残念だなぁ、と割とあっさり森近さんは退く。

 ……ふう。そんな、一日に何度も危険な目に遭いたくないっつうんだ。

「もちろん、報酬は払うよ」
「……なにをですか?」

 退くと思いきや、次の話の糸口を探していただけらしい。

 どんな報酬でも釣られるつもりはないが、一応聞いてみる。

「実はね、僕はまだ『萌え』の探求は諦めていなくてね」
「諦めた方が賢明だと思いますけど」
「いいじゃないか、趣味だ。それでね、以前も頼んだアリスに……」

 また人形かっ!?

「こんなのを作ってもらったんだが、場所をとるからね。君に上げるよ」
「……は?」

 そう言って森近さんが持ってきたのは……

「1/1咲夜たん人形だ」
「犯罪だぁああああああああ!!!」

 なんっつーモンを作ってんだ、アリス!? これは洒落じゃすまないぞ。こんなんが咲夜さんに露見したら、半殺しじゃ……

「他にも霊夢たん人形と魔理沙たん人形があるが?」
「……貴方たち、命知らずにもほどがあると思いますよ?」

 この店がマスタースパークで吹っ飛ばされても文句は言えない気がする。

「というか、アリスは前ので懲りたと思っていましたが」
「ふっ、僕の誠意ある説得に答えてくれたよ」

 くい、と森近さんが位置を直した眼鏡が怪しく光る。……なんだろう、確かにこの人の口車には、乗らざるを得ない気がする。
 ……っていうか、この状況、僕もヤバくないか?

「それでも駄目なら、僕秘蔵の日本酒でも……」
「いやだから、僕は別にやる気は……」
「いや、是非とも良也君に頼みたい」

 うっ……なんか森近さんのスイッチが入ったような。

「なぜなら、僕では本当に貴重なものをそうとわからず見落とす事も有り得るからね。外の世界の品に詳しい君が行ってくれれば、より珍しいものを持ってきてくれるだろうし」
「な、なら異変が落ち着いたら付き合いますから」
「駄目だ。さっきも言ったとおり、珍し物好きの妖精や妖怪が攫っていってしまうからね。今行くに越したことはない」

 え、えーと。熱弁を振るうのは結構ですけど、でもやっぱり……

「そもそも、外の世界の品が幻想郷にあるということは……」
「ちょ、ちょっと!」
「……だから、この香霖堂に集める必要がある。しかし、僕の力にも限界が」

 うわぁい、聞いちゃいねぇ。

 あ、でも、森近さんの説明を聞いていたら、なんとなくそんな気に……。どう考えても屁理屈なんだけど、なんというか妙な説得力が。

「と、いうわけで!」
「は、はい?」
「お願いできるかな?」
「は、はあ。わかりました」

 よくわからないけど、仕方ない。外の世界のものをここに持ってくるのは、どうも必要なことみたいだし。
 多少危険でも、まあ今までも何とかなったんだし大丈夫だろう。森近さんの話では、無縁塚は外の世界に興味のある妖精なんかを除き、ほとんど近づかないそうだし。

 まったく、仕方がないなぁ。







 ……あれ?



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