「……うう、ひどい目にあった」

 まさか、あの幽香が、あんなに凶暴とは予想外。鈴仙も弾幕勝負となったらちょっと性格変わるし……。

 もう、本当に不老不死でよかった。喰われたり弾幕で殺されるのも嫌だけど、ただ巻き込まれただけで冥界送りなんて間抜けというか悔いが残りすぎる。

「で、ここどこだ?」

 ほうほうの体で逃げ出したため、どっちに逃げたかさっぱりわからん。
 っていうか、また花畑か。これは……鈴蘭? だよなぁ、多分。

 はて、鈴蘭って毒があるんじゃなかったっけ。

「スーさんスーさん。人間が迷い込んできたよ」
「ほわっちゃああああああああ!?」

 警戒バリバリで振り向く。
 さっき死んだからって、過敏になりすぎている気がしないでもない。

「……あー、えっと」

 しかし、振り向いた僕の目に入ってきたのは、僕の腰程度の身長の小さな女の子?

「君は?」
「スーさん。この人間、どうしたら良いと思う? そう、人形開放のため、人質になってもらう?」

 人の話は聞こうよ。
 というか、間接が球体なんだけど、最近の女の子は妙な……というか、人形?

「えっと、人形さん?」
「まだわかっていなかったの? 鈍いわね」
「悪かったな」

 やっとこっちを見た少女に憮然となる。
 だってこんなに自然に動いているんだから、勘違いするのも仕方ないだろう。アリスの所の上海並みの動きの滑らかさだ。しかも、こっちは話もするし。

 ただまあ、よく見ると彼女が人形であることは一目瞭然だ。
 相当精巧に作ってあるらしく、間接以外はぱっと見人間と変わらないほどだが、よくよく観察すると肌や髪の質感が微妙に違うし、まばたきもしない。

 操り糸などは見えないが、きっと近くに人形師がいるんだろう。

「マスターはどこにいるんだ? というか、出て来なよ」

 どこにいるとも知れぬ人形師に声をかけると、人形の方に脛を蹴られた。

「いったっ!?」
「スーさん、この人間、私を馬鹿にしているわ。今日のスーさんはいつもと一味違うってところ、見せてあげようかしら?」
「待て待て落ち着けっ!」

 人形の目に攻撃色が宿ったのを感じて、僕は交渉を試みる。
 一日に二回も死ぬなんて冗談じゃない。ただでさえ、ここの空気は身体に毒っぽいのに。

「わかった。わかったから」
「なにがわかったの?」
「人前に出るのが嫌なんだよな、君の人形師は」

 まったく、アリスもアリスで引き篭もり気味なところはあるが、人形師というのはみんなそうなのか? でも、だからって話まで人形に任せることはないだろうに。
 ちゃんと人の目を見て喋れ……

「いったっ!?」

 先ほどより強めに脛を蹴られた。

「わかっていないようだから教えてあげる。私はメディスン・メランコリー。
 私はスーさんの毒のおかげで自在に動け、自在に思考できる人形になったのよ。凄いの。そこらの人形と一緒にしないでくれる?」
「……へー。僕は土樹良也。よろしく」
「信じてないわね!?」

 いや、信じてる信じてる。そんな人形がいるなんて驚きだ。

 まあしかし、今まで出遭ってきた様々な出来事に比べれば、そんなに動転するようなことでもないかなぁってだけで。

「と、いうかなんで毒で動けるようになるんだ?」
「知らないわよ。そんなこと」
「むう……鈴蘭の毒って、人形を動かすような効果はないと思うんだが」
「ああ、もう。うるさいわね。そんな理屈はどうでもいいの。丁度いい、ここであんたに、毒の凄さを教えてあげるっ!」

 はぁ!? メディスンがいきなり弾幕を撃ってきやがった!?

「いきなりなにするんだっ!?」

 空中に逃れて、僕は猛然と抗議する。

「だから、毒の力を教えてあげるって。今日のスーさんは凄いよ?」
「御免被る! もう十分わかったから止めろっ!」
「まあまあ、そんなこと言わず。今、私力が漲っているのよ」

 知らないよ。
 しかし、マズイ。またしても、死亡フラグが立った。ここは逃げの一手……!

「って、あれ!? 身体が痺れて……」

 なんか、飛行速度がえらく遅い。こんなんじゃ逃げ切れない。

 よ〜く、周りを見渡してみると、なにやら紫色の毒々しい煙が僕の周囲を覆っていたりなんかしちゃって、

「ふふん、スーさんからは逃げられないわよ」
「キャー!? これも毒ですか!」
「そう」

 吸い込みすぎるとヤバイ。
 どうも、これだけで死ぬような毒じゃないっぽいが、だからってこの状態で彼女の相手をするのは無理難題……

「か、風符……『シルフィウインド』」

 若干痺れるけど、なんとかスペルカードで風を起こし、周囲を囲んでいた毒の霧を吹き飛ばす。

「あら、凄いのね」
「こ、心にもないことを……」

 もう既に十分すぎるほど毒は身体に回っている。すぐに回復は無理そうだ。

「でも、これでおしまい」

 メディスンが弾幕を放ち、僕は為す術なくそれを見送り、

(あ〜、また死ぬのか……)

 なんて覚悟完了する。

「貴方は一体なにをやっているのかしら?」

 突然、その弾幕の速度が激減した。

「え?」

 声のした方に振り向く。

「……咲夜さん?」
「こんにちは」

 そこには、いつもどおり瀟洒な笑顔を浮かべる紅魔館メイド長がいた。

















 時間が遅くなっているんだから、いくら身体の動きが鈍くても射線から逃れるくらいはわけなかった。
 僕が安全圏に退避したことを確認して、咲夜さんは時間停止を解除する。

「……あっ! また新しい人間?」
「こんにちは。ここは鈴蘭が綺麗ね」
「スーさん、褒められたよ」

 ちょっと嬉しそう。というかさっきからメディスンが言っているスーさんって、ここの鈴蘭かもしかして。

「これだけあれば美味しいお茶が作れそうね」
「待て」
「なにかしら」

 思わず口を挟んでしまった。

「鈴蘭に毒があるのを知らないのか? そんなんでお茶なんて」
「もしかして、人を殺すためのお茶かしら?」

 メディスン、容赦ない冷酷な突っ込みだな。いや、確かに咲夜さんがそういうことをしていても妙に納得してしまうが。

「失礼ね。当家には毒入りのお茶を好む者がいるというだけです」
「……ああ」

 確かに、あそこは当主姉妹なんかは毒でも普通に『美味ね』とか言いそうな気がする。

「そういうわけで、ちょっと摘ませてもらえるかしら?」
「駄目よ。スーさんを摘ませはしないっ」

 あ、弾幕ごっこ始めやがった。

「……えーと」

 うん、そろそろここを離れた方がいい。また巻き込まれて死ぬのは御免だし、そのうち毒で動けなくなりそうな気がするし。

 まあしかし、

「綺麗は綺麗なんだよなぁ」

 地上に咲き誇る白い小さな花。毒さえなかったら、このままずっと鑑賞していたいくらいだ。

「……また来るか」

 無論、そのときはあの人形に襲われないよう、手土産でも持って。
 さて、なにがいいか……酒より、人形の服とか肥料とかの方が……

 なんて考えつつ、僕はゆっくりと二人から離れる。
 あ〜あ、咲夜さん、けっこうマジじゃないか。そんなに強いのかね、メディスンは。

 時々、周りの風景が静止するので、咲夜さんが時間停止を使っていることがわかる。もう少し離れれば、咲夜さんの能力範囲外だろうから、そのうち気にならなくなるだろうけど。

 ……ああ、そういえば、前パチュリーが僕にも時間操作を使えるようになるとか言っていたけど、

「ま、無理だろ」

 なんとなく、その気になりそうだった自分をそんな言葉で誤魔化して、僕は急ぎ鈴蘭畑から離れた。



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