「良也さん。お腹が空いたわ」

 神社でお茶を飲んでいると、暑いからと、僕の傍に座っていた霊夢がそんなことを言い始めた。

 まだ十一時である。
 九時過ぎに起きて、しっかり朝ごはんを二杯もおかわりしたのは気のせいだったのだろうか。

「……太るぞ」
「失礼ね。巫女は太ったりしないの」

 どこのトンデモダイエットだ、それは。
 『巫女になれば見る見る痩せる! 脅威の痩身術、巫女巫女ナースっ!』なんて馬鹿なテロップは見たくないぞ。

「まあ、いいけど。一日四食生活なんて、僕は嫌だからな」

 ただでさえ、博麗神社にいるとほとんど動かないのだ。午後のアレで多少運動したとて、雀の涙に過ぎない。
 ぶっちゃけ太る。

 でも、なんだかんだで食事にする気分になっている僕は、なんというか流されやすいというか。

「良也さんのそういう甘いところ、けっこう好きよ」
「……あっそう」

 それは褒められているのか。

 いまいち釈然としないものを感じつつ、台所に向かう。

 ……最近では、遠慮がなくなったのか、霊夢は割と僕に料理を任せる割合が増えている。
 別に当番など決めてはいないのだが、僕が外の世界から食材を持ち込んだ日は、大抵僕がすることになっている。

 そして、本日の食材は……挽肉とキムチとニラ。あと、卵と、今朝炊いたご飯の残りがあるな……。

「キムチチャーハンかな」

 考えるのも面倒なので、簡単な一人暮らしの男の料理に決定。

 まず、火を熾すところから始めなければならないのが面倒だが、僕もなにも遊んでいただけではない。自分で種火を熾すことくらいはできるようになっている。

 人差し指に炎を灯し、『文々。新聞』という新聞紙を燃やす。そこから薪をくべて……よし。

「……あ、これ今日の新聞だ」

 そう言えば今朝、頼んでも居ないのに鳥居の前に新聞が置いてあったっけ。
 僕はもちろん、霊夢だって読んでいないはずだが……まあいいか。着火用の紙の束の上に置いてあるんだし。霊夢も読む気がないってことだろう。

 程よく火が燃え上がったところで、中華鍋をかんかんに空焚きする。
 その間に、ニラとキムチを細かく刻む。

 本来ならば、具だけを先に炒めておくのだが……面倒くさいので、全部丸ごと投入して、火力に任せて振るべし! 振るべし!

 おお〜さすが竈。うちのガスキッチンとはまるで火の勢いが違う……って、焦げてる焦げてる。

「と、とと」

 慌てて火から鍋を上げて、二つの皿に盛る。
 ……しまった。微妙に量が多かったか。

 丸々一人分、余ってしまった。

「良也? ご飯作ってるらしいけど、よければ私にも頂戴〜」
「……ナイスタイミング」

 ぴょい、と顔を見せたのは萃香だ。

 この鬼娘。一応神社を寝床にしているつもりらしいが、滅多に顔を見せない。
 居れば、その萃める力で掃除が楽々なので、もうちょっと頻繁に顔を見せろというのだが、こやつが僕の話を聞くはずもない。

「ん? ……あ、辛いのだ」
「そうだ。キムチチャーハンという。丁度余ってるから、お前も食べろ」
「喜んで。辛いのは、酒にも合うからね」

 こいつの食べ物の基準は、酒に合うかどうかだけなのか、おい。

「んじゃ、火の始末頼む」
「あいよ〜」

 ちょいと勢いよく燃え上がりすぎた。
 消すのも面倒なので、萃香に頼む。

 萃香の能力なら、火を消すことくらい楽勝だろうし。

「霊夢。出来たぞ」
「早いわね」
「そういう料理だからな。萃香、来てたけど?」
「適当に、掃除の駄賃に餌でもあげときなさい」

 聞いたら怒るぞ、萃香。あれで、鬼のプライドすごいんだから。


 その後、三人でキムチチャーハンを食べた。
 この暑いのに、こんな辛いのを作るなと、霊夢に怒られた。





















 萃香の活躍により、掃除は午後一で終了した。
 ……マジ便利。これから奴のことは、妖怪・次世代型掃除機と呼んでやることにしよう。

「さて、やりましょうか」
「……お手柔らかに」

 そして、今、僕と霊夢は神社の上空で向かい合っている。

 なにかというと、弾幕ごっこの特訓だ。

 以前の萃香のときもそうだが、僕は弾幕ごっことなると阿呆みたいに弱い。
 もちろん、空も飛べず、弾も出せない普通の人間からすれば十分な力なのだが、妖怪を相手にするとその力不足は明らかだ。

 最近は、一人で出歩くことも多い。いつまた、ルーミアのような妖怪に、喰われそうになるかわからない。

 ということで、最低限、逃げられる程度に、霊夢に頼んで鍛えてもらっている。……の、だが。

「あいっかわらず、奇天烈な動きしやがってからにっ」

 今は僕がオフェンス側。要するに、現在霊夢は僕の弾を躱すだけなのだが……なにやら、有り得ない軌道で、その悉くを躱している。
 あれはなんと表現したら良いんだ。曲がってるのに真っ直ぐというか、真っ直ぐなのに曲がっているというか。

 ふわふわとして捉え所がない。まるで霊夢の性格そのまんまだ。

「こっちからも行くわよ」

 と、霊夢が攻撃を開始してきた。

 霊夢の攻撃は、僕のと似たような霊弾に加え、符や針等を使う。……ちなみに、

「うおおおっっ!?!?!?!」

 符の方は、ホーミング仕様だ。

 躱せない。躱せるような技ではない。
 どこかの誰かがやっていたように、当たる寸前ですばやく身をかわし、ホーミングから逃れるみたいな真似は僕には不可能だ。

 だから、耐えるしかないんだが……僕が、能力で作る『壁』は、霊夢の威力の弱いホーミングショットですら五発で音を上げる。

「んなろっ」

 それでも、壁を貫通してきた一発を、こちらも同じく霊弾で相殺。……したはいいが、それに続く霊夢の針ショットの餌食となり、僕は落ちた。

「ふふふふ……これっていじめだよねーーーーっ!?」

 幽霊の昔と違って、今は生身だ。
 浮遊術なしで地面に落ちたら、そのまままたしても冥界のお世話(今度は永久就職)になることは間違いない。

 ぎりぎりで空に舞い、僕は霊夢に訴えかけた。

「なによ。もう少し強くなりたい、って言ったのは良也さんじゃない」
「わかってるよ。わかってるけど、もっと優しいやり方はないのか?」
「優しいも何も、私は訓練方法なんて知らないわよ」

 こいつぁ驚きだ。
 じゃあ、こやつはどうやってここまでの力を身につけたというのか。

「別に。特になにもしていないわ」
「……教わる奴を間違えた」

 いやまあ、うすうすわかっていたことだけどねっ!

「今更だが、もうちょい穏やかな特訓方法はないのか?」
「え〜? 面倒くさいわね」

 つっても、こんな方法だと強くなる前に死ぬっつーの。

「まあ、スタンダードなところだと、瞑想したり、祈祷をしたり。魔理沙みたいな魔法使いなら、勉強をして知識を溜め込むことも一つの道ね」
「……た、確かに面倒くさそうだ」

 瞑想なんてガラじゃないし、誰に祈れば良いかもわからない。
 勉強……勉強ねえ。学校の勉強は、まあ割と得意な方だったけど、好きかどうかと聞かれると嫌いと断言できるしなぁ。

「〜〜ひっく。まあ、適当でいいんじゃないの? 気をつけてりゃあ、妖怪連中は避けられるって」

 酒を呑みつつ見物していた萃香が適当なコメントをする。

「空を飛んでるとどうしても目立っちゃうし」

 歩いていくと、割と遠いのだ。ここから人里までは。

「なあ、霊夢。前も言ったけど、お前がちょいと連れて行ってくれれば……」
「素敵なお賽銭箱はそこ」

 そして、霊夢は暗を賽銭を要求してくる。
 入れてるじゃんっ! 割と、事あるごとに!

 その賽銭箱の中身、八割以上が僕の身銭だって事、忘れんなよ。

「まあまあ。ところで、酒の肴、なんかない?」
「……ああもう。こいつら嫌だ」

 常識人の僕は、この巫女や鬼の相手をするのは無理だと、改めて痛感するのだった。
 いや、それを内心、楽しんでいる僕も、我ながら結構なものだが。














 夜は、帰宅の時間。
 あの後は特訓はせず、まったり過ごした。
 ……博麗神社に居ると、こういう生活になって、なんというか困る。急に老け込んだ気分になってくるのだ。

「カラスが鳴くから〜〜、ってわけでもないけど、そろそろ帰るわ」

 昨日は泊まったけれど、今日はもう帰らないと明日のバイトがある。

「あらそう? さようなら」
「次、なにか買って来て欲しいものとかあるか?」
「適当に、茶菓子でも」

 本当に適当だ。
 ま、霊夢には泊めてもらったりとなんやかんやでお世話になっているし、そのくらいならお安い御用だ。

 実は、お賽銭も、宿泊費代わりに入れているようなもんだし。
 罰当たり? ここの祭神の名前は巫女すら知らないのに、誰が罰を当てるんだ。

「私は、お酒」
「お前には聞いていない」

 性懲りもなく主張する萃香の要請を却下する。

「いいじゃん。私にもお土産くれても」

 前、紙パックの日本酒を持ってきたら、まずいって怒ってたくせに。
 まあ、名前からして『鬼殺し』だったからなぁ。

「じゃあ、するめでも持ってきてやるよ。つまみで十分だろ、その瓢箪があるんだから」
「本当に? 嘘は嫌いだよ」
「いらないなら持ってこないけど」
「いやいやいや。私は、良也は正直者だと思っているから」

 調子の良い……

「そろそろ、でんしゃ、とかいうのの時間じゃないの?」
「ああ、そだな」

 日の傾き具合を見てそう判断する。
 時計も一応あるのだが、こちらでは日や月の傾き具合や星の見え方で時刻を判断しているので、いつの間にかそんな癖がついてしまった。

「急いだ方が良さそうだ」

 なにせ、電車は二時間に一本しかない。
 そして、次のが多分最終だ。

「じゃあ、また明後日か明々後日来るわ」
「お茶菓子、よろしくね」
「するめもねー」

 はいはい、と手を振り、僕は神社の境内の真ん中で目を瞑る。

 強く、外の世界を思い浮かべる。
 電車やビル、大学のキャンパスの光景。

 気付くと、近くに居た霊夢や萃香の気配が消えていた。

「……行くかぁ」

 いつも、この瞬間は少しの物悲しさを覚える。
 楽しい夢から覚めたときのような、またはお祭りのおしまいのような。

 しかし、またいつでも、ここにくれば元に戻れる。
 とりあえず、そのための銭を稼ぎに、僕は下宿のアパートへ向かうのだった。



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