それは、持ってきた菓子類を全部売り捌き、霊夢と博麗神社でまったりしていたとある昼下がりのことだった。

「……良也さんの近くは涼しいわね」

 隣に座る霊夢が言った。

「はっはっは。恐れ入ったか。これぞ僕の特殊能力……そう、周囲の気温を上げ下げする程度の能力だっ!」

 おかげで夏の冷房代はロハだ。しかも、普通に歩いている間もずっと涼しいまま。
 暑がりな僕としては、これはかなり嬉しい能力だったりする。

「夏でも熱いお茶が美味しく飲めるわ」
「はっはっは、もっと褒めれ」

 ちなみに茶菓子もお茶も僕の稼いだお金で買ってきた。
 定期収入の少ないこの巫女は、最近僕にタカり始めたのだ。

 ……ま、こっちじゃ貯金なんて出来ないから、良いんだけどさ。

「お、魔理沙が来たぞ」
「そうね」

 なにやら、西の方から黒いのが近付いてくる。黒いの、の時点で魔理沙だ。

「……ん? 誰か、後ろに乗せていないか?」

 近付くにつれ、そのシルエットの不自然さに気がついた。

「霖之助さんね。うちに来るなんて珍しいけど」
「霖之助さん?」

 はて、名前だけは聞いたことあるような。

 とか言ううちに、魔理沙は神社の境内に降り立った。彼女の箒の後ろに便乗していた男性も、やれやれと降りる。

「魔理沙。後ろに僕が乗っているときくらい、安全運転をお願いしたいんだけど」
「うるさいなぁ。そんなことを言うなら、帰りのは乗せてやらないぜ」

 男性は、肩をすくめた。
 魔理沙は、すぐさま僕らが食べていた茶菓子(かりんとうだ)を見つけ、断りもせず口に運ぶ。

「君が、土樹良也くんだね」
「はぁ。そうですけど、貴方は?」

 こほん、と男性は咳払いをした。

「僕は森近霖之助。魔法の森にある香霖堂の店主だ。よろしくお願いするよ」

 その男性――森近さんはそう言って、僕に握手を求めるのだった。











「……ああ。香霖堂なら、魔理沙から聞いていますよ。外の世界のものを売っているそうで」
「うん。まあ、大半はガラクタだけどね。これでなかなか、面白い物が流れてくることもある」

 どうやら森近さんは僕に用があるようで、積極的に話しかけてきた。

「霖之助さん。お茶」
「ああ、ありがとう霊夢」

 ずず、と茶をすすり、森近さんは再び話を進める。

「そこでだ。君に、外の世界の道具の使い方を教えてもらいたいんだよ」
「……ああ。そういうことですか。でも僕以外の外の人間は?」
「いやね。人間の里に住んでいる普通の外来人たちには魔法の森の空気は毒だし。それに、紹介を頼める知り合いもいないしね」

 そこで、魔理沙と仲良くしている僕に白羽の矢が立ったと。
 別に教えること自体は構わないけど……こっちで使えるものがあるかなぁ?

「もういくつかは持ってきているんだ」

 と、森近さんは持っていた袋からいくつかの物を取り出す。

 えーと、なになに。……ブリキの鉄人2○号、芯のないロケット鉛筆に、た、たまごっち……のパチ…モン?

「僕の力は『道具の名前と用途が判る程度』の能力。これらの名称はわかるし何のための道具かもわかる。だけど、使い方となると、どうもね」
「は、はあ」

 つっても、鉄人○8号は、子供のおもちゃだし、ロケット鉛筆は物を書くだけだし、たまごっちは……なんて言えば良いんだ?

「例えばこれがロケット鉛筆という名前で、物を書くためのものというのは判る。しかし、これは鉛筆に似ているけど、ものは書けないよね。
 聞くところによると、ロケットというのは空を飛ぶものだそうじゃないか。もしかしてこれは、空中に物を書く道具なのかい?」
「……それ、芯がなくなってるだけです」

 あ、森近さん沈黙した。

「そ、それじゃあこのたまごっちゃんというのは? なかで不思議な動物を育てることが出来るらしいけど」
「電池切れて使えません。それに、動物といっても……なんていうんでしょう、絵に描いた餅というか」

 というか、そんな名前のパチモンなんだ。

「……じゃあ、この金属製の人形は」
「そのまんま、人形です」

 あ、ちょっと落ち込んでいる。

「まあこんな感じで、僕の店には珍しい外の世界のものがたくさんあるんだ」
「ある意味、珍しいですけど……」

 いまどき見かけやしないという意味で。
 ある意味、これも幻想なのか。

「ということで、僕の店まで来て、色々教えてくれないかな?」
「構いませんけど」

 特にすることもなく暇をしていたところだ。
 それに、同じ外の世界のものを扱っている(飲食物と道具という違いはあれ)森近さんとは仲良くしておきたいし。

「あ〜あ、良也、引き受けちまったな」
「? どういうことだ?」
「香霖は、外の世界にたいそう興味があるらしくてね。こりゃ夜まで帰してもらえないぜ」

 別に、今日はどうせ博麗神社に泊まるつもりだったから別にいいけど。
 ……あ、夜出歩くのは危ないな。そうなったら森近さんに泊めてもらおう。













「結論付けるとですね」

 来てすぐトンボ帰りしたことで不機嫌になった魔理沙をなだめすかして、森近さんとともに香霖堂にやってきた。

 そして、店内のものを一通り見渡して、一言。

「……ここにあるもの、ほとんどは使えませんね」

 冷蔵庫やテレビ、電子レンジ、ストーブなんてものもあった。
 全部が全部、十年以上前の型だが、一つくらいは故障していないものもあるかもしれない。

 しかし、電気がないことには、全てただの箱だった。あ、ストーブは灯油か。

「そうかい……」
「まあ仕方ないですよ。幻想郷に電気はありませんし」

 それに興味を引かれたのか、店の隅においてある壷に腰掛けている魔理沙が口を開いた。

「電気、ってなんだ?」
「は?」

 そ、そんな哲学的……もとい物理学的なことを聞かれても。僕ぁ文系なんですが。

「そ、そうそう。雷あるだろ、雷。要するに、あれだ。雷を動力にしてここら辺の道具は動くんだよ」
「雷? 雷なら、どうにか用意できると思うぜ」

 流石は魔法使いというべきか。
 しかし、幻想郷の魔法使いは勇者でもないのにライデ○ンを使えるんだな。……いや、ここはサンダーのノリか。

「あー、多分それ、うまくいかない。同じ電気でも、雷と家庭用電源じゃあ、直流交流って問題もあるし、周波数やボルト数、アンペアも合わないだろうし……」

 中学高校の物理の乏しい知識を元に、なんとか言葉を並べる。

 というか、外の世界の人間の僕もよくわかっていないのに、いきなりそんなこと言われて魔理沙がわかるはずもないな。

「よくわからないな。雷にも色々種類があるってことか?」
「そう。それに、一定の強さである程度の時間ずっと供給しないといけないから」

 僕は魔法には造詣は深くないが、難しいような気がする。

「なんだ。案外役立たずなんだな」
「せめて電池で動くものでもあれば」

 しかし、見る限りないなあ。目覚まし時計とかありそうなものだけど。

「ああ、いいよ。良也君。もともと、そんなに期待はしていなかったしね。それよりどうだろう。外の世界の話を、もっと聞かせてくれないか」
「はい。いいですよ」

 少し話しただけだが、森近さんは頭の回転が速く、それに一種独特の世界観を持っているので話していて楽しいのだ。
 いや、僕が幻想郷で知り合った少女のほとんどは、独特すぎる世界観を持っているのだが、まあ同性だと色々気を使うこともないってことで。

「それでは一つ。日本には侘び寂びの精神がありますが、最近では侘び寂び萌えと言いましてですね……」
「ほう。一つ増えたんだね。……いいことだ。元来、双極よりも三つの頂点があるほうが、物事は安定する」
「はい。そこで、萌えというのはですね」

 そこからは、僕なりの萌え談義だ。
 ……多分、森近さんは理解していなかっただろう。



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