ラキオスの王城。
 最も警備が厳重であり、機密の交じる会議に用いられる一室に友希はやって来た。

 入り口を警護しているスピリット――片方はサルドバルトのスピリットであったゼルだった――に会釈で挨拶し、中に踏み入る。

 テーブルの席は、空席が目立った。座っているのは、今回の主賓である時深に加え、レスティーナ、ヨーティア、光陰、今日子、佳織、エスペリア、文官のうち重要な地位を占める数人。

「すみません、遅れました」

 遅参を詫びて、友希も席につく。
 そうすると、目を伏せて佇んでいた時深がゆっくりを瞳を開く。

「……揃いましたね」
「はい。ユートが不在ですが、今回の話を聞かせるべき相手は、以上となります。スピリット達については、エスペリアとエトランジェの皆から伝えるように」
「了解、っと」

 光陰が軽く答える。
 エターナル二人と戦った当事者であるラキオス隊の皆には、レスティーナは話を隠すつもりはなかった。
 しかし、いつ何時攻められるかわからないし、吸収合併したサーギオス帝国の安堵もある。そのため、全員がこの場に出席というわけにはいかない。エトランジェ三人を集めたことすら、無理を押しての事だった。

「それでは、話を始めましょう。さて、なにから語ったものか……」

 時深が口を開くが、少し迷う素振りを見せる。
 友希も、聞きたいことは山ほどあったが、いざ質問できるとなるとどれから尋ねればいいかわからない。

「なら、エターナルとやらが一体なんなのか、ってところから聞きたいね。単語だけはトキミ殿から聞いたが、詳しい話はこの場でってことだったし」
「はい、わかりました」

 知識欲については人一倍であるヨーティアが口火を切る。

「第三位以上の永遠神剣を持った存在がエターナル、と呼ばれます。持つ神剣によってその能力は様々ですが、総じて圧倒的な力を持ち、世界を渡る能力を持ちます。また、寿命はなく、神剣がなくならない限りその存在は不滅。そのため、永遠存在、広域存在などと呼ばれることもありますね」

 単語自体は『束ね』も知っていたし、その力の程は思い知らされていたが、改めて言葉にするとデタラメな存在だった。

「エターナルはそれ以外にも第四位以下の神剣使いにはないいくつかの特性があります。世界から切り離された存在となるため、別の世界に移動すると元いた世界の住人の記憶からは抹消されること、が特に大きな点ですね」
「ん? えっと、時深さん?」
「はい、なんでしょうか友希さん」

 ふと気になって声を上げると、時深が品の良い笑顔で友希の方を向く。
 改めて見ると純和風の美少女で、正面から見るといささか照れる。が、数多くの見目麗しいスピリットと接してきた友希は動揺を表に出すことなく、質問を口にした。

「僕や悠人、アセリアもそうだけど、地球で会ったタキオス達や時深さんのことは忘れていないけど……」
「それは友希さん達が移動先の世界にいたからですね。例えば、貴方達が地球にいた時、私がこちらに訪れていたら、その時点で私の存在は三人の記憶から消えていました。しかし、こちらにいた光陰さんたちの記憶には残り、認識に齟齬が生まれていたでしょう」
「あ、ああ、なるほど」

 今ひとつ理解し難い理屈だったので混乱していたが、例を出されてようやく得心がいった。
 しかし、記憶からなくなる、というのはイマイチ想像がつかない。

「そうですね。……例えば、エスペリアさん」
「え、あ、はい。なんでしょうか」

 突然話を振られ、エスペリアは慌てる。

「貴女は、友希さん達が地球に飛ばされた時、その現場に駆けつけたはずです。その時のことを覚えていますか?」
「は、はい。激しい音が鳴ったので急行しました。そこには"サーギオスの妖精兵"と、凄まじい破壊の痕が」
「ちょ、ちょっと待った! 僕達が戦ったのはタキオスで、サーギオスの兵なんていなかったぞ!?」

 エスペリアの言葉を遮って友希が声を上げる。

「まさか別件で侵入者がいたのでしょうか」
「いいえ。貴女は間違いなくタキオスを目撃しています。しかし、その後タキオスが地球に移動したことで記憶が喪失し、最も無理の無い形で記憶が補完されたのです。……その帝国のスピリットの色は覚えていますか?」
「え……あの、それは……恐らく、緑、だったような……」

 しどろもどろにエスペリアが答える。言ってから、あのような凄まじい破壊痕がグリーンスピリットとの戦いで起きるものではないと気付く。
 地球から帰還した前後は対マロリガン戦で混乱しており、エスペリアと情報の摺り合わせをする機会もなかった。その後も結局は地球に飛ばされた時のことを詳しく話すこともなかったので今まで発覚しなかったが、エスペリアの言葉に友希は空恐ろしいものを感じる。

「恐らく、帝国側に、あそこにいてもおかしくなかったグリーンスピリットが存在するのでしょう。正しい記憶を持った者が指摘しなければ誰も違和感を持てない、そんな記憶の改竄が行われるのです」
「ほっほう……興味深いねえ。世界から切り離される、か。ふむ、詳しい考察をしたいところだが、時間も掛かりそうだし、次の質問に移らさせてもらうことにしよう」

 いつの間にかファンタズマゴリア側の質問者になっているヨーティアが次なる質問に入る。

「ズバリ、永遠神剣とはなんなのか、そして、連中の目的だ。この二つは、恐らく結びついているんじゃないかと踏んでいるんだが、どうだい?」
「流石、慧眼ですね」
「なに、今まで聞いた話から推察したまでさ。それに、この世界の永遠神剣を調べていると、色々と腑に落ちない点があってね」

 それでも褒められてまんざらでもないのか、ヨーティアがニヤリと笑う。

「そうですね……まず、永遠神剣のことについては、我々も正体は掴んでいません。当の神剣達も、自分たちのそもそもの発生についての知識を保有しているものはいませんでした。しかし、全ての神剣は元は一つのものだったのではないか、という説が有力です」

 時深の説明に皆が耳を傾けている。

「それは、神剣のみではありません。無数の世界を形作っているマナ、それもかつては一つの永遠神剣の持つものだったと考えられています。……そして、テムオリン達の目的は、バラバラになっているそれらを元の一つに統合すること。永遠神剣達の本能も、それを求めています。だから、これを宇宙の正しき秩序、ロウであるとして、同じ考えを持った者達とロウ・エターナルという徒党を作り上げているのです」

 もはや想像も付かない話だった。この世界だけでも、永遠神剣は何百、何千とある。それらを一つにするだけでも想像の外であるのに、全ての世界のマナまで、となると到底理解が出来ない。

「そうすると、彼らと和平を結ぶ、というのも難しいのでしょうか」
「陛下! あいつらと和平って!?」
「トモキ、今この国は疲弊しています。余計な戦は、避けられるものなら避けたいのです」

 友希は反論の言葉を封じられ、歯を食いしばる。
 レスティーナの言うことは正しい。サーギオスとの戦争で、スピリットも人間も疲弊しきっている。ここから更に戦争をしたら、どれだけの犠牲が出るかわからない。

 しかし、時深は静かに首を振った。

「それは無理でしょう。テムオリン達の目的は、この世界の消滅です。スピリットや人間の全滅などという生易しいものではありません。空も大地も海も、文字通り無に帰します。そうして、全存在を純粋なマナにした後、吸収するのが彼らのやり口なのです」
「……それは、交渉の余地はありませんね」

 レスティーナは口惜しそうに言って、溜息をつく。

「本来であれば、永遠神剣『世界』の完成と、その持ち主のエターナルを自陣に引き込むことも目的の一つだったはずですが、それは友希さんのお陰で頓挫しました。後はこの世界の消滅を防げば、我々の完全勝利です」
「……瞬」

 彼が死んでしまったことは悲しいが、永遠にテムオリンらに利用されることに比べれば、まだしも救いのある結末だったのかもしれない。
 友希は、そう自分を納得させる。決して瞬を斬ったことの言い訳になど出来ないが、間違ってはいなかったのだと。

「テムオリンはついでの計画、などと強がっていたらしいですが、この世界での策略――あるいは、それ以後の計画にも、『世界』の戦力を計算に入れていたはずです。それが覆ったことは、大きなアドバンテージですよ。私としても感謝しています」
「ありがとうございます」

 慰めるように言われ、友希は頭を下げた。

「一つ、いいかい」

 光陰が手を上げ、時深に質問する。

「はい、なんでしょうか」
「さっき、時深さんは一つに戻ろうとするのが神剣の本能だって言った。それなら、あんたの持つ剣もそうじゃないのか?」

 時深の腰帯に差し込まれた永遠神剣『時詠』を見て、光陰が言う。
 力を発揮してはいないが、そこにあるだけでただならぬ気配を発するその剣の異質さは、神剣使いでない者達も感じていた。

「ふふ。大丈夫です、この子はそのようなことは考えていません」

 時深は『時詠』の柄を優しく撫で、続ける。

「なにも、本能に流される神剣ばかりではないということです。多様に進化した世界は、このままであるべき、というのが私たちの考えです。今の混沌とした世界のあり方を是とする我々は、カオス・エターナルと呼ばれています」
「ふむ。成る程な。エターナルつっても、たくさん集まりゃ派閥も出来るか」
「ええ。どちらにも属さない、フリーのエターナルもいます。その辺りは普通の世界の国家とそう変わらないでしょう。争いの規模が世界単位というだけで」

 はい、とそこで今度は今日子が手を挙げる。

「えーと、時深さん? ちょっといいかな。あの連中がこの世界を滅ぼす、って言っても、どうやるわけ? 連中が神剣を振れば壊れるの?」
「流石のエターナルも、そこまでの力は持っていませんよ、今日子さん。……いえ、正確には持ってはいますが、世界の中に顕現した時点でその世界のマナにより能力に制限を受けるため、不可能なんです」

 地球でテムオリン達と対峙した時、マナが極度に薄かったため友希と悠人、アセリアだけでもなんとか対抗することができた。そのため、この説明は友希はすんなりと理解する。

「トキミ殿! その辺り、後で詳しく教えてくれ!」

 メモに凄まじい勢いで書いているヨーティアが言う。『はい』と時深が答え、続きを話した。

「そして、世界を消滅させる具体的な方法ですが、端的にいうと、極大のマナ消失を引き起こします。そのための神剣も、この世界には存在します。長年の争いでその剣には少しずつマナが溜められており、後は多少調整して引き金を引けば世界諸共吹き飛ぶでしょう」
「私達の闘いの歴史が、滅亡への歩みだったというわけですね……」

 悔しそうにレスティーナが呟く。

「……これはよく使われる手です。世界を一つ壊すのはエターナルとて一苦労。こうやって消滅させるシステムを仕込んでおき、世界の中の住人に相争わせてマナを収集する手筈を整え、同時進行で幾つもの世界の破壊を目論んでいます。レスティーナ殿が気に病まれることではありません」
「それでも、我々がいち早く理性を持って手を取り合っていれば解決していたかもしれないのです」

 そこまで言ってから、レスティーナは首を振って、頭を切り替えた。
 悔やむのは後からでも十分できる。今は、これからの対策だ。

「敵勢力――ロウ・エターナルの目的は理解しました。今後の行動について、トキミ殿の知恵をお借りしたいと思います」
「……そうですね。マナ消失は、今日明日中に起きるというわけではありません。少なくとも一ヶ月程度は時間があります。その間に、件の神剣の位置を特定。恐らく、その周辺に敵エターナルもいるでしょうから、これを排除します。敵は、テムオリンとタキオスに加え、力は劣りますが三人のエターナル。そして恐らくは、エターナルの眷属もいるでしょう」
「眷属、とは?」
「スピリットに近いですが、意志を持たない、正真正銘の人形です。大量のマナがないと作れませんが、イースペリアのマナ消失で確保したものを使って何百体と製造してくると思われます」

 友希にとって、もはや随分と昔のことのように感じられる記憶。それでも、決して忘れ得ない記憶。
 初めてタキオスと遭遇し、ゼフィを失ったあの戦いが、巡り巡ってここに収束していた。

「眷属――ミニオンについては、スピリットでも対抗は可能でしょう。ただ、問題はエターナルです。顔を見せていない三人のエターナルは、テムオリンとタキオスより力は劣りますが、それでも私一人で相手取るのは少々荷が重い」

 それはそうだろう。いくら時深の力が凄まじくても、相手は同格が五人だ。

「それは勿論、この世界のため、我々も全力を上げて支援します」
「ありがとうございます。きっと、私が皆さんを守ってみせます。……そして、ここからが、悠人さんが目覚める前にお話することにした理由なのですが」

 言って、言いづらそうに時深が言葉を区切る。
 ここまで沈黙していた佳織だが、兄の話とあって決然とした目を時深に向けた。

「聞かせてください、時深さん」
「……はい。悠人さんはエターナルになる可能性があります。それもかなり強力な。あくまで可能性ですが、少なくともその資質があるのです。彼がエターナルとなり参戦してくれれば、勝ち目も大きくなるでしょう」

 佳織が沈黙する。
 戦う力。この世界の危機が迫っている今、悠人にとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 しかし、先程時深から説明を受けたエターナルの特性が、その場の全員の脳裏によぎる。それを表情から察して、時深は言った。

「はい。エターナルになると、皆さんの記憶から悠人さんの存在は消えます。そして不滅の存在となり……そのまま、永遠の闘争に身を投じることになるでしょう。私の予知でも、その代償を受け入れて悠人さんがエターナルになることを選ぶかどうかはわかりません。このことを、事前に皆さんには知っておいて欲しかったのです」

 沈黙が落ちる。恐らくは……悠人にその選択を出せば、きっと力を手にすることを選ぶだろうと、全員が思った。
 時深は予知ができないと言っていたが、これまで悠人と戦ってきたみんなはほぼ確信していた。

 だからこそ、言葉を出せない。

 そして、最初に口を開いたのはレスティーナだった。

「……ユートはこの国のために十分戦ってくれました。カオリも取り戻したのです。もう戦う理由もなく、この世界の者でもない彼を駆り出すのは、私としては反対です」

 女王の決定に誰も反論はしなかった。ここまで悠人は本当によく戦った。誰の記憶からも消えて、永遠に生きるような存在になって欲しいと思う者はいなかった。

「ま、そうだわな。……っと、女王陛下。俺はまだ戦うぜ? 大将の言ってた敵が現れたんだ。仇討ちってわけじゃあないが、一発くらいはカマしてやらないとな」
「あたしもね。ラキオスのみんなは好きだし、光陰のやつを一人で残したらなにするかわかんないし」
「お、おいおい。こんな時までそれを言うのか?」
「当たり前でしょ! あたしに隠れてこそこそみんなにちょっかいかけてんのは知ってるのよ!」

 始まった夫婦喧嘩はさておき、友希もこの世界の住人ではないが、戦う理由ならある。

「ゼフィと、瞬の仇なんだ。陛下、僕も、この世界の人間じゃないからって外さないでくださいね」
「……みなに感謝を」

 祈るように手を組み、レスティーナが感謝を述べる。

 しかし、佳織だけは沈んだ表情で、ぽつりと独り言のように呟く。

「……でも、お兄ちゃんは。きっと、みんなを守るために戦おうとすると思う」

 それもまた、この場の全員が考えていることだった。



































 会議はその後も続く。敵エターナルの詳細な能力や、マナ消失を引き起こす神剣の位置の推測、今後の戦い方や訓練について、後回しには出来ない旧サーギオス領の統治等、その内容は多岐に渡った。
 始まって二時間が経つ頃、そろそろ一度休憩を挟むかという段になって、会議室の入り口が大きく開け放たれる。

「伝令です! ソーン・リーム方面から旧マロリガン領に向けて多数の正体不明のスピリットが侵攻中。進路上の都市であるニーハスは陥落寸前の模様です!」
「来ましたね」

 時深が言って、すっくと立ち上がる。

「例の、ミニオンとやらですか」
「はい。予想はできていましたが、やはりソーン・リームの何処かに拠点があるようですね。迎撃には私も出ましょう」

 由来不明の遺跡が数多く点在し、神聖な土地として他国の支配を頑なに拒んできたソーン・リーム中立自治区。大陸のほぼ全てを支配下に置いたラキオス王国でも、マロリガン北方に位置するその地だけは不可侵のものと手を出せていなかった。
 歴史を見ても、この地をどこかの国家が支配下に置いたという話はない。マロリガンが侵攻しようとする動きも過去数度あったが、不自然な流れでそれは失敗している。

 ロウ・エターナルが暗躍しているという前提で歴史を俯瞰してみると、この土地があからさまに怪しい。そして、もうあちらも隠す気はないようだ。

「……トモキ! 第一宿舎、第二宿舎のスピリットを率いて現場に急行。トキミ殿、及びニーハス守備隊と連携し、エターナルの眷属を撃退せよ! ユートがいない今、貴方をラキオスのスピリット隊の隊長に任命します!」
「はっ!」

 元々、悠人が隊長、友希が副隊長の地位にいたため、この采配は半ば予想はできていた。
 副隊長でも荷が重かったのに、隊長となるとその重責は想像するだけでも気後れする。

 しかし、そのようなことは言ってはいられない。この世界からロウ・エターナルを叩き出す。そのためには、隊長でもなんでもやるしかない。
 現在の戦力と配置をざっと思い返し、指示を出す。

「碧は僕と一緒に先にエーテルジャンプで飛ぶぞ。時深さんも一緒にお願いします。岬は、方方にいる他のみんなを集めて後から来てくれ!」
「了解」
「はい」
「わかった!」

 三者三様の返事を受け、部屋を飛び出していく。
 エターナルとの戦いの前哨戦。否応なく緊張するが、それ以上に戦意が漲る。

 あんな連中に、ファンタズマゴリアを好きにはさせない。
 友希はもう一度誓って、戦場へと向かうのだった。




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