悠人達がユウソカを占拠し、続いて秩序の壁西側から最寄りの町であるリーソカを落としたとの連絡があったのは、ソーマズフェアリーがゼィギオスを襲撃した三日後のことだった。
ソーマらを退けてから、ゼィギオス近辺に敵スピリットの姿は見られない。
予断を許さない状況ではあるが、今後の戦略を話し合うべく、友希とセリアはエーテルジャンプによってラキオス王都に飛んだ。
留守は光陰が預かっている。彼は、今日から年少スピリットの訓練をするということでご満悦の様子だった。
「……今更だけど、大丈夫だよな」
「トモキ様は心配症ね。コーイン様は、ああ見えてあの子達が本気で嫌がることはしていないわよ。それに、訓練はしっかりして下さるわ」
「いや、別にそこは信用してるんだけどさ」
少々ストライクゾーンが下に広めの光陰だが、仕事時にはその性癖は出さないし、本当の意味で嫌われるようなことは今のところしたことがない。
そしてラキオス軍でも総合力で言えばトップの実力者で、稲妻部隊を率いていた経験があるので指揮においても隙はない。
彼にトモキが預かった軍を任せることに不安は一切ない……一切ないのだが、『しかし』と付いてしまうのが彼であった。
あるいは、そう見せることも彼なりの立ち回り方なのかもしれないが。
「お、友希、セリア」
「悠人」
城の廊下を歩く二人に、前からやって来たのは悠人だった。
「と、アセリアも。久し振りだな」
「ん」
隣に立つアセリアは、単音の返事と頷く仕草だけで答える。
「アセリア、あのねえ。そういう態度は改めなさいって、わたし何度も言ったわよね」
「……セリアはうるさい」
「もう。今はユート様とトモキ様しかいないからいいけど、他の方がいらっしゃる時は気をつけてよね」
「ん、その時は黙ってる」
セリアが頭を押さえる。
何度も何度も同じようなやりとりをしてきたのだろう。それがよく分かる会話だった。今は宿舎が分かれているが、アセリアとセリアは同期で、彼女の性格にセリアは散々と翻弄されてきたのだ。
そんな二人を苦笑いで見守りながら、男二人は互いに情報共有する。
「それで悠人。リーソカの方の守りはどうなっているんだ?」
「ああ、エスペリアが取りまとめてくれてる。指揮には向いてないけど、戦力としちゃ今日子もいるしな。リーソカはそんなに大きな町じゃないから防衛施設もちょっと頼りないけど、作戦会議の間くらいは問題ないはずだ」
「瞬のやつが出てこなければ、か」
光陰の『因果』が言うには、『因果』と『空虚』は既に四神剣の争いからは降りたという。
そのためか、光陰と今日子の戦闘力は大きく落ちていた。特に、マロリガン時代は戦いは『空虚』に任せきりで、その『空虚』の意志も断ち切られた今日子は、他の四神剣のエトランジェに比べると戦闘力は見劣りしていた。
「あいつが出てきた時は最優先で連絡が来るようになってる。俺達が駆けつけるまでくらいは大丈夫さ」
「そっか。こっちは碧に任せてきた」
「なら大丈夫だな。っと、そういや強力なスピリットが攻めてきたって聞いたけど、大丈夫だったのか」
ソーマズフェアリーのことを言っているらしい。
「報告もしたけど、一応、死者や再起不能なスピリットは出てないから。後、ソーマとか言う隊長は碧が仕留めた」
「元ラキオスの人間だってな。エスペリアが関わっていたらしくて、ちょっと取り乱してた」
あのエスペリアが取り乱す。
スピリットの中でも、ある意味別格のハリオンを除くと最も精神的に安定していると思っていた友希には意外だった。
しかし、友希が直接見たのはサーギオスに逗留していた時だけだが、確かにソーマはどこか他人を不安にさせる気性だったと思い出す。
「ま、今じゃ立ち直ってる。詳しい事情は聞けなかったけど、俺も少し話してさ。……うん、やっぱエスペリアって強いなって思ったよ」
「…………」
と、そこで無言で近付いてきたアセリアが、悠人の脇腹を抓る。
「痛……って、なにするんだアセリア」
「あの時、わたし仲間外れにされた」
「仲間外れって……あのなあ。エスペリアだって、他の人に話したくないことくらいあるだろ。俺は隊長として相談に乗ったんだ。仕方ないだろ」
「むう」
不満気に、そうとわからないほど微妙に口を尖らせるアセリア。
「ったく。そろそろ行くぞ。レスティーナを待たせるわけにもいかないし」
「わかった」
「友希もセリアも、行こうぜ」
トコトコと悠人の後ろに付き従うアセリア。
やや遅れて二人に付いて行く友希とセリアは、二人揃って嘆息した。
「……エスペリアって、やっぱり」
「言っちゃだめよ?」
「わかってるけどさ」
「わたしとしてはアセリアの変貌っぷりにびっくりしたけどね」
まあ、それは確かに。
友希も、初めて会った時のアセリアと今のアセリアを結びつけるのは難しい。
『私としては、このような甘酸っぱい雰囲気の物語が大好きです』
『……さよか』
話しかけてくる『束ね』の趣味については、友希もいい加減大体理解していた。
『つきましては早いとこ色恋にうつつを抜かせるよう、とっととやること終わらせましょうね、主』
『……そっちは、言われるまでもない』
戦争を終わらせること。
瞬を『誓い』の呪縛から解き放つこと。
ゼフィの仇――あの黒い剣士、タキオスを討ち果たすこと。
前者二つは、恐らく次の戦いで決着が付く。タキオスについては、無視できない脅威であるとレスティーナとも同意が取れているので、サーギオスの件が片付いたら対策を練ることになるだろう。
終わりが近い。そして、次のサーギオス帝都攻略は、最後の詰めの第一手だ。
レスティーナとヨーティアが待っている作戦室に辿り着き、友希はぐっと拳を握りしめた。
秩序の壁。法皇の壁と文字通り双璧をなす、サーギオスの誇る極大規模の防衛施設だ。
しかし、壁にマナを供給していた三大都市をラキオスに落とされ、その大部分の機能を失ってしまっている。
二箇所ある門を同時に攻めこまれ、あっけなく秩序の壁は陥落した。
それでも、悠人率いる軍と友希率いる軍はそれぞれ密に連絡を取り合い、二方向から同時に、慎重に進軍する。
もはやサーギオス領土の三分の二はラキオスの手に落ちたが、対してスピリット戦力は良くて半分程度しか削れていないはずだった。
しかも、それは純粋な数においての話であり、皇帝妖精騎士団といったサーギオスの切り札は温存されている。油断すると、ここから一気にラキオス王都まで押し返されかねないだけの戦力を、今だサーギオスは保持しているのだ。
サーギオスの城が見える位置にまで進軍し、悠人達と合流しても、友希は一切余裕を持つことが出来ない。
なにせ、『束ね』を通じて城を探ってみると、感知を少し走らせただけで顔が引き攣るほどの数のスピリットがひしめいているのがわかるのだ。
「……おいおい。城に詰めてるスピリットの数が尋常じゃないぞ」
「ああ。他の国じゃエースクラスのスピリットが百以上いるな。それ以上の力量のスピリットも、ちらほらいる」
同じく悠人も感じたのか、険しい表情になっていた。
「こりゃあ、下手に突っ込むと返り討ちだな。……守りの厳しい城を攻める場合は、兵糧攻めなんかが定石だが」
「碧。僕、あそこに滞在していたことあるんだけどな。城のあるトコはマナが特に豊富な場所で、その気になれば飲まず食わずでもいくらでも動けそうだったぞ」
「やれやれ、楽はさせてくれないってか」
肩を竦める光陰。
そも、マナさえあれば飢えず、人格を神剣に呑ませれば士気の低下など縁がないというスピリットという存在に対し、地球の戦術をそのまま当て嵌めるのは無理があった。
「外からレッドの魔法を雨あられと降らせて、出てきた所を叩くってのはどうだ?」
今度は悠人からの提案だが、それにも友希は首を振らざるをえない。
「あの城、防衛施設としても並じゃないんだよ。エトランジェクラスの攻撃じゃないと、壁一枚破れないぞ」
「すると、攻城兵器の類も無意味か」
「ああ。もう、意味不明なくらい金かけてるからな……」
友希も、将来的に戦いになるかも、と滞在中に調べていたのだ。技術者じゃないので詳細はわからなかったが、あの城一つでラキオスが保有する全ての防衛施設を合わせたのより、なお高い予算がかかっていそうだということは知れた。
サーギオスに所属していた頃、あの城の防御力向上に一枚噛んでいたヨーティアもそれを裏付ける発言をしている。
「あ〜〜! もう、男共は悲観的だねぇ。あんなん、ガーーーッ、って突っ込んでって、佳織ちゃんをシュパンって助けだして、最後に秋月をボコれば解決! でしょうが」
なんとも暴論が過ぎることを今日子がのたまう。
真面目に作戦を考えていた男三人は顔を見合わせ、肩の力が抜けたようにふっと笑った。
「ま、今日子の言うことも一理あるか。スピリットは頭さえ抑えりゃ後は従ってくれるんだ。秋月の野郎を最速でぶっ飛ばすのも、悪くない」
「いや、碧。一理はあるかもしれないけど、むしろ一理しかないっていう方が正確だろ。具体的に、どうやって瞬のトコまで行くんだよ。ガーッて突っ込んでどうにかなるんだったら苦労はないって」
「友希、そう言うなよ。今日子なりに考えた結果なんだからさ。なあ」
悠人が聞くと、勿論よっ、と今日子が胸を張る。
まあしかし、友希も一応反論してみたものの、代案があるわけでもない。というか、一応現場で再検討することになっていたが、当初の作戦はそれだった。
「作戦室の人とも相談するけど、基本は今日子の案で行こうと思う。エトランジェと、第一宿舎、第二宿舎の精鋭で一気呵成に瞬の所まで突撃。後続は、他のみんなに抑えてもらう……って感じだな」
「……マロリガンを攻めてきた時と似たような陣形になるな」
当時、してやられた光陰は、少し悔しさを顔に滲ませて言う。
「まあ、そうだな。……失敗したら退路がないけど、あんだけの数が詰めてるならそれくらいしか思いつかない。んで、こういう狭い戦場じゃ、友希の『コネクト』が有効だ」
「了解」
野戦ではスピリットのスピードだと簡単に魔法の効果範囲外にまで移動してしまうためそうでもないが、防衛戦や攻城戦等、戦場が限定される状況下における使い勝手は証明済みだった。
「さて……いけ好かない奴だったけど、同級生のよしみで秋月も助けてやらないとね」
城を睨み、今日子が呟く。
同じく永遠神剣に囚われていた身として、今日子も瞬に対していくらか同情していた。
「ま、今日子の時の実績がある悠人がやれりゃいいんだけどな。無理っぽいって話だし、そこんとこは御剣がやるんだろ?」
「そのつもり、だけど。……悠人のやつに聞いても、具体的にどうやったかイマイチわからないんだよなあ」
永遠神剣の意志だけを断ち切る……という荒業、あるいは神業。悠人から今日子を開放した時のことを聞いてみても、どうもハッキリしない。
しかし、原理はわからないが……悠人の今日子を思う気持ちが成功に導いたのは間違いないだろう、と言うのは永遠神剣研究の第一人者であるヨーティアの言であった。なんともロマンチシズム溢れる話だが、使い手の意志により力を引き出せるのが永遠神剣である。
そうすると、可能性があるのは友希だけだ。地球から来た他の三人は、もとより瞬とは不仲である。
なお、余談だが、神剣に人格を呑まれた状態だったスピリットが回復したことは過去に例がないそうで、ヨーティアは一時期今日子を実験台にしたがっていた。
「だけど、駄目だったら瞬のやつは殺すしかなくなるから……」
あの嫌味な言葉を二度と聞けなくなるのは、それはそれで許容しがたい未来だった。
友希の瞬に対する友情が、悠人の今日子に対するそれに届くかどうか、正直友希には自信はないが、やるしかない。
「でも、倒せるタイミングがあったら、悪いが俺はやるぜ? そこんところは含んどいてくれよ」
「……わかってるよ」
しかし、瞬を助けるために他のみんなを犠牲にする訳にはいかない。
どういった展開になるのか本番になってみないとわからないが、あくまで『余裕があれば』、あるいは『機会があれば』、という話だった。倒せる時に攻撃を躊躇するような真似は敗北に繋がる。
「あ〜〜! だからさあ、そんな、うまくいかなかったことを考えても仕方ないじゃない。スポーツだって成功する所をイメージするってのは大切なんだから、ほら、湿気た顔しない!」
バンッ! バンッ! と今日子が友希と光陰の背中を叩く。
「ってて。ったく、シリアスが続かねぇなあ」
「どうせ戦いが始まったら嫌でも真面目にやんなきゃいけないんだから、今は気楽に行くの!」
「へいへい、わかったよ。御剣。悠人が作戦部と話詰めるまで、茶でも飲んでようぜ」
「そうだな」
多分、戦闘前の最後の休憩となるだろう。
はあ、と気を落ち着かせるように友希は一つ深呼吸をして、二人に付いていくのだった。
「ほら、佳織。見えるかい? 野蛮人共が大挙して押し寄せてきた。はは、わざわざ殺されにやって来るなんて、そこだけは褒めてやってもいいかな」
「…………」
帝都を見下ろせるサーギオス城のテラス。
そこに、瞬と佳織は並んで立ち、帝都の向こうに陣形を敷いているラキオス軍を見ていた。
「……お兄ちゃん」
「ああ、佳織は見えないか。ほら、悠人の奴はあの辺りにいるよ。クク……駆けずり回ってまあ。高いところにいる僕と、地上でせこせこと走り回っている悠人。これが僕とアイツの力関係をそのまま表しているのさ」
瞬の姿は、都市一つに追い詰められた君主の姿ではない。彼はこの状況でも自分の圧倒的優位を信じていたし、そしてそれは見当違いの思い込みというわけでもなかった。
要は『求め』さえ砕くことができれば、瞬の……いや、『誓い』の勝利である。この戦争はあくまで、他の四神剣との直接対決を有利にする、ただそれだけのために引き起こされたものだった。
本当に、それだけのために大陸中を戦争に巻き込むよう、サーギオス帝国は動いていたのだ。『誓い』という、たった一本の永遠神剣のために繰り広げられた茶番劇。友希が『束ね』とともに嫌悪を露わにした見るに堪えない物語だった。
他のラキオス戦力を全て壊滅させた上で、満身創痍の『求め』をへし折る、というのが理想ではあったが、まあそれなりの手駒は手元に残っている。『求め』一本砕くには不足ない。
「秋月先輩。わたしは、こうやって上の方で見ているだけよりも、お兄ちゃんやみんなと一緒に地上で頑張りたい、って思います。……秋月先輩も、きっと一緒の方が」
「佳織は本当に優しい。でもね、僕のように選ばれた人間があいつらと同じ位置に行く事はできないんだよ。勿論、佳織も。
それを弁えて僕達の視界の外でせいぜい仲良くやっていればいいものを、あっちから攻めてくるんだから。物好きな奴らだ」
「それは秋月先輩が……」
そう仕向けた張本人に対して佳織から非難の声が上がりかけるか、瞬は無視して続ける。
「でもっ! あいつらが死ねば、佳織も目を覚ましてくれる。ああ、いいぞ。本当に褒めてやっていい! 僕が見逃してやるっていうのに、佳織のために死にに来ることだけはっ! 特に、『求め』! いよいよ、お前を砕いてやる時が来た!」
間近に迫った決戦に『誓い』が歓喜の感情を巻き散らす。そのせいか、瞬と『誓い』の境界が薄くなっている気がした。少なくとも、最後の叫びは間違いなく『誓い』のものだ。
「秋月、先輩」
「ああ! ごめんね佳織。少し五月蠅かったかな。それに、ここは風が強くて冷えるね。さ、中に入って暖かい飲み物でも飲もう」
人格が切り替わったかのように優しい言葉をかける瞬。
ここだけは変わらない。佳織に対してだけは不自然なまでに優しい。『誓い』に引き摺られても、そこだけは変わっていないことが、佳織にとって瞬がまだ完全には支配されていないことの証明に思えた。
「……ところで秋月先輩。御剣先輩もいますか?」
「ん……ああ。いるね。まったく、少しばかり力をつけたからって、僕に喧嘩を売るなんて調子に乗ってるな」
瞬が設立を許可したソーマズフェアリーの襲撃から犠牲者なしにゼィギオスを守り抜いたことは、彼の耳にも届いている。
忌々しそうに吐き捨てる瞬だが、そこには悠人に向けたような毒は含まれていない。
「ラキオスなんて沈む船から逃げようともしないなんて、本当に馬鹿な奴だ。この僕が、サーギオスに来てもいいと言ってやったのに、態々死ぬ方を選ぶなんてな」
「御剣先輩も……殺すんですか……?」
恐る恐る佳織が尋ねる。これは間違いなく、『誓い』と瞬の意志が乖離する質問のはずだ。どう反応するか読めない。
「僕が自ら手にかけなくても、どうせ勝手に死ぬさ。僕のところまで来れたとしても、当然僕はアイツに容赦なんてするつもりはない。
……でも、そうだね。万が一、生き残れたとしたら、態々止めを刺すほど僕も暇じゃないよ」
さて、中に入ろう、と瞬が佳織の肩を押す。
佳織は、先程の言葉をどう解釈したものか、よくわからない。しかし、恐らく、瞬にしてみれば相当譲歩している内容なのだろうということはなんとなく想像がついた。
「しかし、さて。城内が少し騒がしくなるな。おい、お前。ラキオスの連中が暴れても、佳織に傷一つ付けさせるんじゃないぞ」
「……はっ」
テラスの入り口でずっと控えていたウルカに、瞬は命令を下す。
普段通りの凛とした立ち姿ながら、どこか憔悴した様子のウルカに、瞬は鼻を鳴らした。
「おい。佳織の守りを任せてやっているんだ。腑抜けたままでいる気なら、ここで僕が斬り捨てるぞ」
「……それが、お望みとあらば」
「ウルカさん! あ、秋月先輩。わたしは、ウルカさんに守ってもらいたいですから……」
一瞬、『誓い』の柄に手をかけた瞬を、佳織が必死で押し留める。
「ふん、まあいい。お前の腕はそこそこだからな。今回は見逃してやる。いいか、重ねて命令するが、佳織のことは命に代えても守れよ」
「……承知いたしました」
以降、瞬はウルカを無視して、佳織に別れを告げる。お茶を飲む気分でもなくなったようだった。
立ち去る瞬を見送ってから、佳織はウルカを気遣うように話しかけた。
「その、ウルカさん。部下さんたちのことは」
「……トモキ殿を一片も恨んでいない、と言えば嘘となるでしょうが……それよりも、手前は自分の不甲斐なさが許せないのです」
ソーマに要求されたことを跳ね除けることもできず。
ただ部下がソーマに『教育』され、ただの兵器と化すところを見ていることしかできず。
そして、人格を失った彼女達とともに出撃することも許されない。一緒に果ててやることもできない。
ソーマズフェアリーと化した部下達の死を聞かされ、ウルカはますます剣を振る意味を見失っていた。
……いや、一つだけ。
「カオリ殿。シュン殿の命令は、しかと果たします。……剣の声も聞こえず、部下を守ることもできない、そんなスピリットですが、どうか手前に誓わせていただきたい」
「……うん。よろしくお願いします」
跪くウルカに目線を合わせ、佳織はウルカの言葉を受け入れた。
「さて、部屋に戻りましょう。いつラキオスが攻めてくるかわかりませぬ。カオリ殿の部屋ならば、戦いに巻き込まれる可能性も低いでしょう」
佳織の部屋は、城の中でも最も奥まった場所にある。決着までじっとしていれば、戦いを見ることもないはずだった。
「はい。……でも」
「どうされましたか」
「……ねえ、ウルカさん」
一つ、佳織は願い事を口にした。
その提案にウルカは目を見開き、翻意を強く促したが、佳織の意志は固く結局は押し切られる形で頷かざるを得なかった。
そして、その会話があったきっかり一時間後。
ラキオス王国とサーギオス帝国、最後の決戦の幕が開いた。
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