ゼィギオスの庁舎の執務室。
 友希、セリア、光陰の三人は、常にない重苦しい空気で顔を突き合わせていた。

「……碧、ゼノアの容体は?」
「ニムントールちゃんと手空きのグリーンスピリットで回復魔法かけてるけど……正直、時間の問題だな。重要な臓器がいくつか吹っ飛んでる。ハリオンがいても厳しいだろうな」

 スピリット隊の一員であり、哨戒任務を担当していたゼノア・ブルースピリットが半死半生の状態でゼィギオスに帰還したのが、つい三十分前のことだった。
 ゼィギオスと秩序の壁は目と鼻の先にある。悠人達がリーソカを落とすまではこちらから攻撃を仕掛けることはないが、いつサーギオス帝国が奪還に動くかわからないため、周囲の警戒は密にしなければならない。

 ――そして、そうして哨戒任務についたスピリットが、ここ数日、連続して襲撃されている。

 しかも、ただ消されるだけでない。今日のゼノアのように、一人だけはもゼィギオスに帰還している。それも、明らかに嬲られたのが見て取れる怪我を負って。
 昨日襲撃されたルミネ・グリーンスピリットは辛うじて生き残ったが、もはや戦場には出れない。負傷もそうだが、心の方に深い傷を負っている。『再教育』をし、人格を神剣に呑ませれば戦線復帰も可能だが、レスティーナが許すはずもなかった。

「……もう明らかだよな。ゼィギオスの近辺に、こっちの哨戒部隊を狩る連中がいる」

 それも、反吐が出るほど趣味の悪い連中が。友希は努めて冷静を装おうとしたが、セリアと光陰を相手に内心の憤りを隠せたかどうかは怪しかった。

「そうね。でも、哨戒部隊を出さないわけにもいかないわ。この街の周囲にはトーン・シレタの森が広がっているもの。あの森に隠れて大部隊に接近されたら防御を固める前に陥落させられかねない」
「なら、もっと人数を増やすとか」
「ゼノアは、後方部隊とは言っても相当の手練だったのよ。下手に人数だけ増やしても、犠牲者が増えるだけになるかもしれないわ」
「……じゃあ、僕が出よう。丁度、午後からは訓練だ。予定を変えて、僕が哨戒部隊を率いるから――」

 立ち上がろうとした友希を、セリアが執務机を強く叩いて制する。

「……少し冷静になりなさい」
「でもな! 味方が散々痛めつけられて黙ってられるか!」

 戦争をしているのだ。死傷者が出るのは仕方がない。
 完全に割り切れたわけではないが、ファンタズマゴリアに来てから今までそれなりの修羅場を潜り抜けてきて、友希もそのくらいの折り合いは付けている。

 しかし、今回の拷問のような真似は断じて許容できなかった。
 最初の犠牲者を見た時、友希は涙が止まらなかった。彼女は顔が半分欠け、両腕が潰され、腹部が炭化し――凄惨、というのも生温い有り様だった。
 スピリットは絶命するとマナの塵と化してしまうため、戦場を駆けても今回程惨たらしい光景を見ることは滅多にない。そうと意図して攻撃を加えないと、このような状況は在り得なかった。

「落ち着け、友希。お前は換えが効かないんだ。ゼィギオス方面軍のトップが秩序の壁を攻める前に怪我でもしたら、作戦がおじゃんになるぜ?」
「それは……」

 友希の立場は、もはや軽々に動くことを許してくれない。こういう言い方は好きではないが、たかが十人程の二線級のスピリットがやられた程度では戦力としては誤差だ。一方、友希の抱える仕事が遅れれば、ゼィギオス方面軍のスピリット達全員が危険にさらされる。
 面倒な書類仕事だが、国というものはそれをこなさないとエーテル一つ回してはくれないのだ。

「こういう時のために、俺がいるんだ……と言いたいところだが、この状況だと説得力がねぇな」

 光陰の言葉は苦い。
 最初の襲撃以来、光陰には哨戒部隊に混じって出てもらっているが、彼のいる部隊には敵は決して近付かない。

 複数に別れた哨戒部隊のうち、一番光陰から遠い場所にいるスピリットを狙い撃ちにしているのだ。異変に気付いて光陰が駆け付けるのは、決まって事が終わった後だった。

「力は抑えてんだけどなあ」
「そうやってコーイン様を避ける辺り、敵はただのスピリットではないのでしょうね。神剣に呑まれたスピリットじゃ、そこまで高度な判断は出来ないと思うわ。いくら帝国のスピリットが特別製とは言ってもね」
「……高度な判断、か」

 友希の中で、その手の工作が可能で、しかも手練のスピリット――というと、一つの部隊が思い浮かぶ。
 サーギオスの誇る漆黒の翼ウルカが率いる遊撃隊。佳織の護衛をしていたウルカとは接点が多く、その部下達とも多少なりとも話をしたことがある。
 まあ、名前を知っているのはウルカ以外にはただ一人。ウルカ遊撃隊がラキオスに攻めてきた時、友希の脳天に一撃をくれてくれた副隊長のアルカだけだったが。

「どうした、友希?」
「いや……」

 首を振る。
 確かに、ウルカの率いる遊撃隊は他国に潜入して工作を行うという、繊細な任務でもこなす精鋭だ。彼女たちならば今回の襲撃作戦を実行することが可能だろうが、彼女たちが関わっているとは思いたくない。
 ――しかし、友希が思いたくないというだけで、有力な可能性を口に出さないわけにもいかなかった。

「もしかしたら、なんだけど。サーギオス側でこの手の作戦が出来そうな部隊に心当たりがある。……ウルカのところの遊撃隊なら、多分出来る」
「ウルカっつーと、サーギオスの漆黒の翼か。やりあったことはないが、マロリガンにいた頃も強いって話は聞いたな」
「べらぼうに強いぞ。碧なら八割方負けないだろうけど」
「……俺相手に二割も勝ちを拾える相手か。自分で言うのも何だが、おっそろしいな」

 友希なら正直分が悪い。サーギオスにいた頃、訓練に付き合ってもらい、散々に叩きのめされたことはまだよく覚えている。
 当時から友希も成長しているとは言え、一対一では五分がいいところだろう。

「でも、想像だけで敵を決めつけるのは危険よ。ウルカは確かに有名だけど、サーギオスには彼女に劣らない手練もいると思うわ」
「ま、セリアの言う通りか。友希の懸念は頭に置いとくとして、相手が誰でも止めなきゃならないことは変わらないんだ。んで、俺にちょいと腹案があるんだが」

 テーブルに広げてある周辺の地図を指差し、光陰が不敵に笑う。

「友希も怒り心頭みたいだが、俺もそろそろ腹に据えかねてる。ここらでいっちょ、本気で反撃させてもらおうぜ」

 笑みの中に深い怒りを押し殺して、光陰は作戦の概要を説明し始めた。

































 トーン・シレタの森、深部。
 ゼィギオスからやって来たラキオスの哨戒部隊を遠目に観察し、ソーマ・ル・ソーマは眉を釣り上げた。

「おやぁ。そろそろ街に引き篭もるか、人数を増やすかするかと思っていましたが、なんの工夫もなく同じような部隊を差し向けましたか」

 そう独りごちるソーマ。周囲に彼の配下である元ウルカ隊――現ソーマズフェアリーが待機しているが、彼女たちはソーマが命じなければ一言たりとも言葉を発することはない。
 ほんの二週間前まであった彼女たちの理性は、もはや全て破壊されていた。

 そんな彼女たちが有機的な判断などということができるはずもなく、光陰という強敵を避けられたのはソーマという指揮官が一緒にいるためだった。

「部下を切り捨てても、周辺の警戒を優先した、というわけではないでしょうねえ。はて」

 ソーマは元々ラキオスに所属していた。強引ではあるが、強いスピリットを育て上げる彼は、前王の元では重用されていた。
 紆余曲折を経て、彼は当時の第一宿舎に所属していたスピリットの大半を引き抜き、サーギオスに亡命した。

 そういうわけで、ソーマはラキオスの軍学や指揮を執る人間――特に、ラキオスにいた頃から彼を目の敵にしていたレスティーナのやり口はよく知っている。
 ソーマには理解し難い感性であるが、あのスピリットを『大事』にするラキオスの人間ならば、むざむざこちらに殺させてはくれないはず。

 いくつかの可能性を吟味し、そのいずれも問題無いと判断したソーマは『ふむ』と一つ頷いて、彼の作品に声をかけた。

「さて。なにか罠でも仕掛けてありそうですが、関係ありません。総員、連中を蹂躙しなさい。ああ、いつもの様に一人は残すように」

 頷き一つを返して、ソーマズフェアリーはソーマの護衛数体を残し、森を疾駆する。
 元々高い練度を誇っていたウルカ隊の技量はそのハイロゥが黒く染まっても衰えていない。いや、より一層研ぎ澄まされていた。

 神剣の気配は極限まで薄く、走る音も木々のざわめきに掻き消される程度、そしてなにより意志というものを完璧に削ぎ落とし……完全な奇襲を仕掛ける。
 対して、ラキオス側は一線級のスピリットに比べると一枚も二枚も落ちる者達。攻撃可能範囲まで後僅かに迫ってようやく気付き神剣を抜くがもう遅い。

 いつものように抵抗すら許さず蹂躙――

「……おやおや、これはまた」

 ゆるりと後を追うソーマは、ラキオス隊に襲いかかる直前に弾かれたソーマズフェアリーを見て、気怠げだった目を猛禽類のように鋭くする。

 肉厚の双剣を振り抜いて彼の配下を弾き飛ばし、城塞のような巨大なオーラフォトンバリアを張り背後の仲間を守る巨漢のエトランジェ。――碧光陰の姿を認めて、ソーマは少し足を早めた。




























(強ぇな)

 いつかの砂漠の行軍の時のラキオスを欺いたように――『因果』の特殊能力により姿と気配を消していた光陰は、内心そう感嘆した。

 向こうからすると、突然現れたように見えたはずの光陰の一撃に、一人として致命傷を負っていない。並のスピリットなら今の攻撃で二、三人はマナの塵へと還っていたはずだ。

「セリア。レッドの魔法が来たらバニッシュを頼む。それ以外はみんなを守ってやっててくれ」
「わかったわ」

 光陰と一緒に行動していたセリアは頷いて『熱病』を構える。セリアならばこの敵スピリット達と互角以上の戦いができるが、周りを囲まれて不覚を取ってやられてしまう可能性は低くない。
 一方、それなりの手練とは言え、この程度の人数ならば光陰であれば問題なく片付けられる範囲だった。

「さて、お前らを逃がす訳にはいかないんでね。悪いけど、ここでやられてくれ」

 『因果』を構えて光陰が威圧する。しかし、敵のスピリット達は僅かにも動じない。
 光陰の圧倒的なオーラフォトンを感じ取れないわけがないだろう。よく訓練されている――と評価するには、その反応はあまりにも機械的に過ぎた。神剣に呑まれたスピリットも、力の差を感じれば多少は怯むし、場合によっては逃げも打つ。

「逃げる? 逃げるなどと、そのような必要はありませんな」

 いざ光陰が飛び出そうとする、その直前。戦場には場違いなほどのんびりした声色で、のっそりと男が姿を表した。

 光陰は訝しむ。スピリットの戦場にはエトランジェという例外を除き、男は出てこない。しかし、当たり前のように戦場に現れたこの男の持つ剣は、永遠神剣ではなかった。

「……誰だ? このスピリット隊の隊長か?」
「ソーマ!?」

 光陰が誰何する声と、セリアの声が重なる。

「知り合いか、セリア?」
「昔、ラキオスに所属していた訓練士です。スピリットを私物化した罪で国を追われたのですが……」
「私物化、とは人聞きの悪いですねえ、セリア。私は彼女たちに相応しい教育を施して上げただけですよ。そう、貴方も、もう少しすれば私の教えを受けられていたというのに、残念でしたね」

 セリアを舐め付けるような視線で見るソーマ。
 ソーマがラキオスから追放されたのはセリアが初等教育機関を卒業する前であったため、彼女は直接彼と関わることはなかった。ただ、ソーマはセリアのいた施設に視察に訪れたこともある。その時は特別なにかを言われたり、暴力を振るわれたわけではない。まだ幼かったセリアは、訳も分からず怖い相手だと認識したのみだった。

「へえ。んで、今はサーギオスの手下ってことか」

 セリアを守るように光陰が前に出て、ソーマを睨みつける。

「ええ、まあそんなところですな。私の技術を高く評価していただけましてね。ほら、このように音に聞こえたウルカ隊も、我が配下とさせていただいているんですよ」
「へえ、こいつらがそうなのか。御剣の勘も捨てたもんじゃないな。……で、肝心の、ウルカとやらの姿が見えないが」

 光陰も直接は見たことがないが、噂に聞くウルカの特徴に合致するスピリットはここにいない。

「あのような役立たずは我が隊には必要ないのでね。部下達は接収させていただきましたが、あちらはお払い箱です」
「サーギオスの漆黒の翼を役立たず扱いか。うちと違って層が厚そうで羨ましいね」

 光陰が軽口を聞きながら『因果』の切っ先をソーマに向ける。

「しかし、重用されてるって割には、随分腰が軽いんだな」

 光陰が殺意を込めてソーマを睨む。
 ソーマの配下のスピリットは、自然とその剣から主を守るよう動いた。

 だが、光陰にとっては関係ない。スピリットを蹴散らしてソーマを叩き斬るのはそう難しいことではない。

「アンタはヤバそうだ。悪いが、ここで斬らせてもらうぜ?」
「それは怖い。しかし、いいのですかな? 実は、ソーマズフェアリー……ああ、私の部隊ですが、ここにいるのは半分程度でして」
「それが? どこに隠れてんのかは知らないが、倍になっても――ちぃと梃子摺りそうだが、アンタを殺すのに支障はないぜ?」

 クク、と含み笑いをもらし、ソーマが手を広げる。

「いえいえ、潜ませているのはこの近くではありませんよ。
 ……さて、元マロリガンのエトランジェ殿。一つ質問です。我らを倒してゼィギオスまで帰還するのに、どれほどかかりますかな? 実はもう一つの部隊は、ゼィギオス近辺に潜んでおりまして。神剣通信一つで、かの都市に攻め入る手筈になっているのですよ」

 エトランジェ――しかも、悠人や瞬のような不安定な力しか発揮できない相手と違い、光陰は与しにくい相手とソーマは見ていた。
 そのため、このように真正面から当たらざるを得なかった時のため、保険を残している。

 ソーマズフェアリーは帝国でも選りすぐりの部隊となっているが、所詮は少数。全戦力を結集しても、光陰を倒しきることは難しいが、半分に分けることで戦わずして勝つことが出来る。

「私のソーマズフェアリーならば、時間稼ぎに徹すればそれなりの時間、貴方を足止めできますよ。そうすると、ゼィギオスはどうなるでしょうか」
「どうもなんねぇよ。いくら強いたってなあ、たかが十人ちょいのスピリットで落とせるって思っているんなら、そりゃ間違いってもんだ」
「ええ、都市はそうかもしれません。しかし……貴方がここにいるということは、もう一人のエトランジェであるトモキ殿はゼィギオスを固めているのでしょう? いえ、私も彼がサーギオスにいたころ面識がありまして」

 ニィ、とソーマが笑みを浮かべる。

「そういえば、ゼィギオスを攻めるスピリットの中には、ウルカ隊の元副隊長もいましてね。トモキ殿はサーギオスにいた頃、何度か彼女と話したことがあったはずですなあ。それに、元ウルカ隊の面々とも、面識位はあったはずです」

 ソーマは、あの青臭いエトランジェのことはよく覚えていた。永遠神剣こそ第五位という高い位を持つが、あの性格では顔見知りを斬ることなどできまい。
 仮に戦いたくないと友希が引き篭もった場合、防衛戦において厄介なあの『束ね』が恩恵がなくなる。そして、指揮官も兼ねるもう一人のエトランジェとベテランスピリットが一人ここに釘付けだ。その状況ならば、未熟なスピリットの多いゼィギオス防衛隊に手痛い損害を与えることが可能だとソーマは踏んでいた。
 そして、友希が出て来た場合、

「まあ、仮にですが。トモキ殿がそのスピリットと戦った場合……どうなると思いますかな?」

 元ウルカ隊副隊長アルカ。彼女に、ソーマは敵のエトランジェを特に優先するよう命令している。
 あのエトランジェは彼女を斬れず、為す術なく敗北するだろう。
 ラキオスの柱が一つ消え、ゼィギオス方面軍は大いに混乱することになる。エトランジェの死は、ラキオスの士気にも大きく影響しよう。

 しかし、

「同じことを何度も言わせるなよ。どうもなんねぇよ」

 光陰は微塵も動揺せず、ソーマに剣を向けたまま繰り返した。自身を持って言い放った戦術を一刀両断にされ、ソーマの視線が初めて揺らぐ。

「ほ、ほう? 友軍を見捨てるのですかな」
「見捨ててないし、勿論やけになったわけでもない。単に、そのくらいじゃゼィギオスも、御剣のやつも、どうこうならないって信頼してるだけだ」

 それは友希は苦しむだろうし、終わった後後悔もするだろう。でも、それでも止まったりはしない。
 悠人もそうだった。光陰や今日子と敵対していたことに葛藤はあったのだろうが、いざ対峙した時は攻撃に躊躇いはなかった。紙一重、何かの歯車が違えば自分と今日子は悠人に殺されていただろう。
 敵が知り合いだから、友人だからと、仲間を見捨てるような奴はラキオスにはいない。

「……そうね、今のトモキ様なら、多分大丈夫」
「おいおい、セリア。多分……とか微妙に心配になる言葉付けるなよ」
「最初会った時の印象がまだ抜けていなくてね」

 しれっと言うセリア。程よく体の力が抜けたところで、改めて光陰はソーマに向く。

「そういうわけで、なんの憂いもないわけだ」
「……後悔することになりますよ」
「しねぇよ。……行くぜ」

 光陰はこれ以上の問答をしても情報を引き出すことはできないと判断し、ソーマに向けて駆ける。
 彼を守るべく、ソーマズフェアリーが立ち塞がり、

 戦いが始まった。





























 帝国のスピリットの急襲。
 その報を訓練場で聞いた友希は、一緒に訓練していた第二宿舎の面子とともに、門の所まで全力で辿り着いた。

 丁度警備担当だったらしいゼル・ブラックスピリットを捕まえて、話を聞く。

「ゼル! 状況は!?」
「トモキ隊長。攻めてきたスピリットは赤二、青三、緑三、黒二。いずれも手練です。既に怪我で戦線を離れたスピリットが五人。 死者は今のところありません」

 簡潔な報告に目礼だけで返し、街壁の内側に備えられた足場を駆け上がる。
 ゼィギオスを占領してから急ピッチで修復した街壁だが、なんとかその機能は有効らしい。

「ニムとネリーは僕と一緒に迎撃に回るぞ! ヘリオン、シアーはタッグで味方の援護!」
『了解!』

 いつもはぶつぶつと文句を言ったりするニムントールや、命令をあまり真面目に聞かないネリシアも、ことこういう場面においては打てば響くように返事をする。

「マナよ、神剣の主として命じる。結びの力となり、我らを繋げ!」

 イメージを補強する詠唱を唱え、オーラフォトンを練り上げる。既に何度もやって来た魔法。
 街壁を登り切ると同時、魔法を発動させる。

「コネクト!」

 一緒に来た第二宿舎のメンバーたちとマナのリンクで繋ぐ。同じく迎撃に出ているスピリット達もコネクトの対象とした。
 すぐさま、前線のスピリット達から状況が共有される。マナの繋がりを通して言葉よりも雄弁に現在の敵の情報や味方の状況が入ってくる。

 既に戦線離脱した味方スピリットが五人というのは、ゼルの報告から変わっていない。一方で、現時点で敵は一人しか倒せていない。
 数はこちらが圧倒しており、街の防衛施設の恩恵もあるにも関わらずこの結果である。

「随分強い……」

 敵の映像が、友希の脳裏に浮かぶ。まさか、と自分の目で戦場を見て、

「っ、ウルカ隊! あれ、アルカか!?」

 いたのは、幾人かは顔も見知っているウルカの部隊。
 そして、一番ゼィギオスに近い一では、その副隊長だったアルカが壮絶な戦いを繰り広げていた。
 六人、二小隊がかりのラキオスに対し、アルカは防御担当のグリーンスピリットのみを相棒にして圧倒している。数の差がなければとっくに何人からは斬り捨てられているはずだ。

 友希は別に、アルカと親しかったわけではない。ラキオス襲撃の一件と、サーギオスに行った時の出迎えに来たのが彼女であったこと、後はウルカの付き添いに来た時に、二言、三言話したことがある程度だ。

 しかし、そんな浅い付き合いの友希でもわかる。ハイロゥを真っ黒に染めて表情を一切動かさずに剣を振るう彼女は、もはや顔だけ同じな別人だ。
 ――彼女になにがあったのか。想像もできないが、しかし、

「トモキ。行かないの」
「トモキさま〜?」
「……なんでもない。ニム、ネリー、僕が先頭で突っ込むから後ろ頼む! まずは、あの先頭のブラックスピリットだ!」

 アルカの方も、友希を視認した途端に、それまで相手をしていたスピリットを無視して突っ込んでくる。
 好都合だった。アルカは今攻めてきているスピリットの中では最も強い。友希が撃破しなくてはならない相手だ。

「……っ!」

 練度の高いブラックスピリットは、まるで相手との距離を縮めるかのように移動する。
 友希達が街壁から降り立つ頃には、アルカは射程距離まで接近しており、

「……無駄」

 躊躇なく友希の前に立ったニムントールのシールドが、危なげなくその居合の一撃を防いだ。
 二度、三度と、鞘に収め、抜刀するという動作を繰り返し、しかしその連撃にニムントールの防御は小揺るぎもしない。

 そして、防御の脇からネリーと友希が同時に飛び出す。

「くらえぇ〜、一刀両断!」
「ハァァ!」

 コネクトの魔法の効果により意志を同調させた二人は、完全に同じタイミングで攻撃を仕掛ける。対するアルカは一切の迷いなく友希に対してカウンターの構えを取った。ネリーの攻撃は無視だ。

 アルカは友希に向けて刃を滑らせた。
 友希も避けきれないと判断し、『束ね』が展開したオーラフォトンの守りに任せ、そのまま剣を振り下ろす。

「ぐっ、らぁ!」

 反撃の一撃をまともに喰らったが、曲がりなりにもエトランジェである友希の防御力は、急造の盾であってもカウンターの一撃程度は耐え切る。
 強かに胴体を切りつけられ威力が落ちたため、『束ね』はアルカの肩口を浅く切り裂くに留まるが、ネリーの一撃は脇腹に直撃した。

「フッ!」

 しかし、まだアルカは動ける。
 ネリーの攻撃によるダメージは相当の痛手のはずだが、関係ないとばかりにハイロゥを振り回して友希とネリーを弾き飛ばした。

「っ、ちっ、ネリー!?」
「大丈夫だよ、トモキさま! ビックリしただけ!」

 剃刀のように鋭くしたウイングハイロゥでの一撃。防御した腕がヒリヒリするが、切り裂かれてはいない。
 ネリーの方も、当たりどころが良かったのかダメージらしいダメージはないようだ。コネクトの魔法で基礎能力が上がっていなければ少々危うかったかもしれない。

「通させ……ないっ!」

 そうしてハイロゥで体勢が崩れたところで追撃をかけてくるアルカは、きっちりニムントールがシャットアウトする。
 アルカの連続攻撃にシールドが削られていくが、ニムントールが気合を込めて維持し、結果アルカはそれ以上の攻撃を断念する。

「………………」

 アルカは友希とネリーの攻撃によって出来た傷を塞ごうとすらせず、友希を睨み続ける。

 強敵ではある。が、しかし、三人がかりならば十二分に勝てる相手だった。
 他のウルカ隊のメンバーも、友希のコネクトの魔法で強化された味方と、そのフォローに回っているシアーとヘリオンにより次々切り崩されている。

「……アルカ」
「トモキさま、知り合い?」

 ネリーが敵の名前を呼ぶ友希に聞いた。

「サーギオスに行ってた頃、ちょっとな。少し、世話になった」
「でも、今は敵だよ?」
「わかってるよ。ネリー、休んでろ。僕がやる」

 『束ね』を構え直す。

「できれば殺さずにいたいところだけど。ごめんな、アルカはちょっと強すぎる」

 生け捕りにしようとすると、味方の犠牲が必ず出る。
 ふぅ、と友希は一つだけ大きく深呼吸して、『束ね』にオーラフォトンを込める。

 大きく光る刀身。光の影響で少しだけ伸びた刃をアルカに向けた。

 知り合いを斬り殺すこと。そのことを今は飲み込んで前に一歩踏み出す。
 イスガルドに無理を言って習った、一撃必殺を旨するサルドバルト必勝の型。どんな強大な相手でも貫き通せる友希の亡き恋人の技。

 実戦において使うのはこれが初めてとなる。
 自分でも驚くほど、その動作は訓練通りに出来た。

 刺し違えてでも友希を倒そうとしているのか、アルカは防御に回らず全霊の一撃で迎え撃つ。

 エトランジェと、いくら強くても『普通のスピリット』の範疇であるアルカ。
 その交差は一瞬であり、

「……残りの敵を殲滅するぞ。ニム、ネリー、まずはあっちの三人から」

 当然のように、アルカは永遠神剣ごと両断される。

 友希は残敵を掃討するため次の敵へと矛先を向け、

「…………」

 一度だけ振り向き、彼女の死に顔を目に焼き付けた。
 後は、スピリットの理通り。マナの塵に還るアルカを、今度こそ友希は振り切って走りだす。

 ――五分後。ラキオスは結局一兵の損失なく、ゼィギオスに攻めてきた元ウルカ隊の面々を全滅させることに成功したのだった。




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