「エトランジェ殿」
「……なんだ、ソーマ」

 サーギオス城内、会議室。
 対ラキオスの軍議を退屈そうにこなしていた瞬に、スピリット隊の一つを預かるソーマ・ル・ソーマが話しかけてきた。

 不愉快な男ではあるが、スピリット育成の手腕の優秀さと、このサーギオス城内の人間にしては頭が回ることもあって、瞬は不機嫌な顔になりつつも先を促す。
 集まっている武官共の益体もない議論に辟易としていたのもある。

「一つお願いしたいことがございましてねぇ。いえ、無論、我がサーギオス帝国の誇る最強のエトランジェ・シュン殿のためにもなることですよ。ですので、是非ともご検討いただきたく」
「迂遠な物言いはやめろ。そういうおべんちゃらは聞き飽きているんだよ」
「これは失礼を。……率直に申し上げますと、ウルカ隊を私めにお預けいただきたい」

 ウルカ隊。
 その名の通り、サーギオスの漆黒の翼ウルカを隊長とする遊撃隊だ。隊長のみならず、その配下も大陸有数の手練揃いとあって恐れられていた。

「理由を言ってみろ」
「エトランジェ殿の目的は、恐らくはこの城にラキオスの部隊を引き入れることでしょう? 理由は問いませんが……このままだと、この城に至る頃に残るラキオスの戦力が多すぎませんかねぇ」

 法皇の壁を突破した悠人達は、その勢いのままサーギオスの都市リレルラエルを占拠。
 また、間髪入れずサレ・スニル、ゼィギオスという大都市まで侵攻している。そして、ゼィギオス、サレ・スニルが落ちたという報が来たのがつい一時間ほど前。
 こうなると、サーギオス領土の約半分はラキオスに獲られてしまったことになる。

 首都サーギオスを守る秩序の壁は、エーテルジャンプ理論を応用した罠が仕掛けられており、それが健在である限り攻め込まれることはないが……この機能は、外部からのマナ供給が途絶えると使えなくなってしまう。
 具体的には、残り一つの大都市ユウソカが落ちた時点で、サーギオスは丸裸だ。

 それは良い。そこまでは瞬の思惑通りだ。
 しかし、それはそれとして、ソーマの言うことにも一理ある。

「ラキオスの四人のエトランジェは全員健在。また、最前線のスピリット部隊も、それなりの消耗はあるものの、同じく全員生きている……これは、いささかエトランジェ殿の想定とは違うのではないですかな?」
「……ふん」

 瞬は鼻を鳴らすが、これは肯定の意味だ。
 まさか、サーギオスの連中がここまで不甲斐ないとは思っていなかった。

 『因果』か『空虚』、せめてこのうちどちらかは秩序の壁に至る前に破壊できるものと考えていた瞬の思惑から、少しズレてきている。

「で、あの遊撃隊をお前に預ければ、それが解決すると?」
「勿論にございます。まあ、いささか『調教』の時間は頂きますが。……そう、一週間ほど」

 国外での工作活動が多く、有機的な判断を求められるウルカの遊撃隊は、サーギオスでは珍しく白いハイロゥを持つスピリットで構成されている。

 それの調整に一週間。
 普通の訓練士では、とても再教育には足りない時間だが、ソーマであれば可能だ。こと、スピリットの『調整』における彼の手腕は天才的――あるいは、悪魔じみている。

「……だが、あのウルカとかいうスピリットは佳織のお気に入りだ。実力的にも、佳織の護衛にあいつは外せない」

 玩具ごときに執着する佳織には少々辟易としているが、実際問題、実力では彼女以上のスピリットはサーギオスにはいない。
 業腹ではあるものの、ウルカについて瞬は佳織の側に置くのもやむなしと考えていた。

「あのような敵を殺せない欠陥スピリットなぞ、我がソーマズフェアリーには必要ありません。配下だけですよ、欲しいのは」
「なら、好きにしろ」
「ええ、ご許可をいただき、ありがとうございます」

 ニヤニヤ笑うソーマに、さっさと行け、と瞬は手を振る。

 そろそろ、この何の中身もない軍議も終わりつつある。ユウソカに攻めて来るであろうラキオス軍に対し誰が矢面に立つのか、その押し付け合いだったが、結局は元々のユウソカ防衛の担当者がそのまま対応するようだ。

 瞬に裁可を求めてくるが、瞬の返答は好きにやれの一言。もう、『求め』との最終決戦しか、瞬の頭にはない。






























 サレ・スニル。ゼィギオス。

 往時のラキオス首都より大きなこの都市の攻略は、傍目にはラキオスの圧勝で終始していた。
 流石はエトランジェ、流石はラキオス王国。レスティーナ女王万歳――と喧伝されてはいるものの、友希としては薄氷の上の勝利としか思えない。

 なにせ、電撃戦を仕掛けるラキオス軍は、リレルラエル攻略の後から部隊を二つに分割。サレ・スニル攻略隊とゼィギオス攻略隊に分け進軍したわけだが、そのうちのゼィギオス攻略隊の隊長に友希が抜擢されたのだ。

 友希の役職は副隊長。悠人がサレ・スニル攻略隊を率いる以上、妥当な人選だとは思うのだが、今まで防衛以外で部隊を――それも小隊単位でなく、一方面攻略隊を任せられたことなどない友希は、ゼィギオスを陥落させるまで緊張しっぱなしだった。

 ――と、そういったことを、徴発したゼィギオスの庁舎の執務室で、友希はセリアに漏らした。

 セリアは、一通り友希の愚痴を聞き流した後、

「まったく、頼りないわね。いくら慣れない仕事とは言え、もう泣き言?」
「……そうは言うけどさ。あんな戦いの直後にこの書類仕事じゃ、泣き言の一つや二つ、言いたくなるだろ」

 ゼィギオス攻略戦は熾烈を極めた。
 なにせサーギオスの大都市である。詰めているスピリットの質も量も半端ではない。

 昨日、これで駄目だったら一時撤退、と決めた最後のアタックにて、ようやく陥落させることに成功したのだ。
 バックアップのスピリットの一部に死傷者が出たが、幸いにして第二宿舎の人員に欠員は出なかった。まずはそのことにほっとし……
 友希が安心して寝床に入ったのが、つい五時間前のことである。

 ゼィギオス攻略隊の副官となっているセリアに叩き起こされたのが一時間前。
 実質、四時間くらいしか寝ていない。

「そうは言っても、トモキ様のサインがないと動けないことが沢山あるのよ。後方への支援物資の要請に、スピリットの警備シフト、人間兵とのやりとりに、この街の防衛施設の建築――優先すべきことだけでも、これだけあるわ」
「わかってる、わかってるよ……」

 悠人に隊長としての仕事を全部任せていたツケである。書類の様式すらわからない友希は、セリアに教えを請いながら仕事を進める羽目になっていた。

「……そういえば、碧は。うちのもう一人の副官殿は」
「ああ、コーイン様なら、占領したばっかりじゃ市中も混乱しているだろうって、自主的に警邏に出てるわ」

 実戦もそうだが、こういった机仕事も人並み以上に得意な男の名前を出す。あわよくば手伝ってもらえないか、と期待しての台詞だったが、セリアは事も無げにそう言った。
 友希は起きた後はずっとセリアと一緒だったから、そのセリアが知っているということは光陰が警邏に出たのはその前となる。

 ゼィギオス攻略戦では最前線に立ち、敵スピリットの攻撃の半分以上を引き受けたあの男がそこまで精勤しているとなると、流石の友希もこれ以上なにも言えなくなった。

「ネリーとシアー、ニムも一緒に行っているのよ。年少組が頑張っているのに、トモキ様が情けないことを言わないで欲しいわ」
「……おい、セリア? そのメンバーはその……色々と危険じゃないか?」

 友希はウキウキしながら意気揚々と出かける光陰の姿が目に浮かぶようだった。
 戦力バランスの関係から、今日子はサレ・スニル攻略隊の方に回っているのだが、彼女の目がないことをいいことに、光陰はここぞとばかりに趣味に走っているらしい。

「……大丈夫よ。コーイン様は、あれで公私の切り替えはキチンとしていらっしゃるもの」
「でも、警邏だろ。しかも、ゼィギオスの戦力は全部叩き潰して、今は近くに敵はいない状態で」

 その状況で、光陰の『公』の部分が仕事をしてくれるかどうか、非常に危ういと友希は考えていた。

「……まあ、それは帰ってから確認すれば良いでしょう。今はトモキ様の仕事の方が優先よ」
「へいへい」

 まあ、まさか町中でセクハラを敢行するほど光陰も見境なしではないだろう。ニムントール辺りにちょっかいをかけて、脛を蹴られるくらいは間違いなくされているだろうが。
 ……あんな激しい戦闘の翌日だというのに、そんな状況が容易に想像できる辺り、光陰もスピリット隊のみんなもタフである。

「さ、休憩はおしまい。次の書類はこれよ。これは目を通して、サインだけでいいわ」
「わかったよ」

 なにかと思えば、ゼィギオスの外壁の修復計画書だった。
 確かに、これは必須だ。サーギオスがこの街を取り返しに来た場合、壁が破壊されたままだと心許ない。

 計画に大きな不備がないことだけを確認して、友希はサインを入れる。

 終わると、すぐさまセリアが次の書類を積んでくる。
 一応、彼女が事前に目を通し、友希でないと決済できないものだけを選別してくれているのだが、それでも量が半端ない。

 友希は怯みを覚えながらも、昨日のゼィギオス攻略戦に勝るとも劣らない覚悟で、書類の山に挑むのだった。


























「光陰……お前、やっぱりか」

 なんとか急ぎの書類を全て片付けて、遅くなってしまった昼食を執務室で取っていると、光陰が警邏から戻ってきた。

 彼は、見事な青痣を右目につけており……それにも関わらず、なんかキモい笑顔を浮かべている。

「いや〜、ニムントールちゃんとスキンシップ取ろうとしたら、殴られちゃって」
「……なにしようとしたんだよ」
「頭撫でようとしただけなんだけどなあ。」
「それはニムじゃなくても普通嫌がるだろ」

 というか、許可もなく女性の頭を撫でたりしたら、そのくらいの反撃は仕方ない気もする。

『ニコポってキャラじゃないですしね』
『……すまん、僕の知らない単語をいきなり出すのはやめてくれるか』

 昨日の戦いで疲れて寝ていると思ったら、『束ね』がいきなりそんなことを言い出す。
 友希はその言葉は知らなかったが、どうせ碌でもない単語だろうと無視することにした。

「ま、でも、これはこれで、俺とニムントールちゃんなりの愛のカタチってやつだ」
「なにが愛だ……。本気でニムに嫌われないようにしとけよ。二人は、うちの防御の要なんだから」
「わかってるわかってる。……しかし、御剣はいいよなあ、ニムって呼んでも怒られなくて」

 なんか羨ましそうに見られるが、光陰も地道に信頼を築いていれば愛称で呼ぶくらいは許してくれていただろう。
 この男が最初から欲望全開だったのが悪い。

「いいかしら? 雑談は後で」
『はい』

 セリアが割り込んできた。
 ここにいる三人が、一応はこのゼィギオス攻略部隊のトップスリーである。

「ひとまず、今日と明日は休養に当てるとして。明後日から本格的な訓練に入ろうと思うのだけど、どうかしら」
「うん、そうだな。いいと思う」
「俺も構わんぜ。ただ、俺一人で見れるのは限界があるからな。後で合流予定の訓練士の人達が来るまでは、どうしても本格的な訓練ってわけにはいかない」
「それはまあ、ローテーションでなんとか」

 ゼィギオス攻略部隊に配属されているのは、年少組が中心となっている。
 何故かと言うと、こちらの部隊はゼィギオスを制圧した後、この地で訓練を施すため、伸びしろの大きな者達で構成されているからだ。

 戦争の真っ最中に訓練というと奇妙に聞こえるが、この大地ではこれが常識だ。その地を占領したことで得られたマナを、スピリット達への訓練で費やす。
 後から都市を奪い返されたり、あるいは外交的手段によって手放さざるを得なくなっても、強くなったスピリット達はいなくなったりはしない。

 残る一つの大都市であるユウソカの攻略は、悠人達がそのまま行う手筈になっている。地図上で見ると一目瞭然だが、ユウソカへはサレ・スニルからの方が近いのだ。
 そして秩序の壁が開放されたら、ユウソカ、ゼィギオスの二方面から壁に侵攻、そのまま首都サーギオスで合流。こういった作戦だった。

 悠人達の負担が大きくなるが、帝国の最精鋭――特に皇帝妖精騎士団に相対するには、今の年少組の実力では犬死にになりかねないし、そうすると首都攻略が覚束なくなる。そのための苦肉の策だった。

「悠人達の方へ援軍は必要か? なんなら、訓練が遅れちまうが、俺が行ってもいいが」

 光陰がそう提案する。

「いや、ちょっと前にイオ経由の神剣通信で連絡があったけど、一応大丈夫みたいだ。サレ・スニルで二、三日休んだら、すぐユウソカに向かうらしい」
「それにコーイン様に抜けられると、こっち側の戦力が足りなくなるわ」
「ふむ、セリアの言うことももっともか。ま、向こうの戦力が足りてるならいいんだ」

 さて、と、大方針が固まったら、後は細かい実務の詰めだ。

 警備に訓練に休養のスケジュールを組む。ラキオスにいた頃と違い、ここは敵地である秩序の壁が目と鼻の先にあるので、警備のシフトを多めにしないといけない。

「でも、攻めて来るかな? 理由はよくわからないけど、ここに来るまでも街に駐屯している連中しか抵抗がなかったし」
「いよいよもって、秋月の奴が『求め』を誘い込んでる、って仮説に信憑性が出て来たが……しかし御剣よ。油断は駄目だぜ」
「いや、流石にそんなことするつもりはないけどさ」

 油断などしている暇はない。それで誰か一人でも死者が増えたら、悔やんでも悔やみきれない。
 第一、今でこそ『束ね』を十全に扱えるようになったからエトランジェと名乗っても恥ずかしくない程度の実力を得たが、周りの実力が高すぎて天狗になることなど出来ない。
 なにより、友希の最終目標はあのタキオスである。油断するなど、何をか言わんやだ。

「訓練の方は……なあ、本当にいいのか? 僕、殆ど訓練のシフトなんだけど」

 簡単に書かれた主要メンバーのスケジュールを改めて見て、友希が漏らす。
 友希は、休養は他のみんなと変わらないものの、警備シフトは半分以下だ。

「それは元々決めたことだろ。お前さんの力の底上げは、全軍に影響するんだから」

 コネクトの魔法は、この戦争でも絶大な効果を発揮している。特に年少組がゼィギオスに詰めているサーギオスのスピリットに対抗できたのは、この影響が大きい。

「それに、休憩時間に書類仕事とか入れてるから。多分、楽はできないと思うけどね」
「うぐ……」

 セリアの言葉に、今日やった書類の量を思い出し、友希が顔を引き攣らせる。
 エーテルをとにかくつぎ込みまくる速成型の訓練は普段の訓練より遥かにキツい。この上、苦手な隊長としての仕事まで入ってくるとなると、成る程、警備が少ないことに申し訳ない気持ちを感じている場合ではないようだ。

「ま、訓練の方に集中するためにも、今日、明日でなるべく机仕事は片付けましょうか」
「あの、休養日……」
「早めに終わらせれば、半日は休めるわ」

 慈悲のないセリアの言葉に、友希は光陰に助けを求めるように目を向ける。

「俺は午後からも警邏だ。ヘリオンちゃーん、と一緒に行く約束でなっ」
「そ、そう言わず。あ、そうだ。一応隊長として、僕も市中の様子を確認しておかないと」
「だから俺が代わりに行ってやってるんだろうが。お前はセリアと仕事を頑張れ。いやー、こんな美人と二人っきりで仕事なんて、羨ましいな、御剣」

 光陰はぽん、と友希の背中を叩き、軽やかに部屋を出て行く。

「あ、こら待て碧――」
「トモキ様、貴方はこっちです」

 光陰を追いかけようとした友希に、セリアが待ったをかける。
 戦場ではともかく、こういう日常の中ではどうもセリアには逆らえず、友希はすごすごと執務机に戻るのだった。


















「馬鹿な!? 何故ですか、ソーマ様!」

 普段は佳織の護衛に付いているウルカが廊下を歩いていると、スピリット隊を率いる隊長の一人であるソーマに引き止められた。
 ソーマは、常に人を小馬鹿にしたような慇懃無礼な態度を取り、おまけに妖精趣味を隠そうともしないといった点から、サーギオス城内では変人扱いされている男だ。

 一方で、彼のスピリット育成の手腕はサーギオスでも一、二を争う腕前で、一糸乱れぬ機械のような連携を得意とする彼の配下『ソーマズフェアリー』は、皇帝妖精騎士団に次ぐ実力があるとされている。

「何故、と聞かれましてもねぇ。貴女の遊撃隊は中々の実力ですからね。いつまでも遊ばせてはおけないのですよ。私の栄えあるソーマズフェアリーの一員となれるのは、彼女たちにとっても良いことでしょう?」

 そんな彼が告げたのが、ウルカの部下たちを自分の直属部隊に組み入れるという話だった。

 ウルカとて、最近のサーギオスの劣勢は聞いている。確かに、隊長であるウルカの手伝いで佳織の護衛の手伝いや、首都周辺の簡単な任務しかこなしていない今のウルカ遊撃隊は、端的に言って『もったいない』。
 近々、どこかの部隊に配属され、対ラキオスの戦線に投入されることは覚悟していたが――それが、ソーマの部隊であるということに、ウルカは背筋が冷える思いだった。

「っ、しか、し」
「貴女に事前に教えてあげるのは、私なりの思いやりなのですがねぇ。まあいいでしょう。なにか言いたいことがあるのなら聞いてあげます」

 ソーマがサーギオスでも有数の訓練士として名を馳せている理由は簡単だ。彼はどんなスピリットでも、そのハイロゥを瞬く間に漆黒に染め上げ、冷徹な戦争の道具へと変えてしまうからだった。
 スピリットにも個性があり、そう簡単にはハイロゥは黒くはならない。
 それがソーマの手にかかると、極僅かな期間で彼女らは理性を手放し、神剣に呑まれてしまう。

 妖精趣味のソーマが、スピリットを性的に調教しているからだ、等と同僚の訓練士からは陰口を叩かれている。

 それも事実の一端ではあるが、全てではない。スピリットであるウルカにはその真の理由がよくわかる。

(……あれは、不味い)

 かつて彼の指揮下にいた頃、ウルカはその理由を思い知った。

 ソーマの言葉には毒が含まれている。心にするりと入り込んできて、全身を犯す猛毒だ。
 当時のウルカは、話すだけで理性が鈍くなる感覚があった。己を奮い立たせて耐えたが、自分が自分でなくなるようなおぞましい感覚は今だ覚えている。

「く――」

 反論の言葉は、ついにウルカの口からは出なかった。
 思いの丈をぶちまければ、それだけでソーマへの反逆となりかねない。

「おやおや、折角意見を許してやったというのに。なにも言わないとは。……ああ、そうだ。貴女の仕事は、今まで通りカオリ殿の護衛ですよ。隊長だ、最強だと持て囃されても、所詮は相手を殺せない欠陥に、我が薫陶を受ける資格はありませんからねぇ」

 この上、ウルカは一人で残されるらしい。
 ウルカは足元が崩れ落ちるような感覚がした。

「さて。貴女がいなくなるので、隊長は今の副隊長にやってもらいましょう。確か……アルカ、と言いましたか」

 ソーマはくるりとウルカに背を向けて、ウルカの遊撃隊が待機している宿舎へと歩き始める。
 止めることは出来ない。ウルカはソーマの後ろ姿を見送りながら、腰に差した自身の神剣の柄を、ぎゅ、と握り締めた。




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