十二月二十日、十二時五十五分。
 僅かでもマナを補充しようと、朝ご飯をいつもの倍腹に収め、アセリアと軽く打合せた後、近所の公園に植林された木の裏で待機すること約三十分。

 友希の記憶通り、人通りの少ない公園でここまでに公園を訪れた人は僅か一人だった。今は誰もいない。
 このまま誰も来てくれるなよ、と祈りつつ、友希は公園の広場を挟んで反対側の木の影にいるであろうアセリアと最後の神剣通話を交わす。

『……アセリア。もうすぐ、予定の時間だ。マナの不足は大丈夫か?』
『ん。問題ない。五分くらいは全力で動ける』

 五分。短いが、一回の戦闘をするには十分だ。一、二分あれば、今は友希の家にいる悠人が援軍に来てくれる手はずとなっているが、それまでに大勢は決まっているだろう。
 そも、自分たちには最初の奇襲を成功させない限り、勝ちの目はない。

『了解。それじゃあ、アセリアは僕が動いたらすぐに出てきて女の子の方を足止めな。僕は、黒い剣士――タキオスをやる』
『わかった。作戦通り』

 アセリアを最初に動かし陽動とすることも考えたが、そのような小細工があの歴戦の戦士であろう男に通用するとは思えない。
 最初の一撃。それしかチャンスはないと見ていいだろう。

 ふぅ、と無理に緊張をほぐすように深呼吸をして、自らの体の中に納めてある『束ね』を実体化させる。
 時深の手紙に予言された、連中が出現する時間まで後二分。

 公園のどこに現れるかわからない。一応、友希が隠れている木は、公園の入り口からも広場からも見えない位置に生えているが、本当にここで大丈夫なのかと今更逡巡する。いや、そもそも本当に現れるのか。もしかすると、今にも一人友希の家にいる悠人の方に襲いかかったりしないか。

 いや、と友希は首を振り、全神経を張り巡らせる。悠人やアセリアと相談して、もう決めたことだ。
 そうして、再び息を潜め、

「ふぅ、さて。ここで少し食事休憩としましょうか」
「はっ」

 果たして、まるで空間から滲み出てくるように、広場の中央に二人の人影が現れた。

 全身を鋼で固めたような、闘志溢れる巨躯。
 どこか宗教めいた白い装束に身を纏い、神々しい外見に反する邪悪な気配を垂れ流している幼女。

 そしてそれぞれの手には、圧倒的な破壊力を秘めていると全身で主張している巨剣と――華奢な外観に関わらず、その巨剣をも遥かに凌駕する禍々しいオーラを纏う杖があった。

『〜〜〜〜〜!』

 友希は、悲鳴を上げかけ、ギリギリで抑えた。

 男の――タキオスの剣は、今まで何度か見たことがある。
 とてつもない力を持っていることは見ただけで分かったし、実際に太刀打ちなどできなかった。ゼフィの敵討ちを志しながらも、心が折れそうになったことは何度もある。

 しかし、少女の持つ永遠神剣は、そんな生やさしいものではない。
 視界に入れた瞬間、血液が沸騰――あるいは、凍りつくかと思えた。

 まるで一つの宇宙をそのまま杖の形に固めたような存在感。底が知れない、いや、底などない。『束ね』や『存在』、あるいは悠人の『求め』ですら、同じ神剣とは思えない。太陽と小石ほどの差がある。
 軽く一振りするだけで、世界が砕けるんじゃないか。冗談抜きに、友希にはそう思えた。

 ――一方で、

『……随分、位は高そうですが、目論見通り、今なら全く対抗できない相手では無さそうですね』
『ああ』

 テムオリンの永遠神剣のポテンシャルは計り知れない。
 ただし、その力を十分に振るうためには、この世界のマナは足りない。絶望的に。

 どれほど大きな器が相手だろうが、掬うべき水がないなら、小さな器でも対抗できる。
 アセリアでも、足止めがかろうじて可能であるほどに。

 ましてや、タキオスと友希の差は、思っていた以上に縮まっていた。
 純粋な振るえる力の量であれば、ファンタズマゴリアでの友希と悠人の差より、恐らくは小さい。

 タキオスの永遠神剣『無我』の発する力からそう推し量り、友希は機を窺った。

「さて、タキオス? 例の子――小鳥、でしたかしら? 彼女を攫うのはいつにしましょうか? そろそろ決めておきましょう」
「そうですな。明日ならば、その後力を回復する暇もなく、よろしいのではないかと」
「ええ、ではそうしましょう。ふふ……彼女が嬲られている姿を見て、『求め』の主はどのような反応をしてくれるでしょうか? 楽しみですわ」
「……テムオリン様、今更ですがご趣味に走られるのは程々に。この世界では、我らとてあまり自由は効きません。特に、この時間樹においては神名などというものがありますからな」
「わかっていますわ、そのくらい」

 カッ、と友希の頭に血が上る。
 いつ、どこで小鳥のことを知ったのかはわからないが、何気なく交わされた会話の内容は到底看過できるものではない。

 攫う、嬲る。それも、あの少女の趣味というだけ。
 小鳥のことは、悠人たちを介した間接的な仲でしかないが、よく笑う子だったのは覚えている。あの笑顔を壊す。……ゼフィのように。

 カタカタ、と怒りで『束ね』を握る右手が震え、じっとり汗が吹き出てくる。

『主』
『わかってる、わかってるから』

 『束ね』とのつながりを通じて、こちらを気遣う気持ちが伝わってくるが、そう返事する他ない。
 タキオス、そしてテムオリンへの怒りは、もう抑えきれないほど高まっている。

 しかし、間違っても暴走などしない。地球に戻る直前、感情のまま突っ込んで、結局悠人やアセリアを危機に晒した。
 自分のやけっぱちな行動で、味方を危機に晒すのはもう十分だ。

「さて、その『求め』の様子ですが――あら?」
「どうしました……む?」

 二人が、意識を友希の家に向けるのが感じられた。恐らくは、友希とアセリアがいないことに気付き、訝しんでいる。

『――今だ!』

 ダッ、と友希は疾風のように駆けた。
 友希たちの不在に気付けば、二人の警戒は上がるだろう。その前に、勝負をかける。

 ファンタズマゴリアにいた頃程ではないが、それでも悠人やアセリアと比べると速度の低下も大したことはない。たかが数十メートルの距離など、友希は一瞬で潰し、『束ね』を振りかぶる。

 ――今回必要なのは、一撃の重さだ。最初の一撃が、その後を大きく変える。

 そうすると、思い浮かぶのは亡き恋人の剣。一撃必殺を旨とした、サルドバルト伝統の一太刀。
 訓練士であるイスガルドに無理を言って習ったが、自分と『束ね』の戦闘スタイルに合わないため、今まで使うことのなかった一刀だ。

「――!」

 友希の気配に気付いたタキオスが背負った『無我』を抜きつつこちらを振り向き始める。テムオリンは、永遠神剣の格こそ圧倒的だが、タキオス程の戦闘センスはないのか、まだ気付いていない。

「ぉ……」

 思った通り、タキオスの動きは遅い。ファンタズマゴリアでの人智を超えた動きとはまるで比べ物にならない。このまま、構える前に友希の攻撃が当たる。
 それをあちらも察したのか、オーラフォトンによる守りを展開するが、

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 十分に練ったオーラフォトンが『束ね』に収斂し、光を放つ。
 実際の刀身より一回り大きな光剣となった『束ね』がタキオスの守りを突破し、

「ぐっ、ぬぅ!?」

 鎧のような筋肉の抵抗も突き抜け、『束ね』がタキオスの脇腹に深々と食い込んだ。
























「ぬ。おおおお!」

 腹に剣が刺さった状態にも関わらず、タキオスが強引に『無我』を振るう。

「くっ」

 あわよくばそのまま捩じ切ろうとしていた友希も、慌てて後ろに下がる。腹が裂かれているとは思えないほど力強く振るわれた『無我』の剣風が、友希を打つ。友希は、冷や汗を流す。後一秒下がるのが遅ければ胴から真っ二つに両断されていた。
 ……そう、一秒も余裕があった。

 これは、ただのマナ不足だけが原因ではない。友希の捨て身の奇襲が、確かな効果をもたらした証拠だ。

「やって、くれたな! エトランジェ……! 貴様、どうして俺たちがここに来るとわかった?」
「言う必要は――ない!」

 無駄な問答をして、折角与えたダメージが回復する暇をやる義理はない。
 すぐさま友希は再度の攻撃を仕掛ける。

「タキオス! ……くっ、スピリット如きが、私に楯突くなど!」
「行かせ……ない!」

 テムオリンからの援護はない。友希に遅れること数秒、テムオリンに向けて攻撃を仕掛けたアセリアの相手で、あっちも時間をとられている。
 幾つもの剣を虚空から呼び出し、叩きつけるというテムオリンの戦法をアセリアは捌ききる。恐ろしいことに、テムオリンが繰り出す剣は全て永遠神剣であったが、この世界では十分な威力は発揮できない。
 神剣魔法で、とテムオリンが距離を取ろうとすると、勘でそれを察したアセリアが斬りかかって、魔法に必要な集中をさせない。

 最終的には地力の差から、アセリアが叩き潰されるだろうが、それまでまだ数分はかかる。

「タキオス! お前は、ここで倒す!」
「俺の名前を――! そうか、トキミが貴様らに手を貸したか!」

 横薙ぎに振るわれる『無我』の下を掻い潜って、攻撃に転じる。
 タキオスの剣速はまだ十分に早いが、友希でも対応できるまでに下がっていた。

 腹の傷も、マナの流出こそ止まっていたが、影響は明らかだ。

「っらぁ!」
「甘い、その程度で……なに!?」

 元々この時間樹を旅してきた『束ね』は、タキオス達と違い力の劣化が少ない。手の平で友希の剣を受け止めるタキオスだが、硬い防御のマナを集中させても、この世界では友希の攻撃を防げない。
 ずぷ、と肉に刃が食い込む嫌な感触。そのまま指を斬り飛ばそうとしたが、流石にそれは虫が良すぎたようで、一センチ程食い込んでから『束ね』の進行は止まった。

 ――奇しくも、その傷はかつてゼフィが与え、タキオスがあえて残した傷口と重なった。

「ぬ、おおおおおおおお!!」

 タキオスが『束ね』を強引に押し戻す。このマナの薄い世界では、自滅してもおかしくない力の放出だ。真正面から暴風を叩き付けられた友希はたまらず後退するが、すぐに前に出る。

 ――戦える。いや、それどころか、明らかに押している。

 手の平の傷は、腹と同じようにすぐに塞がるが、そのためにタキオスが費やしたマナは少なくない。

「ちぃ! やるではないか、エトランジェ!」
「うるっ、さい!」

 タキオスに褒められても、腹ただしいだけだ。

「そう言うな! 俺は嬉しいぞ。お前に有利な世界とは言え、俺にここまでの傷を与えるとはな! この前とは違うな! あの妖精以上だぞ、今のお前は!」

 確かに冷静さを完全に失ってタキオスに襲いかかった前回より、今は周りが見えている。
 アセリアが、苦労しながらもテムオリンの足止めに成功しているのも見えるし、悠人が全力でこっちに向かっている気配も感じる。
 我武者羅になって攻撃していたあの時より、ずっと訓練の成果が生かせている。

 ――だからと言って、友希の中の激情が、完全になくなったわけでは勿論ない。
 このような物言いを聞き流せる程、友希の許容量は大きくない。ゼフィの事を言われ、一瞬で沸点を突破した。

「だからっ、黙れよお前ええええ!」
「はっ、つれないな!」

 友希の攻撃が、巧妙に逸らされる。
 大きなダメージを受けたタキオスだが、それでもその戦闘技術にはいささかの曇りもない。
 今や地力では友希の方が上回っている。しかし、力で叩き潰せないのなら、それなりの戦い方というものがあった。タキオスの技の引き出しには、当然のようにそのような戦法も存在する。最も信頼する一つの技を集中的に鍛え上げることを好むタキオスだが、しかしある程度状況に応じた技も覚えていなければ、エターナル同士の戦でここまで生きてはこれなかった。

「どうしたどうした!? この程度ではなかろう。これでは、あの妖精の仇を討つなど夢のまた夢だぞ!」
「〜〜〜〜〜!」

 『無我』の巨大な刀身をまるで手足ように操り、タキオスは致命傷を避けている。友希はどうしても攻め切れない。今のタキオスは、かつて戦ったような剛の剣だけの剣士ではない。受け切れない剣撃は逸らし、あるいは躱し……それどころか、相当に消耗した身の上で、友希の攻撃の合間に拳や蹴りで反撃を加えていた。

 初撃以降、まともに入った攻撃は一つもなく、このままではテムオリンの足止めをしているアセリアが力尽きる。もはや防戦一方であるもう一つの戦場をちらりと様子見し、

「ふん! 隙が出来たぞ!」
「しまっ……!?」

 ほんの一瞬、友希が気を逸らした隙を見逃さず、タキオスの一閃が襲い掛かる。
 ここを勝負所と見ているのか、残り少ないマナの殆どを込めた攻撃だった。オーラフォトンの光が『無我』に宿り、友希を両断せんと襲いかかる。

『〜〜〜耐えろよ、『束ね』!』
『主こそ!』

 友希はオーラの盾を張り攻撃の勢いを削ぎ、稼いだ時間に『束ね』を盾として構える。『無我』と『束ね』が接触し、『束ね』が軋みを上げる。
 全力でマナを注ぎ込み、『束ね』の強度を上げ、しかしそれでもタキオスの攻撃は重く、『束ね』に小さな罅が走り――

「ぐううっ! がぁ!」

 タキオスの剛撃の流れに逆らわず、飛んで衝撃を逃がす。殆ど本能的な動きだった。
 木っ端のごとく吹き飛ばされ、公園に植樹された木に叩きつけられ、三、四本の木をへし折って、ようやく止まった。

 激しく叩きつけられた背中と攻撃を受け止めた腕が痛みを訴えるが、なんとか立ち上がる。
 すぐに追撃にかかってくるかと思っていたが、意外にもタキオスは攻撃した位置から動いてはいなかった。

「よし、よく防いだ。今ので勝負が決まると興醒めだからな」
「余裕のつもりかっ!」
「余裕? ふ、そんなものはない。これ以上戦いにマナを費やすと、これからの行動に支障が出るほどに消耗しているのでな。『求め』の主も来たようであるし」

 その言葉の直後に、全力で駆けてきた悠人が公園の柵を飛び越え戦場に降り立つ。

「アセリア! 友希! 無事か! ……! アセリア、こっちへ!」
「ユー……トッ!」

 左手をテムオリンの射出する神剣の一本に貫かれたアセリアが、フラつきながらも悠人の元に逃げることに成功する。

「くっ、忌々しい!」
「お前がテムオリンか!」

 テムオリンの神剣の乱射を、悠人は真正面から防ぎきる。
 効果が薄いと悟ったのか、テムオリンも攻撃の手を止め、一時戦況が膠着した。

「さて、テムオリン様。いかがいたしますか。私は、これ以上戦うと戦線離脱してしまう可能性もありますが」

 タキオスが主に伺いを立てる。タキオスが最初に受けた傷は、表面上は塞がっているが、いつまた傷口が広がるかわからない。地球では、十分に休養して癒さなければ本当に退場になりかねなかった。
 テムオリンは今にも射殺さんばかりの視線で悠人、友希、アセリアを見比べ、

「……仕方ありませんわ。このような局面でタキオスを失うわけにはいきませんし。今回は私たちの負けです。まったく、トキミさんも中々やりますわね」

 結局のところ、敗因はそれだった。いくら友希達とテムオリン達の力の差が縮まっているとは言え、完全な奇襲に成功していなければ一矢報いることすらできなかった。
 テムオリンは、宿敵に親愛とも憎悪ともつかぬ感情を抱きつつ、友希たちに背を向ける。

「さ、行きますわよ、タキオス」
「はっ。ではな、エトランジェ達」

 そう告げ、消え去るテムオリンを追いかけようとするタキオスは、ふと友希に向き直り、言った。

「貴様……トモキ、だったか。次に戦うのはあちらの世界だ。次までにもっと鍛えて、俺を倒すための策を練ってこい。楽しみにしている」
「逃げるな、タキオス!」

 友希は消えようとするタキオスを追いかけるが、身体能力が上がらない。
 刀身に罅の入った『束ね』は、そちらの修復に力を傾けていた。

『申し訳……ありません。私も、これ以上の戦闘は……』

 今下手に剣を打ち交わすと『束ね』がへし折れてしまう。ギリ、と歯が砕けんばかりに噛み締め、タキオスに襲い掛かろうとする自分を抑えた。
 しかし、一つだけ言っておかねばならないことがある。

「……テメェ、小鳥ちゃんに手を出したら、絶対に殺すぞ」
「ふっ。テムオリン様も言っていたであろう。今回は俺達の負けだ。そんなことはせん」
「信用できるか!」
「ならば、好きにするがいい。さらばだ」

 今度こそ、タキオスも消える。
 追いかけようにも、どのように移動したのかすらわからない。

「……糞っ!」

 友希は拳を地面に叩きつける。『束ね』の加護が切れているため、皮膚が裂け血が流れた。
 しばらくそのままの姿勢でひとしきり後悔するが、すぐに立ち上がる。

 少なくとも、誰も死んでいない。そして、テムオリンとタキオスを退けることができ、タキオスには手傷を負わせることもできた。当初想定していた中では、最上の結果に近い。

 ひとまずは、そう納得するしかない。次は……

『次は、絶対に倒す』

 そう近い、アセリアと悠人の元に行く。アセリアの負傷を癒し、万が一のため小鳥を保護し、時深の手紙通り門を開けファンタズマゴリアへ帰還する。
 ファンタズマゴリアに帰った後も、やるべきことはたくさんある。

 タキオスのことは一時横に置き、次の行動に向けて友希は動き出した。
















 警戒は続けたものの、あれからタキオス達の襲撃はなかった。
 念のため保護した小鳥には、しばらく友希の家に逗留してもらわないといけないこともあり、事情を説明した。

 騒がしく、子供っぽいという印象のあった小鳥だが、ファンタズマゴリアのことについては思いの外冷静に受け止め、佳織を助けてほしいと丁寧にお願いしてきた。

 勿論、否応もない。

 そうして時深の手紙に合った日付と場所で、小鳥と悠人が最後の別れを交わしていた。

「じゃ、な。小鳥。そろそろ時間だ、少し離れていてくれ」
「はいっ! 悠人先輩。その……頑張ってください! アセリアさんも、御剣先輩も!」
「おう、任せろ」
「ああ」

 言葉は理解できなくても気持ちは伝わったのか、アセリアがファンタズマゴリアの言葉で力強く返事をし胸に拳を当てる。
 友希も、万感の思いを込めて頷いた。

 小鳥が離れ、神社の境内には友希、悠人、アセリアの三人が立つ。

「……後五分で、時深の指定した時間だ。俺と『求め』が門を切り開くから、乗り遅れないでくれよ?」

 悠人は、とある可能性の世界とは違い、殆ど力を消耗していない。問題なく門を開き、安定化させることができるはずだった。

「ああ、わかってる」
「……そういえば友希、それなんだ?」

 こちらの世界に来た時には持っていなかった巨大なキャリーバッグを友希は携えていた。今更ながら悠人は疑問に思い尋ねる。

「まあ、色々だよ。基本的には本だ」
「そういえば、昨日一日出かけてたよな。それ関係か」
「そう。ちょっと思いついてさ。ヨーティアに見せれば……もしかしたらラキオスは随分有利になるかもしれない」

 万が一の襲撃の危険に目を瞑ってまで掻き集めてきた技術書の類だった。
 ファンタズマゴリアと地球とでは、技術体系が全く異なるし、そもそも物理法則が本当に一致しているのかもわからない。しかし、もし現代兵器の再現にまで至れば、スピリットにも効果が皆無ということはあるまい。
 危険な知識を広めることで、余計な血が流れるのではないかと躊躇もしたが……四の五の言っていられる状況でもなかった。友希と悠人、アセリアという三枚看板がいないラキオスが、どこまで追い詰められているかわかったものではない。

「……友希、お前凄いな。俺、そんなこと全然思いつかなかった」
「お前、アセリアにつきっきりだったろ……」

 友希も、アセリアに分け与えられるほどマナに余裕がなくなったお陰で、タキオスたちとの戦い以降はアセリアはベッドの住人だった。
 悠人は当然のようにつきっきりで看病し――他の余計なことに気を回す余裕など皆無だった。
 悠人も平時であれば、このくらいは気付いたはずだ。

「よし、帰ったらマロリガン、次はサーギオスだ。……光陰と今日子を助けて、佳織も助けて、かえってくるぞ!」
「ついででいいから、瞬もな」
「……む、それは」
「悠人」
「〜〜、わかったよ」

 やはり、瞬への感情はまだ複雑なものがあるらしい。

「――来た、門だ」

 悠人が呟く。殆ど同時に、友希の神剣使いとしての超感覚が、世界の繋がりを察知する。それに『求め』が干渉し、こちらに引き寄せるのがわかった。

 世界間移動の衝撃に備えながらも、友希はしっかりと眼を開いて境内から見える町並みを見下ろした。

 ……次に、この風景を見るのは、全員揃ってだ。
 いつになるかわからないが、それまで忘れないよう、しっかりとまぶたに焼き付ける。

「行くぞ!」
「ああ!」

 悠人が『求め』を掲げる。

 ……次の瞬間、光の柱が立ち上り、三人の姿は消えていた。




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