結局、友希は何事も無くラキオス王国への帰還を果たした。

 サーギオスで得た情報は貴重なものだ。帰還してから休む暇もなく登城し、友希はすぐさま謁見の間に通された。

「まずはトモキ。よくぞ無事に帰ってきてくれました」
「はい」

 人払いの済んだ謁見の間で、レスティーナが友希を労う言葉をかける。

「ええと、とりあえず、サーギオスで集めた情報を報告したいんですが」

 ちらっ、と友希はレスティーナの脇に立つ女性に目をやる。
 よれよれの白衣を引っ掛け、眼鏡越しに友希のことを無遠慮に観察している女性。

 大臣も含め、ほとんどの人を退室させたレスティーナだが、その女性だけは当然のように残っていた。

「あの、その人は一体?」
「あー、悪い悪い。自己紹介がまだだったねぇ。私はヨーティア・リカリオン。あんたがいない間に、ラキオスに世話になり始めた研究者さ」
「学者さん、ですか?」
「ああ。専門はエーテル技術と神剣関連だが、必要となればまあ大体の分野はできる。天才だからね。ていうか、他の連中ができなさ過ぎるんだけどさ」

 いちいち言動に自信に満ちあふれているヨーティアを、友希は胡散臭そうな目で見てしまう。
 どう見ても、ヨーティアは二十代そこそこといったところ。技術者や学者として、レスティーナが特別に頼りにするには若すぎるように見えた。

「あ、どうも。僕は――」
「ああ、聞かなくても大丈夫さ。元サルドバルト所属、現ラキオススピリット隊のエトランジェ、『束ね』のトモキ」
「は、はあ」
「あんたの永遠神剣、どうやら他のものと全然違うタイプなんだってね。良ければ、この後にでも見させてくれ」

 有無を言わせぬ口調に、反射的に頷いてしまう。
 どうにもやりにくい。

「っと。失礼しました、陛下。サーギオスで集めた情報ですけど」
「いえ、少々待ってください。そろそろユートが来る頃です。二度説明するのも無駄でしょう」
「? 悠人って、今はランサにいるんじゃ。そんなほいほい帰ってこれるはずが……」

 既にマロリガンとの戦争は始まっている、スピリット隊の隊長であり、ラキオスの最強戦力である悠人は、当然最前線で戦っているはずだ。
 そうほいほいとランサを空けるわけにはいかないだろうし、そもそも王都からランサまでどう強行軍で進んでも二、三日はかかる。

 友希が首を捻っていると、ヨーティアが『よくぞ聞いてくれた』という顔で語りはじめた。

「ふ……くっくっく、いやいや、それが可能なんだよトモキ。この私が開発したエーテルジャンp「友希が帰ってきたって本当か!?」

 ヨーティアの台詞を遮って、謁見の間の扉を派手に開く音と、それに負けない怒号が響いた。
 振り返ると、息を切らせている悠人が駆け寄ってきていた。

「友希! か、佳織は!? 佳織は無事――」
「はいはい、落ち着け、ボンクラ」

 友希の肩を掴み、必死の形相で詰め寄る悠人の耳をヨーティアが引っ張る。

「いて、いてて!? や、やめろ、ヨーティア!」
「だったら少し落ち着きな。妹のことが心配なのはわかるがね、ちゃんと順序立てて説明してもらわにゃ、わかるもんもわからないだろう? 特にお前さんは、ボンクラなんだからさ」
「だ、誰がボンクラだ!」

 抗議する悠人をさらりと躱して、ヨーティアはレスティーナの隣に戻る。
 悠人はブツブツと文句を言っていたが、調子を外されて頭が冷えたのか、詰め寄るようなことはなかった。

「……ごめん、友希。俺、焦っちゃってさ」
「ああ。うん。構わないって。後、佳織ちゃんだけど、少なくとも怪我とかはしてない。部屋に閉じ込められているけど、それ以外は不自由はなかった。……詳しくはこれから話すから」
「そっか。サンキュ」

 佳織を本当に傷つけたりしたら、瞬と『誓い』の乖離は決定的になる。
 しばらくは佳織の身は安全だろうというのが友希と『束ね』の一致した見解だった。

「では、聞かせてくれますか、トモキ。サーギオス帝国の現状。シュンというエトランジェのこと。カオリのこと……貴方の情報一つ一つが、ラキオスの未来を左右するかも知れません」
「はい、陛下。まず――」































 友希が全てを話し終えた後、謁見の間は重苦しい沈黙に包まれていた。
 一番に激発したのは、やはりというか、悠人だ。

「な、なんだよ、それ!? 皇帝が『誓い』で、今は瞬がその代わり!?」
「ああ」

 改めて確認すると、友希も胸のざわめきが収まらない。永遠神剣がどんなに強大な意志と力を持つとはいえ、剣は剣、道具だ。
 だというのに、その神剣がファンタズマゴリア最大の国家を率いていたという事実。

 こちらに来て日の浅い悠人や友希ですらショックなのだ。流石のレスティーナも険しい表情になっていた。

「――成る程、ねぇ。私がサーギオスにいた頃に聞いた噂は本当だったってわけか」
「ええと、ヨーティア、さんは、昔は帝国にいたんですか?」
「ヨーティアでいいよ、堅苦しい。ま、帝国に所属していたってのはその通りさ。そういうことなんで、世間に顔を出さない皇帝の噂くらいは聞いていたわけだ。『皇帝は人にあらず』ってね。タチの悪い冗談じゃあなかったわけか」

 いやいや、この天才ともあろう者が、不覚にも気付かなかったよ、とあっけらかんと言うヨーティア。
 能力はわからないが、この神経の図太さは確かに天才級だ。

「と、すると、サーギオス帝国との講和は絶望的、ということですね」

 しばらく考え込んでいたレスティーナが、ぽつりと呟く。

「伝承によれば四神剣はお互いを砕くことを目的としているとか。ユートの言う『求め』の言葉からも、伝承が正しいことは明らかです。サーギオスとの戦いは避けられないでしょう」
「……そうだな。実際、光陰と今日子――あいつらの持ってた『因果』と『空虚』を見た時の『求め』は、今までにないほど激高してたし」

 突然話に出てきた地球の友人に、友希はぎょっとする。

「瞬のやつから聞いたけど、悠人、あの二人と」
「……悪い、それは後で話す」

 沈痛な表情となる悠人はすぐに気持ちを入れ替え、話を続けた。

「特に『求め』は『誓い』を目の敵にしていると思う。今『誓い』の名前が出た時、すごい勢いで乗っ取りかけてきやがった」

 腰に差した『求め』を、悠人は忌々しげに押さえつける。リィィーーーン、と抗議するような甲高い音が『求め』から発せられた。

「多分、『誓い』の方も、だと思います」

 友希は、瞬とのやり取りを思い出しながら、自信なさげに言った。
 四神剣全てに対して敵意を持っていた瞬と『誓い』だが、特に『求め』に対しての憎悪が大きかったような気がする。ただ、あれは瞬の悠人への感情が入り交じっていたため、断言はできない。

「中々興味深いねえ。四神剣は互いに憎悪しあっている。しかし、スピリットの神剣を砕いてもマナは手に入るだろうに、お互いに特別視してるのはなんでだ? 四神剣の主がスピリットではなくエトランジェなのもその辺が関係してくるのか? だとすると、四神剣とそれ以外の神剣、エトランジェとスピリットの違いは何だ?
 ふーむ……」

 天才にかかっては、この重苦しい情報も、研究テーマに過ぎないらしい。
 ちらちらと悠人の『求め』を見るその目には、研究意欲に燃える情熱的な炎が宿っていた。

「ヨーティア殿」
「おっと、すまんね、レスティーナ殿。どうぞ、話を続けてくれ」
「……はい。『誓い』のことは気になりますがひとまず置いておいて……ラキオスとしてありがたい情報は、サーギオス帝国がこの戦争に関わる気がないというところですね」

 現在、ラキオスはそれなりの数の部隊をサーギオス帝国への備えに置いている。お陰で悠人達精鋭部隊以外は中々マロリガンとの戦に投入できないのだが、コトによれば幾らかは戦力を回せるかもしれない。
 そんな計算がレスティーナの中で走る。

「あ、そっか確かに」
「勿論、無防備にするわけにはいきませんが、警戒は多少緩めても大丈夫でしょう」

 レスティーナに指摘されて友希は初めて気がついた。瞬は、この戦争で勝った方の相手をしてやる、と言っていた。親友同士が殺しあう事を笑っているのは趣味が悪いが、逆に言えばこの戦争に介入しないと言っているも同じだ。
 同じ事を聞いていたはずなのに、レスティーナは一つも二つも先のことを理解していた。

「それに、スピリットの数や質も不完全ながらわかりました。情報部に通せば、より確度の高い情報となるでしょう。有意義な情報でした、トモキ。ありがとうございます」
「あ、いえ。あの、頭なんて下げないでください」

 ファンタズマゴリアでも、頭を下げることの意味は地球と同じだ。レスティーナの行動に、友希は慌てて止めようとする。

「ふふ、女王が頭を下げるのは問題ですが、今は誰も見ておりません。大っぴらにエトランジェに報奨を与えるわけにはいかない以上、これくらいはさせてください」
「は、はあ……」

 レスティーナが真面目な顔を緩ませ、友希に微笑みかけてくる。
 そうすると、どちらかというと冷たい印象を与える美貌が一気に優しいものになる。照れてしまって、視線を背けそうになった。

「……それでトモキ。一つ貴方に確認しておきたいのです」
「はい?」

 もうレスティーナの表情は戻っていた。真剣な表情で、真摯に友希を見つめている。

「貴方は……わたしと、このラキオス王国に、これからも力を貸していただけますか?
 貴方の神剣は貴方を縛りはしない……。この国から、戦いから逃げることもできるでしょう。そうなった場合、女王として、貴方を追ったりしないことを誓います」

 思いもよらない提案だった。
 ラキオスにとって、友希の力は捨てるには惜しいはずだ。

「どうして……?」
「戦う力を持っていることと、実際に戦うことは別のことだとわたしは考えます。今はまだ無理ですが、将来的にはすべてのスピリットを戦いから開放したい……。
 そんな理想を掲げているわたしが、この国の人間でない貴方に戦いを強要するわけにはいかないでしょう?」

 本気の目だった。
 この女王は、このスピリットが虐げられることが当たり前の世界で、本気で彼女たちの開放を志していた。

『……主、言うまでもないかと思いますが』

 『束ね』の横槍は無視した。元より、そのつもりでなかったら、ラキオスには帰ってきていない。

「僕にも目的があります。ゼフィ……戦死したサルドバルトのスピリットですけど、彼女の仇を取ること」
「聞いています」
「あと、瞬のやつを『誓い』から助け出すこと。……どちらにせよ、ラキオスにいる方が都合がいいですし」

 それに、と思う。
 脳裏によぎるのは、サルドバルト時代の仲間、そしてラキオススピリット隊のみんなのこと。

「……スピリットの扱いには、色々と思うところもありまして。こっちでの友達や知り合いは、殆どスピリットですから。
 彼女たちの助けになれるっていうなら、その、微力を尽くします。いえ、尽くさせてください」
「……貴方に感謝を、トモキ」

 レスティーナが、染み入るような声で感謝を告げる。
 この時から、友希は本当の意味で、ラキオスの一員となった。


































 報告が終わり、
 悠人は、ランサに戻る、と言って慌てて出ていった。相変わらずどうやって移動しているかはわからないものの、友希も部隊に合流しようとしたのだが、そこでヨーティアにストップをかけられた。

「まあ、そう急ぐこたぁない。サーギオスから帰ってきたばかりで、まだ疲れてるだろう? 来な、お茶くらいはご馳走してやるよ」
「え? ええと……」
「レスティーナ殿にも許可をもらってる。ほら、ぐずぐずするんじゃないよ」

 それだけ言って、自分はさっさと歩いて行くヨーティア。友希は、悠人が走り去った方向をしばらく見てから、ため息を付いてヨーティアを小走りで追いかけた。
 身長はそれほど高くなく、コンパスは短いはずなのにヨーティアの歩く速度は結構速い。

「ヨーティアさ……」
「ヨーティア」
「……ヨーティア、どこに向かってるんだ?」
「私に与えられた研究室さ。まあ、すぐそこだ。防犯の関係上ね、城の奥の方に入れてもらってる」

 レスティーナは、余程ヨーティアに入れ込んでいるらしい。城の奥は、王族の寝室にも近く、この城で最も警備の厳重なところだ。

(この人がねえ)

 横目で観察すると、どう見てもちょっとズボラな理系の大学生、といった風情だ。
 自称天才という割には、そんな威厳などこれっぽっちもない。

「なんだい? じろじろ見て」
「いや、なんでもない」
「惚れたか?」
「……んなわけないだろ。なんか、天才って言う割にはそう見えないなあって思っただけ」

 軽く言うと、心外だ、という風にヨーティアは肩を怒らせた。

「なんだと! ああ、もう。悠人のやつと同じようなことを。この大天才に向かって」
「いや、だって」
「あー、あー。だからボンクラは嫌なんだ。人を見た目だけで判断する」

 僕もボンクラ認定か、と友希は微妙な表情になる。
 陽気に言われているから別に嫌な気分にはならないが、なんというのか、もう少し言いようがあるのではと思う。

「ったく。おっと、通り過ぎるところだった。ここが、私の研究室だ」
「へえ。ここが」

 立派な扉がついた部屋だった。城の構造的に、中は相当広いはずだ。

「いい部屋だろ? なんたって、厨房が近い」
「……そこか」
「腹が減っては戦は出来ぬ、ってのがハイペリアの格言なんだろう? 至言だと思うね。この言葉を考えた奴は、中々優秀だ」

 まあ入ってくれ、と案内された部屋は、本当に立派な研究室だった。

 壁際にある背の高い本棚には、分厚い専門書が詰められ、いくつもあるテーブルの上には理科の実験用具のようなものから、何かの設計図らしきもの、エーテル技術の産物と思われる機械などなどが雑多に置かれている。
 そして、部屋の隅には乱暴に積み上げられた衣類と、簡易ベッドが置いてあった。

「こ、ここで暮らしてんのか?」
「ん? まぁね」

 当たり前のことのように言うヨーティアだが、この部屋は生活にはまるで向いていない。薬品かなにかも扱うのか、少し匂いがキツイ。
 短時間ならともかく、ずっとこの部屋に篭っていたら気分が悪くなりそうなものだが、この天才にはどうということもないらしい。

「イオー?」
「はい、ヨーティア様」

 資料室と思しき、続きになっている部屋にヨーティアが呼びかけると、そちらから女性が現れた。
 静かな表情と真っ白い髪の毛。赤い瞳。体の線を覆い隠すようなゆったりした服に身を包むその様子は、聖女のような神秘的な印象を抱かせる。

『というか、主、あの女性――』
『ああ。なんか変な……人間、じゃないよな?』

 人とは明らかに違う強いマナ。スピリットだと思うのだが、知っているスピリットのどの色彩にも一致しない。唯一、赤い瞳がレッドスピリットを彷彿とさせるが、なんとなく違う。

「紹介するよ、トモキ。こいつはイオだ。まあ、私の助手のようなことをしてもらっている」
「はじめまして、トモキ様。イオ・ホワイトスピリットと申します。ラキオスには訓練士や技術者としてもご協力させていただいているため、今後顔を合わせることも増えるかと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「え、あ。はい。よろしく」

 慌てて頭を下げてから、友希は首をひねった。

「ホワイトスピリット?」
「ああ。珍しいだろ? 多分、大陸にもイオ一人のレアな色さ。
 ま、今のイオは戦えないんで、そんなに気にしなくてもいいよ」
「わかった」

 このファンタズマゴリアに来て、不思議なことやわからないことは山ほどあった。
 今更、スピリットの色が一つ増えたくらいで動揺するほど、友希の経験は浅くない。開き直ったとも言う。

「よろしく、イオ」
「はい、トモキ様」
「さて、と。挨拶はそれくらいでいいね。イオ、トモキと私の分のお茶を頼む」
「はい」

 手慣れた様子でイオは頷き、部屋から出ていく。近くにあるという厨房に、茶を淹れに行ったのだろう。

「んじゃトモキ、そこら辺にかけてくれ」
「ああ」

 手近にあった椅子を引っ張り、腰を下ろす。
 途端、どっとした疲れが襲いかかってきた。ラキオスに辿り着くまでロクに休憩も入れない旅路だったのだ。報告が終わり、楽な姿勢になった途端、その疲労が吹き出した。

「おっと、大分疲れ気味みたいだね。ま、悪いけどもう少し付き合ってくれ」

 ヨーティアはテーブルの上から虫眼鏡のような道具を取り、自分も椅子に座る。

「ま、うだうだ言うのもあれだ。さっきも言った通り、少しお前さんの神剣を見せて欲しいのさ。
 聞いた話だと、この世界の神剣とだいぶ違うとか? ハイペリアから持ち込んだというその神剣、是非見てみたい」
「それくらいは別に構わないけど……『束ね』」

 自分の内に呼びかけて、『束ね』を右手に実体化させる。

『主……この人、マッドじゃありませんよね? 嫌ですよ、私。分解とかされるのは』
『いや、大丈夫だろ。多分……』
『多分ってなんですか!? 自分の神剣をもう少し大事にしてください!』
『大丈夫大丈夫』

 真面目に取り合っても馬鹿らしい。友希は『束ね』の五月蝿い声をシャットダウンして、ヨーティアに渡した。

「へえ、本当に体の中から出てくるんだね。ふむ、マナの実体化か。ほうほう」

 おもちゃを与えられた子供のように、ひったくるようにして受けとったヨーティアは、じろじろと舐めるように『束ね』を観察する。
 虫眼鏡でつぶさに目視し、質感や手触りを調べ、マナの流れを調べる機械にかける。

 その表情は真剣そのもので、先程までの偉そうなだけの人という印象は完全に吹き飛んだ。『束ね』を調べるその様子は、成る程、天才と呼んでも遜色のない、立派な研究者の姿だ。

「ふ……ん。成る程ねえ。トモキ、刀身を少し削ってもいいかい? サンプルが欲しい」
「どうぞどうぞ」
『ちょっ! 主!?』

 神剣は、多少の傷ならマナさえあれば修復する。
 拷問器具のような道具を取り出すヨーティアに、友希は快く頷いた。なにか雑音が聞こえた気もするが、無視する。

 今まで散々やりこめられていたので、ここぞとばかりに仕返しに走っていた。

「ん……よいしょ、と。いや、協力感謝する」

 金属粉を採取し、瓶に詰めるとヨーティアは『束ね』を返却した。どうやら、瓶自体に特殊な処理がされているらしく、神剣から離れた金属粉は大気に昇華したりしなかった。

「あの、それでなにかわかったのか?」
「ん? そうだね、まあ基本的にはスピリットたちが持つ神剣と変わらないよ。
 ただ、私が今まで見てきた神剣とは異なる特徴もあった。細かくは今から分析するけどさ」

 話しながら、ヨーティアはテーブルの上にあった紙に、凄まじい勢いでペンを走らせる。
 恐らく、『束ね』を見た結果をメモっているものと思われるが、ミミズののたくったような凄まじい筆跡で、それなりにこちらの文字に慣れた友希にも読めない。

「ああ、神剣を自由に出し入れできるってのは、正確には体から取り出しているんじゃなくて、外のマナに干渉して神剣の形を作ってるみたいだね。
 スピリットたちの神剣は、物質的な側面も大きいから、お前さんみたいにほいほい出し入れはできないみたいだ」
「そ、そうなんだ。よくわかったな」

 せいぜい十分足らずの調査だったのに、そんなところまで見抜いているヨーティアに友希は感心した。

「ま、この天才にかかればこのくらいはね。
 それよりも、私としてはもっと気になることがある」
「? それって――」

 聞こうとすると、イオが帰ってきた。
 湯気を立てるティーセットを片手に、そっと扉を開けてくる。

「おう、イオ、おかえり」
「はい。お二人とも、どうぞ」

 イオからお茶を受け取る。

「あ、美味い」
「ありがとうございます」
「んー、いい味だ。頭が冴える」

 しばらくお茶の味を楽しんでから、友希は改めてヨーティアに尋ねた。

「それで……気になることって?」
「永遠神剣とはなんぞや、ってことさ」

 ニヤ、とヨーティアは笑って、大仰に宣言した。

「この世界の永遠神剣は、スピリットが生まれた時に一緒に出現する。どこから来ているのか、誰も知らない。
 まあ、これだけなら、この世界だけの話だ。しかし、別世界の永遠神剣なんてものが出てきちゃ、こりゃただごとじゃあない」
「? ええと」
「ああ、もう。ボンクラめ。いいか?」

 今ひとつ理解が追いついていない友希に、ヨーティアは呆れ顔で詳しく説明し始める。

「永遠神剣は、世界を越えて存在する。しかし、どうしてこんなものがある? 誰かが作ったのか? 世界を越えて?
 ほら、不思議に思わないかい?」
「そりゃ、不思議には思っていたけど」

 そういうのは、本人に聞くべきかと、友希は自分の中にある『束ね』に話しかけた。

『あのさ、『束ね』?』
『……なんですか?』
『いや、さっきのは悪かったから拗ねんな。で、ヨーティアの今の話だけど』
『……私は知りませんから。『紡ぎ』から枝分かれした私には、それ以前のことなんてわかりませんし』

 不貞腐れながらも答えてくれる辺り、割と良いやつである。

「あの、ヨーティア? 今『束ね』に聞いてみたけど、自分は別の神剣から分かれたから、よくわからないって……」
「なんだって!?」

 うお、とヨーティアの驚き具合に、友希が引く。

「ど、どうしたんだ? そんな驚いて」
「このボンクラは! それが本当なら、とんでもないぞ。神剣から別の神剣が生まれる……? そうすると……いや、待てよ? イオ! あれ持って来てくれ、あれ!」
「あれ、とはどれのことでしょうか?」
「ほら、あれだよあれ!」

 あれあれ叫ぶヨーティアに、イオはため息を付いてから資料室に向かう。
 ……どうやら、伝わったらしい。相当苦労しているんだろうなあ、と友希はイオの後ろ姿を見送った。

「な、なんなんだ……」
「トモキ。あんたの言うことが本当なら、ある仮説が浮かぶ。スピリットの永遠神剣は、全て一つの永遠神剣から生まれたんじゃないか……ってね」
「そ、そうなる、のか?」
「ああ。私が調べたことのあるスピリットの永遠神剣には、共通してある因子が備わっている。それは悠人の『求め』にはなかったものだ。多分だけど、『束ね』にもないだろう」

 説明しながらもヨーティアの頭は高速で回転していた。
 今まで謎だった永遠神剣の根幹について、その端緒を掴みかけているのだ。

「『再生の剣より生まれ、マナへと帰る』か……。歌も馬鹿にしたもんじゃないね」
「スピリットの歌、だっけ?」

 いつから伝わったものとも知れない、スピリットたちのスピリットのための歌。その一節を呟くヨーティアは、くっくっく、と不気味な笑顔を浮かべている。

「感謝するよ、トモキ! 長年の疑問の答えが見つかりそうだ!」
「は、はあ。ドウイタシマシテ」

 友希にはわからない世界だ。ハッスルするヨーティアに、関わっちゃいけないかもしれないと思い、友希は静かに席を立つ。

「じゃあ、僕はこれで……」
「ああ。また協力頼むよ」

 二度は来たくないなあ、と思いながらも、友希は曖昧に頷くことしか出来ないのだった。




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