「……なんでこんなことになってるの、クリス?」
「知らない。僕もこの展開は予想外だった」
ライルのふとした疑問に、クリスは頭を抑えながら答える。
現在、エイミが訪れたクロウシード家ではなし崩し的に宴会に突入していた。なぜかなんて、誰もわかっていないだろう。ルナともども呼ばれたライルは隅っこのほうでちびちびやることしかできない。
そして、その中心には、ルナとエイミが談笑していた。
「あ〜なるほど。やっぱ、生来のものがけっこう影響してくんのかしら」
「だろうな。あたしも火系は使えないことないけど苦手だし。ルナはそっちが得意なんだろ?」
「うん。昔っからね。……でも、冷却系はてんでダメだから」
こんな感じで、それぞれの魔法理論について熱く語り合っている。いがみ合わないに越したことはないのだが、そう油断させておいてあとからなにかあるんじゃないか? と疑心暗鬼に陥っているライルとクリスであった。
第91話「怪異」
「でもさぁ。クリスが、まさか王子さまとはねぇ」
アランがしみじみと言った。多分、片手に持っているグラスに入っているのはアルコールだ。
「別に、隠したつもりはないけど。……いや、それよりなんですり寄ってくるのさ?」
微妙に距離を置きながら、クリスは顔を引きつらせて答える。なにか、アランの表情に嫌なものを感じた。
「いやいや。高貴な人にあやかりたいと思ってな」
「……僕なんか大したことないんだから、エイミ姉さんとかフィレア姉さんの所に言ってくれ」
「聞けっ! クリス!」
酔っ払いに話は通じない。
座った目つきで自分を見てくるアランに、クリスは背筋に寒いものが走るのを感じた。……これは、あれだ。以前、空手道場だかに行ったときと同じ感覚だ。
「お前と初めて会ったとき、俺は雷に打たれたような気がした! 世の中にゃこんな綺麗な女の子がいるのかって感動したんだ!」
「へ、へぇ。そ、そりゃゴメン。男で」
じりじりとクリスが後ずさると、同じようにずりずりアランが間を詰めてくる。
じりじりずりずりじりずりり♪
「結局、アランはなにがしたいのさ?」
「うむ。恥ずかしながら、俺はあの時が初恋だったんだ」
「……ふ、ふーん。まあ、初恋は実らないものだって言うし、なんて言うか……」
「否ッ! 実らせてみせる! この際男でも構わん! クリス俺と付き合って……」
ブチッ、とクリスは自分の頭の辺りが音を立てるのを聞いた。
「来世からやり直してこい!」
一瞬で間合いをつめ、華麗なるアッパーカット。きりもみ回転しながら天井に突き刺さるアランの姿は、いっそ芸術的なものを感じさせた。
傍で見ていたライルは、ズズズ、とジュースを飲み干し、
「悪酔いだね、アランは」
「酔い方が致命的過ぎる!」
「まぁねぇ。でもクリス。そこでモノスゴイ笑顔で君らを見てる娘がいるんだけど」
クリスが重い動作で首を向けると、トランペットを買ってもらった少年のような笑顔を浮かべたアリスの姿があった。……どうも、兄と一緒にエイミに引っ張ってこられたらしい。
「ま、まさかお兄ちゃんとクリスさんがそ……そんなふしだらな関係だったなんて!?」
「ちょっと待ったぁ!! ふしだらな関係ってなにさ!!?」
びしぃっ! と、クリスの右腕が神業的な軌道を描いて空にチョップをかます。
だが、アリスはそんなクリスのナイスツッコミも関係なく暴走していく。
「お、男の人同士なんて――! で、でも最近はそういうの流行ってるらしいし、あれだけ綺麗な人なんだもん。お兄ちゃんがトチ狂っちゃうのも仕方ないよね。お兄ちゃん! わたし応援してるから!」
「なにをだよ!?」
クリスは話が妙な方向に流れているのを感じて、二回目のツッコミを入れた。
もちろん、アリスはそんなこと気にしない。今にも鼻血を噴きそうなほど興奮しつつ、ハッスルハッスル。
「普段からへっぽこへっぽこだと思ってたけど……ま、まさかお兄ちゃんがホ○だったなんて! グッジョブっ! お兄ちゃん!」
あ、とうとう直接的な表現に及びやがった。
……よく見ると、アリスの周りには酒の瓶らしき物が数本転がっている。
「妹よ! 応援してくれるのか!」
「ええ、お兄ちゃん。きっとクリスさんも一緒に性別の壁なんて乗り越えてくれるよ!」
「いやいやいやいや! 乗り越えたくないからね僕は!?」
クリスがそう言うとやっと二人はおとなしくなる。
「お兄ちゃん……」
「妹よ」
兄妹はアイコンタクトを交わし、同時に頷く。
「お兄ちゃん! クリスさんも快く了解してくれたよ!」
「ああ! これで俺とクリスの“愛”を妨げるものはなにもないぜ!」
「あ〜〜〜!!? もうこの酔っ払い兄妹が! 人の話聞けよねぇちょっと!」
クリスは、今までにないほど苦悩しながら、二人に詰め寄っていく。
そんな様子をライルはグラスに残っている氷をガリガリと噛み砕きながら見ていた。
「うーん。クリス、今回はけっこうはっちゃけてるなぁ」
感想を漏らし、果物ジュースの入った瓶を取って、再びグラスに注ぐ。
それを一気に飲み干し、酒を飲んでもいないのに据わった目つきで、クリスを睨んだ。
「……で、今回僕の出番を掻っ攫っていくのは君なのかなクリス?」
メタな発言をするマスターを横で見ていたシルフィは、そっとため息をつくのだった。
「っつぅ。あたしとしたことが、飲みすぎた……」
ガンガンと痛む頭を抑え、エイミが起き上がった。
半分くらいしか開いていない眼で、死屍累々のリビングを見渡す。まだ早朝らしく、酒の入った面々は起き上がる気配すらない。
隣には、昨日記憶がなくなるまで語り合ったルナ。早々にダウンしたクロウシード家の大黒柱とその妻。少し離れて、弟クリスとそれを囲むようにアラン、アリスの兄妹。さらにそこから少し離れた所に――えーと、確かライル。
はて、フィレアとアレンとかいう野郎は?
と、少し探してみると、ソファのところにいた。フィレアは、アレンの上で猫のように丸くなっている。
昨日と同じく、巨大ないびきをかきながら、そんなフィレアをぬいぐるみよろしく抱えているアレン。
「……仲のいいこって」
半ば以上呆れの篭った声色で、エイミは漏らす。
自身も結婚はしており、相手のシンフォニア王子もそれなりに好きだ。
……ただ、昔からのなじみ&趣味が同じ(黒魔法)ということもあり、なんと言うか夫婦というより悪友といった風なのだ。とてもこんな風に自然に寄り添えるような関係にはなれない。
無論、そんなことをするつもりもない。自分のキャラからは著しく逸脱しているってことくらいとうの昔にわかっている。
ただ、そんな関係もあるのか、と少し感嘆するだけだ。
ま、仲の良いに越したことはない。昨日少し話しただけだが、アレンも馬鹿なりにいいやつそうだ。あまり心配することもなかったかもしれない。
姉妹のなかで、飛びぬけてお子さまなフィレアが心配でここまで来てしまったが、余計なお世話だったようだ。
「ふぁ……寝直すか」
あくびをかみ殺しながら、ごろりと横になる。寝心地は悪いが、移動するのも面倒だ。
そういや、今日は会議かなんかあったっけ。……いいや、サボっちまおう。
そう思って、寝ることに集中しようとする。
だが、寝付けなくてイライラと起き上がった。
「なんだよ、そこの。言いたいことがあんなら、さっさと出て来い」
イライラの原因に当たるべく、虚空を睨む。
やがて、エイミの睨んだ場所から、滲むように黒い異形が姿を現した。
裂けた口。闇を凝縮したような体表。コウモリのそれに似た翼。一般に想像される悪魔にいているそれは、低い声色で口を開いた。
「魔力は消したはずだが」
「あのなぁ。臭いンだよ。独特の腐臭が鼻につくんだ。――で、魔族さまがなんの用だ」
口調は軽いが、ライルあたりならそれだけで殺せそうな視線で、突然現れた魔族を射抜くエイミ。
一般家屋に突如現れた怪異。すさまじい違和感を周囲に撒き散らすそれに、しかしライルたちは目を覚まそうとしない。
「……睡眠か」
舌打ちするエイミ。強制的に眠らされているのだろう。この手の魔法の眠りは、音や振動程度では起こせない。……まぁ、若干一名、そんなのがなくても起こせそうにない人物もいるが。
「っんと、わけわけんねぇ。なんのためにこんなことするんだ? 天下の魔族さまが」
「わかる必要もない。おとなしくしてるなら、お前は見逃す」
はぁ〜〜〜、とエイミはこれ見よがしにため息を吐いて、ぐしゃぐしゃと短く切ってある髪の毛をかく。
「悪いけどなぁ。あたし、天邪鬼なんだ」
アムスは叫んだ。
「うっぉおおおおおお!?」
目が覚めると、愛しの我が家が壊滅状態にあったのだ。床には穴があり、壁は凍結し、天井はない。
「……なにが起こったんだろ」
埃を払いながら、ライルも立ち上がる。
「エイミ姉さんの仕業だろ。凍ってるし」
「……あ〜、酔った勢いで、ってとこかな」
なるほどなるほど、とライルとクリスは頷きあう。ルナと付き合っていれば、この程度のこと瑣末なことだ。
まぁ、若干一名、この破壊に巻き込まれたアランとか言うへっぽこがいるが、それはたいしたことではない。昨日の彼の言動を考えれば、むしろこの程度は当然、とかクリスは思ってた。
「で、そのエイミさんは?」
「さすがに悪いと思って逃げたんじゃない?」
エイミがいないが、軽く流される。
そして、何事もなかったかのように、その日は過ぎていった。
そして、エイミの行方は一週間経ってもわからなかった。