「……む」

きゅ〜という自分のお腹の音に起こされ、ライルは目を覚ました。

極度の疲労から、スイッチが切れたように倒れてしまったライルだが、エネルギーがないと体力の回復もままならない。ルナと違って、ずっと肉体を酷使していたのだからなおさらだ。

「あ、ライルちゃん。眠れないの?」

「……フィレア、先輩?」

眼を擦りながら、立ち上がる。ぶっ倒れてからさほど時間はたっていないようで、未だフィレアは遠くに見える城を見守っている。

「いえ。ちょっとお腹が空いちゃって」

「ああ、なるほど。今、城の人たちが食べ物とってきているから、少し待ってて」

神殿の外に出れれば、食料の調達には事欠かない。街に入っても、兵の少ない現状では、見咎められる心配も少ないので、アルグラン外周部の店にまで行っている者もいる。

「……でも、逃げた人は一人もいないんだよ?」

と、そこまで説明して、フィレアは付け足した。

「カリスさん、信頼されてるんですね」

ライルは感心したように返して、

「じゃあ、食べ物が来たら、起こして……くだ…さい」

再び、スイッチが切れたように眠るのだった。

 

第86話「アルヴィニア王国の一番長い日 その4」

 

「……で、どうするんだ?」

と、城のすぐ前の建物に身を隠しつつ、アレンは尋ねた。

「……ぜんぜん考えてなかったの?」

「つっても。俺、ここに来て日が経ってないし。侵入ルートなんてわかんねえよ」

城の外周は水路が囲んでおり、それを越えたところには高い壁。真っ当に入ろうとすれば、正門を通るか、裏にある門を通るかしかない。

無論、三人とも跳躍で侵入することは可能だが、城には当然のように結界が張ってある。不正な侵入をすれば、即座に警報がなる仕組みだ。

「なんか、隠しルートとかねぇのかよ?」

「ふん……そんなほいほいと隠し通路など作れるものでもない。逆に利用されては本末転倒だしな。脱出用のあれ一つきりだ」

お手上げだ、とばかりにカリスがほざく。

「って、駄目じゃん!」

「大声を出すな。見張りに気付かれる」

指摘され、アレンは慌てて口を塞ぐ。そこで、クリスは指を立て、

「ま、隠し通路なんてものはないけど、用はやりようさ。まあ、僕に任せといてよ」

クリスは、ニヤリと笑うと、懐から大きな袋を取り出した。どこにしまっていたんだ? と疑問を抱くほどの大きさ。そこから取り出したのは……

「……カツラ? って、おまえもしかして」

「これを、こうして」

カツラを被り、さらに小さなコンパクトを出し、自分の顔に細工をしていく。

止めとばかりに、さらに袋から取り出したドレスを着込むと……

「……オイ」

「どう? どっからどう見ても、完璧な女でしょ」

そこには、少々派手目の美女の姿が。化粧一つでここまで印象が変わるのか、と切に疑問を投げかけたいアレンである。

「く、クリス?」

親のカリスは、ただ呆然と見守るしかない。

「じゃ、ちょっと待ってて。人質のみんなの安全を確保したら合図するから、それまで待っててよ」

「待て! お前そりゃ無茶だろいくらなんでもーーー!」

アレンの言葉はあっさり無視し、クリスは物陰から出て、門番の兵士の下に向かう。

事ここまで来たら止めるわけにもいかず、ハラハラと見守るアレンとカリスだが、クリスは門番と二、三言会話すると、あっさりと門の内側に通される。

(なんでだーーーー!?)

思わず突っ込みを入れるアレン。ここは、いろいろ知恵を振り絞って困難を乗り越えて、城の中に入るのが王道なのでは? と顔に縦線を入れながら物語のお約束との乖離を苦悩する。

「なぁ。アンタ、息子の教育、間違えてるよ、絶対」

「……言うな」

さすがのカリスも、それに言い返すことはできないのであった。

 

 

 

 

 

「ふん。貴族どもに呼ばれた女、か。なかなか美しいな」

「はい。ありがとうございます」

先導する兵士に笑顔で答えるクリス。

歓楽街から貴族たちに呼ばれた娼婦、ということにして話してみると、意外や意外。あっさりと通されてしまった。

もう少し梃子摺るかと思ったが、嬉しい誤算だった。言葉遣いといい、確認もせずに通されたところといい、兵たちへの教育はなってないようだ。

「どうだ? 仕事が終わったら、俺の部屋に来ないか? 一応、小隊長だから、一室与えられてんだ」

「……いえ。先約がありますので」

「そう言うな。あんな腰抜けどもより、俺のほうがよっぽどいいぞ」

挙句、雇い主を腰抜け呼ばわり。

やはり、あの連中に人の上に立つ資格はない、と改めて確信するクリス。自分たちの部下すら掌握できない人間が、どうして一国を治めることが出来るだろう。

「そうね」

そんな内心など露ほども出さずに、クリスは妖艶な笑みを浮かべてみせる。

「他にも沢山、うちの女の子が呼ばれているみたいだし、わたし一人抜けても分からないわ。……今から、どうかしら?」

「へへ。話がわかるな。じゃ、部屋に行くか」

いやらしい笑みを張り付かせ、クリスの腰に手を回す兵士。

「……ええ。ところで、貴方の部屋はどこかしら?」

「ん? この廊下の突き当たり。元料理長の部屋とかでな。殺風景な部屋だが、いい酒が隠してあったぜ。あれ、開けようかね」

……ラッキー、とクリスは心の中でつぶやく。

食堂のすぐ近くだ。回された手に、怖気が走るが、なんとか表面上はにこやかに繕う。

しばらく歩くと、食堂の前を通った。見張りが二人。クリスの隣にいる男は、言ったとおりそれなりの地位にいるのか、見張りが会釈してくる。

(……いまだ)

タイミングを計り、一瞬で魔力を集中。三人いる兵士らが反応する前に開放。

「『サンダーボルト!!』」

青白い光が廊下に炸裂し、クリス以外の者らを昏倒させる。

「よっしゃ!」

カツラとドレスを脱ぎ捨て、クリスは食堂の扉を勢い良く開けた。

中にいる数十人の人。一瞬、強張った彼らだが、クリスの姿を確認するとすぐにやわらぐ。

「みんな、助けに来たよ!」

言って、クリスはすぐさま、壁に張り付き、壁の上にある採光用の窓から、魔力の光を思い切り上空に打ち上げた。

 

 

 

 

 

「……合図だ」

「さて。ほんじゃあ、一暴れするかね。……遅れんなよ」

アレンは、剣を担ぎながらカリスに言う。

カリスは、その言葉に、不機嫌そうに笑い、

「それはこっちの台詞だ、若造が。……うちの騎士団に入ったんだったら、目上の者に対する言葉遣いぐらい覚えとけ」

「……そーゆーの苦手なんだよ」

憎まれ口を叩きあいながらも、二人は正門に突っ込んでいく。

門番がなにやら騒ぎたて、城の中に報告する。一瞬後、二人はそのままの勢いで正門をぶち破った。

「おい、アレン。一人も逃すなよ。街に逃げられたら面倒だ」

「はいはい。了解しましたよ、キング」

 

 

 

 

宴会場で悦に入っていたアンドレイ・カーターは、部下からの報告に思わず立ち上がった。

「カリスが、襲撃してきただと……?」

「は、はい。カリス王は現在、中央ホールにいます」

「……今の王は私だ!」

激昂し、叫び散らす。言ってから、首を振って冷静であろうとするアンドレイ。

「いや。それで、カリス以外に何人いる? 今、やつに動かせる戦力などないはずだが」

「そ、それが。もう一人、滅法強いやつがいて。我々の兵を蹴散らしています」

「たった二人にやられているのか!」

憤って、再び叫んでしまうアンドレイ。報告に来た者は、この暴君の機嫌を損ねないよう、必死に頭を下げる。

「カーター卿。どうするのですか?」

貴族の一人が恐る恐る尋ねる。

「……人質の一人をそいつらの前で殺して見せろ。それで、動きは止まる」

「そ、それが。クリス王子がいつの間にか食堂に現れていて、人質に手が出せません」

「……貴様ら。余程私を怒らせるのが好きなようだな」

怒りを押し込めた声。この男は、自分の思い通りにならないのが一番我慢ならなかった。

「全ての兵で一気にかかれ。ただし、カリスは生け捕れよ。アレは、公開処刑にしなければならないからな」

「は、はい。ではそのように……」

「貴様もさっさと行け」

「は、はい!」

慌てて退室する兵。その後姿を忌々しそうに見送り、アンドレイは再び酒を呷る。

所詮、たった二人。すぐに力尽きるだろう、とたかをくくって。

当たり前の話だが、そんな甘い予想が当たってくれるほど、今攻勢に出ている二人は可愛い連中ではなかった。

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおお!!? アレン、私を守れ!」

「げっ!? てめっ。人を盾にするなああああああああ!!」

チームワークなどという言葉をドブに捨てたような二人の戦い。

剣技はともかくとして、年齢&毎日のデスクワークで体力の低下しているカリスは、四方八方から襲い掛かってくる敵に対処しきれず、アレンを盾にしていた。

「ふんっ! ここでドサクサでお前を亡き者に出来たら、フィレアに手も出せんだろう!」

「こ、ここまで来て言う台詞かそれが!? てゆーか、俺が死んだら、お前もヤバイだろ」

それでも、互いを罵り合えるあたり、意外と余裕があるのかもしれない。

ただ、襲い掛かってくる兵の皆さんは非常にやりにくそうだ。

それでも、着実に一人ずつ倒していくアレン。カリスも、なんだかんだと言って、剣技自体はアレンにも劣らないのでそれなりに対処している。

「ああもぉ、うっとおしい! 吹っ飛べ!」

斬ッ! と、アレンは床に剣を突き立てた。

そこを中心に、気の嵐が巻き起こり、周囲にいた兵を十数人まとめて薙ぎ払う。クロウシード流の技の一つだ。

その様に、兵たちは騒然となった。

気功使いは、それだけで桁違いの強さを誇る。実戦で通用する魔法使いと同じく、戦闘者としては人間と違う生き物と考えてもいい。

魔王などが台頭していた時代と違い、必ずしも戦わなくても生きていける世の中となって、扱いの難しい気功使いは殆ど姿を消してしまったが、だからこそ現代に生き残っている気功使いは畏怖すべき存在なのだ。

騎士団の中でも、実戦で使えるのは一握りの人間しかいない。

「おいっ! 私も一緒に吹っ飛んだぞ!」

「あ、ごめん」

だが、仲間も一緒に巻き込んでしまっては、その恐怖も半減というものだ。しら〜とした戦場にあるまじき空気が流れる。

カリスの契約者であり、その戦いをふよふよと浮かんで見守っていたガイアは、一言、

「……馬鹿か?」

どっちに対して言ったのかは、あえて伏せておこう。

 

……二人とも、というのが一番有力だが。

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