もうすぐ夏休み……
期待に胸を膨らませているヴァルハラ学園の生徒たちだったが、彼らにはその前に二つの関門があった。
すなわち、期末試験と……ミッションである。
第55話「弱点を克服せよ 前編」
「今回も、ジュディさんからなんかあるのかなぁ……」
不安げに呟くライル。
3学期は、留学していたのでミッションは参加しなかった(クリスとアレンはレポートを提出させられたらしい)。が、過去二回のミッションにおいては、両方とも学園長ジュディの介入があって、両方ともなかなかバイオレンスな内容になったのだ。
「まあ、あれはあれで楽しかったけどね〜」
ルナが呑気に言う。
命の危険を感じるような課題を設定するのはどう考えても間違いだと思うのだが、自分以外の3人はそれなりに楽しんでいた模様。ここらへんの神経が、ライルとあの3人の違いかもしれない。今では彼も大分慣れてきたようだが……
「あ〜、C班……ライル〜。取りに来い」
キース先生がぴらぴらと封筒を振りながらライルを呼ぶ。
あの中に、今回のミッションの内容が入っているのだ。とりあえず、他の人と同じ封筒なのにほっとする。だが、まだ安心は出来ない。中身だけジュディ特製になっている可能性もある。
「ありがとうございます。……その、今回は?」
受け取ると同時に、キース先生にお伺いを立てる。キース先生は微妙な表情で頬をかきながら、
「いや、それがなぁ。……一応、中身は学園長からなんだが……。まあ、見た方が早いな。本当はこんなのは本末転倒なんだが……」
後半は独り言に近い。
ライルはその台詞に訝しげな表情になったが、『ま、どうせろくでもないことだろ』と半ば以上諦めの境地で席に帰って行った。
「……で、今回はどんなやつなんだ?」
帰ってくるなり、アレンが寄ってきた。
「まだ開けてないって。まあ、僕らも二年になって、ちょっとしたダンジョン攻略くらいはみんな普通にやってるから、前みたいにみんなと比べてものすごく変ってわけじゃないと思うけど」
言いつつ、ぺりぺりと封筒を開けていく。
ルナとクリスは、我関せずとばかりに本なんぞ読んでいる。これからなにやるのか、まったく興味がないようだ。ああいう図太い神経があると人生楽だよなぁ、とライルはなんとはなしに思った。
そして中に入っていた紙を流し読みする。
ひきり、と顔が引きつった。
「……ルナ、クリス。こっちに来て」
「はいはい」
「いま本がいいとこなんだけどなぁ」
二人とも不満そう。
ただ、ライルとしては今回のミッションの内容の方が大切だった。……なんだ、これは。
「ジュディさんも、なに考えてんだか」
「ん〜、なに。どしたの、ライル?」
「読んでみて」
「え〜と? 『あなたたちは、能力は高いのですけど、少々欠点が目立ちます。よって、今回のミッションではそれを克服してもらいましょう』」
ルナが後半、少々硬い声で読み上げる。
いや、まあ確かにそうなのだが、改めて言われると四人とも少々複雑な気持ちになるってもんだ。
「……なんか、四人とも内容がばらばらなんだけど? ミッションって、四人の連帯感とかそーゆーのを育てるのがまず第一の目的じゃなかったっけ」
「僕たちは、一年から一緒だからそこらへんは問題無しと判断されたらしい」
「問題……ないのかなぁ」
クリスが首を捻る。
問題があるかないかと聞かれたら、間違いなくあるのだが、そこらへんは見事に無視されたらしい。
「で、私たちなにやらされるの?」
「えっとね……」
ライルは書いてある事を読み上げ始めた。
『ライルくんは地味ですから、もう少し自己主張を強くした方がいいですね。私の自己改革プランを受けてもらいます』
『ルナさんは、ちょっと暴走しがちです。精神を落ち着けるため、茶道を習いに行ってください』
『クリスくんはなんでもそつなくこなしますが、趣味が女装ってなんですか、女装って。そんなわけで空手道場で根性をつけてきなさい』
『アレンくんは……なんてゆーか、馬鹿ですからね。期末試験に向けて、勉強してなさい』
ひどい言われようである。
「って、コラ。俺、なんか一番扱いが悪くないか?」
「気のせいじゃない? 僕も地味って言われているし」
「学園長も人の趣味にまで口出ししなくてもいいのに……」
「私はいつも落ち着いてるのに……」
憮然としたルナがほざいた戯言を、ライルとクリスは聞き流したが、一人だけ突っ込まずにはいられない人がいた。
「それは違うだろ。なに言ってんだルナ」
次の瞬間、バリバリっ、と教室内に電撃が迸った。
「懲りないね、アレン」
「うん、懲りないね」
「学習能力が足りないんじゃない?」
「なにをいまさら」
数日後。
ライルたちはそれぞれのミッションをこなすためにばらけていた。
それぞれの様子を見てみよう。
その1 アレン・クロウシード編
「ってか、なんで俺だけ家で勉強なんだよ……」
愚痴るアレン。
「……そして、なんで俺が付き合わないといけないんだ」
叔母である学園長命令で、アレンに勉強を教えに来たキース先生。……ただ、ミッション期間中、教師は本来休みのはずなのだから、あまり乗り気でない様子。
「教師の中で、一番立場が低いからじゃ?」
「お前、言いにくい事をはっきり言うな。まあ、俺が一番年下だし、それに……」
「それに?」
「ルナのおかげで、監督不足とかなんとかいちゃもんつけられてんだよ。お前ら、俺の苦労を少しは察しろ。そして、もっと俺の出番を増やせ!」
なんか、最後はちょっと本音が入っている。
「くそう。お前はいいよなあ。二年に上がってから、飛躍的に出番が増えて」
「……いや、色々苦労も増えてるんだけど」
「はん! そんな苦労を味わって見たいよ、俺も」
フラストレーションが溜まっているようである。まあ、教師ってストレスの多い職業だし。
「だいたいさぁ。俺は、後片付けばっかやらされて……お前ら、自分のケツくらい自分で拭けるようになれってんだ。で、後始末やらされまくってんのに、出番は増えないし。そもそも、俺の存在忘れている人も多いんじゃないか?」
やぐされ中。
いい年こいて、グレちまおうかなあ、とか考えるキース・ロピカーナ25歳独身であった。
「ま、でもある意味俺でよかったんじゃないか?」
「……なんでだよ」
あらぬ次元の発言を中断して、アレンに聞きかえす。
「だってよお。他の連中。えーと、クリスが空手道場だろ……俺も知ってるとこだけど、あそこ評判悪いんだ。で、ルナが茶道。ライルは学園長の特別プランだし」
「……そう考えると、確かにお前が一番マシっぽいが」
「な。そーゆーわけで、期末テスト、どんな問題出すつもりなのか教えてくれよ」
「お前、自分で勉強する気ないのな」
なんだかんだ言いつつ、比較的平和なアレン組だった。
続け!