僕たちは、件の幽霊屋敷の前に立っていた。

みるからにおどろおどろしい屋敷だ。ツタが生い茂っていて、倒壊しない程度に、ぼろぼろになっている。なにげに屋根の所で、カラスが鳴いているのもポイント高い。

まあ、典型的な幽霊屋敷である。

「また……これは強烈ね」

ルナが、少し怖じ気づいたように言う。意外なようだが、ルナはこういうオカルトチックなのは昔から苦手だ。まあ、苦手とは言っても、キレたら関係ないが。

「なんでも、ここの元所有者だったアーキスって貴族は、没落後、ここで一家心中を図ったらしいぞ」

「……アレン、その現場でそういうこと言うのやめようよ」

アレンとクリスの会話が聞こえ、憂鬱な気分になりながら、僕は扉に手をかける。ぎぎぃ、と不気味な音をたてながら扉が開く。

そして、僕たち四人は屋敷に足を踏み入れた。

 

……あ、そういえば、シルフィは朝からいない。多分、面倒だからばっくれたんだろう。

 

第36話「幽霊屋敷……?(中編)」

 

入った途端、ライル達は固まった。その視線にいる人物も固まっている。

屋敷の中にいたのは、年の頃12,3くらいの少女だった。大きな目をぱちくりさせながらライル達を凝視している。そして、なにより、彼女は半透明だった。

入って一秒もしないうちに幽霊を発見してしまった。

どうしようもない沈黙が落ちる。

「じゃ、じゃあそういうことで……」

どういうことだ。

ライルは反射的に心の中で突っ込みを入れる。

「おもてなしもできないので、お引き取り願います。そ、それじゃあ……さよならっっ!!!!」

少女は、回れ右をして屋敷の奥に走っていく。

「あっ、ちょっと待ちなさい! 『ホーリィショット』」

ルナが即席の白魔法を放つが、少女は前方にに転ぶようにして身を低くし、かわした。……いや、実際に転んだようだ。

「うぇぇぇぇえん!!」

泣き声を上げながら起きあがり、涙を流しながら再び走り出した。

呆然と見送ったライルたち。……直後、衝撃が屋敷内を走った。どうやら、さっきの少女が壁にぶつかったらしい。

天井や壁に付着した埃が舞い上がる。

「ご、ごほっ! ま、まさかここまで計算して!?」

「んなわけないって……」

ルナのずれた発言にクリスがやる気のない突っ込みを入れる。なんだか彼は、とても帰りたくなっていた。

待つことしばし。ようやく埃がはれた頃には、すでに屋敷には静寂が戻っていた。

「……幽霊だったよね、あの子」

ライルが思い出したように呟いた。

「ああ、そうだな。足はあったけど、ついでに壁にもぶつかってたけど、多分幽霊だったんじゃないか。自信うすだけど」

「それに悪い子には見えなかったよね」

クリスが言いながらルナをジト目で睨む。

「うん。彼女、転んじゃったしね」

ついで、ライルも睨む。

「泣いちゃってたしな」

続いてアレンも。

「「「いきなり、攻撃することはなかったんじゃないか?」」」

三人の冷たい言葉に、ぐっ、とたじろぐルナ。

「なによ!? 成仏しないでのこってる幽霊なんて悪霊と相場は決まってるでしょ!? 攻撃してなんの問題があるのよ!」

ライルは困ったように、

「あのね、ルナ。忘れているようだけど、僕たちの今回のミッションは『幽霊屋敷の調査』であって、『幽霊退治』じゃないんだよ」

さらに、クリスも、

「それに、世の中に、退治すべき悪霊なんてほんの一握りだよ。ルナのイメージは、どっかの小説かなんかの影響でしょ」

とどめとばかりに、アレンも、

「そもそも、あんな小さい子に、いきなり攻撃するのは、人としてどうかと思うぞ」

孤立無援。

ルナはその言葉の意味を噛み締めていた。そして、三人の非難にだんだんボルテージが高くなっていき、

「う、うるさいわね!」

キレた。

バチバチと、ルナの怒りを表すかのように電気が走る。

アレンは怯えた。

ライルとクリスは、平然としている。

「お、おい、ルナ? 怒るのは筋違いだと思うぞ。俺たちはごくごく当たり前のことをだな……」

しかし、そんな言い訳は通じるはずもなかった。

「『サンダーボルトォ!!!』」

「ぐっはぁ!!?」

鬱憤晴らしの魔法が炸裂。なぜか、アレンだけに。

こういう場合、被害者となるのはアレンだけ。往々にして、こう言うときは立場の弱い物が損をするものである。

つまりはそういうことだった。

まあ、一番丈夫だし大丈夫なんじゃないかなあ。いや、でもルナの魔法は飛び抜けてるしなあ。アレンでもキツイだろうなあ。でも、こっちに被害が来ても困るから、大人しく生け贄になってもらおう。

これが、ライルとクリスの一致した見解だった。かなり友達がいのないやつらである。

まあ、アレンも、慣れたもの(慣れたくないけど)、喰らっても、無意識のうちに気功で防御しているので、たいしたダメージはない。あんまり、自慢にはならないが。

「つつつ……」

ほれ、この通り。気絶時間、10秒である。

「なんか、だんだんリカバーにかかる時間が短縮していっているような……」

「進化しているんでしょ」

「……お前ら、もう少し別に言うことがあるんじゃないか?」

痺れている体を、なんとか起こすアレン。意識を取り戻しても、身体のしびれまではとれてないようだ。

「をを!? 大丈夫だったか、アレン!」

「心配したんだよ!」

「……もういい」

疲れたように、首を振る。

「あんたら、なにじゃれてんの。退治するにしろ、なんにしろ、さっきの子を探さなきゃ」

何事もなかったかのように、せかすルナ。一発魔法をぶっ放すと、よほどの事でない限り機嫌が直るのだ、このお嬢様は。ある意味、アレンと似てなくもない。……単純なところが。

「わかった。すぐ行くよ、ルナ」

「ほら、アレン。いつまでもふてくされてないで早く行こうよ。ルナ、せっかくやる気になってるんだからさ」

「なんで……俺ばっかり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうやって探すの」

ルナが呟く。

「……一人でずんずん進んでたくせに、そんなことも考えてなかったの?」

「うっさいわね。ライル、じゃああんたは方法があるっての?」

「実体を持つほどの幽霊だったら、それなりに魔力ももってるはずだから、それを辿ればいいんじゃないかと……」

「ルナ……基本中の基本だと思うんだけど。本当に勉強してる?」

「おう。これは、俺でも知っていたぞ」

ルナの顔がとたんに険しくなる。特に、アレンでも知っていたという事実に、プライドを傷つけられたらしい。

「さっさと行くわよ!」

ずかずかと進んでいく。ライル達は肩をすくめてあとを付いていった。

ズボッ!

「のわ!?」

「どうしたの、アレン?」

見てみると、アレンの右足が床をぶち抜いていた。

「てて……そうとうガタが来てるぞ、この屋敷」

「あんたが重すぎるんじゃない? ダイエットでもしたら」

「……いや、建材が腐りかけてる。本当に、崩れかけみたいだ」

クリスがアレンが開けた穴を調べて、言う。

「なら、早めに済ませないとね」

「うん。どうやら、例の幽霊の子はこっちにいったみたいだね」

クリスが先頭を歩いていく。このメンバーの中で、魔力を感知する能力に一番優れているのは彼だ。ルナは、魔法の威力とは逆に、こういうのはクリスに一歩劣る。

しばらく歩いていくと、廊下の突き当たりに辿り着いた。

「っと、行き止まりだな。この辺の部屋のどっかにいるってことか?」

「……いや、違うよ。魔力の痕跡は下に続いている。ライル、そこら辺、調べてみて」

言われたとおり、床を調べてみる。

ちゃんと見てみると、地下への隠し扉があった。廊下の模様に巧妙に偽装してあり、一目見ただけではわからない。

「ノブは……これか。よっ、と」

これまた床に埋め込んであった、ノブを探し当て、引っ張る。

「結構重いな。アレン、手伝ってくれない?」

「おう」

体力派二人がかりによって、ギギギと、ドアが開いていく。……が、どうもしばらく開閉されてなかったようで、なかなか一定の角度以上に上がらない。

いろいろ力の入れ方を変えている二人を尻目にルナとクリスは腰を下ろした。

「それにしても、よく、こんな魔力を捉えきれるわね。言われなきゃ、全然わかんないわよ」

地下へと続いている細い魔力を、ルナは、今やっと捉えた。彼女も、決して感知能力は低くはないのだが。

「ん、まあ、注意力と観察力かな。冷静になって、『視て』みれば、まあなんとかなるもんだよ」

「その言い方だと、私が冷静じゃないみたいじゃない」

冷静だと思ってたの? と、言いそうになって、クリスは慌てて手で口を押さえる。ここが、ライルとかアレンとかとは違うところだ。

「それにしても……あんたたち! いつまでやってんのよ!?」

「いや、完全に壊れちゃってるみたいなんだよ。これ以上開かない」

これ以上、と言っても、今開いているのは、猫ならなんとか入れるかな? という程度でしかない。

「んなもん、ぶっ壊せばいいじゃない!」

ルナが、ふんぞり返って、言い切る。

「おお、なるほど」

そして、アレンが勢いよく同調。剣を構え、床を破壊するべく大上段に構える。

慌てたのはライルとクリスだ。

「ちょ、ちょっと待った、アレン!」

これから起こる事態を予想して、ライルが悲痛な声を上げる。

だが、ちょっとばかり遅かった。

ドカァァ!!

隠し扉に、剣を叩きつけるアレン。その一撃の威力は申し分なく、見事に、扉をぶっ壊した。と、同時に、少し離れたところから、なにかが落ちるような音がする。

考えてみれば当然だ。人間が歩いただけで床が抜けるような屋敷が、あんな衝撃を加えられるとどうなるか。少し考えればわかることである。全壊しなかっただけマシだ。アレンの一撃の威力は、彼らもよく知っている。

アレンとルナが額に汗を流す。

アレンが剣を振り上げた瞬間に防御姿勢をとっていたライルとクリスは、自分たちのいるところがとりあえず壊れないことを確認して、防御姿勢を解いた。

「大丈夫だった……みたいだね」

「ルナも、アレンも……もう少し慎重になってくれ」

それは、ライルの万感の思いを込めた言葉だった。

 

 

 

 

 

『彼女』は、祭壇の前で震えていた。

その祭壇は、低い鳴動を繰り返している。

「あう……もうすぐですね……」

それは、死刑宣告に等しい。もうすぐ、この祭壇に封じられた“モノ”が復活する。封印の効力は、あと一日も持たないだろう。

さっき来ていた人達が、早く帰ってくれるのを祈るばかりだ。こんなモノの犠牲になるのは自分だけでいい。

とかなんとか考えていたら、いきなり、地下への扉が吹っ飛んだ。

「はい?」

目をまん丸にして、その非常識な有様を見つめる彼女。

壊れた入り口から、入ってくる四人の少年少女。

一人は、なんか地味〜な感じの少年。一人は、彼女にいきなり攻撃を加えた暴力少女。一人は、図体のでかい人の良さそうな男。最後の一人は……男か女かいまいち判別の付かない中世的な顔立ちの人。

「えう!?」

入ってくるのと同時に、例の祭壇が一際大きく鼓動する。

まずい。本当に時間がない。

「逃げてくださーい!!」

彼女は、思わず叫んでいた。

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