あれから一週間……。文化祭まで、あと三日である。
練習の方は(珍しく)たいしたトラブルもなく進み、何とか形になってきた。
リムの脅しにより、アレンもセリフを頭にたたき込み、下手なりに演技をしていた。
そんなこんなで、二週間。今日が文化祭当日である。
第33話「文化祭だ! 演劇でいこう!(後編)」
「……で、私たちの劇は午後からだから、しばらくは自由に行動してていいわ」
朝早くに集まり、一回通したあと、リムがクラスメイト全員に言った。
「ただ、12時には集まっておくこと。じゃ、私の話はこれまで。それじゃあ解散と言うことで」
リムのその言葉と共に、クラスのメンバーはそれぞれ思い思いに散っていく。
「……で、どこいく?」
いつものメンバーで歩き出したライルたち。
先頭をいくクリスが後ろのみんなに聞く。どうも、今回全然登場機会がないからセリフのある場面では必死だ(ク:うるさい!)。
「とりあえず食い物でも見に行かないか?」
アレンがいつもの調子でそんなことを言うが、
「別に適当に見て回ったらいいんじゃない?」
「そうだね。なんか色々あるみたいだし」
ルナとクリスはまったく無視だ。地味とはいえ主人公のライルはともかく、自分たちと同じくらいの立場のアレンだけが目立っているのが許せないらしい。
「……そーいやシルフィはどこにいったんだろう」
そんなやりとりを横目で見つつ、ライルはそばにいない相棒の事を考える。シルフィは人間は苦手だが、お祭り騒ぎは大好きである。
今日の朝など、ライルより早く起きるという偉業を達成し、彼をたいそう驚かせた。
そんな彼女だから、文化祭が始まると同時にぴゅーと飛んでいってしまったのだ。
……しかし、他人からは姿が見えないのに、どうやって祭りを楽しむつもりなのだろう? ライルにはそれが不思議でならない。
「おーい……ライル。なんかお化け屋敷に行くとかで決まったらしいぞ……」
「……アレン、なんでそんなに意気消沈しているんだよ」
「……やきそばいかやきおこのみやきたこやき」
なんか、事前にチェックしていた食い物の名前を列挙しているアレン。
仕方なく、見捨ててルナたちに合流するライルだった。
一通り見て回ったライル達は、喫茶店に入った。
そこにいたのは、意外な人物。
「……なんでこんなとこいるの、クレアさん」
そう、今回のヒロイン、リリス役のクレアがウエイトレスをしていたのだ。
「えーと……午前中だけだからって、友達に頼まれちゃって」
「……午前中、下手に体力使うとリムが怒るよ」
ライルは忠告しておく。今回の劇に命をかけているリムはすぐにブラックモードになるのだ。
「ま、ばれなきゃへーきでしょ。クレア、私、チーズケーキね」
「あ、僕も」
「僕はコーヒーだけでいいや」
などと、ルナ、ライル、クリスが注文していると、
「う〜〜〜む……」
アレンは悩んでいた。どれを注文しようか心底悩んでいる。さんざんうなったすえ、彼は顔を上げると、
「うん、とりあえずケーキ類全種10個ずつ」
スパコーン!
「だあ!?」
注文した途端、ルナがどこからともなく取り出したハリセンでアレンをひっぱたく。
「な、なにすんだよ!?」
「無茶言ってんじゃないの! 文化祭の喫茶店なのよ? そんなコトしたらすぐなくなっちゃうでしょうが!」
「う……。じゃあ、いちごショートとチョコレートのやつ一個ずつ……」
ルナはうん、と満足げに頷いて、
「じゃ、そーゆーことで、クレア」
「あ……うん」
クラスメイトとは言え、このメンバーの漫才にはあんまり慣れていないクレアは、圧倒されつつも、注文を復唱し、帰っていった。
「ルナ、それ、なに?」
ライルは、それを見計らうと、今一番気になっていることを聞くことにする。
ハリセン。
そうとしか見えないが、なんか妙な材質で出来ている。ついでに、ライルの動体視力を持ってしても、どうやってとりだしたかわからない。
「ああ、これ? 最近、ふつーの魔法でツッコミを入れるのにも飽きちゃって、ちょっと違った方法はないかなー、なんて」
「それで、ハリセン?」
「うん。なにか文句でもあんの、ライル?」
「ない……けど」
気になるのはそれだけではない。ルナが着ているのはいつもの普段着。それなりのサイズがあるハリセンを隠しておくところなんてない。
「……気にしても仕方ないよ」
そっとクリスが耳打ちしてくれる。
……確かにそうだ。
「そういや、ケーキ食べたらそろそろ帰らないといけないんじゃないのか?」
アレンが呟く。時計は十一時半ちょい前を指している。早めに食べないと間に合わないかもしれない。
「はい、お待たせ」
そのとき、クレアが注文の品を運んできた。
なぜか、マロンケーキと紅茶が付いている。
「私もそろそろ上がりだからご一緒させてもらうわ」
「ああ、どうぞどうぞ」
そして、ライル達はおいしくケーキをいただいたのだった。
スパコーン!
「だあ!?」
舞台裏に入るなり、ハリセンが一閃した。
先頭に立っていたアレンは見事に喰らってしまう。本日二度目のクリーンヒットだ。
「な、なにすんだ!」
その張本人……リムに詰め寄る。
「五分前集合は常識! あんたは主役の一人なのよ!」
「それをいうならライルは主人公だろうが! なんで俺だけなんだよ!」
自分のすぐ後ろにいるライルを指さすアレン。
「二番煎じはなんかマヌケじゃない!」
「うがぁ!!」
ここ最近、理不尽な出来事が多すぎる。アレンは、ままならぬ世の中への不満を叫んだ。
「それにしても……流行ってんのかな、ハリセン」
ライルがぼそりと呟く。見たところ、リムの持つハリセンもルナのと同じのようだ。
「さあ、ちゃっちゃと着替える!後20分で開演だからね」
と、言って、やけにごてごてした鎧を押しつける。ライルにも、軽鎧が渡された。
「さ、開演よ!!」
(略)
※
手抜きではありません
「く……アラン、お前と戦うことになろうとは!」
なんて、うろ覚えのセリフをいうアレン。
その瞳は妙にぎらついている。
(……余計なこと言ってくれるよ……)
ついさっきのリムの言葉を思い出すライル。
この最後の決闘シーン、勝った方に、文化祭の食い物屋のタダ券を大量に支給するとか言い出したのだ。
本来はライルのやるアランが勝たなければ物語的におかしいのだが、そこはそれ、オリジナルと言うことで通すらしい。
なんでも、双方本気でやらないと臨場感が足りないとかなんとか。……ライルはタダ券などで本気にはならないが、アレンは大ハッスル。
「つーわけで、喰らえ!」
途中の口上をすっとばして、剣(むろん、刃を落とした模造刀)を抜きはなって突っ込んでくるアレン。
「ちょ、ちょっと台詞台詞!」
「知るか!」
アレンが剣を振り下ろす。紙一重でかわすが、舞台の床が壊れた。
「くっ……!」
ライルも反撃。
だが、食い物のかかった状態のアレンにはこのくらい防ぐことはわけない。
そのまま数合斬り結ぶ。
……が、終始アレンが押していた。
(……勝てない)
ライルはそう思った。せめて魔法が使えればなんとかなるのだが、魔法の使用は御法度だし、そもそも詠唱が出来るほどライルには余裕はない。シルフィがいれば、代替詠唱という手もあるのだが、依然行方不明である。多分、そこらへんの屋台でつまみ食いでもしているに違いない。
「おらぁ!」
アレンの横薙ぎ。今度はセットが壊れる。
「ちょ、ちょっと二人とも!?」
あっけにとられていたお姫様役のクレアが止めようとするが、周りが見えていないアレンは気付かない。
「ひ、姫! 止めなさるな!」
どうにか、アレンの剣をかわしながらそれだけ言うライル。さっきのクレアの言葉は、本気で二人を止めようとしたものだったが、芝居ということで押し通そうというのだ。
「ちょこまか動くんじゃねえ!!」
一撃もまともに入らないことにいらついたアレンは無意識に練気法を行っていた。
「はい?」
気が集中されていくことに気付き、ライルは間抜けな声を出す。
「ね、ねえアレン? お芝居なんだよ? わかってる?」
いまさら、と言う気はしたが、一応聞いてみる。
「喰らえライル! 必殺、剛雷戦……」
その瞬間、
パキーン!
と、アレンの剣が砕け散った。
「なにぃ!?」
……普通の剣では気功術を使用したときの負荷に耐えきれない。それがお芝居用の剣なんかじゃ、言うに及ばず。
当然の結果であった。
もちろん、その隙を見逃すライルではない。
「いっ……けぇ!」
芝居を忘れたアレンに対する恨みもこめて、思いっきり剣を叩きつけた。
木製の鎧は砕け散り、アレンは吹っ飛ばされていく。
「……ああ、オルド。許してくれ」
ものすごい棒読みで一応台詞を言うと、
「さて、姫」
あっさり医療班に運ばれていくアレンを無視してクレアに向きなおった。本当はこのあと、オルドに対する台詞が色々あったが、もう面倒くさくなってきた。
まあ、そんな感じでつつがなく劇は終幕した。
観客の、冷めた拍手が印象的なライルであった。
……ちなみに、ライルがリムからタダ券を受け取る頃には文化祭はすでに片づけの段階に入っていたことを付け加えておく。