……僕は予想するべきだった。

ジェフさんに招待され、夕食をご馳走になると決まった瞬間に。

よく考えれば、『彼女』の家でもあったのだ。

そして……それは当然予想されるべき事態だった。

 

第28話「そして、夏の終わり」

 

「まあまあ、ライルちゃん。遠慮せず食え。そっちの友達も……って、全然遠慮してないな」

猛烈な勢いで食いまくっているアレンを見て、ジェフは感心した声を出す。

「うんうん。若いモンはそんくらい食わなきゃな。お〜い。母さん。じゃんじゃん持ってきてくれ!」

は〜い。と、キッチンから元気な声を返すルナの母、アヤ。

なんでも、ずっと東方の国から留学に来たのをジェフが必死に口説き落としたとか……。

ちなみに、ルナの母親にも関わらず、彼女は料理上手である。

「てゆーか、アレン。本当に遠慮なしだね」

「おう!うまいメシが出されてんのに食わないのは礼儀に反するってもんだ! クリスももっと食え!」

「い、いやちょっと…」

無理矢理、皿に料理を積み上げられ、一筋の汗を流すクリス。

もともと小食の彼にはかなりキツイ量だ。

「まったく……。下品な食べ方ですね。もう少し、大人しく食べられないんですか?」

なぜか、この場に参加しているミリルが言った。

「なにおう!? お前こそ、俺と同じくらい食ってんじゃねえか!」

そう。ミリルはアレンと同程度の量をたいらげていた。

その小柄な体のどこにそんなに入るのかと尋ねたくなるほどの量を。……もっとも、アレンや彼女が食べている量は、小柄だとかそんなのよりも、人間の限界を超えているような気がするが。

「ふん。私が言いたいのは、もうすこしマナーというものを守ってもらいたいと言うことです。なんですか、そんなにこぼして。ついでに、食べ物を口に入れたまましゃべらないでください」

アレンの豪快な食べ方に反して、ミリルの食べ方はおとなしいものだった。まあ、一口一口に食べる量が少ないだけで、その分スピードは凄まじいのだが。

それはそうと、とても食べきれないような量を皿に盛られたクリスは途方に暮れていた。

「……半分、食べようか?」

「……ありがとう、ライル」

すでに、その皿に積み上げられた量の5、6倍は食べているアレンを意識から無理矢理追い出して、ライルはそれだけ言った。

もちろん、クリスとしては願ってもなく、二人して黙々と食べ続けるのだった。

そして、アレンがよそった料理を二人があらかた征服し終えた瞬間。

 

「ちょいと私も作ってみようかなあ」

 

ルナが、そんなことをのたもうた。

「……。ルナ。念のために聞くけど、いったいなにを?」

「わかんない? お母さんだけに作らせるのもなんだし、なんか食べるものでも……」

「そ、その必要はないよルナ! 僕、もうお腹いっぱいだし!!」

必死の形相でライルが叫ぶ。

「え〜?もう満腹なんですか?私、まだまだ食べられますけど。お姉様の手料理なんて滅多に食べられないし、食べてみたいなあ」

「任せといて。とびっきりのをご馳走してあげるわ」

余計なことを言うミリルを心の中で叱咤するライルとクリス。

アレンは、心の中だけでなく、大声で、

「てめえ! 余計なことを…」

「うるさいです」

ガンッ!!

言いかけて、ミリルの裏拳を顔面にまともに喰らった。

「あ〜。俺、村長の所に呼ばれてたんだった。じゃ、そういうことで」

娘の料理の腕前をよく知っているジェフはさっさと退散した。

((逃げた!?))

ライルとクリスは同時に思う。

「じゃ、ちょっと待ってて。ライルも、少しくらい食べれるでしょ? 楽しみに待ってなさい」

そう言って、ルナは台所に入っていく。

 

『お母さん。私も作るわ』

『えっ? そう? じゃあ、お願いしようかな。じゃあ、私はちょっと足りない野菜があるから畑でとってくるわ。そこら辺にある材料は適当に使っていいから』

『わかった』

 

とんとん。と、勝手口から外に出る音。その直後くらいから、包丁を使う音が聞こえてくる。

つい先程まではなごやかな音だったそれも、ルナが操る今では何者よりも凶悪な悪魔の音色である。

そういえば、どうやら母親も逃げ出したらしい。

「……どうする?」

クリスがライルと復活したアレンに問う。

「決まってるじゃないか」

「決まってるよな」

もちろん、三人ともこれからすることは決まっている。ただの確認のためのミニ会議だ。

「「「逃げよう」」」

三人の頭に、ミッションの時のルナ作カレーの味が思い出される。

今考えると、あの後の魔族との戦いより、あのカレーのほうが強敵だったような気がする。

三人が駆け出そうとした瞬間……

「できたよ〜」

台所から、ルナの陽気な声が聞こえた。

(((早っ!?)))

「わ〜〜〜い」

ミリルだけが、無邪気に喜んでいる。

だが、少しは怪しいと思わないのだろうか? ルナが作り始めてから一分とかかっていない。その早さが不気味で、ミリルを除いたメンバーは顔面が蒼白になっていた。

(ま、まずい。どうしよう。逃げたらルナは怒り狂うだろうし、ここはやっぱり自然な感じでフェードアウトするしか……。って、そんな器用なことが出来たら僕ももう少しましな人生送ってるよな……。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう)

思考のループに陥るライル。

(マスター!? ちょっと、マスター!! こっちに戻ってきなさい!!)

すっかり影の薄かったシルフィが懸命に呼び戻そうとするが効果はあんまりないようだ。

「いただきまーす」

そのライルが、その言葉に一瞬で我に返る。

そう。今まさにミリルが最終兵器(ルナの料理と呼ぶ)を口にしようとしていた。

「ちょ……」

止めようとするが、時すでに遅し。

アレンとタメを張るほどの早食いを誇る彼女は一瞬のうちにかなりの量を口にする。

 

カランと、ミリルの握っていたスプーンが落ちた。

 

その後の対応は早い。

事態の重大さを身を以てわかっているライルとクリスとアレンが人命救助のために行動を開始した。

「おいライル!こいつはどのくらい食っている!?」

まず、距離的に近かったアレンがミリルの背中をさする。そう簡単に吐き出せるほど常識的な料理だとは思わないが、少しでも気分が良くなればと思っての行動だ。

「!! この深皿の半分は食べてるみたいだよ!」

ライルが報告。

それを聞いて、アレンが絶望的な声を上げた。

「それって致死量ぢゃねえか!!」

「いや!大丈夫だよアレン!まだ間に合う!今すぐ回復魔法を……」

と、本来、解毒のための白魔法の詠唱に入るクリス。

アレンはそれを聞きながら、必死でミリルの背中をさすった。いくらいけすかない女でも、死なれたら寝覚めが悪い。

と、そこへライルが洗面器を持って来た。

「よし!ナイスだライル。ミリル!吐け!吐いちまえ!そうすりゃ楽になる!!」

そこで、

 

「お……」

 

ミリルが、呟いた。

その場の時間が止まる。クリスも詠唱を中断した。その場の誰も(ルナを除く)が、固唾を呑んで次の言葉を待つ。

 

「おいしい〜〜〜!」

「「「なにぃ―――!!!?」」」

今日はやけにシンクロ率の高い三人である。

「おいしいですね、お姉様! これ、どうやって作ったんですか?」

「あー、それね。まず、鍋に適当に材料ぶち込んで、調味料でぱぱっと味付けして、後は、ファイヤーボールでちょいと焼けば出来上がりよ」

何でもないことのように説明するルナ。

(ル、ルナ……。わかっちゃいたけど、レシピくらい読もうよ)

ライルが心の中だけで突っ込みを入れる。

っていうか、どうしてルナのファイヤーボールで材料が燃え尽きなかったのかが疑問である。

「ね、ねえミリルちゃん? 本当に大丈夫? お腹が痛くなったり、幻覚が見えたり、体の中に虫がいるような感覚がしたり、不意に暴力衝動に身を任せたくなったりしてない?」

クリスが、おいしいおいしいと、ルナの料理を食べ続けるミリルを、驚愕の目で見ながら尋ねた。

「なんでですか? クリスさんもおかしな事を言いますね……。って言うか、あなた! なにしているんですか!?」

なんとなく、ミリルの背中を撫で続けていたアレンをきっと睨みつける。

「あ……?」

「セクハラですよ、セクハラ!! この変態!」

言いつつ、呆けているアレンの手を取り、投げ飛ばす。

「っだぁ!!?」

ぼーっとしていたとは言え、大の男が壁に叩きつけられた。

気が抜けていたこともあって、アレンはあっさりと気絶する。

その様子を見ていたライルとクリス、ついでに姿を消しているシルフィはそろって一筋の汗を流す。

「ね、ねえルナ? 彼女……」

「ああ、前に言ったでしょ? ミリルは盗賊団に一人で突入したって。最初の時は私が助けたけど、本当は必要なかったくらいの体術の使い手なのよ、彼女。……言ってなかった?」

全員、初耳である。

「っていうか、なんで武器マニアのくせに、素手で戦うの?」

クリスがもっともな事を口にする。

「お気に入りを傷つけたくないそうだけど」

「……武器は使ってこそだと思うんだけどなあ」

ライルはどうにも納得いかないようだ。まあ、ここら辺は個人の考え方の差であろう。

「……まったく……。油断も隙もない人ですねえ」

ぱんぱんと手を払いながら、ミリルが言う。

それっきり、アレンの事は忘れたように、

「そういえば、お姉様。どのくらいこの村にいられるんですか?」

「ああ……。えーと、今日、何日だっけ?」

「今日は26日ですよ」

ピシッ

時が再び止まった。

「……? どうしたんですか?」

「な、何日って?」

「だから、26日です」

ライル達がアーランド山に出発したのは8月の18日。そして、アーランド山に着いたのが23日。そして、ライルの家に2日滞在。さらに、このポトス村に来るのに1日。

そう、今日は26日であった。

そして、ここはアーランド山よりセントルイスから遠い。魔法馬車で普通に行けば6日かかるのだ。

そして、新学期が始まるのが9月1日。……始業式当日に到着する計算になる。それも、今すぐ行くとしても到着するのはおそらく夜中。

「なんでみんな気付かなかったの!!?」

ルナが周りに当たり散らす。

「そんなこと言って、ポトス村に絶対寄るって言ったの、ルナじゃないか!! 僕は反対したよ!」

「ルナもライルも! 責任のなすりつけあいはやめなよ! それより、さっさと帰るよ!」

一番冷静なクリスが叫ぶ。

叫びつつも、すでに荷物をまとめ始めているのはさすがだ。

「くっ……!アレン!起きろ!今すぐ起きろ!!帰るぞ!」

気絶しているアレンをがっくんがっくんと揺らすライル。だが、一向に目を覚ます様子はない。

「かしなさいライル! 一撃入魂! 『サンダァァァーーーーーボルトォォォォォ!!』

感電して、アレンの骸骨が見える。言うまでもないことだが、アレンが目覚めるはずもない。

「くっ! もういいわ! こいつ、馬車に担ぎ込んで!」

「了解」

いつもなら突っ込むライルも、アレンに同情すらせずに機械的に言われたことを実行する。

 

 

そして、3分後には、出発の準備は出来ていた。

 

「じゃ、お父さんとお母さんによろしく言っといて!」

「お姉様、今度はゆっくりしていって下さいね」

「わかった! ……じゃ、ライル!出発して!!」

「OK!」

そして、クリス調達の魔法馬車は、夜にもかかわらず出発した。自動追尾で、ライトの光球が前方を照らす。

普通は夜の運転は危険なのだが、そんなことを言っている余裕は四人にはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

余談だが、セントルイスに帰還したのは31日の朝だった。

だが、宿題を終わらせていなかったルナとアレンは、お説教プラス追加の宿題を受ける羽目になった。

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