「ねー、マスター」
その日、僕はまったりとしていた。
まだまだ夏休みも中盤にさしかかったばかり。宿題もとっくに終わって、毎日が少し退屈気味なとき。
唐突にシルフィが提案した。
「里帰りしよ」
第22話「里帰りだ!アーランド山へ出発!!」
「はい?」
「だから、里帰り。アーランドの精霊(みんな)もきっと待っているよ」
一般に、下位精霊は自我がないとされているが、そんなことはない。
事実、アーランドの下位精霊たちはかすかではあるが、自分たちの意志というものがある。
まあ、いま、そんなことは良いとして。
「う〜ん。それもいいかなあ……」
「なによ、歯切れの悪い言い方ね。マスターは行きたくないの?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけどね」
ライルはぽりぽりと頬を掻きながら、困ったように言う。
「なんか………嫌な予感がするんだ」
そして彼のこういう予感は的中率100%。見事なまでに外れたことがない。
……………わかったからと言って、それを避けられるわけではないのだが。
「気にしない、気にしない」
とか言いつつ、すでに出発の準備を始めるシルフィ。見事にマスターの言葉を無視している。
「おい、ちょっと………」
ライルが止めようとすると、ドアをノックする音が響く。とっさにシルフィは姿を消した。
まだシルフィのことはライルたちのパーティー四人以外には秘密なのだ。
「ちわーー!!」
陽気な声と共に現れたのは、アレンを先頭に、ルナ、クリスの三人組。夏らしく、ラフな格好だ。
それを確認すると同時に、シルフィは透明化をといた。
「あらら〜いらっしゃい。どしたの?」
「シルフィか………いや、ただ単にヒマだったから」
しれっとアレンが言う。
「………ところでその荷物はなに?」
あの数秒でシルフィが集めた旅行用道具(ほとんどそろっている)を指さしてクリスが尋ねる。
「うん。ちょっと里帰りでもしようかと……」
「ちょっと待て!僕はまだ行くとは言ってないぞ!」
ライルが何かを言うが………
「ふ〜ん。そうなんだ。たしかアーランド山だったよね。ライルとシルフィが来た所って」
「お〜い………僕の話を聞いてよ〜」
ライルの言葉を全く無視して話を進めるクリスに、ライルが情けない声を上げる。
だが、ライルを除いた四人は勝手に話を進めた。
「へ〜里帰りね……どうだ、俺たちも行かないか?」
アレンがそう提案する。
「それはいいかもね。宿題も終わってヒマしてるし」
クリスも同意する。
「って言うか、あんたむかつくわね」「まったくだ」
いまだ、宿題の半分も終わっていないルナとアレンはクリスを恨めしそうに睨む。
だが、クリスは素知らぬ顔だ。
「あんたたちも来るの?まあ、別にかまいやしないけど……ねえマスター?」
シルフィがライルの方を見やる。………と、ライルは部屋の隅の方で拗ねていた。
しくしくしくと、泣き声が聞こえてくる。
「あらら〜、マスター、そう拗ねないって。どうせ、ここまで話が進んだら行かなきゃいけないんだしさ」
「………いつものことながら、どうしてこんなに僕は不幸なんだろう」
「……たかが里帰りくらいで大げさな……」
あまりと言えばあまりなライルの態度に、呆れるシルフィ。
そこに、ルナが近付いてくる。
「ちょっとライル、聞きたいんだけどね。ローラさんのお墓ってちゃんとあるのよね?」
ちなみに、忘れている人も多いだろうから言っておくと、ローラというのはライルの母親の名前である。
「あ、ああ。あるよ」
「じゃ、ちゃんと墓参りもしたいから………行くわよね?」
少々凄みをきかせてライルに詰め寄る。手にはなにやらぱりぱりと光るものがあるが、もちろんルナの魔力だ。
「お……おーけー」
ルナの脅迫に屈してはいけない………そう思いつつも、微妙に引きつった笑いで親指を立ててしまうライルだった。
「………で、こうなるわけだね」
翌朝、セントルイスの正門の前にはあの場にいた五人がきっちりそろっていた。(シルフィは姿を消しているが)
何とも早い出発である。
その理由はと言うと………
「でも、自分の母親の命日を忘れるなんて………信じらんないわね………」
と、まあそう言うわけである。ライルがうっかりとローラの命日が5日後だと言うことを忘れていたので、急遽早めの出発と言うことに相成ったのだ。
かと言って、歩きではとうてい間に合わないので。クリスがどこからか調達してきた魔法馬車もある。ちなみにかなり豪華な魔法馬車だが、どこから仕入れたのかは秘密だ。まあ、王子様の権限を最大限に活用したとだけ言っておこう。
「で、これ誰が運転するの?」
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……………………………
………………
……………
………
……
ライルの台詞に固まった一同が解凍し始める。
「だれって………ねえ?」
ルナが意味ありげに、クリスとアレンに目配せする。
「決まってるよね」
「決まってるよな」
全員、ライルの方を見る。
「えっ……えっ?」
「マスター、諦めなさい。他の誰が運転しても、前のジュディさんの二の舞になるわよ」
つまり、この中で一番安全運転しそうな人間………と言うことで選ばれたのだった。
「うう………わかったよ」
ちなみに、魔法馬車には免許は必要ない。術者の魔力がある程度あれば、自由自在に動かすことが可能なため、馬車のように、訓練等は必要ないのだ。そして、この場にいる人たちは(アレンを除いて)魔法馬車を動かすのに、充分な魔力を持っている。
「じゃ、みんな乗った?」
荷物を全て積み込んで、ライルが運転席に座る。ここから目の前にある水晶球に手を当てて魔力を送り込み、動かすのだ。
「じゃ、しゅっぱーつ!!」
姿を見せているシルフィが手を天に突き上げて、宣言する。
「「「お〜〜!!」」」
ライル以外の三人が、元気よく返事をして、
「うぉ〜〜〜〜い…………」
唯一ライルだけが憂鬱そうに返事をした。
(うう………やっぱ、嫌な予感が………)
背筋を走る悪寒に、身を震わせるライル。
そして………繰り返すが………彼のこういう予感は外れたことがないのだった。