「………………………ん?」
朝の光で目が覚めた。
っていうか、ここは何処だ?
とりあえず起き上がって…………
「いたたたた………」
何か、異様に胃の辺りが痛い。なにか変なものでも食べたっけ?
(回想中)……………………
……………………
………………
…………
「ああ、そうか」
そう言えば、ルナの料理を食べたんだっけ。ちょっと錯乱していたかといってアレを食べたのは失敗だったな。
まあ、後に引くような代物じゃなかったのが救いか。胃の痛みも大したことないし。
周りを見ると、いまだに昏倒しているアレンとクリスがいるが、直に目が覚めるだろう。
(あれ?マスター起きたの)
向こうからシルフィが飛んで来て、僕の肩にちょこんと座る。
(まあね。いやあ、ルナの料理もマシにはなったみたいだ)
(ま、マシって?)
あっ、シルフィが引きつっている。まあアレを見たなら当然の反応だけど……
(前に食べたときは3日くらい生と死の狭間を味わったんだ。それを考えれば一晩昏倒するくらい何でもないさ)
(………いったいどういう子供時代を過ごしてたのよ……)
(どういうといわれてもな………)
僕の子供時代といえば、ルナにさんざん振り回されたことと、母さんに体術訓練と称した虐待を受けたことと、父さんのコレクションについての熱意を延々と聞かされた記憶しかない。
………我ながら、少し問題アリかも………
そんなことを考えている内に、アレンとクリスが起き出していた。
第16話「ミッションでGO(遭遇編)」
それから、四人はライルが作ったきちんと食べられる料理を食べて、遺跡に向かった。
幸い、何事もなく順調に進み、10時には目的のタラス遺跡に到着していた。
「で、ここがそうなの?」
ライルが確認のためクリスに聞く。
街道を少しはずれたところの、ちょっとした森の中にそれはあった。ツタなどが茂っていて、いかにもな遺跡である。
このタラス遺跡はすでに調査され尽くされており、大した価値もない遺跡なのでライル達以外の人影はない。
「うん。ええと、たしか学園長からもらった遺跡内部の地図があったな……」
そう言って、クリスは自分の鞄から一枚の紙を取り出す。
「へえ、ちょっと見せてよ」
それをルナが強引に横取りする。特に抵抗することもないと思ったのか、あっさりと渡すクリス。
「ええっと……この×印の所に私達が取ってくるアイテムがある訳ね?」
「おそらくね。もしかしたら学園長が用意したフェイクかも知れないけど」
「さすがにそんなことはしないだろ」
「アレン。楽観視しすぎ。あのジュディさんだよ。いったいどんなトラップを用意しているか………」
「でもさ、この遺跡にはモンスターもたくさんいるんだよ?そんなところにトラップなんか作ったら洒落じゃなく命に関わるし……そこまではしてないんじゃないかな」
クリスの言い分ももっともである。しかし、ライルはまだ警戒しているようだ。被害妄想気味である。
「ま、考えててもしょうがないし、さっさと入りましょ」
ルナの一声で、ぞろぞろと連れ立って入っていく四人だった。
「………暗いな」
先頭のアレンが呟く。ちなみに隊列は一番目がアレン、二番目がルナ、三番目がクリス、で、ライルが最後尾を固めている。
遺跡のなかは、窓がほとんどなく、昼とは言えかなり薄暗かった。普段ならそれほど問題にはしないかも知れないが、どんな危険があるか分からないのだ。視界は明るいに越したことはない。
「ちょっと待って……『光の精霊よ、闇を照らせ。ライト』」
魔法を使ったルナの手の平からソフトボールより一回りくらい大きな光球が生まれる。その光球は四人の頭上に移動した。
「へえ、ちゃんと付いてくるんだ」
クリスが感心したように言う。本来、ライトの魔法で作られた光球は術者の指定した座標からは動かない。念じれば、動かすことも不可能ではないが、結構集中力のいる作業である。
「ん、アレンジバージョン。精霊魔法は融通が利かせやすいからね。………って言ってもライルに教わったやり方なんだけどね」
「へえ、そうなんだ?」
クリスが後ろを振り向く。
「まあ……一応」
ルナと一緒に魔法学の宿題をやっていたときに何となくそんな方向に話がいき。教えて〜とせがまれたのだ。まあ、別に隠すようなことでもなかったし、断ったら実力行使に来そうだったので素直に教えた。以来、ルナは暇な時を見つけてはライルに、アレンジバージョンの精霊魔法を教わっているのである。
「また僕にも教えてね」
「……別にいいけど、相性が良くないと難しいぞ」
「そうなの?う〜ん。地属性以外の精霊魔法は今ひとつ苦手なんだけどなあ」
そんなことを話していると、アレンが振り返った。
「お前らね……俺がいるときにそう言うレベルの高い魔法の話はしないでくれないか?何か悲しくなってくる」
アレンは精霊との相性自体は悪くない。……だが極端に魔力が少なすぎるのだ。精霊魔法において、魔力の強さ自体はあまり問題ではないが、無論、無関係でもない。先ほどの初歩中の初歩の精霊魔法であるライトでも、使うのが難しい。
「ゴメンゴメン。だけどアレンも少しは魔法修行したら?少しは魔力もアップするかも知れないよ」
「あのなクリス。俺は剣一筋なんだよ」
「言い訳にしか聞こえないわよ………」
「………確かに」
「そこの幼なじみコンビ、うるさい」
そんなことを話しながら、(なぜか)特に障害もなく奥に進んでいく。
(………マスター、なんかこの遺跡変よ)
(なんで?)
突然の相棒の言い分に、ライルは少し怪訝な顔をする。
(だって、話によると魔物がたくさん住み着いているって言ってたじゃない。でも、そんな気配少しも感じない)
(いいじゃないか。その方が好都合だよ。モンスターなんか出て来ない方がいいに決まってるだろ)
(それはそうなんだけど………なんかいやな感じなのよね………)
シルフィの言うことはライルにも分からないこともない。ライルも最初は遺跡に入ったら戦闘の連続だと思っていた。ジュディさんのことだ。おそらく嫌がらせのため僕たちが絶対に負けないようなモンスターがうじゃうじゃと嫌になるくらいいる遺跡を選んだんだと思っていた。
だが、蓋を開けてみればタラス遺跡の中には全く生き物の気配というものがしない。たしかに妙だとは思うが、それほど気にすることもないように思う。
(大丈夫だって。このメンバーなら大抵のことには対処できるから)
(うん……)
それでも、不安を隠しきれないのか、シルフィは沈んだ表情をする。
ライルは、
(シルフィも結構心配性だな)
程度にしか考えていなかった。しかし、後でシルフィの言うことをちゃんと聞いてれば良かったと気で後悔することになるのだが、そんなこと神ならぬライルには想像も出来ないことであった。
「何かあっけないわね」
四人は、すでに×印の付けられた部屋の前まで来ていた。しっかりと扉は閉まっている。
「でも、少し位置がずれているような気がする………」
「クリスも心配性ね〜。どうせ誤差かなんかでしょ」
ルナが笑い飛ばす。クリスはまだ首をひねっているが、気にしないことにしたようだ。
「まあいいじゃないか。それよりさっさととってここから出ようぜ。俺腹減っちゃったよ」
「僕の鞄の中に携帯食が入ってるから食べる?」
「ライル、俺がそんな程度で足りるとでも思うのか」
「………思わない」
そこで、扉を調べていたクリスが振り向いた。
「なんかこの扉、魔法で施錠されてるみたいだよ」
「そうなの?クリス解ける?」
「多分大丈夫だと思う…『封じられし門よ、我を受け入れよ。アンロック』」
ガチャ
そんな音がして扉のカギがはずされる。
「ふ〜ん……あの学園長が用意したにしてはずいぶん簡単ね」
「でも開かないよ」
何度も扉を押そうとしているクリスが言う。
「あんたの力が足りないんじゃないの?」
「いや、俺でも無理だ」
「アレンでも?………もしかして押すんじゃなくて引くんじゃないの?」
ライルがすっとぼけたことを言う。
「さすがにそんな間抜けなことはしないぞ」
「ちょっと待って」
ルナが前に出て、色々と扉を調べ始める。魔力の流れを調べているようだ。ぼんやりとした光がルナの手にともっている。
結果………
「なんか、内側に向けて結界がはってあるみたい」
「内側に向けて?普通、扉にかける結界って言ったら外側に向けてはるものだろ?」
「アレンの言い分ももっともなんだけど………事実そうなってるの。これは……捕縛結界?と、言うより封印結界かしら」
ルナの言葉に少し怯えたようになる三人。封印結界というのは地方の魔術師ギルドが手に負えない超上級のモンスターなどを捕まえておく結界である。大抵は、封じ込めた後、王国の騎士団なり魔法師団なりが駆けつけてそのモンスターを始末する。
つまり、封印結界の中には、そこいらの魔術師ギルドでは手出しできないようなモンスターがいるのだ。はっきり言って、そんな怪物の相手などゴメンである。
「ちょっと。勘違いしないでよ。ただ構成が少し似ているってだけなんだから。大体いくらあの学園長でもそんなのがいる遺跡に生徒を向かわせるわけないじゃない。たぶん、脅しかなにかよ。こうやって私達をうろたえさせる気なんだわ」
はっきり言ってかなり無茶苦茶な論理だが、三人はそうか?と、半信半疑ながらもそれで納得する。仮にも教師。死ぬ危険があることなどさせないだろう。
「じゃ、開けるわよ」
「どうやって?」
ルナのあっさりした言い方に、ひどく素朴な質問を飛ばすライル。だが、ルナは笑って、
「決まってるじゃない。こういう結界はね、外からの干渉にもの凄く弱いのよ。アンロックじゃカギを外すだけだからダメかもしんないけど、ずいぶん弱ってるみたいだしちょっとした攻撃魔法で破れるわ。」
「ちょ、ちょっと待った!」
それでは、と槍を構えるルナ。ライルの止める声も無視だ。
「『すべてを燃やし尽くす力持ちし火球よ、我が思うがまま敵を討て。ファイヤーボール!』」
そして、一抱えもある炎の玉が扉に突き刺さった。
ドカァ!
扉はあっけなく破壊される。
「さっ、入りましょ」
といっても、ライル達は通路が狭く完璧な不意打ちだったこともあり、爆風で壁に叩き付けられていた。
「あ、あれ?」
ご、ごめ〜ん!と言いながら三人の様子を見に行くルナであった。
気を取り直して部屋に入る。
部屋には何もなかった。いや、中央に何か黒いモノが圧倒的な力を発して存在している。
「な、なんだ?」
その力に気圧されて先頭のアレンが立ち止まる。
「なに、あれ?」
ルナが中央のモノに気付く。それは、見た目は人間に近い。真っ黒なコートのようなモノを着込んでいる。いや、コートと言うより、黒いガスがソレの周りにまとわりついているように見える。
「人間……じゃない?」
クリスの言葉は実に的を射ていた。ソレには、人間の気配というモノがない。
(シルフィ?どうした?)
顔色が青ざめているシルフィを心配し、ライルはとりあえずアレを無視して問いかける。
(ま、マスター……あれ…魔族だ……)
「魔族ぅ!?」
ライルが思わず叫ぶ。その叫びに三人が一斉に振り向いた。
「ライル。それってマジか!!?」
「何でそんなのがここにいるのよ!?」
「間違いないんだね?」
そんなことを聞かれても、ライルにはよく分からない。そう言ったのは彼の相棒の方なのだ。ライルは確認のため、シルフィに目で問いかける。
(間違い……ないわ)
シルフィはこういうことで冗談は言わない。認めるしかなさそうだった。
「間違いない……らしい」
<魔族>
魔界に住むという魔界生物のなかでも飛び抜けて戦闘能力の高い種族。知能は高く、ほとんどの魔族は人間と容姿が酷似しているが、人間とは根本的に価値観が違う。
本来魔界の住人である彼らは、偶発的な異界への穴が開くか、誰かが召喚する以外は人間界には来ることができない。
上級魔族ともなれば、地上最強生物のドラゴンさえも凌駕する戦闘能力を有す。個人レベルでの対抗手段では追い返すことは困難。
その昔、彼らの頂点に立った魔王が人間界に宣戦布告してきたが、現在勇者と讃えられているルーファス・セイムリートを始めとする四人の冒険者が、世界中の国々の連合軍が魔王軍を抑えている間に、魔王城を落とすことでかろうじて人間側の勝利となった。
それ以後、世界的に魔族の姿はほとんど見られなくなった。
「ハズなんだけど……」
教科書に書かれていた説明を反芻して、ライルがぼやく。
中央の魔族がやっと気付いたのか、のっそりとライル達に目を向ける。
「ホオ…ココニ閉ジコメラレテ人間ヲ見ルノハ何百年ブリダナ………」
その瞳に見つめられただけで、ライル達は固まってしまう。
「フム……我ヲ幽閉シテイタ結界ハナクナッタヨウダ………感謝スルゾ子供ラヨ」
ごくりと息をのむ。口の中が乾いてしまっていて、思考も混乱している。
それでも、ルナは気丈に叫んだ。
「何であんたみたいなのがこんな所にいるのよ!ここはもう……調査され尽くした遺跡で、あんたみたいなのがいるはずないのに!!」
「勇マシイコトダ。マアヨイ、話シテヤロウデハナイカ。私ハナ、500年前ノ人間対魔王ノ戦争………オ前達ハ降魔戦争ト呼ンデイルラシイガ………ソノ大戦ノ折、ココニ封ジ込メラレタ。タダ、人間側ニモ余裕ガナカッタノダロウ、封ジ込メラレテカラ、ソレキリ忘レ去ラレタヨウダ。私ニトッテハ幸運ナ事ニナ。コノ遺跡ハ、アマリ学術的価値ガナカッタセイカ、一度ハ発見シタガ、降魔戦争ノオカゲデコノ遺跡ヲ知ル者ガイナクナッタノデ、未発見トイウコトニナッタヨウダ。ソノ後、再ビ発見サレテモ私ガ閉ジ込メラレタ部屋ガ見ツカルハズガナイ。封印ガ解ケル事ヲ恐レタ、我ヲ封ジタ人間自身ガコノ部屋ヲ発見サレナイヨウ幻術ヲカケテイタノダカラナ」
そんなに一気に言われても全て理解はしにくい。
だが、一応の事情は全員が分かったようだ。
「つまり……お前は500年前から封印されているわけだな。ったく。分かりづらい文字で話しやがって………」
そう言うことに突っ込むなよ、という作者の願いを見事なまでに無視して、アレンが言う。
「ソウダ、人間ノ少年ヨ。タダ、500年トイウ歳月デ、コノ強固ナ結界ノ効力モ、ホトンド失セタヨウダガナ」
「そこにルナがとどめを刺したわけだ」
ライルが、ルナを少し睨みながら言う。その言葉には刺がたっぷりと含まれているのは言うまでもない。
「な、なによ。私のせいだって言うの!?」
「結果的にそうじゃないか」
少し漫才じみた会話。大分緊張感もほぐれてきたようだ。人はそれを開き直りとも言う。
「ハハハ……コレカラ食ワレルトイウノニ元気ナ者タチダ」
……………………………………………………………
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…………………………
…………………
………
…
その意味を理解するのに、数秒かかった。
「やっぱりそういうパターンかい!!!」
アレンが一息で剣を構える。
「アレン!あいつが魔族だって時点でこうなる事は分かってただろ!!」
クリスも、愛用の杖を手にする。
「私達は大人しく殺される気なんかこれっぽっちもないからね!!」
ルナも、槍を手に物騒な魔力を集中する。
「どうせ逃げ切れるわけないんだし………全力で行かせてもらう!!」
ライルも普段ないほどに、気力充分だ。まあ、殺されそうになっているというのに脳天気なやつもいないだろうが。
(と、言うわけでシルフィ!!サポートよろしく!!)
(任せといて!!あんなやつ何でもないわ!!)
すでに普段の彼らだ。これだけ力の違う相手でも怯んだりしないところが、長所であり、短所でもある。
この場合はプラスに働くだろう。相手に呑まれないことは大事なことだ。
「フム………寝起キノ食料トシテハ申シ分ナイチカラヲ持ッテイルヨウダ。私ノ名前ハ『スレイン』ダ。殺サレル相手ノ名前グライ知ッテオイタ方ガヨイダロウ?」
そうして、死闘が始まった。