「マスター、水と花持ってきたよ〜」

「ああ、ありがと。そこ置いといて」

大きくなったシルフィが、バケツに水を入れて持ってくる。摘んできた花は、死者に贈るもの。

ずっと放置していたお陰で伸び放題になっていた雑草を抜き、その水で墓にこびりついた汚れを拭って行く。

アーランド山、ライルの元家。その裏にある墓の前で、ライルとシルフィは手を合わせた。

「……さて、次はどこ行こうかな」

立ち上がったライルはお墓に背を向けて呟く。

「ポトス村に行くんじゃないの?」

ライルの故郷の名前を挙げるシルフィ。しかし、ライルは首を振った。

「そっちに行くのは、さすがにね。ルナにバレやすいし。それは別の機会にする。……とりあえず、南だな」

うまくいくかどうかはわからないが、一応それくらいのカモフラージュはするつもりらしい。ポトス村とは逆の方向に行くことにする。

地図を広げて、現在地から南の方角へ指を滑らせた。

「南にある街は……ウィンシーズ、か」

 

第113話「港町の夕暮れ」

 

さて、ライルに遅れること丸一日。

ルナの一行は、アーランド山のローラの墓の前に来ていた。

ルナは、神妙な顔で手を合わせ、それが終るとギラリと獲物を狙う鷹の目になる。

「ライルがここに来たのは間違いなさそうね。でも、昨日には発ったみたい」

「……それは、いいが。いい加減、少し、休ませて……くれ、ないか?」

息も絶え絶えなアレンが抗議する。

それはそうだろう。セントルイスからここまで、ルナとフィレアを担いで重戦車のごとく並み居る障害を踏みつけて走ってきたのだ。せめてフィレアには走って欲しかったが、どうも彼女的にルナだけ負ぶわれていることに危機感を感じていたらしい。

「……そだね。どうせ、ここからなら、ライルはポトス村に行ったんでしょ? 追いつけるって」

男だからという理由で一人走らされたクリスも、疲労困憊だ。いくら荷物があまりないとは言っても、アレンとは鍛え方がまるで違う。付いて行くだけで精一杯だったのだ。

懐に入れた小さな棺桶の中に陣取っているフィオナが、心配そうにしている。彼女は幽霊なので、クリスが運んでも全然重みはない。それを聞いたルナが「ダイエットの必要がないわね」などとズレた発言をしたのは、まぁ余談である。

「ポトス村、ねぇ。順当に行けばそうだけど、どうも引っかかるわ……」

ルナは、ライルの目的地を疑っているようだ。

そんなわかりやすいルートを、あのライルが通るか、と。だが、しかしそういうベタなのもあのライルならば有り得そうな気がする。

……考えても仕方ない、か。

「よし、一応ダッシュでポトス村行って、いるかどうか確認するわよ。いないような気もするけど、確実にはわからないしね」

「……その、俺は休みたい、んだが?」

「三十秒で体力を回復させなさい」

無茶苦茶だ。

しかし、逆らうのはちょっと怖い。仕方なく、横になって僅かでも体力を回復させようとする、アレンとクリスだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……マスター。どうも、ルナたちはポトス村の方に行くみたい」

一方、こちらはポトス村とは逆方向に歩いているライルとシルフィである。

シルフィは、家に仕掛けておいた遠聴の術式から届いた会話をライルに伝えた。

「そっか。これで時間稼げるな」

よっしゃ、とガッツポーズをとるライル。

さすがのルナも、百パーセントの精度でこちらの動きを予測することは出来ないらしい。本当にポトス村に向かったのか? と疑問には思っているだろうが、これで時間が稼げる。

「よし、それじゃあ、少しペース落とそうか。そろそろ疲れてきたよ……」

「そね。てか、マスター。お昼にしない? 朝ちょっと木の実食べただけだから、お腹すいてきたんだけど」

「はいはい。近くに川があるから、魚かな」

一応、鞄の中に干し肉や乾パンはあるが、これからなにがあるかわからない以上、あまり消費したくはない。

水の匂いで、近くに川があることがわかっているライルは、すい、と街道をそれる。

すこし歩くと、そこそこ水量の豊富な川を発見した。

「さて、と。ごめんなさいよっと」

手を水につけ、水の精霊に働きかける。……こういう時、魔法は便利だ。釣竿や銛がなくても、こうやって水の流れを操作するだけで魚を取ることが出来る。

いきなり流れを変えた水流に翻弄されて、四匹ほどの川魚がライルの元に来る。それを適当に捕まえて、腰に差したナイフで捌いた。

「マスタ〜。火、熾したよ」

「わかった。こっちも、準備できたから」

内臓を取り、木串に刺した魚に手持ちの塩を少量振り掛ける。

シルフィが熾した焚き火でそれらを炙り、近くにある適当な木の実を取れば、即席の昼食の完成だ。

「ん〜、量はちょっと足りないけど、美味しそう」

「取れたてだからな」

自分の身長ほどもある魚をパクつくシルフィに、いつもながらあの食べたものは一体どこへ行くんだと疑問を抱くライル。

「ま、それはそれとして……」

地図を広げる。

現在地と思しき場所から、ウィンシーズまでの距離を見て、かかる時間を概算する。

「……明日には着く、かな。大体、ルナたちがポトス村に到着するのと同じか……」

ルナたちを思い出して、憂鬱な気分になるライル。

追いつかれて折檻されるのが恐ろしいのか、いつも一緒にいるメンバーがいなくて寂しいのか。自分でもよくわからなかった。

「……うん、間違いなく後者はありえないよね」

自分で自分の考えに突っ込みを入れる、器用なライルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウィンシーズは、古くから港町として発展してきた街である。

他の大陸への玄関口、貿易の要衝。自然と多くの人々が集まり、ローラント王国では王都に次いで発展している街と言える。

そして、そのウィンシーズの大動脈ともいえる大通りのど真ん中で、ライルは途方に暮れていた。

……昼過ぎ、この街に着いた時はうきうきしていたのだ。セントルイスよりは小さいが、毎日魚や他国から来た貿易品が陸揚げされ、活気に満ちている。

それこそ、おのぼりさんのごとく周りをきょろきょろと歩いていた。

そこで、シルフィが発した一言。それがライルを凍りつかせた。

(……ところで、今日はどの宿に泊まるの?)

一つ確認しておくと、ライルのお金は、学園長のジュディさんのポケットマネーから出されている。学費、寮費のほかは、本当に生活するのにギリギリのお金しかない。

……つまり、なにが言いたいのかというと。

宿屋に泊まれるほど、ライルの懐はあったかくないのだ。むしろ、大氷原かと言いたくなるくらい寒々しい。街の名物という魚料理を食べたが、それだけでこの街で使っても良いと自分で定めた予算ギリギリだ。

ここ数日は野宿続きで、やっと柔らかいベッドで寝られる、と思った矢先である。

ずーん、とライルは周りが暗く見えるほど沈み込んだ。

(あ、そ、その。あんまり落ち込まないでよ、マスター)

(……いや、大丈夫。先立つものもロクにないのに旅になんて出た僕の責任だから。適当に、そこら辺の路地で寝るさ。警備している人にしょっぴかれそうだけどね)

アハハ、と乾いた笑いを浮かべるライル。

そんな風に、シルフィとの会話に夢中になっていたからだろうか。

ライルは、前方から近付いてくる人影に全く気付かず、正面衝突した。

「きゃっ!?」

「うわっ」

散らばる荷物。市場から買ってきたと思しき食材の類が地面に転がる。

どうやら、向こうもこの荷物のお陰で前方が見えていなかったらしい。

ライルは踏みとどまったが、ぶつかった相手は尻餅をついている。慌てて、助け起こそうと、手を差し伸べた。

「す、すみません。大丈夫ですか?」

「ちょっと。ちゃんと前見て歩きなさいよね!」

などと文句を言う少女は、ライルと同じか少し年下くらいの少女だ。気の強そうな瞳が、どこかルナを想起させる。ポニーテールにした長い髪が印象的だった。

助け起こしたその少女は、怒涛のごとく文句を言う。だが、ライルは別に気にするわけでもなく、テキパキと散らばった荷物を集めにかかった。

「え、っと。これで全部、だと思うんですけど」

「……確かに」

「よかった。じゃあ、これで」

と、行こうとすると、ぐいっと肩を引っ張られた。

「ちょっと。これで落とし前つけたつもり?」

「……と、言うと?」

「食材に砂がついちゃったでしょう。罰として、荷物うちまで運びなさい」

有無を言わせず荷物を渡される。

少女はライルが逃げることなど全く考えていないかのように、スタスタと進んでいく。

(えーっと……)

(ま、付いて行くしかないんじゃない? 変な輩にとっつかまったってことで)

早々に厄介ごとを引き寄せたライルに、シルフィは呆れている様子だ。

……結局、ライルはそのまま少女に従って、荷物をへいこらと運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

少女に案内されたのは、三階建ての立派なお店だった。

一階部分はレストランか酒場か判断に迷う食堂。二階、三階部分は、どうやら宿屋らしい。

店名は……ローレライ。

「ちょっと。それ、裏に持って行ってくれる?」

「はいはい……」

店を観察していると、件の少女がせっついてくる。

裏口から厨房に運び込むと、満足げに一つ頷いた。

「ご苦労様」

「ほんとに」

がっくりとうなだれる。

「じゃ、そういうことで」

無駄な時間を過ごしてしまった。さっさと野宿向きの路地裏を発見しなくては。

そう思い、辞去しようとしたライルを、少女が引きとめた。

「ちょっと。ところで、貴方の名前も聞いていないんだけど?」

「え?」

「え? じゃないわよ。別に減るもんでもないし、教えなさいよ」

「ら、ライルだけど」

「そ、私はマリアっていうの。よろしく」

マリアと名乗った少女は、ライルの服装をじろじろと見る。

「な、なに?なんでそんなじろじろと頭の上から爪の先まで観察しているの?」

マリアは、ライルの言葉を「うるさいわねぇ」と一蹴し、考え込む。

「ライル。貴方、旅でもしているの?」

「まぁ、一応」

「よし。なら、ちょっとここで働いていきなさい」

一言。

まるで、世界が始まったときからお前がここで働くのは決まっていたんですのよと言わんばかりの断言っぷりである。

「なななな、なんで?」

「うち、今忙しいのよ。オーナーの娘が、買出しに行かなきゃいけないくらい」

「だから、なんで僕が!?」

「ん? 旅人ってことで、暇そうだし。お人好しっぽいし。なんか馬車馬のように働いてくれそうだし。まぁ、これもなにかの縁じゃない。助けると思って!」

ずいぶんとまぁ勝手な評価である。ただ、あんまり間違ってはいない。

「僕、まだ十七歳だけど!」

「十八以下の子供は働いちゃいけないってやつ? そんなカビの生えたような法律、今日び守ってるやつなんていないって」

一蹴。

ライルはガツンと頭を殴られた気がした。

……この法律、守っているやついないってオイ。それ二年半前の僕が知ってたら、ヴァルハラ学園には行っていませんでしたよ?

「ほい、とりあえずこのエプロン着て注文とってきて!」

無理矢理エプロンを着せられる。

まだ混乱しているライルはされるがままだ。

「そ、そういえば」

「ん? なに? やり方なら、この伝票に注文された品を記入して……」

「……お給料、出してくれる?」

それを言うのが精一杯なライルだった。

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