「……ちっ!」
戦いが始まって、五分ほど。
すでに、カイナたちの敗戦は濃厚になってきた。あちこちに出来た傷はメリッサの魔法によって癒されているが、失った血液まで戻ってくるわけではない。
徐々に削られている体力。このままではいつか致命的な一撃を受けてしまうことは火を見るより明らかだ。
対して、ドラゴン三匹の方は、所々傷こそ負っているものの、あっちは根本的な生命力が違う。腕がもげようが、翼が切り裂かれようが、相手が死ぬまで戦いを止めない生粋の戦闘種族なのだ。
「こりゃ、ダメか」
いよいよ、気丈なカイナにも弱音が出てくる。
それが聞こえたわけでもないだろうが、ニヤリ、と竜タイプのドラゴンが笑ったように見える。そいつは、弱った獲物に止めを刺そうと一歩前に出、
……天から、阿呆みたいな規模の雷が、まるで神の鉄槌のごとく打ちつけられた。
「……は?」
呆けるしかない。
ドラゴンの全身が隠れてしまうほどの強大な雷光。枝のような小さな雷が、他のドラゴンもついでとばかりに蹂躙する。
巻き上げられた煙が晴れる。
支流のほうに巻き込まれただけのドラゴンはさすがに健在だが、直撃を受けた竜タイプのドラゴンは、完全に炭化し、既に原形を留めていなかった。
第111話「冒険者の哲学 その7」
「おぉ。とりあえず、一匹ね」
洞窟の入り口のところで、ルナが感嘆の声を上げる。
いつの間にか森の木が焼き払われ、焦土と化した地面に、巨大なクレーターが穿たれている。その中心で崩れ落ちる炭に、満足げに頷いて、ゴーゴーとばかりに腕を空中に突き出した。
「さぁ、続けて歩兵突撃! 残りは二匹よ。ほら、ライル、崩れ落ちてないで! なんなら、もっかいライトニング・ジャッジメントを……」
「む、無理言わないでよ」
ライルは『ライトニング・ジャッジメント』を放ったおかげで、全魔力を消費して、完全に力が抜けている。
魔力と体力は別物とは言え、精神力を一気に全部使ったら、当然しばらくは動けない。まして、二発目など、死を覚悟しても無理だ。
「いいよ。少し休んどけ」
アレンはそう言うと、クリスと共に突っ込んでいく。
まずは、恐竜タイプ。真正面から突撃してくる人間を迎撃しようと、仲間をやられたことによる狼狽を押さえつけ、爪を繰り出してくる。
それをアレンは避ける――と思いきや、真っ向からそれに剣を振り下ろした。
「ぃい!?」
声を上げたのは傍から見ていたカイナだ。
さっきまで戦っていた彼女は、あのドラゴンのトンデモナイ馬鹿力は身に染みている。それを真正面から受けて立ち、さらにその場に踏みとどまるアレンの膂力はどれだけなのか。力が強いとは思っていたが、まさかここまで突き抜けてたとは。
……いや、それを言うなら、さっきの雷はさらに規格外だ。古代のアーティファクトでも使ったのか、あんな馬鹿げた攻撃、初めて見た。
「あいつらめ……」
不意打ちとは言え、一匹を倒した。
あいつらと戦っても、まだまだ負けるつもりはない……が、爆発力ならあいつらの方が上に違いない。
ふと、崩れ落ちそうになった体を、後ろからやって来たクリスが支えてくる。
「大丈夫ですか?」
「……てめぇら。逃げろっつったろ」
「いえ。さすがに、カイナさんたちを見捨てていくのはどうか、ってことになりまして。知り合いを見捨てて、のうのうと逃げるのは後味が悪いですしね」
「それは、あたしらが死んじまう、って思ったってことか」
小僧どもがっ!
内心で毒づいて、カイナは全身に活を入れた。
経験不足どころか、冒険者ですらない学生に心配されてのほほんと休んでいられるほど、プライドがないワケではない。
両手に握り締めた愛剣を一振り、二振り。
「っしゃっ! 行くぞ!」
自分を鼓舞するように、大声を張り上げ、ワイバーンの方に向かっていく。
もう全部の体力を消費するかの勢いで、剣を振り回し、ワイバーンを押し返す。
「……よっしゃぁ! アレン、下がれ――!!」
ルナは完成した魔法を手に留めて、大声を張り上げる。
彼女の両手には、その手を弾け飛ばしそうなほどの紅の魔力が凝縮していっている。
見ると、アレンがその魔力のヤバさに気が付いて、慌てて相手をしているドラゴンを全力で吹き飛ばし、それこそ脱兎の勢いでその場から逃げ去った。
そして、ルナは両手の魔力を、力の言葉と共に解放した。
「『クリムゾン――フレ、ア!!!!』」
瞬間、地上に太陽が出現する。
ダイナソアを包んだ結界の中に現出した極大の熱量は、ドラゴンの鋼の硬さの鱗も、この世のどんなものも貫くとされる角も、全てお構いなしに焼き尽くしていく。
断末魔の叫びすら焦熱の彼方に消し飛ばして、ルナの魔法が完結する。
「……あれ? 倒せた?」
本人が一番ビビっている。
ルナは自分の手をまじまじと見つめ、呆けた表情になった。
いつの間にか自分の魔力がここまで成長していたことに、気付いていなかったのだ。こんななら、逃げることもなかったのに。
しかも、もう一度『クリムゾン・フレア』を撃てるほどではないが、それなりにまだ魔力量に余裕がある。
「ルナ……自分の魔力くらい、把握しておこうよ」
「いや、あっはっは。私が全力を出せる魔法って、これくらいしか知らないしね? 最近、他の研究にかまけて、これ使ってなかったし」
言い訳じみた台詞。
「と、とにかく。残り一匹。アンタも、一緒に倒してきなさい!」
誤魔化すように、ルナはライルに命令した。
「はいはい……」
少しは体が動くようになったライルは、剣を構えて走り始める。
……もう、その後は言うまでもない。
元々、ワイバーンとの一体一ならこのパーティーは負けないのだ。
危なげなく、カイナ、アレン、ライルの連携で、ワイバーンを打ち倒した。
「へーへー。あたしが悪ぅござんしたよ。あーあー、お強いなぁ、最近の学生さんは! これなら、最初から素直にお前らに任しときゃあよかったかもナー」
……などと、帰り道、カイナはこれ見よがしに嫌味を言ってのけたのだ。
助かったことの安堵よりも、ライルたちが自分の指示に従わなかったことが気に喰わなかったらしい。
「か、カイナさん。そんなに絡まないでくださいよ。僕たちも、僕たちなりに考えた上でやったことなんですから」
「ほほぅ。なら、なにをどう考えたら、あそこで割ってはいるなんて選択肢が出てきたのか、あたしに聞かせてくんないか? お前らも、勝てるとは思ってなかったらしいし!」
実際、ライルたちはドラゴンという名前に内心萎縮してしまっていた。ライルは、割って入る直前、ルナに言われるまで自身の最強魔法のことをすっかり忘れていたし、『勝てるわけない』と思っていたことは事実だ。
……まぁ、ルナの場合は、アレは忘れていたというより思い至らなかっただけらしいが。
とにかく、そんなわけで、彼らの心情的には捨て身で突撃したに等しい。なんでそんな無謀な真似したのか、とカイナは問うているのだ。
「いや、その……ほら、カイナさんたち、実際劣勢だったじゃないですか」
「そうだな。それで、お前らはその状況で加勢したわけだ。勝てるとも思ってなかったくせに」
カイナの追求は執拗だ。
ライルは、返答に窮してしまう。なんで、と聞かれても、知り合いが死地にいるのに、助けに入らずにいれるほどライルが達観していなかった――もしくは、それに我慢がならない性質だった――だけの話なのだが、それを言ったら多分殴られる、とライルは不幸の直感とでも言うべき感覚で悟っていた。
「さっさと答えねぇか!」
「いたっ!?」
まぁ、黙ってても殴られることに違いはないのだが。
ごつごつと、ライルの頭を脇にロックして、何度も叩く。
「――ったく。お前、冒険者になってもそんな調子じゃ、命が幾つあってもたりねぇぞ。……まぁ」
そして、カイナはぱっとライルを解放して、ふんっ、と顔を背ける。
なんとなく、ふてくされた子供のような表情だ。
「とりあえず、今回は助かった。礼は言っとくよ」
「……え、っと。カイナさん?」
「聞き返すな!」
また殴られた。
そのやりとりを後ろから見守っているルナたちは、その様子を笑いながら見ている。
……人事だと思って。なんで僕だけがこんな目に?
ライルは、なんだかとても悲しくなった。
「ま、なんだ。卒業したら、うちのパーティーに来るか? 前を任せられるヤツがもう一人ぐらい欲しかったんだ。……なんなら、あのルナって娘も一緒に。同じ魔法使いのベルナルドはクビにすっからさ」
「ちょっと待てカイナ!」
後ろで傍観していたベルナルドが、途端に血相を変えて突っ込んでくる。そして、言い争いを始めた。こういう展開に慣れているのか、同じパーティーであるメリッサは笑っている。
なんとなくだが、もし卒業して、ルナと一緒に冒険者などやったら、こういう光景が毎日見られるんじゃないかなぁ、と思った。そして、なんかベルナルドに、妙にシンパシってしまった。
「……ま、とりあえず、一件落着かな。疲れたけど」
カイナの注意が自分からそれた事を確認して、ライルははぁ〜〜、と大きく息をついた。
「不可だ」
そして、ヴァルハラ学園に帰ってきたとき、ライルたちはキース先生のそんな言葉で迎えられた。
「……は?」
「あのな、お前ら。お前らに与えられたミッションは『森のモンスター退治の依頼を、冒険者のパーティーと共にこなす』だ。仕事の内容もちゃんと指定されていた」
わけがわからず、首を捻る一同に、キース先生は訥々と説明する。
「それでだ。依頼の内容が変わった時点で、こっちは他の課題を用意していたんだよ。なのに、お前らと来たら伝える前に出発しやがって。ちゃんと、これもやってもらうぞ」
と、渡されたプリント。
……内容は、セントルイス近郊の薬草の採取、及び分類、調査。一年の頃にやらされるようなミッションの内容だ。三年生向けの課題を準備している暇がなかったからだろう。
「ちょ、ちょっと先生! 私達は、そりゃあもう命がけで……」
「らしいな。ドラゴン退治なんて、よくやったよ。それに関しては、国から表彰があるらしいぞ? すごいじゃないか」
「だったら……」
「だが、それと課題は別だ。期間は少し延ばしてやるから、きっちりやってこい」
無常にプリントが手渡される。
呆然と受け取るライルたちにキース先生は背を向けた。
「じゃ、俺は他のやつらの進行状況のチェックと、評価があるから行くぞ。それ、三日後までにちゃんと提出しろよ」
そして、翌日。
セントルイスの郊外の野原で、親の仇のように草を毟りまくる四人組がいたとかなんとか。