ライルたちは、突如として襲い掛かってきたワイバーン相手に、よく戦った。

本来ならば、何十人単位の部隊でぶつかって、なんとか撃退できる、というレベルの怪物である。たかが七人のパーティーが勝てそうになること自体、彼らの非凡な戦闘力を物語っている。

……ただ、それも相手が一匹なら、だ。

「なんでっだあぁぁぁ!!? 生きて帰ったら、ぜってぇ追加料金徴収すっからなぁああ!!」

悲鳴を上げるカイナを先頭に、森の奥へ奥へと逃げていくライルたち。

さもありなん。

彼らを襲うドラゴンは、いつの間にか三匹に増えていた。

 

第109話「冒険者の哲学 その5」

 

両手が翼となっている翼竜(ワイバーン)。

トカゲをそのまま大きくしたかのような外観の恐竜(ダイナソア)。

竜、といえばこれだろうというオーソドックスな形状の竜(ドラゴン)。

属性も、それぞれ上から火、地、光、と実にバラエティに富んでいる。もう、泣きたくなる位に。

最初に出てきたワイバーンはアレだ。かなり苦戦したが、なんとかそのまま倒せそうな流れになってきた。テンパったルナの魔法は、火属性のドラゴンの鱗を、熱線で貫くなどというトンデモない結果を生み、それを突破口に更なる追撃。

カイナとアレンの剣が傷口に突き刺さり、痛みにワイバーンが吠えた時、

ぬぅ、とまったく正反対の方向から、二匹の新ドラゴンが顔を覗かせてくれやがったのでした。

「ふーむ。これで合点がいったな。瘴気に引かれてこいつらがやってきたもんで、先に来ていたモンスターたちが追い出されたわけだ。その瘴気も、このドラゴンが喰って……いやはや、浄化の手間は省けたな」

走りながらも、冷静に分析してのけて、いやぁしかしまいったなぁ、と余り緊張感のない声を上げるのはベルナルドだ。

「ベルさん……! 解説している暇があるんだったら、生贄の一つにでもなってください! ほら、古来、竜を鎮めるには生贄がつきもので……」

さらりと仲間を見捨てる発言をするメリッサ(onアレン)。そんな彼女にもベルナルドは動じず、

「いやぁ、それは誤解だぞメリッサ。そーゆーのは、知性があり、人間とも特に敵対していない竜が、それでも食料として人間が必要な場合に用いる方法だ。後ろの連中みたいな知性のないのはそんなまだるっこしいことせずに全部喰う。いや、せめて死ぬ時は美女の胸の中がよかったなぁ」

ライルは走りながら、この状況でもこんな呑気に説明してのけるベルナルドに驚愕し、また、この人魔法使いの癖になんで走りながらこんな余裕あるんだ? と疑問に思った。

全てとは言わないが、魔法使いなんていうのは基本的に体力がない。

ライルに背負われているルナなんて、その典型だ。

「ほら、ライル! 気張って走れ!」

「ああもう、少し黙っててくれ!」

ハイヨー、シルバー! とでも叫びだしそうな勢いのルナは、後ろに牽制の魔法を叩き込んでいるが、後ろの連中の進軍を抑えるまでは行かない。

大体、上下に揺れすぎで乗り心地が悪いのだ、この男は。呪文に集中できず、強力な魔法が放てずにいる。

木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる竜たちに、ルナは歯軋りする。ええい、あの連中に、思う存分魔法を叩き込んでやりたい――!

「で、これからどうするんですか。いくらなんでも、いつまでも逃げ切れるモンじゃないでしょ」

メリッサを背中に乗せているアレンが、現在実質的なこのパーティーのまとめ役であるカイナに尋ねる。まだ余裕だが、このまま追いかけっこが続くとなれば、体力的にドラゴンには勝てるはずがない。

いや、それ以前に今は木が障害物になっているから追いつかれないが、森から出たり、この森の木を全部薙ぎ倒されたりしたら、追いつかれてしまうだろう。何しろ歩幅が違う。クリス辺りはちと振り切るのは厳しい。

まぁ、ライルがワイバーンの翼を切り裂いたおかげで、空から追撃されないだけましなのだが。

「あ〜、どうすっか、ねぇ」

「体力なくなるまえに、立ち向かってみます?」

イラついて頭をかくカイナに、クリスが提案する。自分でも無謀だとは思うが、そのくらいしか手がない。

「無理。とりあえず、どっかに隠れるぞ。……おお、丁度いいところに、洞窟が――!」

岩肌にぽっかりと空いた穴を目ざとく見つける。

なにを隠そう、あの洞窟は、クリスとアランが先日誘拐されて閉じ込められ、また魔王の一人が封印されていた曰く付きの洞窟。

なにやらトラウマを刺激されたのか、クリスの顔が真っ青になる。

「だがカイナ。あの岩山くらい、すぐに連中が崩してしまいそうだが?」

もっともといえばもっともなベルナルドの指摘に、それもそーか、とカイナが頷く。

それを聞いて、シルフィがライルに話しかけた。

(マスター。多分、あの中なら大丈夫。仮にも魔王を封印してたトコなんだから、一応あんな低レベルな竜じゃ壊せない……と、思う)

「……思う、って付けないでくれ。すっごく不安になる」

シルフィの助言に、ライルは渋い顔になった。

あの洞窟に逃げ込んだとして、そのまま閉じ込められるだろう。が、このままだと遠からず追いつかれるし、作戦を練ったり休んだりするためにも、隠れるのが上策かもしれない。

「……カイナさん。あの洞窟に行きましょう。どうせ、このままだとヘトヘトになって捕まります」

言って、方向転換する。

「あ、おい、こら!」

カイナの制止する声も振り切って駆ける。

あそこが安全なのだと、後ろのシルフィのおかげで(多少怪しいものの)わかっているが、わかった理由を説明する時間も惜しいし、シルフィの事を教えることもできない。

特に疑念も抱かずついていく学生組。アレンの背にいるメリッサは『コラッ! アレンくん、止まりなさーい!』と彼の頭をぽかぽかと殴っているが、そんなことで人間重戦車ことアレンが止まるはずもない。

カイナは、ええい! と髪をかきむしり、ベルナルドはため息をつきながら、その後をついていくことにするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟の入り口。狭くなっている穴に、ドラゴンたちが乗り込もうと、ムリヤリに頭を入れている。

だが、どう頑張ってもこいつらの巨体では通り抜けられるはずもなく、それがわかると岩山を砕こうとパンチパンチパンチキックキックキックブレスブレスブレス。

だが、魔王封印の地はそう甘くない。単なる岩山に見せかけて、ここは強固な結界に守られた上、特殊な金属の含まれた難攻不落の岩城なのである。

ドラゴンは強大な種族であるが、その中でも下っ端のトライホーンドラゴンに崩されるほど柔ではなかった。

本来、内部の者を外に出さないための牢獄が、逃げ込んだ人間を守る要塞となったのは、皮肉と言うかなんというか。

(結果オーライね)

……この岩山の作成者の一人がそう言うなら、そうなのだろう。

「とりあえず、なんとか時間は稼ぐことが出来ましたね。これで、外の連中が諦めてくれれば、なおいいんですけど」

ライルが安堵の空気を漂わせてカイナを振り向く。

「……まぁ、そうだけどさ。なんで、ここが安全だって知ってたんだ?」

洞窟の奥に奥に来たカイナは驚いていた。細い道を下っていくと、明らかに人工的なものだとわかる空間が広がっていたのだから。

中央には、なにやら砕けた石があり……つまりは、ここが封印の間で、魔王が封印されていた場所である。これだけシッカリした場所なら、なるほどドラゴンが侵入できないのも頷ける。

……が、なぜそれをライルが知っていたのか、カイナは疑問なようだ。

「たいしたことじゃないです。たまたま、前に来たことがあるだけですよ」

曖昧に言って誤魔化す。

「ふ〜ん。でも、ここ、外とは比べモンになんないくらい、瘴気の密度が濃いんだが」

「そうですねえぇ。森に漂っていた瘴気って言うのは、多分ここが原因ですよね」

カイナの言ったことに追従して、メリッサがうんうんと頷く。

大正解。冷や汗を流しながら、ライルは心で喝采を送る。なんかこの二人、ライルの両腕を掴んで、なにやら怖い笑顔を浮かべている。

「で、ここを知ってるってことは、今回の騒ぎ、なんか関係してんのかぁ? って疑問に思うんだが、その辺どうよ?」

「ど、どうよと言われましても」

そもそも、ライルはここに来たことはあるが、その時は既に解決した後だった。

ここで起こった事を知っているとか、今回の騒ぎの原因だとか言うなら、この中ではクリスが一番詳しいに違いない。あとは、『あちゃー』と頭を抑えているシルフィか。

そんな事の元凶どもは、ライルが救いを求める視線を送ると、露骨に目を逸らす。

人前に姿を見せないシルフィはともかく……こら、クリス。それは無責任だぞー、とアイコンタクト。

それも無視され、それならこっちにも考えがあらぁ、とライルは口を開いた。

「そ、それなら、クリスに聞いてください。僕はあまり詳しいことは……」

「ほほぅ。やっぱり、てめぇらが関係してんだな?」

墓穴掘った――――!!?

『馬鹿……』とうなだれるクリス。よくわかっていないのはアレンとルナだ。あの二人の場合、つい先日にあった事件の詳細を覚えているかどうかも怪しい。

「メリッサ。お前はこいつを頼む。あたしは、クリスのほうに行ってくらぁ」

「はーい」

ほっ、助かった。とライルは安心する。

乱暴そうなカイナに締め上げられるよりは、聖職者であるメリッサのほうがきっと尋問の手口も穏やかだろう。

いや、ここまで来たら別に隠すつもりなどない。細かいところは誤魔化す必要があるかもしれないが、事の発端を説明するのは別に構わな……??!

「さぁ、ちゃっちゃと吐いてね。あ、痛かったら痛いって言ってよ?」

等と言いながら、満面の笑みでメリッサが取り出したのは……

その、所謂、鞭と呼ばれる武器だった。

「あ、あの。メリッサさん? な、なんでしょうか、それは」

震える声でライルが尋ねると、メリッサは残酷な笑みを浮かべて、

「え? ライルくんが素直に話せるようにって思って。……あ、別にわたしに嗜虐趣味があるってわけじゃないのよ? そんな、自分の趣味に走っている場合じゃないし」

「本音! 本音が漏れ出てる! ちゃんと話しますから、それ捨ててください!」

「でも、ウソを言われても困るし……」

「言いません! そんなことしても、僕に何の得もありません! ……ってか、あっちでクリスが説明していますから!」

見ると、カイナは多少威圧的に尋ねているものの、おおむね穏やかにクリスの話を聞いていた。

(こ、こっちが外れだったか……!)

いくら危機から一応逃れたといっても、いきなりこれである。

ライルはなんだか泣きたくなった。いまだ外で侵入しようと躍起になっているドラゴンに、単身立ち向かう方がなんぼかマシな気がしてきた。

ぴし、ぴし、と地面に鞭を叩きつけるメリッサ。

「あ、そんなに怖がらなくても。だってわたし、非力だし。服の上からだし」

なんの安心材料にもなりません。

 

数秒後。封印の間に、ライルの悲鳴が轟いた。

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