洞窟内が、煌々とした光に満たされる。とても目を開けていられない状態で、クリスは確かに、その光の中心に一つの影が立っているのを見た。

やがて光が収まり、目が慣れてくると、先程まで封印のあった場所に一人の女性が立っていた。

ハッ、とするほど綺麗な女性だ。神秘的な瑠璃色の髪、すっと通った鼻筋、ふくよかな頬。ぼんやりと周囲を睥睨している瞳は血のような紅。

……話の流れからして、これが封印されていた魔王とやらに違いない。違いないはずなのだが、彼女が魔族だとわかるのは、その少し長い耳くらいなものだ。ザインのような“らしい”魔族を想像していたクリスは、思わず見惚れてしまった。

呆然としている一同の中で、一人ザインだけが、その魔王カナリアに近付いていく。

「……久しぶりだな」

ザインは短く声をかける。その中には、千年近くの感慨が込められていた。

 

第100話「へっぽこブラザーズよ永遠に」

 

カナリアの目の焦点が、微笑み(と思われる)を浮かべているザインに結ばれる。

「……ザイン、か」

よく通る、透き通った声を出すカナリア。なるほど、その名の通り金糸雀(カナリア)を思わせる声だ。

が、カナリアはふいっと不機嫌そうな顔になると、ザインの頬を裏拳で殴り飛ばした。

「がっ!?」

それほど力を入れているようには見えないのに、軽く十メートルは吹き飛ばされるザイン。流石は魔王と呼ばれた者だ。どうやら、見た目通りの相手ではないらしい。

「っそいんだよ、愚図が。あたしを開放するんなら、もっと早くしろっつーの」

カナリアは、うざったそうに髪をかき上げる。

「……だが、神々の目から逃れるには封印されているのが一番いい。下手に滅ぼされるよりは……」

皆まで言う前に、カナリアは魔力弾をザインに叩き込んだ。

「くだらねぇ。そりゃ、あたしを馬鹿にしてんのか? 神の連中も殺してやればいいじゃねぇか。相変わらず、変な魔族だよお前は」

と、そこで始めて気が付いたように、カナリアはガイアたちに視線を向ける。

途端、くっくっくとこらえられないように含み笑いをもらした。

「なんだぁ? わざわざ火と地の精霊王で、あたしのお出迎えか? あれから何百年経ってるかは知らないが、ずいぶんと気が利いてるじゃないか」

ひとしきり笑うと、カナリアはその瞳に狂気の色を浮かべる。

洞窟内には彼女の殺意で満たされ、まったく蚊帳の外に置かれているはずのクリスとアランさえ息苦しくなってきた。

「一番殺したいやつらが、目覚めた途端目の前にいるとはなぁ。ザイン、これだけは褒めておいてやるよ」

凶暴な笑みを浮かべ、カナリアがガイアとフレイに向けて腕を振るう。手の動きと共に放たれた魔力の渦は、破壊を撒き散らしながら二人に迫っていった。

その攻撃を飛びのいて回避しつつ、ガイアとフレイは口を開く。

「おい、ガイア。どーすんだよ! 俺らだけじゃあ、ちと荷が重いぜ」

「……一応、相手との実力差くらいはわかるんだな。なんでいつもルーファスにつっかかってんだか」

二撃目、三撃目と続けて放たれる魔力波をやりすごしながら、二人は会話を続ける。

精霊とは、基本的に戦闘には向かない種族だ。最高位の精霊王でさえ、魔王としては中の上程度のカナリア相手でも全員でかからなければとても勝てない。

「はっ、はははは! どうした、オイ!? ちょこまかと逃げ回ってるだけかてめぇらっ!」

さらに攻撃が激しくなる。だが、ガイアたちは攻勢に移ることが出来ない。

こんな限定された空間で、精霊王と魔王クラスが本気でぶつかり合おうものなら、ただの人間であるクリスたちなど一瞬で消し飛んでしまう。ガイアはそれをよくわかっているし、フレイとて先程の失態によって苦々しく思いながらもそれを認識してしまった。

「ど、どうするよ、クリス? 逃げ道、完全に塞がれちまったぞ」

クリスとアランは、どうやらカナリアにはそこらに飛んでいる蝿程度の認識らしく、全く相手にされてない。最初の一撃に巻き込まれそうになったが、慌てて避難すると、特に攻撃を加えられることはなかった。

が、カナリアの怒涛の攻撃は、いまやこの封印の間の約半分ほどを覆ってしまっている。その領域に足を踏み入れれば、クリスやアランなど、ものの数秒で死ねる。そして、入り口はその半分の領域に入ってしまっていた。

「でも、なんとかしないとね。僕らのせいで、ガイアたち攻撃できないみたいだし」

「いやまぁ、そりゃ、そうなんだが……ってあぶねぇ!?」

アランのすぐ近くに、流れ弾が着弾する。攻撃が激しくなるにつれ、こういうのも増えてきた。

気を抜けば、逃げる前に死にかねない。

「うひょ!? おへっ! のう!? た、助け……うわ、掠った、掠ったぞ今!?」

「ええい! 黙って避けてよ!」

奇声を上げつつ、変な踊りのような動きで流れ弾をかわすアランに、クリスは恥ずかしくなって叫ぶ。

しかし、そろそろ流れ弾とは言えない量になってきた。気のせいならばいいのだが、もしかして、ここらへんもカナリアの殲滅領域に入っちゃたんだろうか。

慌てて逃げようとクリスが駆け出そうとすると、不意に攻撃が途絶えた。だが、別にカナリアの攻撃がやんだわけでも、流れ弾がなくなったわけでもない。

見ると、ザインが二人の前に立って、結界を張っていた。

「……どうして?」

「お前らは、カナリアの封印を解いてくれたしな。なに、心ばかりの礼だ。流れ弾程度なら、私の力でも防げる」

「そ、そうですか……」

色々と怖いものもあったが、実際彼がいなければ死んでいたかもしれない。心の中で感謝をしておいて、クリスは事態の成り行きを見守った。

 

 

 

 

 

横目でザインがクリスたちを庇っているのを見ながら、ガイアは悩んでいた。

別に、ザインが人間を守っていることはどうでも良い。

昔から、彼は変わり者の魔族で、あまり人殺しを好んでいる様子がなかった。無論、何人もの人間をカナリアの封印を解く為だけに生贄としているのだから、殺人を忌避しているわけではないようだが、さりとて他の魔族のようにただ快楽のためだけに殺すと言う事はしない。むしろ、人間の文化などには興味すら持っていた節がある。

おかしいのはカナリアだ。

ガイアも、古い記憶だから確かなことは言えないのだが……魔王カナリアとは、この程度の力だったろうか?

「おいおい、どうした、ガイア! フレイ! マジでこのまま殺されるつもりかぁ!? つまんないぞぉ!?」

さらに攻撃が激しくなる。

確かに、並みの魔族など問題にならない強さだ。回避に徹しているとは言え、フレイと二人掛かりでも翻弄されている。

だけど、まだガイアが生きていることもまた事実だった。

封印から覚めたばかりで、本調子じゃない? いや、封印は確かに魔王の力をある程度は弱めるが、ここまで劇的な効果はとても望めない。たとえ、千年もの長きにわたる封印だとしても……千年?

「まさか……」

「どーすんだよ、ガイア! このままじゃジリ貧だぞ? あいつらはザインが守ってるみたいだし、俺らも攻撃に移った方がいいんじゃねぇか?」

「いや……」

ガイアはフレイを止める。半信半疑だが、可能性は低くない。ザインが、急に封印を解こうとしたのも、これで納得がいく。

「もう少し様子を見ようぜ、フレイ。もしかしたら、そんなことしなくても事態が収まるかもしれん」

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまで、あれほどの暴れっぷりを見せていたカナリアだが、何故か急に力を落としていた。

「そろそろか……」

言って、ザインはクリスたちを守っていた結界を解く。

すでに、結界などなくても、こちらに来る攻撃などなかった。

「そろそろって……なにが?」

「カナリアはな、“魔王の因子”に覚醒する前は、人間と魔族のハーフだった。……いや、今でも肉体的にはそうだ。つまり、霊が皮を被っているような高位魔族とは違って、寿命がある」

ザインはそれだけ言うと、カナリアに近付いていく。

カナリアのほうは、膝をついて、ザインを恨めしげに睨んでいる。

「……ザ、イン……てめぇが、すっとろいから、あたしは……」

「わかってる。だから封印を解いたんだ」

ザインは、カナリアをそっと抱きしめる。すでに、ガイアたちも何も言わず、二人を見守っていた。

「……ちっ、てめぇ、は。わかってたん……なら、こうなる前に助けろよ」

「と言われてもな。さっきも言ったが、そうしたら今度は神々に滅ぼされていた。私は、封印された状態でもお前に生きていて欲しかった」

「勝手なやつ。……お前は、いつもそうだ。あたしに気があるとか……言っときながら、あたしの気持ちは無視なん……だから、な」

「お前の気持ちは、よくわかっている。お前は、ただ殺したいだけだ。私のことなど、なんとも思っていないことも知ってる」

その間にも、カナリアの体は崩れて行っている。傍から見ていたクリスにも、もう持たないだろう事がわかった。

「……ちっ、見透かされてるか。ああ……確かに、お前のことなんか、好きでもなんでもない。……まぁ」

『嫌いじゃ、なかったぜ』

と、それだけ言い残して、カナリアは灰となって散った。魔族の死だ。

ザインはすっく、と立ち上がり、ガイアたちに背を向ける。

「私の用事はこれで終わった。森の結界は今解いたから、あとは好きにしてくれ。……もう私は、どこかで静かに暮らす」

そして、ザインは消えた。

さんざんクリスらをかき回した事件の、あまりにもあっさりした終結だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……つまり、クリスたちはまったくの役立たずだったってこと?」

事件のあらましを聞いて、シルフィはそう一刀両断にした。

「そ、そう言われるとなんとも言えないんだけど……ほ、ほら。魔族と魔王の感動的な別れを演出したってことで、どう?」

「そもそも、解かない方がよかったでしょ。もし、本当にあいつらの目的が世界を滅ぼすことだったりしたら、かなりの被害が出てたろうし。結果オーライで済ませるには、ずいぶんとリスクが高いわね」

気が抜けたのか、煎餅を齧りつつ茶をすすり、完全にくつろぎモードに入っているシルフィ。

「う、うるさいな! そう言うシルフィだって、道に迷って結局最期まで合流できなかったじゃないか! 役立たずはそっちだろ!」

「んなっ!? ガイアたちに連絡してやったのは私よ! じゃなきゃ、あんたら死んでたくせに!」

ムキになって言い返すシルフィだが、確かに情けない。

一方、本当に全然役に立っていなかったアランは、何故かホクホク顔だ。

「どーしたのよ、アンタ。命の危険を味わったくせに、ずいぶん嬉しそうじゃない」

それを不気味に思って、ルナが尋ねる。

「いやぁ。火の精霊王だとか言うやつに、俺ら殺されそうになったからね? その代償に、俺と簡易契約結んでもらったんだよ。国に帰ったらみんなに自慢しないとな」

ちなみに、現在アランと契約しているフィオは、それを聞いて泡を噴いてひっくり返ってしまった。一般の精霊にとって、つまり精霊王とはそれほどの存在なのだが、ライルといいクリスといいアランといい、契約している連中はイマイチその意識が薄い。

「まぁまぁ。とにかくみんな生きててよかっただろ。それより、俺は腹が減った」

「そーだそーだ。アレンの言う通り。早いとこなんか食わせろ! まだか、ライル!」

エイミが怒りもあらわに叫ぶと、台所で料理を作っているライルは『もう少しー!』と大声で返事を返す。

ちなみに、フィレアが着々とアレン用の食事を用意しつつあるのだが、そのことを本人は知らない。

 

なにはともあれ、この後、前の続きとばかりに大宴会に突入するのだった。

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