「ぐへぇ、やぁっと終わった」

「お疲れ様、アレン」

並み居る書類を片付け、机にぐったりと突っ伏すアレンに、見計らったようにクリスがお茶を差し出した。

「な、なんで俺にこんな仕事回すんだ……どー考えても不向きだろう」

ここ一年、もはや定番となった台詞を言うアレンだが、それに対するクリスの答えももはや定番と化していた。

「ま、次期国王の務めってことで」

実際のところ、クリスがこれらの仕事を引き受ければ、半分以下の時間で処理することが出来る。しかし、やはり将来責任者となるべき人物が、こういう書類仕事をまったくこなせないのではマズイ。

そこで、そんなに重要度の高くないものを集めて、訓練としてアレンに処理させているのだ。並行して、帝王学や経済学その他もろもろの勉強も進めている。完全な詰め込み式のスパルタ教育だ。

「んなの、俺に向いてねぇって何べん言ったら……」

「いやぁ、アレンに向いてないってなったら、僕ら姉弟の誰一人として向いてないことになっちゃうんだけど」

実際、アレンは貴族連中には蛇蝎のごとく嫌われているが、国民からの人気は大層高い。

過去、クーデターを納めた英雄として、またその気さくな人柄や元平民出という要素。それら諸々を合わせた結果、もはや彼以外が王位に付くことは考えられないほどに人気が高まっている。

そして、いくら頭がよかろうと、そういった人望は容易に得られるものではない。

アレンにとっては、決して都合の良いことではなかったが。

「にしても、毎日これじゃ息が詰まるってえの」

「ごめんね? まだ新婚だってのに、いろいろこき使っちゃって。まあでも、必要なことだから――」

「待て。フィレアのことは関係ない。それより、剣の訓練がだな……」

瞬間、アレンの顔面にどこからとも無く飛来した湯飲みが襲い掛かった。

「っ!? 甘ぇっ!」

突然の奇襲にも、アレンは慌てず対処し、その湯飲みを躱す。が、中身が盛大にぶちまけられ、避けたはずの顔にぶっかかった。

「あヂィィィィィッッ!!??」

顔面を焼く熱湯に、アレンは恥も外聞も無く転がりまわった。

「もう! わたしとの時間より剣振り回しているほうが良いって言うの!」

「あ、フィレア姉さん。お疲れ様」

クリスが、恐らくアレンの労を労いに来たであろうフィレアに片手を上げる。

彼女が持つお盆には、アレンが好きな日本茶(ただしたった今投擲されてしまったが)と羊羹が乗っている。補佐役のクリスの分がないのは、アレだ、きっと愛の力かなんかだ。簡単に言うと贔屓だ。

「まったく。こんなんじゃ、プリムちゃんも怒るよ」

「あ、そう言えば、そろそろ来るんだったっけ」

「あ、ああ。再来月だな。フィレアんときみたく、デカイ式は挙げねぇけど」

アレンが、とある村で手篭めにした少女、プリムは、しっかりと彼の側室に納まることになっている。ただ、彼女の年齢が年齢だったのと、王宮内でのアレンの立ち位置が安定するまで、後回しにしていただけなのだ。

実は、ちゃんと週に一回は手紙でやりとりしていたあたり、アレンも妙なところで筆まめというかなんというか。

「一度目を付けた女の子は意地でもモノにする、っていうか」

「……クリス。お前、久々に俺の訓練の相手をしてくれないか? 無論、剣の」

「遠慮しておくよ」

意訳:ちょっとボコらせろ。

「あー、そうそう、アレンちゃん、クリスちゃん。お客さんが来てたよ?」

「客ぅ? なんだ、こんな時間に」

「変だね……今日はもうアポは入ってなかったはずだけど」

にんまり、とフィレアは笑って、その訪問者の名を告げた。

「ライルちゃんとルナちゃん。多分、そろそろルナちゃんがキレて、力ずくで門を突破しているころかなぁ?」

二人は一瞬硬直し、すぐさま顔を見合わせると、全速力で正門に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜、もういつまで待たせるのよ」

そして、そのルナは、フィレアの予想通りそろそろ暴発しそうな気配を見せていた。

まったく、もう少しは予想外の行動を取ってもらいたいものである。

「仕方ないよルナ。約束もしてないし、もう夜だし」

「わかってるわよ」

ふう、とライルはため息をつく。

社会の荒波にもまれて成長したルナは、忍耐力を大いに向上させている。この程度のことでは、キレたりしない仕様になっているのだ。

しかし、キレはしないものの、機嫌が悪くならないわけではない。早く来てくれ〜、と信じてもいない神様に祈りを捧げるライル。

果たして、誰とも知れぬ神様が聞き届けてくれたのか、アレンとクリスの二つの懐かしい顔が駆けてきた。不必要なまでに急いで。

「ルナッ! 今、ウチの予算カッツカツなんだから壊さないでくれっ!」

「一応、この城も建造一年ちょいなんだから――って、あれ?」

やってきた二人は、おかしい、と首をかしげた。

往年のルナならば、既に門に焦げ痕の一つや二つ付いていて当たり前。むしろ、門が粉砕されていることすら覚悟していたのに、一体なぜ門は無事で、あまつさえ番兵やパートナーのライルまでもが無事なのか?

「……久々に会った早々、失礼なこと言うわね、あんたたち」

あ、しまった。と思う暇が二人にはあっただろうか。

迂闊な発言をしたアレンとクリスの二人を、ルナの指先から走った衝撃波が貫いた。

「ぐっはぁ!? や、やっぱりルナだぁっ!!」

「こんなことで確認するのもどうかと思うけどねーー!!」

まるでピンボールのように飛んでいく二人を見て、新米の番兵(21)は眼を丸くする。よもや、この城の中でも五本の指に入るお偉方が、いきなり訪れてきた素性も知れない冒険者に吹き飛ばされるとは。

いや、あの勢い。ただ吹き飛ばされただけでは済まず、重傷を負っているかもしれない。

この冒険者風情が、ここでひっ捕えてくれるわ、と新米番兵が無謀な挑戦をしようとしているところ、土煙を掻き分けてアレンとクリスが立ち上がった。

「いてて……やっぱ久々に食らうと効くなぁ」

「でも、芸が細かくなっているね……突っ込む魔法の威力自体は上がっているけど、ちゃんと食らわせる相手にレジスト用の魔法もかけてる。……なんて無駄な手間なんだ。というか、そこまで派手なツッコミをしたいのか」

あっさり起き上がる王家の二人に、番兵は目を丸くする。

「ああ、気にしないでください。彼らにとっては、いつものことなんで」

ライルがその様子に気付いて、フォローとも言えないフォローを入れた。

「……なにさりげなく自分を対象から外してるの」

「そうだ。お前が一番、こういうことしてるくせに」

ライルの言い分に納得のいかない二人が突っ込みを入れる。それに対してライルは、乾いた笑いで答えた。

「やだなぁ、二人とも。あっはっは。僕が一番? あっはっは。むしろチャンピオンと言ってくれたまえ……ハハハ」

どこか乾いた笑い。

ライルの虚ろな眼はどこを見ているとも知れない。

その心が思い出しているのは、この一年間のルナとの日々か。

「……なんか、やっぱりすげぇ苦労しているらしいな」

「だね。やっぱりアレン、泣き言言ってる場合じゃないよ。どんなに仕事が増えても、キツくても、きっとあれよりはマシさ」

「そうだな」

「うっさいわね、二人とも」

一応、元凶であると言う事くらいは自覚しているルナが、バツが悪そうに言った。

「で、あそこで壊れかけているライルは置いておいて。どうしたの、今回は。急に来たりして」

「別に、大したことじゃないわよ。ちょ〜っと下手打って、しばらく仕事回してもらえなくなってね。暇になったから、たまには顔を見に来てやろうかと」

「そういうことか。俺はまたてっきりグロー……」

なにかを言いかけたアレンの口が、クリスの裏拳によって潰された。

「ぶべっ!?」

「な、何?」

唖然とするルナを他所に、アレンがクリスに食って掛かる。

「何しやがるっ!?」

「(あのね……『あんなの』をルナに話してどうするの! 厄介な事になるのは目に見えてるだろ)」

小声で話しているため、ルナの耳に言葉は届かない。ただ、クリスが何かを言って、アレンが頷いたことだけは確かだ。

「ん、まあそういうことなら歓迎するぜ。しばらくゆっくりしていけや」

「僕達は昼は仕事で少し時間取られちゃうけど、それ以外だったら色々話したり出来ると思うから」

「ねえ、さっき……」

「さぁ、ライルも何時までも凹んでないでっ! よぉし、アレン、前貰ったあの酒開けちゃおうか!」

「そうだなっ! 久しぶりの再会だ。パァーっと行こうぜ」

なにやら、共通認識が生まれたらしい二人は、見事なまでの連携で持って話を逸らしてライルと肩を組んで歩く。

「……なんなのよ」

別に、それについてはどうでもいいが、なんだか仲間はずれにされているようで面白くないルナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ライルやルナと共にアルグランに入ったガーランド一行は、町外れの安宿で部屋を取っていた。

「ガーーーーーちゃんっ!」

「……なんだリーザ。黙って食え。久しぶりのちょっと豪華な飯だぞ」

怒りの目を向けてくるリーザを無視して、ガーランドは宿で出された食事に舌鼓を打つ。

新しい街に来たのだ。景気付けのために少しくらいの贅沢は許そうと、アルコールも入っていたりする。

「なんでルナがお城でわたしたちはこんなところなのかなっ!?」

「金もコネもないからだ。大体、こんなとこって……やめろ、お店の人が怖い眼でこっち見てる」

大体、ガーランドたちの懐事情では、城はおろかここよりグレードの高い宿に泊まることすら冒険である。あちらは、あくまで個人的なツテがあるからそんなことが可能なわけで、こちとらどこに出しても恥ずかしくない一般市民的冒険者(パンピー)。王宮に一泊するなんて暴挙は、どう足掻いたところで不可能だ。

「大体、お前はいいだろ。一人で一部屋使えるんだから、こっちは一人用の部屋に男三人すし詰めだぞ」

「……むっさい男ばかりの部屋で一夜を明かす、か。ああ、神は死んだ。願わくばこの俺に乳がでかくてなんでも言う事聞いてくれそうな女を三十人ばかし授けてください」

「お、女の子は要りませんけど、お魚さんとか分けてもらおうかな」

女好きの破戒僧と、なぜか魚介類に異様な愛着を持っている召喚師がなにかをほざいているが、ガーランドは一切無視する。

「な、なら〜。ガーちゃんもこっち来る?」

「行けるか、ド阿呆」

リーザ的に一世一代の勇気を振り絞って出した提案を、ピシャリとガーランドはシャットアウト。

するだけならよかったのだが、彼は余計な一言を加えた。

「大体な。いくらお前が子供だからって、そろそろ男を寄せることに警戒した方がいい年頃……ん? どうした」

「う、うう」

なんか半泣きになってる。

「うわーん、ガーちゃんのホモーーー!」

「底抜けに人聞きの悪いこと言いながら逃げるなーーーー!!」

そして、店の人間は全員引いている。

仲間であるはずのスルトとネルまで。

「が、ガーランド。リーザのアプローチ全部ガン無視ってっから、もしかしたらとは思っていたが……」

「が、ガーランドさん。……お願いです。僕の貞操は海の神(ポセイドン)に捧げているんですから、その、僕はそっちの趣味はありませんし」

「んなわきゃないだろうがっ!!」

普段の温厚な仮面を脱ぎ捨てガーランドが絶叫する。

こんなのも、彼らにとってはまた日常だった。ガーランドにとっては不幸なことに。

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