冒険者ギルドの一角が爆発する。

「……………」

振動で天井から埃が落ちてきた。

飲んでいたジュースに落ちてきた埃を鬱陶しげに払いながら、ライルはその元凶を睨む。

「なにやってんのよっ、このプッツン暴発娘がっ!」

「うっさいのっ! ルナに比べれば、このくらいマシなのっ!」

見た先には、ルナと十五、六歳と思しき少女が口げんかをしていた。

『はぁ』

ライルは、同じテーブルについていた男と殆ど同時にため息をつく。

「……ガーランドさん。今日はあなたのとこですよ」

「ああ」

力なく返事をした男は、今しがた魔法を暴発させた少女を諌めるために立ち上がる。

彼の名はガーランド・アインスノウ二十五歳。ただいまギルドの一角を破壊した少女、リーザ・シュプーレ他二名とパーティを組んでいる冒険者だ。

二メートル近い長身に見合う、鍛え上げられた筋肉。傷だらけのその身体を包むレザーアーマーと使い込まれたグレートソードは古強者といった印象を与える。

しかし、ライルは知っていた。彼の傷は、前面よりむしろ背中側に多いものだと。

別に、彼が逃げてばかりのチキン野郎というわけではない。ただ単に、味方から無防備の背中を撃たれることが多いだけだ。

「リーザ。その辺にしないか。またうちの借金を増やす気か」

「あ、ガーちゃん! ガーちゃんもこいつに言ってあげてっ!」

「ガーちゃん言うな」

ガーランドが、怒り顔で同意を求めてくるリーザの頭を小突き、そのまま頭を掴んだ。

「う〜」

頭を鷲掴みにされ、お仕置きとばかりに前後左右に振られたリーザは恨めしげなうめき声を上げる。

「あー、あー。お熱いわねー」

「うるさい!」

ルナがからかうと、リーザは即座に反応し手を向ける。しかしすかさずガーランドのチョップが決まった。

「……お前は反省が足りんようだな。来い。たっぷりお説教をしてやる」

と、ガーランドは強引にリーザを引っ張っていく。

ルナはやれやれとばかりに手を振って、ライルのところにやってきた。

「付き合ってられないわね。あの娘、せっかくの新しくなったばかりなのにまたここ壊しちゃって」

「……ああ、そう」

むしろ、自分達に付き合ってくれるような人間は、このギルドでは彼らくらいのものなのだが。

あと、このギルドが新築なのは一体誰のせいなのかとライルは問い詰めたかった。

――ライルたちが冒険者として活動し始めて約一年が経っている。

性格はともかくとして、もともと実力を備えていたライルとルナの二人は、めきめきと頭角を表していた。学校を卒業していきなりウォードラゴンを仕留めて一躍有名人となり、その後も難度の高い依頼を何度もこなしている。

そして、そういった名声と共に、悪名も広まっている。

曰く、歩く災厄二人組。破壊の魔女。デストロイブラザーズ。

殆どがルナのせいなのだが、この悪名のおかげでなにかと苦労している。にも関わらずルナは自重する様子を見せない。つい先日も、セクハラしてきた冒険者をお仕置きした余波でこのギルドを半壊させてしまった。そのときの賠償金で、お金も結構な額がぶっ飛んでしまっている。

とみに、リーザと知り合ってからは彼女との喧嘩でよく暴走していた。

そのリーザもルナ同様才能ある魔法使いなのだが……制御がド下手糞だった。パーティの前衛を務めるガーランドを誤って撃ってしまうこと数知れず。さっきのように感情が高ぶると、勝手にその豊富な魔力が漏れ出して爆発を起こしてしまう。

感情が高ぶると反射的に魔法をぶっ放してしまうルナといい勝負である。これで調子のいいときにはルナとタメを張る魔法を操るのだから手がつけられない。

さらに悪いことに、二人ともお互いをライバルと認識していて、最近加速度的に腕を上げているのだ。いつか本気で喧嘩となったら街一つ位焦土と変えてしまうかもしれない。そのときは身体を張ってでも止めようと、ライルとガーランドは固い誓いを交わしていた。

ちなみに、似たもの同士としてライルとガーランドは仲が良い。ガーランドに密かに(ガーランド本人以外はみんな気付いているが)思いを寄せているリーザが危惧を抱くほどに。

「しかし……暇ねぇ」

「誰のせいだと思ってるの」

現在二人は謹慎中である。ギルドの建物をぶっ壊したせいで、仕事をしばらく回してもらえなくなったのだ。

賠償金を支払っても、多くの仕事をこなしたお陰で貯金はあるし、二人ともあまりお金を使う方ではないので生活には困らないが……そろそろ、ルナが暴走しはじめるようだった。

「なんか面白そうなことないの? 仕事じゃなくてもさぁ、どっかでモンスターが暴れてるとかだったら、退治に行きたいし」

「そんなのは面白いこととは言わない。暇なら、また魔法の研究でもしてればいいじゃないか」

「ん〜、それもねぇ。最近、煮詰まってきちゃっているし。今手に入る資料でできることは大体やっちゃったのよね」

ルナの専攻は黒魔法と古代語魔法である。

過去、栄華を誇ったという文明で使用されていたという古代語魔法は、現在その殆どが失伝している。それらの研究はルナのライフワークであり……新しい魔法を復活させるたびに、試してみたがるのでライルはいつも苦労している。もう、なにかと。

「なら、のんびりすればいいじゃないか。いい機会だよ。僕も、卒業してこっち、そろそろ疲れてきたしいい骨休めだ」

「んなの、老後の楽しみにとっておけばいいのよ。若い今は、溢れんばかりに行動するべきなの」

「ルナの場合は溢れすぎだよ……」

 もう一生分は行動したんじゃなかと思えるほどに。

「しかし、今頃みんなどうしてるんだろうね?」

ふと思いついて、ライルはそんなことを言ってみた。

「みんな?」

「ほら、ヴァルハラ学園のみんな。特にアレンとかクリスとか。結局、アレンの結婚式以来会ってないじゃない」

披露宴の最中、いきなりウォードラゴンの退治に引っ張られ、そのままアルヴィニアの別の街のギルドを転々としてきた。なんだかんだで、同じ国にいるのに、一度も会っていない。

「なら、会いに行きましょ。丁度いいわ」

「……は?」

「アルグランまで、この町からなら半日くらいで着くでしょ。思い立ったが吉日って言うし、明日出発するわよ」

「あ、あのルナ。いきなりすぎ……いや、いい。やっぱりいい。行こうか」

ライルはあまりの勢いに一瞬止めに入ろうかと思うが、やっぱりやめた。

また突拍子もないことをやり始めるよりは、旧友に会いに行くことのどれほど平和なことか。反対する理由などついぞ思いつかない。

「なんだ? お前ら、アルグラン行くのか」

と、話しているといきなり男が話しかけてきた。

「スルトさん」

「おう。で、王都に何しに行くんだ?」

「友達に会いに行くだけですよ」

この男はスルト。

元聖職者らしく、今も教会の人間が着る法衣を纏っているが、いつも酒と煙草の匂いを漂わせている駄目人間だ。

趣味は賭け事(ただしもの凄く弱い)と女遊び(ただし全然モテない)。

ガーランドのパーティの仲間でもある。

「と、友達ですか。いいですね。ぼ、僕の友達なんて、ビンチョウマグロのトロしかいなかったのに……」

そしてその後ろでびくびくおどおどしている青年はネル。

これまたガーランドの仲間で、クラスは召喚士(サモナー)というレアな人なのだが、非常に内気な人である。普段は。

ここで、『マグロって、それ友達じゃねぇだろ』とか突っ込むことは危険だ。どれくらい危険かというと、ヴァルハラ学園の女学園長に対して『おばさん』とか言うくらい危険だ。

「卒業してずっと会ってませんでしたからね。今は暇ですし、たまには、と思いまして」

「うんうん。友達は大事にしろよ。多分、いいことあるから」

元聖職者とも思えない適当な言葉を言いながら、スルトはライルたちと同じ席に座り、ウェイトレスを呼ぶ。

「奢りませんよ」

注文をされる前に、ライルは釘を刺した。

「げっ。俺の動きを読むなよ。お前はガーランドか」

「ガーランドさんほどじゃなくても、あなたと少しでも付き合ったら分かりますよ。……ああ、ネルさんも、内気な皮を被りながら注文しようとしない」

ガーランドのパーティは慢性的な金欠である。リーダー兼会計係のガーランドは、いつも真っ赤な家計簿と睨めっこしている。

浪費癖のあるリーザに、賭け事となると熱くなって平気で借金してしまうスルト、普段は使わないが使う時には思い切って使うネル。ことによると、明日の食事の心配をするレベルだ。

自然と、彼らは全員、たかり癖が付いている。なんだかんだで人の良いライルも、何度騙されたことか。

「別にいいじゃない。ご飯くらい奢ってあげても」

「……ルナ。あまり適当なこと言わない」

あまり金に執着のないルナが、あっさりとスルトたちの味方に付く。

「おお、ルナ嬢はやっぱ話がわかんなっ。あと五年経ったら俺に惚れてもいいぞ」

「焼かれたいの?」

ぱっと顔を明るくしてルナの手を取るスルトに、冷たい視線が注がれる。

勘弁してくれ、とあっさり退散するスルトに、手馴れてるなぁ、と妙なところで感心してしまう。

「はぁ、わかりましたよ。あまり高いのは頼まないでくださいね?」

「大丈夫大丈夫。俺がそんな卑しい奴に見えるか?」

「ぼ、僕は一番安い定食でいいから」

スルトは一番高い定食に酒まで頼み、ネルは、一番安いのを二つ頼んだ。

(こ、この人たちは)

ライルは、イイ笑顔でお礼を言ってくる二人に、顔を引き攣らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、なんであんたたちが来るんですか?」

次の日の朝。

そんなに多くない荷物を纏めたライルたちが、ギルドを出発しようとすると、なぜか当然のようにガーランドたちが付いて来ようとしていた。

「別に、裏があるわけじゃない。たまたま、今回そっちでの仕事を引き受けてね」

疑惑の目を向けてくるライルに、苦笑で答えるガーランド。

「真似っこしないでよ」

「後に決まったのはそっちでしょ? 妙な言いがかりつけないで」

後ろでは、既にルナとリーザの言い争いが始まっている。

「まあ、王都のほうが仕事も多いだろうし、しばらくはアルグランを拠点にするかもね。いい加減、ここのギルドにいづらくなったところだし」

「それは……そうですね」

しみじみとガーランドと頷き合うライル。

ルナとリーザの喧嘩は、既に日常茶飯事となりつつあり、周りの冒険者の目がそろそろ痛くなり始めていた。

せめて建物とかを壊さなければいいのだが、二人とも感情的に行動するタイプなので止めるのも難しい。

「次の場所では……頑張って止めましょうね」

「そうだね。いい加減、一所に腰を据えて仕事をしたい」

「まぁまぁ、いいじゃないか。こうやって、いろんな街を巡るのも乙なもんだ」

「す、スルトさんの目的は、盛り場じゃないですか」

わいわいと、いかにも騒がしい。

このメンバーを引き連れて、さらにアレンとクリス、及びその家族のいるアルグランへ入ることに、嫌な予感を覚えるライルであった。

(多分、その予感は間違ってないわよー)

(……いきなり出てきて不吉な予言をするんじゃない。精霊界で仕事じゃなかったのか、お前)

シルフィの言葉に、さらに疑惑を深めつつ、ライルは一行の最後尾をとぼとぼと歩くのだった。

---

    戻る 次の話へ