「リオン、お前とリーナちゃんは下がっていろ」

白虎がそう言って僕とリーナさんの前に出る。だが、僕としても、ここで引き下がるわけにはいかない。

「あの神さまの目的は僕なんだから、僕も戦うよ」

「……阿呆。そういう事は、もちっと背筋をしっかり立ててからほざけ。俺をここに存在させてんのはお前の力なんだぞ? サモナーとして正式な訓練を受けたわけでもないお前が、他の事を同時にこなせるほど余裕があるわけないだろうが」

白虎の言うとおりだった。さっきから、体の力がどんどん吸い取られていくのを感じる。正直、立っているのもつらい。でも、だからと言って……

「ま、下がっとけや、リオン。原因がなんであれ、喧嘩売られたんはわいら全員なんやから、お前一人に責任押し付ける気はないって」

男臭い笑みを浮かべたリュウジが、いつになく頼りがいがあるように見えた。

 

第18話「トラブル・コンサート その8」

 

「さてっと……。一応聞くけど、ここで退いてもらえないか?」

白虎が一歩前に出て、優雅に佇んでいる神に問うた。それが受け入れられるはずもない事は、彼自身が一番承知していることだったが。

『無理な相談だ。私は、我らが全ての意思の代行としてここにいる。その責務は果たさなければならない』

腰よりも長い金髪をなびかせた神族。彼は静かに答えた。

「はぁ……正直、俺にはお前たちのしたい事はわからないよ。こんなことであいつを刺激して、眠っているライオンを起こすような真似しているだけだと理解できないか?」

『貴方の言うとおりだ。ルーファスは、眠っているライオン。いつ起きるかわからないモノ。世界を滅ぼしかねない危険なモノだ。故に、あやつを殺すのは全ての神の意思である』

「……全ての神族がルーファスを排斥しようとしているわけじゃないだろうに……ま、どっちにしろそのためにする行為が、息子を人質にとるなんてみみっちい真似たぁ、お前らの言う『神の意思』とやらもずいぶん安っぽいもんだな」

白虎は馬鹿にしたような口調で言い切った。それに、相手側はずいぶんと頭にきたようだ。殺気が空気をピリピリと緊張させていく。

『本来、私より高位にあたる貴方には敬意を払うべきだが……今の貴方はルーファスの息子に召喚された幻獣。位の差は無視させていただこう』

神は腰に携えた神剣をゆっくりと白虎に向ける。実際に向けられたわけではないのに、白虎の隣にいたリュウジとマナは身を貫かれる思いだった。

そんな二人とは対照的に、白虎は獰猛な笑みを浮かべている。

「はン。俺は一向に構わねえぜ。そっちのがわかりやすいし。それとなぁ……」

ぐぐぐ、と肉食動物が獲物に襲いかかるような姿勢をとった白虎が、犬歯を剥き出しにして吼えた。

「俺の友達を『ルーファスの息子』なんて呼び方してんじゃねえよ!!」

爆ぜた。

そう表現するしかない瞬発力。

一瞬で十メートルはあった距離を零にした白虎は、彼の動きに比べると明らかに遅い神剣の一撃をくぐりながら神に肉薄する。

「遅ぇよ!」

白虎の鋭い爪が神の首筋に走る。白虎の速さは、人間のそれの限界を遥かに凌駕している。そのスピードで放たれたそれは、躱せるはずもない一撃。

当たる……!

それを見ていた“人間”は、全員そう思った。

だが、人間ではない二人……白虎とその神はそうは思ってはいなかったようだ。

神の姿が一瞬ブレたかと思うと、次の瞬間にはずっと離れたところに立っていた。

「自分の亜空間内なら瞬間転移も自在ってか。……思い出した。お前、確か空間神のファーンとかいうやつだろう」

油断せず、両手を構えたままで白虎が双眸をさらに鋭くさせる。

神……ファーンはその白虎の姿を見て、口の端を吊り上げた。

『本来の貴方の爪なら、この空間ごと私を切り裂く事ができるはず。ルーファスの息子は、貴方を召喚するには少々力量不足のようだ』

召喚獣、というものは、術者の力によって存在している本体の影のようなものだ。術者の力量が召喚されたものより低ければ、その全ての力を発揮できないのも道理だった。

「んなモン、お前に言われなくてもわかってるよ。ルーファスは、あいつにロクな修行をつけてなかったしな。正直、今の俺一人じゃお前を倒すのは無理だろうな」

『ほう。自ら敗北を認めると?』

「誰がそんなことを言ったよ」

ニィ、と白虎が浮かべるのは余裕の笑み。少なくとも、追い詰められているもののそれではない。

「今日の俺は、一人で戦っているわけじゃねえだろ。もう忘れたのか」

ファーンははっと振り返った。

彼が白虎の攻撃を避けた際、リオンたちに背を向ける格好となっていた。白虎に比べて、彼らは明らかに弱い。……ただ、無視していい程、リュウジとマナの戦闘力は低くはなかった。

ファーンが振り返るのとほぼ同時、リュウジの居合いがファーンに襲いかかった。

『ぬっ!』

かわすまでもないと思ったのだろうか、片手でリュウジの刀を防いだファーン。しかしリュウジの背後から現れたマナに転移を余儀なくされる。

「惜しい惜しい」

ぱちぱちと白虎が拍手を送ってきた。

実際、あとコンマ数秒、ファーンが瞬間移動するのが遅ければ、その頭蓋をマナの槍が貫いていただろう。

また少し離れた所に現れたファーンを見やって、リュウジが不満げに声を上げた。

「惜しいって、白虎が教えなかったら不意打ちで決まりやったのに!」

「そうよ! あんた本当に味方!?」

続いて、マナも抗議した。彼女としては、突如として現れた得体の知れない男(?)なのだ、白虎は。

「悪りぃ悪りぃ。でもな、不意打ちで倒せたとも思えないし、そもそもフェアじゃねえだろ?」

「こんなときにそんな奇麗事を言うんじゃない!」

と、クラス委員長とも思えない発言をするマナ。ただ、戦闘においては正しいと言えば正しい。

「おお怖」

白虎は肩をすくめるだけ。

馬鹿にしたような態度に、ヴァルハラ学園入学以来、リュウジのせいで沸点が低くなったマナは簡単に激昂した。

「ムキーーーーーーーー!!」

「おいおいマナ。ムキーはないやろ……って、あぶなっ!」

リュウジはマナを蹴り飛ばした。

直後、マナのいた所に、いつの間にか近くまで転移して来たファーンの剣が通り過ぎる。

「なにすんのよ!」

「阿呆! 状況を見て言えええええ!」

リュウジも反撃するが、次の瞬間にはファーンの姿は消え、空しく空振りする。

ほとんど勘だけでリュウジは体を前に投げ出す。その背後に出現していたファーンの剣が再度空を切った。

『ふむ。存外しぶといものだな』

リュウジは焦った。リュウジの知っている瞬間移動魔法というものは、それなりの詠唱と言うものが必要な代物だ。つまり、タイムラグがあるわけだが……そんなもののないファーンの瞬間移動と言うのは脅威以外の何者でもない。

こいつを倒すには……こいつの反応速度以上のスピードで以って、瞬間移動する前に斬るか、不意打ちするかしかない。正直、リュウジには前者を実行するのは不可能だとわかっていた。

「ふっ!」

だって、こうやってリュウジより遥かに速い白虎の攻撃に反応しているのだから。

転がったリュウジに追撃をかけようとしたファーンは、割って入った白虎に邪魔されていた。

『なかなかの素早さだ。だが、それでは私には勝てないぞ、白虎』

「うるせぇ……よ!」

鋭い蹴りがファーンの頭に走るが、結局それも瞬間移動したファーンには当たらなかった。

「ちっ」

次に現れた瞬間、そちらに白虎が飛び掛って行く。少し遅れて、体勢を整えたリュウジとマナもそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

リオンはただ見ているだけだった。否、それ以外にできることなどなかったのだ。

力が際限なく白虎に吸われるおかげで、唯一得意の防御ですら満足にできそうにない。リーナの前に立っているのが、リオンのささやかな意地だった。

……自分のせいで友達が傷つくのはどうしようもなく嫌だった。召喚しておいてなんだが、白虎にも戦って欲しくはない。自分一人が行けば解決するのなら、そうしようかとも思ったが、それをするのはみんなに対する裏切りだと思い、できなかった。

「結局、僕にできる事はない……か」

リオンは独り言のつもりだったが、すぐ後ろにいるリーナには聞こえてしまった。リーナは慌ててフォローをしようとする。

「り、リオンくんが気にすることじゃないよ。人間、向き不向きってものがあるし、むしろリュウジくんとマナちゃんが変って言うか……!」

必死に、失礼な事を言っている。言っている本人も無自覚だ。

「でも、原因の僕がなにもできないっていうのは……」

「あ、あの白虎さんって、リオンくんが呼んだんだから、あの人が代わりって事で……」

「僕自身はなにもできないですからね」

「あうう……」

際限なく落ち込むリオンと頭を抱えるリーナ。なんてゆーか、ちょっと離れた所では殺伐とした戦闘が繰り広げられているのに、やけにほのぼのした情景だ。

はっきり言おう。この二人は完璧に場違いである。

「あ、じゃ、じゃあさ!」

なにか思いついたようである。

「?」

「じゃあ、私をちゃんと守ってね」

ちょっと顔を赤くしながらリーナが言った。確かに、少々恥ずかしい台詞である。

「そりゃ、もちろんですよ。それくらいしか僕にできることなんて……」

そんなリーナの様子に気付かずに言いかけるリオンだったが、むーっという擬音が聞こえてきそうなリーナの視線に言葉を切った。

「私を守ることって“それくらい”だったんだ」

「い、いや。そういうことじゃないですよ? リーナさんは勘違いしています」

「じゃあ、しっかり守ってよ、リオンくん」

「い、いえっさー」

わけのわからない衝動につき動かされて、リオンは腰のソードブレイカーを引き抜き、周囲を警戒しまくる。

クスクスと笑っているリーナと、滑稽なまでに回りを見張っているリオンは、確かに場の空気にそぐわないものだ。

……が、結果的には、この行為がリオンを救うこととなった。

「!?」

背筋がぞわっと粟立つ感覚。

無我夢中で、リオンはソードブレイカーを真後ろに叩きつけた。

ガキン、という音と共に、激しい衝撃がリオンの腕に伝わる。

そこにいたのは、空間神ファーンの姿。彼の本来の目的はリオンの確保。律儀に白虎たちと争っていたのは、注意を引くためだったのだろう。

リオンの足を狙った剣は防がれた。『守り』に特化したリオンとて、警戒していなければ片足をなくしていたに違いない。そして、すぐに連れ去られていただろう。

『ちぃ!』

ファーンの悪態。

続く攻撃も、リオンは確実に防いでいく。もちろん、仮にも神族を相手に、疲労困憊のリオンがそう長く持つ訳もないが、それで充分である。

「お前の相手は俺だよ!」

まさしく風のごときスピードで白虎が走ってきた。

白虎の爪の一撃が、ファーンを襲う。苦々しい表情で、ファーンは転移した。

「こっちを直接狙うたぁ考えたもんだが……忘れんなよ。俺はリオンの召喚獣だ。リオンをどうこうしたいんだったら、まずは俺を通してもらおうか」

『貴方の相手をしている暇は……』

ない……と続けようとしたのだろう。

だが、それを言う前に、世界が突如として『壊れた』。

空間に亀裂が走り、地平線の方からどんどん崩れて行く。

恐怖を感じる前にリオンたちは世界の崩壊に巻き込まれ……

 

次の瞬間、元の世界に戻っていた。

 

「あ……え?」

状況を理解できない一同。放り出されたのは、元いたコンサート会場のすぐ近く。郊外に設置された会場から少し離れた荒野。

そしてその場には……さっきまでいた空間にはいなかった人物が二人、立っていた。

「やれやれ。どうにかこうにか、間に合ったみたいだな」

「リーナ。大丈夫?」

「お父さん……?」「お母さん?」

リオンとリーナが同時に呟く。

ルーファスとレナがそこに立っていた。

少し離れた所に放り出されていたファーンは、ルーファスの姿を認めるととたんに距離をとる。が、それも無駄だ。

「さて……すぐに滅ぼしてやりたいところだが、これからすぐコンサートがあるんでな。落し前はあとでつけるから、とりあえず封印させてもらおう」

ルーファスが告げ指を鳴らすと、ファーンは周囲に現れた呪鎖によって完全に捕縛された。

それを粗大ゴミでも捨てるかのように無造作に自分の亜空間倉庫に放り込むルーファスの姿を見て、白虎は呆れたように突っ込んだ。

「仮にも中位の神族を相手にそれかよ。連中がお前の事を怖がる訳、少しはわかったぜ」

「ああ、白虎もありがと。リオン、守ってくれたんだな」

「……礼なんて言うな。リオンは俺の友達だから、守るのは当然だろ」

照れくさそうに鼻の頭をかく白虎。

「さてと。じゃあ、行きましょうか。問題も解決したみたいだし、予定通りリーナも歌う?」

そして、レナが明るくそう言った。

なんとなく、それで全てが終わったと思って、リオンたちは力が抜けていった。

 


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