僕の周囲に、普段では考えられない量の魔力が集まっていく。

まあ、ここは他人が支配する空間。多少、力業になってしまうのは致し方ないところか。

……さて、それにしても誰を呼ぼう? 誰を呼んだって、この状況を一発で覆すことは可能なのだが……よし。相手はヒノクニの忍だ。ヒノクニのやつに出張ってもらおう。

渦巻く魔力に驚いている忍たちを睥睨しながら、僕は詠唱に入った。

 

第17話「トラブル・コンサート その7」

 

「『我が朋友。悠久吹き荒ぶ風を纏いし者』」

慣れていない術式のせいか、反動がきつい。呪文も途切れ途切れとなってしまう。

その隙を突いて、こちらの様子を伺っていた忍たちが攻め込んできた。

「っとぉ。邪魔はさせへんで!」

その突進を、リュウジが押しとどめた。

僕はなにも言ってないのに、援護をしてくれた。その行為に、心の中で礼を言う。

「リオンくん。なにする気か知らないけど、さっさと終わらせてよね」

リュウジのすぐ後に続いたマナさんが言ってきた。三人の忍を相手取って、その戦いは紙一重の内容。口調は軽いが、しのぐことだけを考えていなければ、すでにマナさんは斬り伏せられているだろう。

そんなマナさんに、一つ頷くだけで返して、呪文の続きにはいる。

「『リオン・セイムリートの名において。汝、西方の守護者にして風の神』」

リーナさんは、僕の後ろで祈るように眼を閉じている。

こうなると、みんなの期待に答えなくてはいけないだろう。大きく息を吸い込んで、足元の魔法陣に手をあてた。

「『いま、ここに降臨せよ、四神・白虎よ!』」

真名を唱えると、僕の頭上に圧倒的な質量が生まれた。“それ”はすぐさま凝縮していき、一人の小柄な人の姿をとって、僕の隣に降り立った。

そいつは、前会った時と変わらない。銀に近い白髪も、鋭い目つきも、身に纏う神秘的な装束も。

「よ、リオン。久しぶりだな。んで、何の用? 遊びの誘いか?」

……そして、本人が非常に気にしている背の低さ(僕より頭一つ低い)と、無駄にフレンドリーな態度も変わってなかった。

後ろでリーナさんが目を白黒させている様子が手に取るようにわかる。

「あのさ、白虎」

「あン?」

「今、一応大ピンチだから、助けて欲しいんですが」

それで、ようやく気付いたように、白虎は忍とリュウジたちの戦いに目を向けた。あっちはあっちで、呆然とこちらを見ている。……こんなやつですみません。

「ほむ……」

白虎は少し考える仕草をすると、

「よし。任せろ」

そう返事して、一気に駆ける。

そこから先は、よくわからなかった。

なにやら白い影が視界の中を縦横無尽に走って、僕たちを襲ってきた忍が次々と倒れるということしか僕には認識出来ない。

結局、全部終わるのに、一分とかからなかった。

「よっし。しばらくはこれで大丈夫だろ」

ぽんぽん、と手を叩きながら、白虎が僕の所に戻ってくる。

「リオン。一応確認しとくが、あいつらは、お前の友達なんだろ? 一緒に張っ倒そうかどうか迷ったんだが」

「あ、ああ。ごめん。言うの忘れてた。あの二人……右のはリュウジで、左のはマナさん。両方とも、僕のクラスメイトだよ」

あ、危なかった。白虎が気を利かせてくれなかったら、二人とも昏倒させられているところだった。

「ふ〜ん。で、その後ろのは?」

「リーナさんっていうんだ。……リーナさん、もう終わりましたよ」

目を瞑って震えていたリーナさんは、辺りの様子を伺うと、ぽかんと呆けた。

「あ、あれ? えーと……」

「さっき襲ってきた人たちは全部、こいつが倒しましたから」

「よう。リオンの友達の白虎っつーんだ。ま、よろしくなリーナちゃん」

白虎がさわやかな笑顔を浮かべながら、リーナさんに握手を求めた。リーナさんも、わけがわからないといった顔をしながらも、おずおずと白虎の手を握る。

白虎も物怖じしないやつだけど、リーナさんもああ見えて結構……

「リオン!」

なんてことを考えてたら、リュウジがこっちに走ってきていた。

「あ、リュウジ。無事でしたか?」

「ああ、そっちはかすり傷程度や。マナの方もな」

それを聞いて、ほっと一安心。

とりあえず、みんな大きな怪我もなくやりすごせた。

「それはいいんだけどね、リオンくん。もういちいち突っ込むのも面倒になってきたんだけど、そっちのちっさいのはどこのどなたなのかしら?」

「誰がちっさいのだ!」

「ああ、このちっさいのは白虎っていいまして……」

「リオン! お前もか!」

なにやら白虎が煩いが、無視する。とりあえずは、マナさんたちに状況説明する方が先だ。

「ちょい待ち。さっきから気になっとったんやけど、白虎って、あの白虎か? 西方守護聖獣の……」

「ええ、そうです。リュウジには馴染みがあるかもしれませんね」

元々、白虎と言うのはヒノクニの……確か風水? とか言う思想の聖獣だったはずだ。ヒノクニ出身のリュウジは聞いたことがあるのかもしれない。

「そっか……詠唱で真名ゆっとったから、もしかしてとは思っとったけど。……神クラスの幻獣召喚やなんて、無茶しよんな」

「無茶と言うか……昔、契約は交わしましたから、そんなに大変でもないんですけど」

他にも、たくさん契約したのはいるが、彼ら曰く『友達の証』らしい。当時は、そんなもんなのか、と何気なくやっていたが、今思うと背後にお父さんの暗躍があった事は想像に難くない。

「ま、お前は親父の才能もそれなりに受け継いでるからな。俺らを召喚するだけなら、わけないさ」

「……僕はお父さんほど強くないよ、白虎」

「そりゃ、お前とルーファスの経験値は比べられないほど開きがあるからな。……にしても、息子のピンチになにやってるんだ、あいつは」

あ……

『息子?』

三人が同時に疑問の声を上げた。

「ん? なんかまずいこと言ったか、俺?」

その反応に、白虎は首を傾げるばかりであった。……いやさ、悪気がないのはわかるんだけど……みんなにどう説明したもんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、リーナは大丈夫なのかしら?」

一方、ルーファスたちは、まだ亜空間から脱出できていなかった。

世界座標計算の進み具合は六割といったところか。

「今の所は大丈夫だと思いますよ。リオンが、誰かを喚んでるでしょうし」

「“今の所は”?」

「……そうですね。あくまで今の所は、です」

渋い顔をしながら、ルーファスは返した。

「それはどういうことかしら」

レナは、虚偽を絶対に許さない厳しい視線でルーファスを睨みすえた。それも当然。愛娘の命がかかっているのだから。

「“黒幕”は、今、俺をここに閉じ込めておくのに必死です。技術的な事は省略しますけど……世界とここを切り離すのはかなり大変な事なんですよ。それこそ、常時力を注いでいなければいけないほど」

「それで?」

「……もし、自分の手駒がやられた、となったら、そいつが直接出張るでしょうね。俺の介入を早めることにもなりますが、その前にリオンを掻っ攫えばいい、と言うところでしょう。そいつにとっても、賭けですがね」

ルーファスが駆けつけるのが先か、それとも“黒幕”が目的を果たすのが先か。リオンの召喚したモノの強さにも寄るが、ルーファスとしてはあまり楽観できる状況ではなかった。

「その賭けの勝算は?」

「……自己防御に特化して鍛えてますが、さすがにこの事件の後ろにいる奴相手だと、リオンじゃあ分が悪いです。召喚魔法は、召喚されたやつの強さは、術者の技量に左右されますし。正直、どっちかというと俺の不利です」

「じゃあ、急がないとね」

「ええ。……ちょうど、ここと世界を切り離すのもやめにしたようですよ。計算が無駄になっちまった」

地面に書いた計算式を踏み潰すと、ルーファスは元の空間への門を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リオンくん、どういうこと……?」

意外と言うか、やっぱりというか。白虎の発言に一番敏感に反応したのはリーナさんだった。

静かにプレッシャーをかけて詰め寄ってくる。

「いや、なんと申しますか」

「さっきの話だと、ルーファス先輩が、リオンくんのお父さんだっていう風に聞こえたんだけど?」

「いや、その……ね?」

ヤバイ。

いまさらだが、リーナさんはお父さんが好きなんだった。ここは誤魔化しておくべきなんだろうけど……

ちらり、とリーナさんの後ろを見る。

リュウジ&マナさんも、かなり興味津々のご様子。そりゃ、気になるだろうなあ、と人事のように考えてみる。……現実逃避と言わないで欲しい。

「お前らな。じゃれるのはいいけど、お客が来たぞ」

白虎が呆れモードでこっちに話かけてくる。

……お客さん?

『……四神・白虎か。大層なものを喚んだものだな、ルーファスの息子』

白虎の視線を追ってみると、そこには圧倒的な存在感を放つ人間? がいた。

いつの間に現れたのか。全然気付かなかった。

「あれが、今回の黒幕だろうな。……神族の中堅どこってとこか?」

神族……ってことは、神様?

「ねえ、白虎。あの忍とかって、リーナさんを捕まえようとしてたんじゃないんですか? っていうか、なんで神様が関わってくるの?」

「……お前、いまさら言うのか。そこらで倒れている人間の方はその女が目的かもしれないけど、あの神族の目的はお前だ。そもそも、人間だけだったら亜空間魔法なんて使えるはずねぇだろ。もうこっちじゃ完全に失伝してんだから」

言われて見ればそんなのを聞いたような気がする。……でも、そもそもなんで僕が狙われるんだ?

「おい! 後ろの二人。俺は、リオンに召喚されたおかげで十分な力を振るえない。援護頼むぞ」

そんな僕の心情など無視して、白虎がリュウジとマナさんに声をかける。

指名された二人は、慌てた感じで頷いた。

「っし! いくぜ!」

そして、この一連の事件の最終章が始まった。

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