一触即発、というのがこの状況で一番相応しい言葉だろうか。
リュウジは、未だかつて見たことないほど真剣な目で、忍三人を睨みつけていた。
「おどれら、その格好……草影の忍やな? こんな異国に、なんのようや!?」
「これはこれは……確か、草薙流宗家のご嫡男さまでしたかな。私たちが命じられたのは、そこの娘……リーナ・シルファンスを連れて行く事だけです。邪魔だてをしなければ他の人たちには危害は加えませんので、どうかその刀を納めてくれませんか」
そもそも、一番初めに僕はクナイを投げつけられたのだが。
「阿呆か。忍の言う事をまともに受け取るほど、わいは馬鹿やないで」
「あんたは十分馬鹿なんだけど」
「話の腰を折るなって!」
ぼそっとしたマナさんのツッコミ。この状況でもいつもどおりとは、頼もしいのか情けないのか。
「リオン、リーナを連れてさっさと逃げい!!」
その言葉に、僕は力強く頷いた。
第14話「トラブル・コンサート その4」
僕は一度引くことにした。
戦いとなると、100%僕やリーナさんは足手まといになるからだ。一応、いつも腰に下げているソードブレイカーを抜くくらいはするが、正直僕程度の腕前では相手にかすり傷一つ負わせることも出来ないだろう。
「リーナさん、逃げるよ!」
「え……あっ!?」
リーナさんの手をとって、公園の外に走り出す。
さすがに、リーナさんの足では僕の……というより、男子の全力疾走にはとてもついていけない。よって、リーナさんのペースにあわせるしかなかった。
「逃がすか!」
リュウジたちが交戦している辺りでそんな声が聞こえたと思ったら、風を切りながら手裏剣が一つ、こちらに飛んできた。
……気配からして、狙いは僕の右足。走れなくしようと言う算段なのだろうが、この距離なら防げないはずもない。右足を高めに上げて、飛んできた手裏剣を踏み潰す。後ろで驚いたような声が聞こえたが、無視するに決まっている。
逃げきれる……! と思った矢先だった。
「危ない!」
リーナさんがそう叫ぶのと、僕が危険を感じてソードブレイカーを振り上げるのはほぼ同時だったと思う。
がちっ、と金属同士が当たる音と、確かな手ごたえ。
上を見ると、さっきのと同じような黒装束の男が一人。どうやら、すぐそばにある木の枝で待ち構えていたらしい。
奇襲を防がれたのを気にするでもなく、男は僕の腕を蹴って後ろに飛ぶ。僕と向かい合う体勢になった。距離にして大体三メートルといったところだろうか。
「逃がすか」
あ〜、どうしたもんだろう。
リュウジとマナさんも、向こうの三人相手で精一杯の様子。とても加勢は無理そうだ。で、戦闘のスペシャリストの忍を相手に、こっちは戦闘術赤点候補生が二人。
……ま、仕方ないか。
リーナさんにすら勝てない僕がどうこうできる相手じゃないことはよくわかっているんだけど。……ま、僕にも意地ってもんがある。多分。
「リーナさん。僕が何とか抑えてみますから、その間に逃げてください。そしたら、兄さんに知らせてくださいね」
言うと、リーナさんは首をぶんぶんと振った。
「ダメだよ! リオンくんじゃあ……」
「あ、やっぱ信用ないんですね、僕って。これでも、しぶとさだけはまあそれなりのもんなんですよ」
お父さんもそれだけは褒めてくれた覚えがある。『おまえ、しぶとすぎ』と、修行の最中にぽろっともらしていた。
「ダメ! 絶対」
もちろんと言うか、リーナさんは納得してくれないらしい。だが、敵は待ってくれない。様子を伺っていた忍は、ふっと消えるように移動。
真横……!
「リーナさん、下がって!」
リーナさんを背中の後ろに追いやり、脇の辺りでソードブレイカーを構える。なんとか刀身に刻まれた溝のところで、相手の刀を受け止めることに成功した。
一方、リュウジたちは防戦一方に追い込まれていた。
言っておくが、リュウジ個人の技量は目の前の忍よりずっと上である。だが、向こうのコンビネーションは完璧。その上、リュウジと同じ程度の実力を持つはずのマナの動きが異様に悪いのだ。
「お前……! なにしとんねん!!」
同時に二人の相手をしながら、リュウジが叫ぶ。
「そんなこと、言われても!?」
息も絶え絶えにマナが答える。相手をしているのは一人、それにその忍はマナより明らかに弱いはずだ。だが、マナは攻勢に転じる事が出来ないでいる。
「こんなの、あたし初めてなんだから!」
さもありなん。
当然と言えば当然の話。こんな平和な国で育った一五歳の少女が実戦など経験しているはずがない。幼い頃から武者修行と称して、魔物渦巻く森やら、合戦の最中やらに放り込まれていたリュウジとは違うのだ。
「ちっ、そーゆーことか」
リュウジは舌打ちしながら、目の前の二人をなんとかする方法を考えていた。
一人は中忍、もう一人は下忍といったところか。中忍の男が前衛を務め、下忍のほうは手裏剣などでリュウジの動きを封じてくる。訓練に訓練を重ねた無駄のない動き。そう簡単には崩せそうにもない。
(さっさと終わらせて、フォローに行ったらなあかんな)
集中力を高めていく。
中忍が振るう忍刀を紙一重で躱し、そこを狙って下忍が投げたクナイを刀の柄で弾く。弾いたクナイを左手でキャッチしながら一歩だけ後ろに下がった。
「ほれ、返すで!」
手首の返しだけでクナイを下忍に投げ返す。同時に、体勢を低くしながら、中忍に肉薄した。
「うらあ!」
中忍の左足の太ももの辺りに刀を突き刺し、さらに捻りこむ。
「ぐああっ!」
「うるさいわ!」
鮮血が飛び散るが、気にせず刀を手放して顔面を殴りつけた。
もう戦闘不能だろう。後ろで邪魔をしていたもう一人は、中忍ほどの戦闘力はない。素手でも十分。
そう判断して、刀を回収することもなく下忍の方に飛び掛ったリュウジの目に、槍を弾き飛ばされて今にも殺されそうなマナの姿が写った。
「あかん!」
叫ぶが、遠い。
勝利を確信して、忍がマナに刀を振り下ろし、
風のように割り込んできた影に吹き飛ばされた。
「え?」
軽く十メートルは吹っ飛び、木に激突した忍。それどころか、その影が手の平をこちらに向け、火球を放ち、リュウジの相手をしていた下忍をあっという間に炎上させた。
すぐに火は収まったが、全身こんがりと焼けて立ち上がることも出来ないだろう。
「る、ルーファスさん」
そして、その影。ルーファスは、力が抜けてへたり込んでいるマナを助け起こしていた。
「よう。リュウジ。遅れて悪かったな。やっぱりこういうことになってたか」
リュウジがルーファスの所に駆け寄り、マナの傷を見る。幸いにも、かすり傷ばかりで致命傷と言えるものはなかった。
「あっ、そうや! リオンとリーナ……!?」
リオンが走って行った方向に視線をやる。そこには、今まさに襲われようとしているリオンの姿があった。
「リオン……!」
助けに走ろうとする。
リオンの実力はよくわかっている。修行にも何回か付き合ってもらったし、戦闘術の授業も何回かあった。その中でリオンは、一度も攻撃することが出来なかった。
強さは並より遥かに下だ。
が、助けに行こうとするリュウジの肩を掴む者がいた。
「ルーファスさん! なにを……」
「まあ、見てろ。リオンはあんなやつにやられるほどやわじゃない。あいつを鍛えたの、誰だと思ってんだ。俺も、あいつの出来具合を客観的に見たいし、少し見物するぞ」
リオンはと言うと、隠れていた忍に一方的にやられるばかりで、反撃に転じることができないでいる。
表情も必死で、とてもではないが勝てるとは思えない。
「そんなことゆうたかって! 防ぐだけで必死やないですか!」
「なら、その『防ぐだけで必死』をいつまで続けている?」
はっ、とリュウジは気付いた。
確かに、リオンは反撃をしていない。だが、既に十合以上は撃ちあっているというのに、『一撃たりとももらっていない』のだ。傍目からは防ぐだけで精一杯に見えるのだが、それ以上は踏み込ませない。
「ど、どういうことでっか?」
「ふむ。わかりやすいように言うとだ」
ルーファスは、自分の息子兼弟子の自慢をするように話し始めた。
「お前らの言う『防御』っていうのは、要するに次に相手に攻撃するためのもんだろう? だけど、あいつは攻撃することなんざ考えてない」
「は、はあ?」
「まあ、攻撃することなんて許さない修行ばっかりやらせてきたからな。だから、防御しか考えない。……そんなだから、お前たちから見ると追い詰められているように見えるけどな。実際のところ、あいつは余裕だよ。本人がどう思っているのかはともかく」
リュウジの思考は『???』だ。
戦闘、というのは、つきつめれば、相手をいかにして倒すかである。倒す手段がない、そもそも倒そうとしないというのはどういうことか。
「いやさ。一応、あいつにも攻撃手段、あることはあるんだが……考えに至ってないようなんだな、これが。……ま、今はここらへんか」
「って、もう頭がついていかへんのですけど」
マナはと言うと、突如割り込んできたルーファスに、きょとんとするだけである。思考がフリーズしているらしい。今にも死にそうな状況になったのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「った。しかし、あんな程度の奴を倒せないとは何事だ。仕置きも必要だな」
自分がそう言う風に育てたくせに、ずいぶんな言いようである。が、残念なことにツッコんでくれる人がいなかった。
「死ねー」
殺してどうする。
「『レイ・シュート』」
ルーファスの手の平から放たれた光弾が、リオンと忍に殺到した。その数、二十以上はある。すぐ近くにいるリーナに当てないように放っているのは流石と言うべきか。
「うわっ!?」
リオンと戦っていた忍は為す術もなくKOされ、リオンは弾いたり躱したりでなんとか生き残った。
「さって、と。これで、一応は安心だな」
ルーファスはぽんぽん、と手を払うのだった。
「あれ? そういえば、ルーファスさん」
「なんだ? リュウジ」
「『あいつを鍛えたの、誰だと思ってんだ』なんて言っとったけど、ルーファスさんが鍛えたわけじゃないっスよね? 一つしか離れてないのに」
「あ、あ〜〜」
「どうなんスか?」
「あいつを鍛えたのは……お、親父だ! うん。それで、俺はさあ……その手伝いをしてたからな! そーゆーことだ!」
「って、どーゆーことですか……」
そろそろ言い訳が苦しくなってきたルーファスであった。