「やれやれ……ずいぶん、腑抜けてたんだな、俺は」

さっきから、幾度も魔法の撃ち合いを続けているが、最初以外はすべて撃ち負けている。

「マスター、そんな気弱なこと言わないでください」

「でも、事実だし」

単純に魔力の差もあるが、ヴァルハラ学園に通い始めてからの、のほほんとした生活が確実に俺の勘を削いでいる。

「『セラフィックレイザー!』」

まあ、やるとこまでやるしかないか。

 

第41話「空からの助っ人」

 

「ちょっ! マスター!?」

ソフィアがなにか叫んでいる。

まあ、確かにこの状況で自分の体ごと突っ込む『セラフィックレイザー』は自殺行為かもしれない。

ただ、残りの魔力と気を全部ぶつけるには、これが一番都合がよかった。レヴァンテインも持っておけば、その力も上乗せできるし。

「くたばれぇ!」

超高速で突っ込んでいく。

ルシファーはなにかの魔法を詠唱しているようだから、かわしきれない!

やつにぶつかる寸前で、魔法の詠唱が聞こえた。

「『ロード』」

ルシファーの姿が消える。

かと言って、自爆覚悟で特攻していたのだから、もちろん急には止まれない。

結果、そのまま建物を数十件ほど貫いてやっと止まることができた。

「くっそ!」

瓦礫の中から身を起こす。来た方向を見てみると、破壊のあと。多分、さっきのでサイファールの三分の一ぐらいは瓦礫の山と化しただろう。……しかし。あんな初歩の瞬間移動魔法でしてやられるとは。

さっきので、残ってた力の半分くらいは消費してしまったぞ。

冷静に自分の状態を確かめつつ、ルシファーを睨む。

どうやら、さっきの魔法で上空に逃れたらしく、地上100mあたりのところでこちらのほうを見ている。

「……マスター」

「ソフィアか」

「無茶しすぎです。これは、復興に時間がかかりますよ」

……また、ずれたことを。あいつを倒せなかったら復興どころじゃないだろうに。

「しかし、まずった。これで、万に一つの勝ち目もなくなったぞ」

「マスターは焦りすぎましたね。もうすこし、時間を稼ぐことを考えてれば、助けも来るかもしれないのに」

「……助けって、誰が」

悪いが、今、闘技場でエリクスの相手をしている二人だって、この戦いでは足手まといにしかならない。

精霊王たちなら、今頃は事態に気付いてこっちに向かっているだろうが、この戦況はさすがに覆せない。あいつらが来ても、多少魔力がアップして、術のサポートをしてもらえるくらいだ。直接戦って、もし死なれでもしたら人間界の自然のバランスが崩れて、とんでもないことになる。

だから、200年前の魔王との決戦のときも、魔界の結界に穴を空けるほうに専念してもらっていたのだ。

「ほら、例えば……」

その時、俺はソフィアの声は耳に入っていなかった。

遠くにいるルシファーを光線が貫いたからだ。無論、防いではいるようだが……

その光線は、俺のいる場所のさらに後ろのほうから来た。……方角的にはローラント王国がある方向、だ。

「ほら、ヴァイスさんとか」

そちらの方向を見てみると、果たして耳のとがった老人が浮かんでいた。こちらを見て、にやりと笑う。

「……そういえば、あんなのもいたな」

知らないうちに、俺もにやりと笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「よお。なんか面白そうなことやってるな」

「……ぜんっぜん面白くないわ!」

ヴァイスがこちらに来て、いきなり訳のわからんことをほざいた。

「大体、来るのが遅いぞ、お前」

「儂も年だからなあ。そこらへんは勘弁してくれ。それに『私も行く!』って言うアミィを振り切るのが大変だったんだ」

「それか! 遅れた理由は!」

「まあまあ。……で、どうする? 儂も、200年前ほどの魔力はないぞ」

いきなり真面目になられると、対応に困る。少し考えて、俺も顔を真剣にして、応対することにする。

「五分、時間を稼いでくれ。この左手を治すから」

ルシファーの剣につけられた傷によって、まだ俺の左手は動かない。だが、治療に専念さえできれば、治すのにそう時間はかからないはずだ。

「わかった。あ、それと」

ヴァイスがなにやら、着ているローブをごそごそと探り、小瓶をとりだした。

「このポーション飲んどけ。体力と魔力が少しは回復するだろ」

「サンキュ」

キュポンッ、と小気味のよい音を立てながらふたを取る。中に入っている青色の液体を一気に飲み干した。

「……にがっ」

「我慢しろ。じゃ、儂は行くぞ」

シュンッ、と目の前から掻き消えるようにしてヴァイスが空へと飛ぶ。

そして、ルシファーとしばらく向き合ったかと思うと、いきなり嵐のような魔法をぶちかました。

ルシファーも対抗したのか、ド派手な魔法を返すので、上空がドッカンドッカンと実にやかましい。まるで台風のようだ。

「……何気に忘れていたが、ヴァイスが一番派手好きだったんだよな」

呟いている間にも、左手の治療は忘れない。回復魔法などを集中させたおかげで、少しずつ傷が塞がってきた。

「マスター、私も手伝います」

言いながら、ソフィアが俺の左手に手を添える。

……大分治ってきた。

上を見上げてみると、ヴァイスが押され気味の様子だ。

ぐっ、と左を握り締める。

……まだ。

………もう少し。

…………あとちょっと。

「……よっしゃ!」

握力が正常に戻る。

「反撃開始、だな」

俺は、ぐっと脚に力を込めて、飛び上がった。

 

 

 

 

 

とりあえず、上空に上がると同時に、ルシファーを斬りつけてやった。

まあ、かすり傷程度であまりたいしたダメージを与えられたわけじゃないが。

「ヴァイス、息上がってるんじゃないか?」

「お前、無茶言うなよ。儂はこれでも、700年も生きている老人だぞ」

「……ちょっと待て。あんた確か、200年前、まだ魔力成長していただろ。外見は今と変わりなかったくせに」

「ある程度年を取ると、外見上の変化はほとんどなくなるんだよ。そして、儂は大器晩成型だ!」

「……ああそうかい」

まあ、エルフの成長期がどういう構造になっているのかはともかく、確かに老化による魔力の減退は確かのようだ。

「お前こそ。今、全盛期の何分の一の力だ?」

「結構、ルシファーとやらかして無駄遣いしたからな。……3、4割くらい?」

「そのくらいか。……まあ、それでも」

「ああ、だな」

今の俺でも、ヴァイスと組めば、ルシファーにはおそらく勝てる。

「形勢逆転だな、ルシファー」

レヴァンテインの切っ先を向け、言ってやった。

「まだ、勝負はわからん」

「……なら、試して見るか?」

その言葉とともに、すでに俺はルシファーの眼前に突っ込んでいた。首を斬り飛ばそうと、レヴァンテインを振るうが、さすがに防がれる。

まあ、予想の範囲だ。

「『グラビティ・プレス!』」

ヴァイスが放った重力球が、ルシファーの四肢を拘束する。

「はぁ!」

俺は一旦刃を引き、再び斬りつけた。

再度、首を狙ったのだが、ルシファーは自らの右手を犠牲にして剣の軌道を変える。これで、右手を斬り飛ばすのは二回目だが、一回目とは違う。

「『ファイヤーボール!』」

後ろからヴァイスのファイヤーボールが飛んできて、右手をこんがりと焼いてしまった。これで、右腕は当分再生不能!

「カァッ!」

気合一閃。ルシファーはグラビティ・プレスの拘束を振りほどき、残った左腕の爪で俺を切り裂こうとする……が、遅い!

「甘い!」

指と指の間にレヴァンテインの刃を叩き込み、左腕の半分ほどを削ぎ落とす。

そのまますれ違い、背中に蹴りを入れてヴァイスの方向へ吹っ飛ばした。

「『サン・レイ!』」

いつの間に詠唱と印を終えていたのか、ヴァイスが古代語魔法の最高峰(一転集中ver)を放った。つくづく、あの詠唱速度……っていうか高速詠唱(クイックロード)には驚くしかない。あれがあると、どんな長大な詠唱でも一瞬で終わる。半端な集中力では使えないので、多用はできないらしいが。

腹に大穴を開けたルシファーを見てそんなことを考えつつ、俺は俺で、詠唱に入っていた。

「『深く、地の底の果てにて躍動せし数多の火の精霊らよ』」

「『カタストロフィー・デス』」

「『スペル・ディストラクション!』」

詠唱に入った俺に放たれた魔法を、ヴァイスが防ぐ。

「『古の聖なる契約のもと、我、ルーファス・セイムリートが命じる。高き頂より災いをもたらす紅き血流。地の裂け目より沸き出し焔の龍』」

片手を失った状態のルシファーでは、ヴァイスを突破して俺の詠唱を止めることは不可能。

「『星が内に蓄えし、炎の真髄よ。はるかな昔からこの世に秩序をもたらす、その真なる力を解放し、我に敵対する者共全てを討ち滅ぼせ』」

詠唱の終わりとともに、サイファールの街に地割れが起き、続いて、近隣の火山が前触れもなく噴火した。

それらから噴出したマグマがすべて俺の元に集まっていく。

「さあ、喰らえ……『デスフレア・ドラゴニック!』」

マグマの龍が、ルシファーに向けてその牙を剥く。ついでに、サイファール王国の城とか、建物とかをほとんど飲み込んでいく。

その様子を見つめながら、マグマに飲み込まれて姿を現さないルシファーを探す。

冷えて固まった溶岩から、飛び出してくるのを警戒するが、一向に姿を現さない。

「……まともに喰らったはず、だよな?」

なんとはなしに、ヴァイスに聞く。

「多分……。避けられるタイミングじゃなかっただろ。儂の魔法が足止めになっとったし」

「じゃあ、倒せたのか?」

「まさか。十中八九生きているだろう。半死半生くらいにはなっとるかもしれんが」

もし、今の俺の魔力が全盛期のものだったら、さっきので確実に殺せたのだが。

だが、それでもこれは、対魔王戦用に開発した俺の切り札的な魔法の一つだ。かなりのダメージはあるはずだ。

「……逃げたか?」

「あるいは、気配を消して隠れているだけかもしれん」

さっきまでのピリピリした空気が嘘のように晴れ渡る。

ルシファーが仮に逃げたとしても、俺とヴァイスが同時に生きている限り、あいつは逃げ回るしかない。そのうち、精霊王たちの力も借りてゆっくり探し出せば、万事解決……のはずだ。

なんだろう……また、嫌な予感がしてきた。

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