「ちっ! どこに消えやがった!?」
感覚を総動員して、ルシファーの行方を探る。
「おい、ルーファス。なに慌ててんだ? かなりのダメージを負っているだろうから、そんな心配しなくても」
「そうじゃない!」
そうじゃない。
確かに、今のあいつには、そんなに力は残っていないはずだ。だが、なんだ、この俺を駆り立てる焦燥は? この疼きがある限り、俺はとても安心はできなかった。
「! 見つけた!」
最終話「新たなる生(?)へ」
ルシファーを見つけたのは、闘技場だった。
慌てて駆けつけると、カールさんとセイルさんが地に伏せている。エリクスも一緒に倒れているが、全員かろうじて息はあるようだ。だから、それは問題じゃない。
「ルーファスさ〜ん……」
問題は、なぜか、ルシファーの前にリア、サレナ、リリスちゃんの三人がいるということだ。三人とも、俺の亜空間に避難しているはずなのに。
「どうやって、その三人を連れてきた」
「あれだけ大規模な空間の扉を作っていれば、わずかなほころびを見つけるくらい、そう難しくない」
「……なるほど。やられたな」
「まあ、言わなくてもわかるだろうが、そこを動くと、こいつらを殺す」
人質、か。そこらへんの配慮が欠けていた。ソフィアを、そのまま亜空間に待機させておくべきだった。
「おい、ルーファス? 落ち着け。一人で飛び出すなよ?」
「……うるさい。黙れ、ヴァイス」
飛び出しそうになる体を必死に押さえつける。気を抜くと、すぐに我を忘れてしまいそうだ。
(マスター)
(……ソフィア)
(その、知り合いに害が及ぶとすぐ怒る癖、直してください。冷静にならないと、助けられません)
(わかってる。大丈夫だ)
テレパシーで話しかけてきたソフィアのおかげで、少しはましになった。
昔から、俺の抑制は得意だったな、そういえば。
改めて、目の前に集中する。俺とルシファーの距離は10m少し。並の相手なら、反応すらさせずに斬りかかれる距離だが、そんなことができるわけもない。
そして、そのルシファーのすぐ前に、黒いもやのようなもので拘束された三人が。
(打つ手なし、か)
正直、お手上げだった。ルシファーは意識を向けるだけで、三人を即死させることができるだろう。
お互い、大分消耗している。だが、ダメージは向こうの方が大きい。今なら、一刀の元に滅ぼすことができるが、その一撃をいれることができない。
「さて、ルーファス。その魔剣で、自分の首を刎ねてもらおうか」
「……ずいぶんとストレートだな」
苦笑しながら、レヴァンテインを首筋に添える。なぜか、ためらいはなかった。
「おい、ルーファス待て! お前が死んだら、ルシファーに対抗できるやつがいなくなる! 今の天界に、やつを止められるほどの神はいないんだぞ!」
いわんや、人間の中では言うまでもない。ヴァイスがうるさく言うのも、まあわかる。下手したら、人類滅亡、ということもありえる。それは、充分承知だ。
「どうした。こいつらの命が惜しくないのか?」
「……一つ聞く。俺が自殺したとして、お前がリアたちを助けるという保障は?」
尋ねると、ルシファーはせせら笑った。
「いいだろう。この三人だけは、命を助けてやろう。俺にとっては、こんな女たち、どうでもいいからな」
「なるほど。それもそうだろうな」
「ちょっ! ルーファス先輩!?」
リリスちゃんの声を無視して、ぐっと力を込める。つう、と血が流れたところで、横にいたヴァイスに腕をつかまれた。
「待て。こんな言い方はしたくないが、あの三人とこの世界の全生命体を引き換えにする気か? 昔、自分で救った世界だろう」
「……別に。姉さんを止める結果として、そういう風になっただけだ。別に、世界のことなんてどうでもよかった。……今もそうだ」
どうでもいいと言い切る俺に、ヴァイスが絶句するが、これは俺の偽りない本心だ。
気心の知れた友人三人と、人類を天秤にかけたら友人の方に傾いた。それは自分の命を含めても、なぜか変わらなかった。……それだけの話だ。変な自己犠牲とか、そういうんじゃない。
「そういうわけだから、あとは頼むぞ、ヴァイス」
「こら待て! 勝手に自己完結して逝くんじゃない! 無理矢理にでも止めるぞ」
俺の腕を掴んだ手に、さらに力を込める。
振りほどこうとすると、いきなり魔法を使ってきた。
「『……! ディヴァインバインド!』」
「ぐあっ!?」
封印結界の中でも、最上級のやつで動きを封じられる。
「や、やめろよ。ヴァイス」
身動きができない。
「やめるかよ。悪いが、儂は彼女らとはほとんど面識がない。残酷にならせてもらうぞ。あいつを殺った後なら、儂を殺すなりなんなりしろ」
く……そ。ついさっきでかい魔法を撃ったあとだから、魔力が足りない。振りほどけない……。
「なにをもめているのかは知らないが」
ルシファーの声がやけに響いた。
「いい加減、じれったいな。三人もいることだし、一人くらい見せしめに殺しておくか」
くい、と三人のうちの一人……リアにルシファーの視線が固定される。
「や……め、ろ」
必死に封印結界に抵抗するが、ヴァイスも必死に俺を押しとどめようとする。間に……合わない。
「やめろぉぉーー!!!」
そして、リアの胸から、ルシファーの剣が生えた。
「があぁぁぁぁっ!」
封印結界を振りほどく。
ヴァイスが吹っ飛ばされるが、知ったこっちゃない。
俺は、ルシファーに向けて跳躍……
「おっと」
ぴたりと、俺の全身が硬直した。
ルシファーが剣をサレナのほうに向けた。
「ぐ……あ」
レヴァンテインを握り締めた手から血がにじむ。全力で握りこんでいるせいだろうが、痛みは感じない。それ以上に、噴出する怒りや悲しみなどの感情の嵐に、気が狂いそうだった。
「ふむ。この女が一番大切だったか。失敗したな」
「リア……先輩」
ルシファーとリリスちゃんの声がどこか遠くで聞こえた。
リアを、見る。
心臓のあるべき場所が貫かれている。血が大量に流れ、水溜りを作っていた。すでに、手遅れなのは明白だった。
人を生き返らせるような魔法はない。
俺は、心底無力感を感じていた。
「『我が声に従い、闇より這い出よ!』」
サレナの凛とした声で我に返った。
見ると、サレナの召喚したアークデーモンがルシファーに襲い掛かってきた。
「なに、ぼーっとしてんの! ルーファス!」
名前を呼ばれて、はっとする。
アークデーモンはかなり高位の悪魔。それが不意の奇襲。そして、ルシファー自身の力はほとんど残っていない。
……アークデーモンクラスを滅ぼすのにも数秒要するほどに。
気がついたら、俺は駆け出していた。
「くっ!」
腕を一振りしてアークデーモンを滅ぼしたルシファーがこちらを向く……が、すでに俺は懐に飛び込んでいた。
「ああっ!!」
咆哮を上げて、全力でルシファーを斬りつけた。
防ごうとした腕ごと、ルシファーを真っ二つに切り裂いた。
「ぐ……ガァァァッ!」
なんという執念か。ルシファーは上半身だけになりながらも、俺の肩に噛み付いてきやがった。
だが、俺もキレている。
無理矢理引き剥がし、地面に叩きつけた。ぶちぶちと左肩が深く持っていかれるが、やはり痛みは感じない。
「グ……ウァ」
「とどめ、だ!」
残った右腕で、レヴァンテインを振り下ろし、頭を串刺しにした。
沈黙。
何秒かたって、やっと剣の存在が分かったかのように、ルシファーは黒い塵となって風に流されていった。
「はぁ! はぁ! はぁ!」
荒い息をつく。
やっと倒せた、と気が抜けたのか、ぺたりと腰が抜けた。
べたっ、という感触が掌に広がる。見てみると、リアの血がべったりと右手についていた。
リアの事を思い出す。頭が真っ白になっていく。
「う、うう……」
ぽたり、と長い間忘れていた液体が目から流れる。
「あああああああああああああああーーーーーーーー!!!!!!」
全力で叫んだ。
知らず、地面を叩いていた。
ダンッ! ダンッ! ダンッ!
「おい、ルーファス! 止めろ!」
「あ……?」
見ると、地面に見事なクレーターができていた。かろうじて原型をとどめていた闘技場も、衝撃で崩れてしまったようだ。
瓦礫とかで……サレナたちが傷ついたら、馬鹿みたいだよな。
「悪い……」
「まったくですよ。なんてことしてんですか、ルーファスさんは」
……………………………
…………………………………………………………
………………………………………………………………………………………
「はぁ!!?」
「ルーファスさん、さっきからうるさいですよ」
「なに、えっ? ちょっと待て。お前……リア、だよな?」
「はい。リアですけど。見てわかりませんか?」
なぜか、死んだはずのリアが、俺の目の前に立っている。ちらりと横を見ると、確かにリアの死体が転がっている。……なんでだ。
「マスター。冷静になって見てくださいよ」
「ソフィア?」
「今のリアさんは、霊体の状態です。あ、ちゃんと服は着せときましたけど」
た、確かに。
落ち着いて見てみると、ふよふよと浮いている。
「でも、肉体が死んでたら、どうしようもないだろう」
一時は明るくなってしまったが、肉体が死んでいたら、いくら魂が冥界に逝ってなくても復活は不可能だ。一気に、落ち込んだ。
「はあ。それなんですが、リアさん、いっそのこと精霊として転生してみませんか?」
「え?」
ソフィアのいきなりの提案に、リア(霊体ver)がほうけた声を出す。
「ちょっと待て……」
「だから、精霊として第二の人生を生きてみません?」
「よくわかりませんけど、いいですよ」
「だから、待てというに」
頭が痛くなってきた。
「え? どゆこと、ルーファス?」
サレナが聞いてきた。横では、リリスちゃんも興味津々の様子だ。
「どう言ったもんか……人間を精霊にするっていうのは精霊王たちなら可能なんだ。まあ、もちろんその儀式を済ませたあと、修行もしなくちゃいけないけど」
「……つまり?」
「つまり、人間として生きるのは無理だけど、精霊になって一緒に暮らしません? って言ってるんです」
ソフィアが割り込んで説明してきた。
「えーと、要するにリア先輩は、死んだけど生きることができるってことですね」
「言いえて妙だな、リリスちゃん。まあ、多分リアはあれ以上加齢しないだろうから、ずっと人間界で生活するのは無理だろうけど」
「年を取らないなんて、うらやましい話です」
「いや……だから、問題があるんだが」
ソフィアとヴァイスを除く三人が「?」という顔になる。
「儂から説明しよう」
ヴァイスが割り込んできた。
「まあ、人間を別の存在にする、っていうのは、神が許さないんだ。理由は色々あるんだが、ぶっちゃけ、人間は人間らしくしていろ、って言い分だ」
「はー」
「過去、それをやった人間がいたらしいが、神々の怒りを買って、すぐに殺されたらしいぞ」
こんな感じに、人間を精霊にしたら、色々神のやつらがうるさいのだ。
「あー、そういえば、マスターって傷の治療って全然してませんね」
「いまさら遅い。俺はそろそろ死ぬぞ」
出血多量。さらに、気と魔力の使いすぎ。
心臓の鼓動がどんどん弱くなっていく。まあ、どうせ助からないだろうから、放っておいたのだが。……もう少し、心配してくれてもよさそうなものじゃないか。
「あ〜! 勝手に死んでもらったら困ります。マスターが神様たちを納得させるための材料なんですから」
「……あ?」
「だから、今回みたいに、突発的な魔王の出現とかに対処するため、って言ってマスターを精霊化して、そのどさくさに紛れてリアさんも精霊にしてしまおうと。どーせ、マスターも死にそうですし」
あっさり言うな、こら。
「なるほど。今の状態で新しい魔王が出現したら事だからな。さしずめ、災害対策委員ってとこか」
む、無茶苦茶だ。確かに、死んでしまったら、現世に干渉できないが……ちょっと、いやかなり問題がないか?
「じゃ、マスターなら、修行とかしなくてもすぐ精霊になれると思いますから、ぱぱっとやっちゃいますね」
ぱぱっとやるようなもんじゃない。
そう言おうとした俺の口は、ちゃんと動いてくれなかった。
あれから、一年が過ぎた。
さて、あれからどうなったか説明しようと思う。
あの事件については、俺とリアは、一応、サイファール国にて事故で死亡、ということになった。
ルシファーがどうたら、というあたりの話は、カールさんとかがうまく誤魔化してくれたらしい。現在は、ルシファーと俺が壊滅させてしまったサイファール首都の復興に大忙しのようだ。
サレナはヴァルハラ学園を卒業したと同時に、国王の補佐として働いている。そろそろ王位を譲ろうか、と言う誘いを断るのに四苦八苦しているらしい。
リリスちゃんは、相変わらずヴァルハラ学園に通っている。あのおっさんとのどつき漫才は、ヴァルハラ学園の名物と化しているらしい。
ソフィアは、俺がいなくなったせいで、精霊界に帰ってきた。でも、時々遊びに行っているという話だから、まだ懲りてないようだ。
そして、俺とリアはというと。
「で、なんでお前らは毎日のように押しかけてくるんだ?」
とか言いつつ、お茶を振舞う俺は、やはり人が訪ねてきてうれしいのだろうか。
「まあ、二人だけじゃ寂しいと思ってね」
「野菜とかを分けてもらうついでです」
「暇ですから」
三者三様の意見だ。上から、サレナ、リリスちゃん、ソフィアである。みんな、家の外にある手製のテーブルについて和気藹々と話をしている。
あれから、半年ほどの修行の後、リアは無事に精霊に転生できた。俺は、死んだその日になっていたが。ちなみに、属性は二人とも光。
天界には事後承諾だったが、ちゃんと許可はもらえた。神たちがしぶったのは言うまでもない。
ただ、二つ。『ルーファス・セイムリートは、決して天界に敵対しない』『有事の際は、命を賭して解決に当たる』を約束させられた。
そして、俺は昔精霊界に滞在していた家で暮らそう……と思っていたのだが、なにせ、精霊界における俺は、かなり英雄扱いされている。他の上位精霊たちがぎゃーすかとうるさいので、我が亜空間の一つ、家庭菜園にて、小さい家を作ってリアと一緒に引きこもることにした。
まあ、正解だったろう。こっちは俺の空間なので、人間のサレナとかリリスちゃんでも、気軽に訪れることができる。
「ルーファスさん〜。リンゴがとれましたよ〜」
間延びしたやる気のなくなる声が果樹園の方から聞こえてきた。
「リア。お前、みんながきてんだから、一緒に座ってろよ」
「これでアップルパイでも作りますね。待っててください」
「聞けよ、こら」
まったく無視され、リアは家に入っていった。人間のときからそうだったが、最近とみに俺の地位が低くなっているような気がする。これは、アレか? 家事全般をあいつに押し付けているのが原因か?
「つーか、あんた、自分でもやりなさいよ」
「そう言うがな、サレナ。俺がやろうとすると、『私の仕事を取らないでください』とか言われるんだが」
「じゃあ、ルーファス先輩は普段なにしているんですか?」
……リリスちゃん、それを聞くか?
「マスターは、毎日ぐうたらしているだけですよ。たまに修行はするみたいですけど」
毎日×2遊びに来ているおかげで、ソフィアは俺の生活パターンくらい把握してしまっている。修行に付き合ってもらっているのが、フレイとカオスさんだということもあるだろうが。
「だめ亭主ですね」
「……リリスちゃん。何気に、俺につらくあたってないか?」
「別に。そんなことないです」
ぷう、と頬をふくらませておいて、説得力はないぞ。
そう。そういえば、一つだけ言い忘れていた。
「しかし、いきなり結婚しましたよね。私も、告白はしたと思うんですけど、それをまったく無視して」
「……勘弁してくれよ」
俺の左の薬指には一応、指輪がはめられている。リアの指にも同じのがあった。
……なんというのか、何の脈絡もなくて大変恐縮だが、いつのまにかこういうことになっていた。ほんっとうに、どうしてそうなったか自分でもわからないんだから、許して欲しい。ただ、成り行き上、二人暮しということになってしまった時、『しませんか?』と聞かれ『別にいいけど』と答えたと言う……ロマンもなんにもない展開だった。
一応、リアの親父さんにあいさつには行ったのだが、『ゆ、ゆゆゆ幽霊!?』と成仏させられそうになった。ちなみに、リアが出てくると、掌を返したように対応が変わったのは言うまでもない。
もちろん、あの子煩悩な父親だから、猛反対されはしたが、リアの無言の圧力により、事なきを得た。それ以外にも、色々騒動がてんこ盛りだったのだが、口で説明するのは憚れるので、止めておこう。
まあ、リアはうれしそうだったし、実際俺もまんざらではないので、よしとしている。
「ふう。これで、もうしばらくしたら、おいしいアップルパイが焼けますよ」
家から、リアが出てきた。
「おう、リア。お前もお茶飲むだろ?」
「もちろんです。さっきから、楽しそう〜にお話してましたね。見てましたよ」
「楽しそう、だったか?」
本当にそう見えたとしたら、たいした節穴だ。
「ええ、とっても」
節穴決定だな。
「なんか、ぜんっぜんノリが変わってないわね」
「そうですね。サレナ先輩」
なにか、勝手な事を言っているのが聞こえる。
「……お前、機嫌直せよ」
「つーん。浮気する人とは話しません」
「態度悪いぞ。おい」
放っておいてもすぐ機嫌は直るのだが、フォローしておかないと、あとがうるさい。
「マスター」
「ん? なんだ、ソフィア」
「なんか毎日楽しそうですね」
「お前も節穴か」
どうしてこう、俺の周りは心の機微を理解できる人間が皆無なのだろうか。的外れなことばっかり言っている。
「いえ、でも、幸せそうですから」
「……それは、イコール楽しいということにはならないと思うが。……そうだな」
ちらりと、リアのほうを見る。まだ不機嫌そうに、俺と視線を合わさない。
そんな様子に、苦笑して、俺は言った。
「まあ、幸せなのかもな」
END