それは、夏休みも終わりに近付いた頃。

「ル〜ファ〜ス〜」

いきなり、寮の俺の部屋にアルが尋ねてきた。現在時刻、夜の10時。ちょっと人ん家に訪れるには非常識な時間じゃないか?

「なんのようだ」

「……前、お前が頼んだ件。調べが付いたぞ」

「……サレナのことか?」

「ああ。ちょっとお邪魔させてもらうぞ」

 

第17話「ルーファスのデンジャーな夏〜インターミッション編〜

 

「……で、どうなんだ?」

「うむ。ちょっと待て」

アルは懐からメモ帳を取り出して饒舌に語りだした。

「サレナ・ローラント。5月11日生まれの17才……俺らと同い年だな。血液型はA。身長160cm。体重とスリーサイズは調べられんかった」

アルはさらにメモ帳のページをめくる。

「趣味は音楽鑑賞と召喚魔法の研究。それと、先方からの伝言だ『こんなねずみを雇わなくても、ちゃんと聞けば教えてあげます』だってよ」

自分の肩がかくんと落ちるのを自覚した。

「……おい。バレバレだったのか?」

「おう。バレバレだ」

「あ、そう。……なんかされなかったか? あの姫のプライベートを調べてお仕置きとか」

聞くと、アルはぶるぶると震えだした。

「や、やめろ……。頼むから止めてくれ……。ぐちょぐちょ……ぐちょぐちょはいやーーー!!!?」

………………

「そ、そんな……。今回のことは俺だけの責任だ! 妹には手を出さないで……へ? じゃああんたが代わりになれ? い、いや、それはちょっと……」

……いったいなにをされたんだ、こいつは?

「目を覚ませ」

とりあえず、精神安定の魔法をかけてやる。

「……はっ! わ、悪かった。取り乱しちまった」

「別にいいけど……」

「そうそう、手紙を預かっているぞ。中身を見たら殺されそうだったんで確認していないが」

と言って、豪華な封筒を渡される。ご丁寧に王家の紋章まで入っていた。

「ふ〜ん……」

ひっくり返してみる。……とりあえず、魔力は感じないから魔法の罠(マジカルトラップ)というわけじゃなさそうだけど……。

「まあ、これで調べられたことは全部だ。……この国の王女の趣味が召喚魔法ってのには驚いたけど。というより、お前どうして王女様と知り合いなんだ?」

「色々あったんだよ。色々。その事は聞くなと言ったはずだぞ」

「……へいへい。じゃ、俺は帰るわ。もうこんな怖い依頼は止めてくれよ」

「おう。すまなかったな」

まあ、俺が脅迫したんだけどな。

 

 

 

「……にしても、手紙ねえ」

なんとなく開けるのが怖くてその手紙を手の中でもてあそぶ。

「ま、いちおう見てみるか……」

ビリビリと封筒を破って中身を取り出す。読み進んでいく内に、彼女がなぜヴァイスを訪ねたのか、そしてどうして俺に興味を持つのかが理解できた。

……手紙の文章は貴族言葉が多く用いられているので、わかりやすく要約すると……。

 

彼女が召喚魔法を研究しているのは前述したとおりだ。しかし、最近その研究が滞っているらしい。……簡単に言えば、独学での研究はもう限界だそうだ。かといって、王女という立場上、どちらかというと外道の技である悪魔系召喚魔法を本職のサモナーに教わるわけにはいかない。

そこで、こと魔法に関しては世界一。もちろん、召喚系を教わってもばれにくいヴァイスに指導を頼みに行ったとのことだ。

……だが、ここで問題が一つ。ヴァイスは今まで他の王国からの色々な頼み事をすべて断ってきた。もちろん、ローラント王国もその中に入っている。ヴァイスは自分の価値というものがよくわかっているのだ。200年前当時のルーファスの仲間は一人だけでも一国の軍隊を軽く凌駕する戦闘力を持っていたのだ。そのメンバーの中でただ一人の現代に生きる者(となっている)。今は公から姿を消しているからそうでもないが、彼がなにかをすると大げさでなく全国家の注目を浴びてしまう。

……それが王族のごく個人的な頼み事を引き受ける程度だとしても。そして、その事で自分の趣味が世間に露呈したらマズイ。

それでも、彼ならなんらかの方法で誤魔化せることが出来るかもと思って行ってみたが会えなかった。

そこでルーファスの登場である。どんな複雑怪奇な理由で今も生きているのかはわからないが、伝説の勇者。おまけに、一般にはそれが知られていない。

是非、私の研究にお力添えを。

 

……まあ、多少乱暴に訳したところもあるが、こんな感じの内容だった。

「……………はあ」

机の中から紙とペンを取り出す。そして、紙に一言だけ、

 

ヤダ   ば〜い ルーファス・セイムリート

 

それを丁寧に折り畳み、紙飛行機を作る。

部屋の窓を開け放ち、遠くに見える城を見据える。

「……あの城のどっかにいるはずだよな」

つぶやき、城の中の気を探る。これだけ離れると、並の気功の達人では一人一人区別するのは不可能だが、あいにくと俺は並の達人ではなかった。

今、城にいる総勢112名。そのすべての位置と、健康状態まではっきりと把握する。

「……いた」

その中の一人、目的の人物がいる部屋を突き止めた。

「いっけ〜」

紙飛行機を飛ばした。……その直後、その紙飛行機は空間に溶けるように消えてしまう。

「これでよし」

さて、さっさと寝よう。もう明後日で新学期だ。

 

 

 

 

 

 

 

その頃、お城のとある一室。

 

「……いたっ」

自室で不気味なカバーの魔法書を読みふけっていたサレナの頭に、突然なにかがあたった。

「……なに、これ」

それは紙飛行機。さきほど、ルーファスが飛ばしたもの。彼が亜空間魔法によってここまで転移させたのだ。

そこまではわからないが、なにか不審に思ってその紙飛行機を開いてみる。

そうすると、もちろん彼女の目にはルーファスが書いた文字が飛び込んできた。

 

ヤダ   ば〜い ルーファス・セイムリート

 

すぐにその意味は分かった。恐らく、あの手紙の件だろう。

それにしても、これは……

「ふ・ふ・ふ……。ここまでコケにされたのは初めてじゃないかしら……」

決めた。

この計画を実行に移そうかどうか今の今まで悩んでいたが、もう決行してやる。

その時の彼の表情が楽しみだ。会ったのは二、三回だが、それなりに調べたりしているので勇者らしくないその性格はなんとなくわかっている。

この私を馬鹿にしたことをきつく後悔させてやる。

……それにしても。

サレナは魔法書を本棚に置いて、個人的に雇った探偵からの報告書に再度目を通した。

(本当にこれがあのルーファス・セイムリートなのか、自信なくなってきたな)

そこには、ルーファスがリアに餌付けされているという事実が事細かに報告されていた。

 

 

 

 

 

ゾクゥ!

「な、なんだ?」

サレナが計画を実行すると決めたとき、ルーファスは謎の悪寒に襲われていた。

 

 

 

 

 

 

次の日。

「るううぅぅぅぅふぁぁぁぁぁぁす!」

朝6時。なんの前触れもなくアルのやつが訪ねてきた。

「………なんだ、このやろう」

普通なら問答無用で追い返すところだが、今まで厄介極まりないことを頼んでいた手前なんとか自分を抑えた。

「本当は昨日言おうと思っていたんだが……頼む!宿題を写させてくれ!!

「一教科100メル(約千円)」

「おいこら待て!!」

うるさいやつだ。

「わかったわかった。昨日までの仕事ぶりを考慮して一教科80メルにまけといてやる」

「てゆーか、金とんのか!?親友の俺から!!」

「奨学金で生活費その他諸々をカバーしている俺にそんなこと頼む方が悪い」

「なら、貴様が夏休み中リアちゃんの家で飯食っていることを言い触らしてもいいんだな?」

シュ!

「ぐえっ!?」

いつの間にか、俺の手がアルの首を絞めていた。

「ぐっ……。る、ルーバズ……でめえ」

「よく聞こえないぞ。もっとはっきりしゃべれ」

だんだん手にこめる力が強くなっていく……って、いけないいけない。やっと自分のやっていることがわかって慌てて手を離す。

「ご、ごほっ……。こ、殺す気か!」

「すまんすまん。お前の命知らずな発言に、右腕が勝手にな」

なにやらお化けでも見るような視線で俺を見るアル。……なんだよ。

「お前、見かけに寄らず怖いやつだな」

「そうか?」

「そうだよ。……ちっ、仕方ない。誰か他のやつに頼むよ」

「なんだ?80メルでいいって言っているのに」

「俺だって苦学生なんだよ!……じゃあな。殺されたくないから俺は帰る」

と言ってアルは帰った。……台風のようなやつめ。もう少し寝るつもりだったのに、目がさえてしまったじゃないか。

「……散歩でも行くか」

特にすることもないのでそうすることにした。

 

 

 

 

 

「はい、手を上げて背伸びの運動から〜」

『いっちに、さんし、ごーろく、しちはち』

「………………」

なにをやっとるんだ、あいつは。

散歩中、俺が出くわしたのは子供達と一緒に「らじお体操」をしているリアの姿だった。

「なにをしている」

「いっちに……あっ、ルーファスさん。見てわかりませんか?『らじお体操』です!私、夏休みにはいって一回も休んでないんですよ!」

と、自慢げにハンコでいっぱいのシートを見せるリア。しかし、はっきり言って、この年でらじお体操をするやつなんていない。

「いや、ある意味お前らしいと言えばお前らしいが……」

「……?なにか変ですか?」

「いや、気にするな。俺も気にしないことにする」

「はあ……あ、そうだ。ルーファスさんもやっていきませんか?」

……えーと、それはどういう。

「さあさあ。行きましょ」

俺の腕を掴んで強引に子供達の方へ引っ張っていくリア。……見ると、一番が終わってらじお体操二番が始まったところだった。

「いや、俺は……」

「そぉ〜れ、いっちに、さんし」

拒否権はないのか?

そう言うわけで、夏休みの最後は健康的に過ぎていった。

 

……やっぱり、俺って餌付けされていたのか? ……そんなことないよな?

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