今俺は深い森の中を歩いている。
理由は、魔王と戦った仲間であるヴァイスに会いに行くためだ。
「………しっかし、ヴァイスもこんな所に家なんか建てなくても良いのに………」
森に入ってから2時間近く経過しているが、いっこうに家が見えてこない。
道は間違ってないはずだ。森の精霊たちに道を聞きながら進んでいるから。
ちなみに他の精霊王たちは精霊界に帰った。いちおう精霊界でも仕事があるので、いつまでも人間界にいるわけにはいかないのだ(シルフィは最後までごねていたが)。
もうしばらく進んでいくと、看板らしきものがあった。
「なんだこりゃ?」
それにはこうあった。
『この先私有地。猛犬に注意』
第2話「猛犬に注意?」
「ふ〜む………」
訳が分からない。猛犬に注意?この森にはもっと凶暴なモンスターがわんさか出てきたぞ。(まあ、俺の敵じゃなかったけど)
しばらく考えて、ルーファスは一つの結論を出した。
(考えてもしょうがない)
………確かにその通りなのだが、なんというか、大雑把なやつである。まあ、仮にも魔王を倒した者。よほどのことがない限り、彼がどうにかなったりするはずはないのだが。
それをわかっているので、ルーファスは警戒心ゼロで更に進んでいく。
不意に、足がなにかに引っかかる感触。
「ん?」
声を上げたときにはすでに木の上にロープで固定してあったらしい岩が降ってきた。
「おおおおおおおおお!!?」
ドスーン!!
盛大な音が辺りに響く。その音に反応して、鳥たちが飛んでいった。
そこに現れる人影。小柄だが、腰に下げたごついナイフがいい感じで危険な雰囲気を醸し出している。
「ふん………あっけない」
と、その人影が吐き捨てる。声は意外にも若い少女のものであった。年は大体13,4位か。
「もしかして死んだ?やばいなあ。これくらいで死ぬとは思わなかった」
「本当に死ぬかと思ったぞ」
「!!」
あらぬ方向から聞こえてきた声に、反射的に少女は振り向く。
少女の視線の先には無傷で木の枝に座っているルーファスの姿があった。
「っと………で、いきなり問答無用で罠なんて仕掛けた理由は?言っとくが、獣用の罠だとかいう言い訳は却下だぞ」
気付かないうちに、罠から逃れていたルーファスに最初は驚いていた少女だが、すぐに立ち直り、腰のナイフを引き抜く。
そのナイフには、(おそらく動物のものだろうが)血の跡があり、不気味な凄みがあった。
「おいおい。いきなりなんだ。女の子がそんなものを振り回すんじゃありません」
「うるさい!どうせおまえもおじいちゃんに会いに来たんだろう!?おじいちゃんは弟子もとらないし、どっかの国に仕官する気もないってずっと言ってるのに!!」
と、叫びながらナイフを振るう。年の割に鋭い攻撃だったが、ルーファスにとっては赤ん坊を相手するようなものだ。剣すら取り出さずに、体捌きだけでかわしていく。
「えーと。なにやらとんでもない誤解があるみたいだから、きちんと話し合わないか?」
ナイフの腹を軽く打ちながら問うが、答えは大体想像がついていた。この少女のようなタイプなら当然………
「話し合う余地なんかない!!」
………予想通りの返答にルーファスは苦笑する。
「じゃ、ちょっと大人しくしてもらおう」
女、しかも自分より年下の子供を殴るのは気が引けたが、さすがに殺気むんむんの攻撃をされ続けるのは気分が悪い。
なるべく痛みを与えないよう、加減して少女の腕をとり投げ飛ばす。
「くっ!」
受け身をとった。一筋縄ではいかないようだ。
「なあ、こんな事止めないか?お互い痛いだけだし、第一弱いものいじめは嫌いなんだ」
よせばいいのに、ルーファスが火に油を注ぐようなことを言う。
「誰が弱いものだぁ!!」
少女が激高する。その拍子に長い髪に隠されていた、少しとがった耳が見えた。
(エルフか?……いや、多分ハーフエルフだな)
ルーファスは大体読めた。確かガイアが言っていた。ヴァイスがハーフエルフの子供を拾ったと。
「『すべてを滅ぼす炎の力よ、彼の一点にて集い、その力を解放せよ』」
「って!ちょっと待て!!」
少し考えている隙に、ハーフエルフの少女が魔法の詠唱に入っていた。
「うるさい!これでも喰らえ『エクスプロージョン!』」
ドゴォーン!
つきさきほど、ルーファスのいた場所を中心に小規模の爆発が起こる。
「これで……」
勝った。そう言おうとした少女は煙が晴れて、固まった。
「やれやれ………凶暴なお嬢ちゃんだなあ」
ルーファスが結界を張って防いでいたのだ。ただそれだけならどうと言うことはないのだが、タイミング的に魔力を集中したりする時間はなかったはずだ。
「でも、魔法の腕はなかなかじゃないか。お兄さんびっくりしたよ。少し本気で行こうかな?」
完璧にバカにした口調に、少女がキレた。
「〜〜〜〜!!『我が力よ、無数の光刃となりて敵を貫けぇ!!』」
「ふ〜む。冷静さが足りないなあ」
ルーファスは昨日のように奇妙な印を結んで空間に穴を開く。
「もう少し落ち着いた方がいいと思うぞ」
穴から愛用の剣、魔剣レヴァンテインを取り出し、構える。
(ふ〜む。リハビリにはちょうどいい子だなあ)
とか、少女が聞いたら更に怒りそうなことを考えているルーファス。同時に、少女が魔法を放った。
「『レイ・シュート!!』」
瞬間、ルーファスの意識が研ぎ澄まされる。
飛んでくるマジックミサイルの軌道を一つ一つ読み、剣を振るう。
「はぁ!」
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュ!
計六発の光弾を全てたたき落とす。
「な、なんですって………」
少女がショックを受けているようだが、ルーファスは気にしない。
「う〜ん。もうすこし付き合ってもらうよ。『シルフィードウイング』」
ルーファスは詠唱抜きに、そこそこ高レベルのハズの飛行用精霊魔法を発動させる。
ある程度上空に来たら、地上を見下ろす。
「お〜い。聞こえるか〜!?」
呆然と見上げている少女に呼びかける。
「これから少し強い魔法で攻撃するからなーー!一応外すつもりだけど、当たったら死ぬから結界でもはっとけよ」
その声が聞こえたのか、それともルーファスに集まっていく凶悪な魔力を感じ取ったのか、少女は慌てて全魔力を用い強固な結界を張った。球状の結界の中で、怯えたようにルーファスを見上げる。
「『魔剣よ、その身に封じられし力を解放し、我が術の糧となれ』」
レヴァンテインの刀身から黒い魔力が噴出する。
その魔力の補助を受け、ルーファスが魔法の詠唱に入った。
「『雷よ。天の怒りの具現たるその閃光。暗闇の深淵より来たりて我が敵に報いを』」
ぴりぴりと辺りの空気が緊張していく。
地上の少女を守る位置に来ている人影を確認して、ルーファスは遠慮なしに魔法を放った。
ちなみに本気で狙っている。
「ちゃんと止めろよ!!『ライトニング・ファランクス!!』」
瞬間、ルーファスの構えた剣の先から膨大なエネルギーが放たれる。
それは雷の形をとって、地上にいるものすべてを滅ぼそうと牙を剥いた。
下の方ではエルフの老人が対抗する魔法を発動させていた。
「ふん!『スペル・デストラクション』」
老人の発動させた中和魔法はルーファスの魔法を打ち消す。
それを確認すると、すーと、ルーファスが空から降りてきて言った。
「久しぶりヴァイス。っていうか、出てくるの遅いぞ」
話しかけられた老人も、にやりと笑いながら返事をした。
「ふん。しぶとく生き残っていたのか」
その場には、展開に着いていけず、ぽかんとしているハーフエルフの少女が残された。
「納得いかないわ………」
「おいおい、急にどうしたんだよ」
少女の言葉にルーファスが疑問の声を上げる。
自分の素性を話したとたんこれだ。
「どうしてあんなみたいなのが“あの”ルーファス・セイムリートなのよ!」
「そんなこと言われてもなあ。アミィ、そんなに俺が嫌いか?」
「気安く呼び捨てにするなぁ!」
アミィの拳がルーファスの顔面を狙うが、ルーファスは掌でぱしっと受け止める。
「おいヴァイス。孫の教育がなっていないぞ」
「その子は元々そういう性格だ。儂の責任じゃない」
しれっと言うヴァイス。
ここはヴァイスの家。
森の奥まったところに建てたこぢんまりとした家だ。周りには結界が張ってあり、モンスターなどもおいそれと侵入は出来ない。
ヴァイスと再開したルーファスはとりあえずここに案内され、さっきのハーフエルフの少女―――アミィに頼まれ、自分の事を説明した。
そしたらあの反応である。
「まあ、これでも飲め」
「お、サンキュ」
ヴァイスの出したコーヒーを啜る。ちなみにミルクと砂糖たっぷりの極甘だ。
「そういや一つ聞きたいんだが、あの看板はなんだ?」
ずっと気になっていたことを聞く。そうあの『この先私有地。猛犬に注意』の看板だ。
「もしかして、あれに書いてあった猛犬って………」
「ああ、この子のことだ」
と、アミィを指さすヴァイス。
「おじいちゃん!またあんなの作ったの!?しばらく見ないと思ったら!!」
「違うぞアミィ。幻術でお前にだけは見えないようにしただけだ」
怒り狂うアミィにヴァイスはこともなげに言った。
「な……な、な……」
何も言えないアミィ。言うべき事はたくさんあるのだが、言葉に出て来ない。
「なにやってんのよーーーー!!!」
色々言いたいことをその一言に集約する。静かな森にアミィの怒声が響き渡った。
はぁはぁと息をつくアミィ。だが、当のヴァイスは平然と耳をふさいでいる。
「近所迷惑だぞ、アミィ」
とりあえずそれだけ言うヴァイス。
実際はご近所などいないのであるが、確かにとてもやかましい家であった。
「で、だ。それはどうでもいいとして」
「よくない!!」
祖父の言葉に、反射的に突っ込むアミィ。
「………話が進まないから、しばらくどっかに出かけててくれないかアミィ」
「………ふん。わかったわよ」
ルーファスが頼むと、まだ色々文句を言っているが、何とか外に行ってくれたようだ。
「で、これからどうする気だ?」
ヴァイスの言葉にうっ……とつまるルーファス。
考えてみれば200年間も眠っていて、今の世界がどうなっているかなど全然知らない。
しばらく考えて、言った。
「まあ、適当な街にでも住むか……」
「無理だ」
ヴァイス、速攻で却下。
「………なんでだ」
「お前金持ってないだろ」
「うっ」
痛いところをつかれた。
「な、なら少し貸して……」
「うちにそんな余裕はない」
キッパリと切り捨てられた。友情とはこんなにも脆い物だったのかとルーファスは嘆く。
「仕方がない。どっかの店で住み込みのアルバイトでも……」
「無理だ」
ヴァイス、再び速攻で却下。すでにルーファスは涙目だ。
「………今度はなんだ?」
「ここら辺を治めている国はローラント王国って言うんだが、18になるまで働いちゃいけないって法律があるんだ」
「な、なにゆえ?」
「若いやつは才能を伸ばすために勉強なりなんなり色々なことをしろって言う理由だったぞ」
じゃあ、とルーファスが口を開きかけたところでヴァイスが言った。
「国を越えようなんて思うなよ。身元も証明できないお前がどうやって国境を越える気だ?密入国は重罪だぞ」
ルーファスの心を見透かしたような言葉。がっくりとうなだれるルーファス。
「じゃ、じゃあどうしろと?」
ヴァイスは三本指を立てた。
「一つ、このままのたれ死ね」
「アホかぁ!!」
ヴァイスはちっと舌打ちすると、指を一本おろした。
「二つ目。自分が、魔王を倒した勇者ですと名乗り出る。食うくらいは何とかなるだろう」
「信用されるか?」
「儂が証明してやっても良いが、あまりすすめんぞ」
「どうして?」
はてな顔でルーファス。特に不都合は見あたらないが………
「いろいろうっとうしいんだよ。そこら中の国から是非来てくれとか言われたり、弟子にしてくれ、勝負だ……なんて言う連中もたくさんいる。レインとメイもそれが嫌になって、二人で誰もいないところで静かに暮らしてたぞ」
魔王と戦ったときの仲間。レインとメイは恋人同士だった。
「う〜ん。それも嫌だなあ……で、三つ目は?」
「ヴァルハラ学園に入学する」
ヴァイスが残り一本の指を立てて言った。
「なんだそりゃ?」
「王家が運営している人材養成機関………平たく言えば学校だ。ここなら寮もあるし、学園長と儂は知り合いだから紹介状を書いてやってもいい。一番現実的な案だと思うがな」
ふむ………と考えてみる。
今更学校なんて行きたいとは思わないが、別に悪い事でもない。今の世界の情勢とかも全然知らないし………
と、そこまで考えて、ふと思い立った。
「学費はどうする?」
「きちんと奨学金制度がある。もちろん卒業してから返さなければいけないぞ」
問題解決。あとは自分がどうするかだ。
………と、いっても他に選択肢がない。
「よし、それで行こう」
「じゃあ、明日にでも紹介状は書いてやる。お前の設定は………そうだな、辺境の村で生活していてヴァルハラ学園に憧れて王都に行こうとしたはいいが、途中の森で迷い、儂に助けられ、偶然“あの”ルーファス・セイムリートと同姓同名だったので儂がなにやら縁を感じてヴァルハラ学園に口利きしてやったというのはどうだ?」
「なんなんだ!!そのめちゃくちゃな設定は!!?」
「下手にリアルすぎるとかえって妖しい。その位うさんくさい方がいいんだよ。もしお前が魔王を倒した勇者だとばれたら普通の生活は出来なくなるぞ。そんなのは嫌だろ?」
それはそうなのだが、かと言ってこいつにお情けで助けてもらったという設定は承伏しがたい。
しかし、そんなルーファスの思いは次の言葉で木っ端微塵にうち砕かれた。
「ちなみに、その設定を拒むのなら紹介状は書いてやらん」
そんなことを言われると、どうしようもないルーファスであった。
「たっだいまー!今日の獲物はなかなかだよ〜」
ルーファスがさらにヴァイスと細かい事を話し合っていると、アミィが帰ってきた。手には大きな猪を丸々一頭抱えている。
「すごい力だな……」
思わずルーファスが漏らす。
「?この位は普通だと思うけど……」
いや、一般人という基準にてらせば充分に異常だ。
………この中には誰一人として『一般人』はいないが。
「じゃあ、ちゃっちゃと捌いて、料理してくるからちょっと待っててね」
と言って、奥の方に行くアミィ。それをぽけーっと見ていたルーファスが思わずヴァイスに尋ねた。
「………なんか異様に機嫌が良くないか?」
「多分、あれだ。この家を尋ねるやつなんてせいぜい王宮の使いか、儂に挑戦してきたり、弟子入りを頼み込む身の程知らずな輩しかいなかったからな。久々の客人なんで、はしゃいどるんだろ」
「最初この家に来たくらいはあからさまに敵意を向けられたぞ」
そう言うとヴァイスは呆れたような表情になった。
「当たり前だ。儂がいなかったらお前の使った『ライトニング・ファランクス』で間違いなくあの子は死んでたんだから、ある程度嫌われるのはしょうがない。で、外にでてから少し冷静になったと言うところだろう」
「…………お前がいなかったら当てにいかなかったぞ」
ヴァイスの説教に、ルーファスは憮然とした表情で言う。もしヴァイスが現れなかったら、少なくともあの子の近くには撃たなかった。
「だからその辺のことも頭が冷えてわかったんだろ」
ルーファスはまだ納得いかない顔をしながら、すでに3杯目のコーヒーに口を付けた。
テーブルの上にはたくさんの料理が並んでいた。とても三人では食べきれないほどの。
「………これは多すぎるだろう」
冷や汗を一本流しながらルーファスが言う。だが、アミィは自信たっぷりに言い切った。
「あなたは若いんだから大丈夫!!」
若いからといって、胃の体積が増えるわけではない。第一、それを言うのならアミィの方が若い。
そのことについて突っ込むと、
「だって、私は女の子だもん」
至極、もっともな返事が返ってきた。泣く泣くヴァイスの方を見ると、
「儂は見ての通り老人じゃからな。うっ……ごほっ」
と言いつつ、わざとらしく咳などをする。
アミィとヴァイスの食べる分を差し引いても10人前はありそうな料理の山がルーファスの前に並ぶ。
「………これを一人で食えと?」
「うん♪」
かわいらしくアミィが頷く。久々のお客のせいかどうか知らないが、機嫌がいいのは大変喜ばしいことである。しかし……しかしだ、これはこれで新しい嫌がらせじゃないかと疑ってしまうのは決して自分のせいではないはずだ。
「……いいよ。食ってやるともさ!!」
まさか、こんなに手の込んだ料理を残すことも出来ず、ルーファスは果敢に箸を手に取った。
むしゃむしゃと食べていると、ふとアミィが話しかけてきた。
「ねえルーファス」
「ん?」
その言葉に反応して、ルーファスが食べる手を止める。
「あのさ、あの『ライトニング・ファランクス』って、マジでおじいちゃんを狙ってなかった?」
「もちろんだ」
そんなことかと、再び料理を食べ始めた。
「って!そんなに平然として!一歩間違えたら殺しちゃうところだったんだよ?」
「甘い。甘いぞアミィ」
と、そこでヴァイスが割り込んできた。
「男同士の再会ってのはな、ああいうものなんだ」
少なくとも、そんな物騒な再会は嫌だと思う。
だが、ルーファスの方はそうだと言わんばかりに頷いている。
「よくわかんないけど……」
頭の中で必死に考えるアミィ。そして一つの結論に達した。
「要するにバカなのね?」
「「違う!!」」
男二人の同時突っ込みが夜の森に響いた。
そんな風にして、久しぶりに賑やかにヴァイス邸の夜は更けていくのだった。