幻想郷に来た途端、珍妙な光景に遭遇した。

「……なに、あれ」

 博麗神社の上空にルーミアがいる。黒い球体に囲まれて顔は見えないが、ああして闇を纏って移動するのはルーミアだ。

 まあ、それはいいのだが……その黒い球inルーミアに、なにか棒状のものが勝手に攻撃を仕掛けている。

「うう〜〜、このぉ!」

 焦れたようにルーミアが魔弾を放つが、その棒は見事に避けて突進した。
 棒が闇の中に突っ込むと、ぱしーん! と小気味の良い音が鳴り響き、『覚えてなさいよ〜』とルーミアが捨て台詞を吐いて逃げ帰る。

 ざまぁ、と内心草を生やしながらそれを見送り、神社の境内に降り立ったその棒を好奇心から追う。

「おはよう、良也さん」
「ん、おお、霊夢。おはようさん」

 果たして、その棒が戻ったのは霊夢の手の中だった。
 棒――っていうか、霊夢がいつも使っているお祓い棒だ。

「なんだ? お祓い棒になんか術でも掛けたのか? ルーミアを追っ払ってたけど」
「さあ……」
「いや、さあ、って」
「わからないんだもの。少し前から妖気を感じると勝手に退治に行くようになっちゃって。まあ、便利だからいいんだけど」

 い、いいのか?

 霊夢のあまりの適当ぶりに、僕は戦慄する。
 外の世界なら、物が勝手に動き出したらそりゃ怪奇現象だ。魔法や妖術が跋扈する幻想郷では珍しいことではないが、何もしていないのに自分の道具が勝手に動き出すのはやはりおかしい話である。

「誰かがお祓い棒に細工したんじゃないか?」
「それなら、妖怪退治の手伝いをしてくれたってことで、礼の一つでも言わないと」

 本当に適当すぎる。霊夢に恨みを持つ奴が、お祓い棒になにかしら良からぬ術を仕込んでいたらどうする気だ。

「…………」
「なに?」
「なんでもない」

 どうもしなくても、そんなチンケな手を使う奴の術中に嵌りそうにねぇなあ!
 ヤバいなら、とっくに霊夢はお祓い棒をへし折っているだろうし……心配無用か。

「んにゃ、なんでもない。里行って菓子売ってくる」
「はぁい、行ってらっしゃい」

 ひらひらと手を振る霊夢におう、と返して、僕は空に飛び上がった。



















 菓子の売れ行きは順調。
 もう三十分もしない内に完売かな、というところで、魔理沙がやってきた。

「よう、良也。そっちのクッキーくれ」
「あいよ、毎度。いつも通り、ゴミはちゃんと僕に出してくれよ。それか、里か博麗神社のゴミ袋に」
「わーってるよ」

 と、魔理沙がやる気なさげに返事をして、その場で包装を豪快に破り、クッキーを貪り食い始めた。

「お前、もうちょっと行儀よく食べろ」
「へっへ、こういうのが美味いのさ。時に良也、茶持ってないか」

 そりゃクッキーだけだと口の中が乾くだろう。遠慮無く要求してくる魔理沙に、僕は溜息をついて水筒を進呈した。

「おう、サンキュ。んぐ……」

 ったく、と思って見ていると、ふと魔理沙のスカートのポケットがゴソゴソと蠢く。

「あ、こら」
「ん?」

 ポケットから、何か小さい塊が飛び出る。
 その塊はぎゅーん、と飛んでいったかと思うと、里の上空を通りすがっていたミスティアに火砲を放つ。

「わっ!? な、なになに!?」

 きゅん、きゅん、と音を立てて放たれる砲撃を、ミスティアは慌てて交わし、反撃を試みる。……が、不意打ちだったのと相手が小さいのとで、当たらない。

「なぁ、魔理沙。あれって……」
「おう、今晩は焼き鳥かな」
「そんなカニバリズム溢れる焼き鳥はやめろ!」

 冗談冗談、と笑う魔理沙。
 本当だろうな。そういや、ずっと昔の話だが、幽々子もミスティアを食料を見る目で見ていたな……

 ……そんなに美味そうか、あれ?

「いやあ、最近、なんかミニ八卦炉の調子がおかしくてさあ。なんか妖気に反応して勝手に火ぃ噴くようになったんだ。火力は上がってるから、まあ一長一短ってところなんだが」
「いや、道具が勝手に動くのは短が大きすぎるだろ。ていうか、暴走しているんだったら、火力が上がってるのもむしろ短所じゃ……」
「だって、火力アップなんだぜ?」
「だから、火力がアップしてるんだろ?」
「そう、暴走していたとしても、火力が向上していることに間違いはない。うん、そう考えると、こっちの方がいい気がしてきた」

 これだから『弾幕はパワーだぜ』などという信条の脳筋は!
 大体、里の上であんな火力の火出して、火事にでもなったらどうする気だ。

「おっと。終わったみたいだな」

 ぴゅー、とたまらず逃げるミスティアを見送って、戻ってくるミニ八卦炉を魔理沙がキャッチする。

「そういえば、霊夢のお祓い棒もなんか変なことになってたけど、魔理沙のそれと一緒か?」
「さぁね。私はいつもこいつを持ち運んでいるから、誰かに術でも仕掛けられたんだったら気付くはずなんだけど」

 ふむ、なるほど。ということは、

「……異変か」
「異変だな」

 なにかしら幻想郷全体に影響するような異変が起こり、霊夢や魔理沙の道具にも影響を与えたに違いない。
 その辺り、もう経験則がしっかりと出来ている。

 しかし、道具が勝手に動き回るねえ。……僕の草薙レプリカは大丈夫だろうな。

「ふむ」

 ふと気付いて、能力で空間の隙間に作った『倉庫』に格納している草薙の剣のレプリカを取り出す。

「お、霧雨の剣の複製じゃないか」
「まあ」

 そういえば、草薙……改め霧雨の剣のオリジナルは魔理沙が最初に拾ったんだったっけ。
 ……草薙の名前は出さないようにしよう。今更、自分が拾った剣が三種の神器の一つである草薙剣であることを知ったりしたら、どういう反応するのかわからん。

「うーん、僕の剣は別にこれといって変わりはないな」
「いや、そりゃお前、そんな結界みたいなモンの中に入れてりゃ、異変だろうが影響はないだろ」
「結界? ただの『倉庫』なんだけど」
「私が言うのも何だが、流石にそれをただの倉庫扱いするのは無理がないか?」

 む……まあ、そうかもしれない。
 それに、今までも萃香とか天子とかこころとかが起こした異変の影響、僕受けなかったしな。案外、その手のなのかもしれない。

「まあ、ともあれ……異変なら、私も動くか! ちなみに良也。霊夢の奴は?」
「今日会った時は、特に動く様子はなかったけど……。あいつの事だから、気紛れとか勘とかでもう動き出していても別に驚かない」
「だろうな……へっ、今回の異変は私が解決してやるぜ! とりあえず、聞き込みでもするか!」

 頑張れー、とクッキーの残りを一気食いして、ゴミを僕に押し付け、箒でかっ飛んでいく魔理沙を見送る。情報収集を優先する辺り、霊夢ほどの勘はないものの、堅実なやり方だ。

 そういえば、今日は心なしか飛んでいる妖精が多い。異変となれば騒ぎ出す妖精が増えるが、そろそろ頃合いなのだろうか。

「ふむ……」

 だけど、一応今日はパチュリーに頼まれた外の本があるんだよなあ。今日届ける約束だったので、遅れたら文句言われる。
 さっと紅魔館に寄って、さっと本渡して帰りゃいいか。異変の中心じゃなければ、多少活発化した妖精くらいなんとかなる。

 売れ残ったお菓子類を僕は手早く片付けてリュックを背負い、一路紅魔館に向けて飛び立つのだった。





























「……ん?」

 紅魔館までの道のりで必ず通ることになる霧の湖。
 普段は悪戯な妖精をよく見かけるここには、水棲の妖怪も何人か住んでいる。

「あれ、わかさん?」

 そんな中の一人。会ったら挨拶くらいは交わす仲であるわかさぎ姫さん、通称わかさんを発見した。

 下半身が魚の、所謂人魚の一種である。わかさぎ姫という名前から分かる通り、淡水魚であるわかさぎの妖怪だ。妖怪の人魚目わかさぎ科? まあそんな感じ。
 この湖に釣りに来た時、彼女の服に針を引っ掛けてしまい……まあ、お叱りは受けたものの、それ以降たまに話すくらいの関係となっている。
 妖怪にしては珍しく、気質穏やかで付き合いやすい人だ。

 ひらひらと手を振りながらわかさんのところへ降り立つ。わかさんは半身を湖の中に入れているので、水面ギリギリのところで滞空する。

「こんにちは、わかさん」
「あら、良也じゃないですか!」

 ん、んん?

「は、はい。なんか妙に元気ですね、わかさん」
「ええ、なにかこう、力が漲っているの! 今なら私達の存在を忘れている妖怪退治屋だって相手してくれるに違いないわ!」

 め、珍しくテンション高いな、わかさん。酒でも呑んでいるのか?

「え、ええと。いや、わかさん? 妖怪退治屋って、巫女のこと? 悪いことは言わないから、ああいうのには目をつけられない方がいいと思うんだけど」
「いいえ。忘れられて久しい私達は、いい加減に立つべきなのよ。良也、草の根妖怪ネットワークを今こそ一大勢力にしましょう!」

 草の根妖怪ネットワーク。
 あまり人間を襲うことに興味はなく、妖怪の本分である『人間を襲う』っていうことを、ちょっと驚かせたり悪戯したりでお茶を濁している、ハト派な妖怪の集まりである。

 竹林に済む狼女の影狼さんや、びっくり付喪神の小傘、聖さんとこの響子なんかが名を連ねている。
 最近では、僕が勧誘してきた大型新人のこころも仲間に加わっているが、基本戦闘力の少ない連中が多い。

 ……なぜか、僕も妖怪枠としてネットワークに組み込まれているのは納得出来ないが。影狼さん曰く、『不老不死の人間なんかいるわけないじゃない』とのこと。反論は聞き入れてもらえなかった。まあいいんだけどさ。

 それはともかく、

「いやいや、わかさん、なに言ってんですか。んなことしても叩き潰されて終わりですよ……。群れてないから、霊夢が相手にしていないって面もあるのに」
「ええ、だから思い出させてあげるの、私達の存在を!」

 ほ、本当にどうしたんだ、わかさん。いつもはこんなこと言う人じゃないのに……

「あら」

 と、そこで。
 混乱する僕に止めを刺すようにメイドさんが現れた。

「げっ、咲夜さん」
「げ、とは失礼ね。貴方、ここはお屋敷の外なんだから、客人扱いしてもらえないってわかってる?」

 と、短剣を突きつける咲夜さん。

「ご、ごめんなさい。それより、どうしたんです。買い出しの途中とか?」
「いえ。湖が騒がしいから、お嬢様より『掃除』するよう仰せつかってね。ついさっきも、あの氷精をシメてきたところよ」

 あ、チルノやられたんだ。南無。まあ、すぐ復活するだろう。

「しかし……まさかこの湖に半漁人が住み着いていたとは」

 と、咲夜さんがわかさんを見て驚愕を露わにしている。

「って、ご近所さんでしょ!?」
「てっきりこの湖にはあの馬鹿妖精位しか住んでいないのかと」

 いや、確かにチルノは目立つけど、他にも色々いる。咲夜さん、割と近所付き合いとかに無頓着なのか? ううむ、そんな現代日本の都会みたいな現象がこの幻想郷にも襲いかかっているとは。

「なるほど、身近にもよく観察してみれば色んな生き物がいるものですね。今後は、少し自分の周りを注意して見るようにしましょう」

 あ、これ駄目だ。理科の実習で生物観察した小学生みたいなこと言い始めた。近所付き合い云々以前の問題だわ、これ。

「ほらっ! 良也、聞いた!? こんな感じなのよ。私達妖怪の存在を忘れて久しいんだわ!」
「あの、すみません。怒る気持ちは分かるんですが、僕、妖怪じゃないんで。『私達』の範囲に入れられても、その、困るんですが」

 恐る恐る手を上げて主張するが、なにやらはっちゃけた様子のわかさんには届いていない。

「さて、それはそうと、折角なので拾ったこの短剣の切れ味を確かめさせてください。三枚におろして差し上げますので」

 またカニバ!?

「そう簡単にできるとは思わないことね」
「大丈夫です。この短剣は勝手に動きますので、私はなにもしなくても切ってくれます」

 またその手の道具か! いよいよもって、異変の疑いが濃厚……あ、いやそんな考察している場合じゃねぇ!

「すみません、わかさん! 僕逃げるんで、わかさんも逃げてください!」

 やる気満々っぽいので聞き入れてくれるとも思えないが、僕は一言だけ忠告をして、ナイフを全天展開し始めた咲夜さんから逃げ出すのだった。



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